紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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《Ⅶ組》でしか得られないもの

 

 

 

 軍用に鍛えられた魔獣に、リィン達は想像以上に苦戦を強いられた。戦術リンクを駆使して連携を取る六人に対抗するように、魔獣達も四体が絶妙なタイミングで攻撃を仕掛ける。リィン、フィー、ユーシスの三人が前衛を担当しエマとマキアスが後方支援に徹する中、その攻撃後や援護の際に隙が生まれるメンバーへ向けて繰り出される魔獣の一撃を、グランが防ぐ事によって戦況を何とか平行に保っていた。しかし一進一退の攻防は確実にリィン達の体力を消耗させ、メンバー内でも体力の低い後衛のエマとマキアスは徐々に動きが遅れている。今も二体の魔獣と牽制しあっている前衛の三人へエマとマキアスが回復のアーツをかけようとARCUSを駆動させるが、その際に発生する隙を残りの二体の魔獣は見逃さず二人へと襲いかかった。魔獣の動きに警戒していたグランが動く。

 

 

「させるかっての!」

 

 

 二人への攻撃をさせまいと直後にグランが片方の魔獣の爪を刀で弾き、まるで鋼鉄同士がぶつかり合うような高い音が周囲に響く。もう一体の魔獣には稲妻の如く接近し、弐ノ型による駆け抜け様の一撃を浴びせる事でその行動を制した。回復アーツの発動後に二人は魔獣から距離を取り、エマは攻撃用のアーツの駆動を開始。マキアスは散弾銃を構えた。そして先のグランの一撃によって動きが硬直していた魔獣、それに気付いたフィーが急接近して背後から双銃剣による連撃を加える。戦術リンクによってフィーの行動をいち早く察していたリィンとユーシスも二体の魔獣を振り切ると、硬直している魔獣に向けて駆け出す。直ぐ様接近、二人は太刀と騎士剣による続けざまの攻撃を浴びせ、魔獣はその場に崩れ落ちた。

 

 

「えいっ!」

 

 

 最後にだめ押しとばかりにエマのアーツが発動。前衛の三人が後退したと同時に魔獣の周囲へ六つの剣が降り注ぎ、魔獣の真下に浮かび上がった魔法陣がそれを結ぶ。直後に魔法陣から立ち昇るように発生した強烈な幻属性の攻撃が身動きのとれない魔獣を飲み込んだ。息をつかせぬ集中攻撃で魔獣は沈黙、意識を失ったのか完全に動く気配はない。その直後にリィン達前衛三人の後方から二体の魔獣がその背後を狙うが、グランによる牽制で攻撃は失敗に終わった。残りの一体もマキアスによる射撃で動きは取れなかったようだ。

 

 

「一体は無力化に成功か……残り三体、一体ずつ確実に仕留めていくぞ!」

 

 

 地面に伏せている魔獣を見た後、残りの三体の魔獣を見渡しながら話すグランの声に五人が頷く。そしてグランの号令を皮切りに、六人は一気に攻勢へと移った。リィン達五人は一体の魔獣に攻撃を集中し、戦術リンクを駆使して確実に無力化していく戦法へと変更。勿論残りの二体がそれを黙って待つわけはないのだが、リィン達側には元々魔獣達と同等以上の戦力は存在する。

 

 

「《Ⅶ組》は漸く一歩を踏み出せたんだ──その邪魔は、オレがいる限り出来ないと思え」

 

 

 二体の魔獣の正面には、闘気を放出して刀を構えるグランが立ちはだかっている。端から見るとグランの正面に魔獣が立ちはだかるといった表現が普通なのだが、現状は前者の方が正しかった。二体はジリジリと後退し、徐々に唸り声をあげながらグランへの威嚇を始める。獣の直感とでも言うのか、既にこの二体はグランの力量を完全とはいかないものの把握していた。六人の中で一番厄介な相手、この人間から意識をそらせば直ぐに命を刈り取られると。

 

 

「おいおい。獣が恐れを抱いたら最後、ただの犬に成り下がりだぞ」

 

 

 後退する二体の魔獣を見ながら、つまらなそうにグランが呟いた。もう時間稼ぎをするまでもないと、まるで興味がなくなった玩具を捨てるような表情を浮かべてグランは二体の魔獣に背を向ける。この戦闘中にグランが初めて見せた隙、好機と言わんばかりに二体の魔獣がその巨体を跳躍させて飛び掛かる。グランはそれに気付いた素振りを見せず、直後に魔獣が爪を振り下ろしてグランのいた場所には二本の前足が地響きを伴いながら着地した。だが、魔獣達には何の手応えもない。二体が足を退けても、そこには無惨なグランの姿など何処にもなかった。

 

 

「弐ノ型──疾風!」

 

 

 二体の後方から発せられたグランの声。魔獣達が振り返ろうとして直ぐ、装甲が破壊される音と共に突然強烈な痛みが魔獣達の体を襲った。二体はその痛みに耐えきれず、ドシンと音をたてて地へと伏せる。二体が辛うじて目を開くと、視線の先には刀を振り抜いたグランの姿があった。そしてグランの傍には、息を切らしながらも駆け寄って来たリィン達五人の姿も見える。リィン達が戦闘を行っていた場所には、五人と戦っていた一体が既に気絶をして地面へと倒れている。残るは満身創痍の魔獣が二体。最早勝敗は決まった。

 

 

「くぅ~ん……」

 

 

「賢明な判断だ」

 

 

 力ない声を上げる二体の魔獣を見た後、グランは目を伏せながら手に持った刀を鞘に納めた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「この勝利、俺達A班全員の成果だ」

 

 

 戦闘を終え、意識が戻った魔獣達が走り去った後、六人が顔を見合わせる中でリィンがそんな事を口にする。個々の事情で幾度かの衝突があったA班六人にとって、戦術リンクを駆使しての軍用魔獣撃退は大きな功績と言えた。向かい合うリィンとエマは頬を緩め、以前は顔を合わせるだけで険悪なムードを漂わせていたユーシスとマキアスも、ぎこちないハイタッチを交わしている。そしてグランもまた、笑みを浮かべながら五人の顔を見渡した後に、横で嬉しそうにしているフィーの頭へと手を置いた。

 

 

「(特科クラスⅦ組……案外と、居心地は悪くないかもな)」

 

 

「グラン、何だか嬉しそう」

 

 

 顔を見上げてくるフィーの頭を撫でた後、グランはフィーの背後に回って彼女の両脇に手を入れると、その体を抱えて肩車を始めた。突然皆の前で肩車をされて恥ずかしいのか、顔を赤く染めてグランの両目を手で隠し始めるフィー。そんな彼女をよそに、リィン達四人はその様子を見て笑顔を浮かべている。

 

 

「グラン降ろして」

 

 

「昔は喜んでたじゃねぇか。それとも今は嫌か?」

 

 

「そ、そうじゃないけど……今やらなくてもいいと思う」

 

 

「人の顔見て笑うからだよバーカ。辱しめを受けろ」

 

 

 和やかな雰囲気が漂う地下水道内だが、そんな空気を引き裂くように突如ホイッスルの音が地下一帯に響き渡った。しまったと顔を焦らせるリィンの向けた視線の先には、徐々に近付いてくる領邦軍の兵士達十名の姿が。グランがフィーを下へと降ろす中、六人は直ぐに周りを囲まれ、兵士達はそれぞれ手に持った銃の銃口をリィン達へ向け始める。そして六人の前に遅れて現れた隊長の男が、眉間にシワを寄せながら口を開いた。

 

 

「貴様ら……よくも巫山戯た真似を……どうやらレーグニッツと『紅の剣聖』だけではなく、全員で捕まえられたいようだな!」

 

 

「ほう……だったら捕まえてもらおうか」

 

 

 隊長の男の前へ、鋭い目つきのユーシスが向かい合う。ユーシスは自宅で謹慎しているとばかり思っていた隊長の男はその声に驚き、兵士達はユーシスの言葉に狼狽え始めた。六人に向けていた銃口を下ろし、兵士達は困った様子で顔を見合わせている。しかし隊長の男は首を振った後、自分に言い聞かせるように叫んだ。

 

 

「ええい、狼狽えるな! いくらユーシス様と言えども、無断で軍事施設へ侵入する事は許されません。ましてや公爵閣下の命に背き、容疑者を逃がすなど……」

 

 

 その時、ユーシスの纏う雰囲気が変わった。隊長の男もその変化に気付いたのか、話している途中で口を閉じる。五人がその様子を見守る中、心の底に秘めていた怒りを徐々に解放するかのようにユーシスは静かに口を開いた。

 

 

「そりが合わないとはいえ、同じクラスで学ぶ仲間……その者があらぬ容疑を掛けられ、政争の道具に使われるなど────このユーシス=アルバレア、見過ごせるとでも思ったか!」

 

 

 一喝。兵士達はユーシスの声にたじろぎ、隊長の男もユーシスの言葉に気圧されたのか僅かに後方へと下がる。だが、それでも尚隊長の男は完全に引き下がらなかった。何とか六人の武装を解除しようと兵士達に声を上げるが、その声は突然後方から聞こえてきた言葉によって阻まれる。

 

 

「その必要はなかろう」

 

 

 声の主は、バリアハートの駅で六人を迎えたユーシスの兄、ルーファスだった。その場にいる全員が突然の彼の登場に驚く中、ルーファスは自身がここに来た理由を話す。どうやら士官学院の教官から此度の件による連絡を受け、帝都から急いで駆け付けたらしい。その教官と共に。

 

 

「ハーイ、お疲れ様だったみたいね」

 

 

「サラ教官!?」

 

 

「遅ぇんだよこの酒呑み」

 

 

 ルーファスの後方から近付いてくるサラ。そう、今回の件をルーファスに連絡したのはサラだったのだ。リィンや他のメンバーがサラの姿に驚く中、グランは先日の酒を飲まれた事による恨みがあるのか、その物言いには若干の棘があった。ともかく、この状況であれば既にリィン達の逮捕はないだろう。リィン達五人が急展開に理解が追い付かない横で、唯一警戒を解かなかったグランも漸く刀に添えていた手を離す。しかし、この状況でも隊長の男は渋る。公爵閣下の命により、自分はこの者達を捕らえなければならないと。その言葉を聞いた直後だ、ルーファスが口を開いたのは。

 

 

「父には話を通しておいた。それとも、この上私に余計な恥をかかせるつもりか?」

 

 

 有無を言わさぬルーファスの声。流石の隊長も恐れをなしたのか、兵士達を引き連れて即座に撤退を開始。サラは領邦軍が撤退していく様子を見ながら、意外といい動きをすると兵士達の高い練度を褒めていた。このような戯れに活かされるものではないとルーファスは話しながら、今回のアルバレア公爵が行った所業について皆へ謝罪をする。そして何とか事態は事なきを得たのだが、ふとリィンが気になっている事をにこにこと笑顔を浮かべているサラへ問い掛けた。今回の事は、領邦軍の連絡を受けて駆け付けたのかと。余りにタイミングの良すぎるルーファスやサラの登場は、リィン達にも疑問が残っていた。

 

 

「いや~、実はとある筋から早めに連絡をもらったのよ。そこで帝都にいた理事さんに連絡を取って、帝都からの飛行艇に一緒に乗せてもらったってわけ」

 

 

 何と用意周到な事だろう。そんなサラの返答にリィン達は驚きつつも、改めてルーファスに頭を下げる。ルーファスがいなければ、間違いなくリィン達は捕らえられていた。そういった意味ではサラの用意周到さに感謝しなければならないと一同は思いながらも、サラの言葉にあった理事という一言に首を傾げる。そういえば話してなかったとサラが呟いた後に、ルーファスが一歩前へ足を出した。

 

 

「改めて、士官学院の常任理事を務めるルーファス=アルバレアだ──今後ともよろしく願おうか」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 衝撃の事実から一夜が明ける。今朝方、ホテルで一日の疲れを癒しきれなかったリィン達六人は大きなあくびをしながらサラと共にホテルを後にし、迎えに訪れていたルーファスの車に乗ってバリアハート駅へと送り届けてもらった。別れの後、列車に乗車した七人はグランを除いた六人が三人ずつ向かい合わせに同じ席へと座り、通路を跨いだ反対側にグランが腰を下ろす。列車が発進して一同の体を小さく揺らし始める中、不意にエマが困ったように口を開いた。

 

 

「士官学院は、私達はどう振る舞えばいいんでしょうか……」

 

 

 昨日の実習中に起きた出来事は、紛れもなく帝国内における革新派と貴族派の対立が関係していた。トールズ士官学院を卒業した者は、革新派が率いる帝国の正規軍、貴族派が率いる領邦軍のどちらにも属している。軍属に歩むための教育を士官学院で受けている者として、今後自分達はどうすればいいのか。しかし、サラはエマの言葉にそこまで気にする必要はないと答えた。君達は今、学ぶ立場にあるのだからと。

 

 

「今回みたいに厄介な面倒事を、帝国の現状を少しずつ知りながら……それでも今しか得られない何かを見つけることは出来るはずよ──掛け替えのない、仲間と一緒ならね」

 

 

 笑顔を浮かべながら話すサラの言葉は、流石は教官だと思わせる感銘を受けるものだった。しかしリィン達六人はその言葉に暫く顔を呆けさせた後、サラの顔を見ながら爆笑し始める。リィン達曰く、普段のサラとのギャップが激しすぎてツボに入ったとの事だ。

 

 

「掛け替えのない、仲間と一緒ならね」

 

 

「ちょっ、グランやめたまえ! 僕達を悶え苦しませるつもりか!」

 

 

 キリッと表情を決めながら先ほどのサラの言葉を繰り返すグランに、五人は堪えきれずに再び笑い転げる。サラはそんな五人のリアクションを見て、恥ずかしさからか顔を赤くしてそっぽを向いていた。流石に失礼な事と自覚していたのか、五人が必死に笑いを堪えながら口を揃えて申し訳ないと謝っている。一方で、グランは一人車窓から見える青空へ視線を移していた。

 

 

「(しかし、今しか得られない何か、か……オレの探すもの、果たしてこのクラスで見つかんのかね──)」

 

 

 自身の父親を倒すための力、そしてそれに必要な条件を見つける事が出来るのだろうか、と。未だにその答えの手がかりすら見つけられない現状に、グランは少しばかり憂鬱気味になっていた。その答えはきっと、空の女神(エイドス)のみぞ知ると言ったところだろう。グランが答えを見つける日は、まだまだ遠い。

 

 

 




お、終わった……こんな調子で大丈夫なのかな?

とにもかくにも、次回から三章に入ります。グランにとって一番の難関である勉強の毎日、つまり中間テストが始まるわけですが……トワ会長、出番ですよ!

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