紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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地下牢脱出

 

 

 

「大人しくしていれば何もしない。暫くはその中で待っていろ」

 

 

 鉄格子の向こう側から、領邦軍の兵士がグランとマキアスにそう告げると歩き去っていく。領邦軍の兵士達に連行された二人は現在、バリアハート市内に位置する領邦軍の詰所、その地下にある拘置所の中へと放り込まれていた。若干の湿気があるものの、地下牢という割には掃除も行き届いており、長時間滞在しなければ衛生的にはそれほど問題ないだろう。そんな場所に放り込まれたグランは兵士の後ろ姿を見ながら舌打ちをし、そしてその隣ではマキアスが肩を落として溜め息をついている。グランは気落ちしているマキアスに気付くと、笑いながら彼の背中を軽く叩いた。

 

 

「そう落ち込むなって。溜め息なんかついてると運気下がるぞ?」

 

 

「この状況は既に運が尽きていると思うんだが……それより、済まないグラン」

 

 

「何で謝るんだ?」

 

 

「今回の事は恐らく、僕の父親が革新派の有力者だからというのが主な原因だ。僕のせいで君まで巻き込んでしまった──この通りだ」

 

 

 途端に頭を下げ始めるマキアスに、グランはこれまた笑いながら気にするなと話していた。それに自分が調子に乗って領邦軍の悪口を言った事がそもそもの原因だとグランは話し、いやそれでもとマキアスは自分が原因だと謝る。暫くそんな言葉が二人の間を行き交い、ふと会話が止まるとグランとマキアスは互いの顔を見ながら突然吹き出した。これではいつまで経っても会話の内容が進まないと、一先ずグランの自業自得という事で話がまとまる。

 

 

「君は本当に変わり者だな」

 

 

「おーお、あれだけ貴族嫌いを表に出していた奴がよく言うわ」

 

 

「ぐっ、それを言われると……」

 

 

「くくっ……冗談だよ。それよりも──」

 

 

「フン、随分と余裕だな」

 

 

 困り顔のマキアスに苦笑した後、グランは言葉を続けようとして突然第三者の声に遮られる。鉄格子の向こう側へ視線を移すと、そこには二人の兵士を引き連れた隊長格の男が立っていた。マキアスは男達を睨み付け、グランはその横で怪訝な顔を浮かべながら何の用だと隊長の男へ問い掛ける。グランの問いに、男は笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

「驚いたぞ。『紅の剣聖』がまさか、貴様のような学生だったとはな」

 

 

「よくもまぁご存知で……一体何が言いたい?」

 

 

「……公爵閣下がお呼びだ。喜べ、貴様はそこから出してやる」

 

 

 アルバレア公爵がグランの事を呼んでいる。マキアスは事態が飲み込めず呆然としているが、グランは公爵の思惑をすぐに理解した。現在対立を深める革新派と貴族派だが、武力という面で貴族派は革新派に劣っている。革新派筆頭のオズボーン宰相は、帝国の正規軍を殆ど掌握していると言ってもいい。隊員の練度や武装において、正規軍と領邦軍では力の差が有りすぎた。アルバレア公爵がグランを呼んでいるのは恐らく、その力の差を縮めるために貴族派に属せという事を話すためだろう。勿論グランにその気は微塵も無く、きっぱりと断った。

 

 

「公爵閣下に伝えとけ。オレが貴族派についたところで、革新派の優位は変わらない。第一──オレは帝国の内情なんか一つも興味がないってな」

 

 

「っ!? いいだろう、後でもう一度聞きに来る。暫くその中で頭を冷やす事だ」

 

 

 一瞬隊長の男はグランの物言いに顔を歪ませるが、直ぐに笑みを浮かべると一言言い残してその場で踵を返した。何度聞きに来ても答えは一緒だとその背中へグランが声を上げ、直に隊長の男の姿は見えなくなる。拘置所の廊下の奥に設置された椅子に座る兵士達を見ながら、グランはぼそりと呟いた。

 

 

「開けてもらわなくても出れるっての」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 グランとマキアスが領邦軍に連行されて約一時間が経過する。領邦軍の詰所地下、拘置所の中には未だにグランとマキアスの姿があった。そして二人の向ける視線の先、鉄格子の向こうには領邦軍の隊長が兵士達を連れて立っている。どうやらまたしてもグランを説得しに来ているようだ。

 

 

「いい加減素直になったらどうだ? 公爵閣下の話では、貴様の待遇も悪いようにはしないとの事だぞ」

 

 

「何度言われても答えは同じだっての。帰った帰った」

 

 

「く……もう一度来る頃までに考え直しておけ」

 

 

 隊長の男は顔をしかめた後、兵士達を引き連れて戻っていく。グランは懲りもせずに再び訪ねてきた領邦軍を鼻で笑いながら、その姿が見えなくなるまで視線を外さずにいた。そして、今まで動きを見せなかったグランに漸く好機が訪れる。

 

 

──ここはもういい。お前達も休憩に入れ──

 

 

──了解しました!──

 

 

 廊下の奥でグラン達を監視していた兵士達は、隊長の男の言葉に敬礼で答えると直ぐにその後をついていく。地下から人の気配が完全に消えた事を確認したグランは、ニヤリと笑みを浮かべながら話し始めた。

 

 

「仕事し過ぎなんだよ。さてと、そろそろここから出るか」

 

 

 落ち込んだ様子で床に座っていたマキアスは、不意にそんな言葉を口にしたグランの背中を見ながら耳を疑った。施錠され、頑丈な鉄格子が立ちはだかるこの場所からグランは出ると言っている。通常ならば不可能だ。外に協力者がいて解錠出来るというのなら話は別だが、生憎マキアスの父親が属する革新派にとっては敵の本拠地であり、それはあり得ない。領邦軍とグランの会話から、グランにも協力者がいるとは思えない。後は鉄格子を破壊して脱け出すくらいしかないのだが、こんな頑丈そうな物を破壊できるわけがないとマキアスは考える。しかし、グランが考えていた脱出方法はまさにそれだった。

 

 

「今回は武器を取り上げられなかったのが功を奏したか……マキアス、ちょっと下がってろ」

 

 

「あ、ああ……(グランは一体何をするつもりだ?)」

 

 

 マキアスは急に部屋の壁際まで後退し出したグランに首を傾げると、言われた通り腰を上げて部屋の隅へと移動する。マキアスが離れた事を確認したグランはその場で腰を落とすと、納刀した刀の柄に手を当てて目を閉じ始めた。静まり返った地下には、上の階から聞こえてくる話し声のみが響いている。そして数秒の沈黙の後、グランが目を開くとその姿が突然消えた。理解が追い付かず唖然とするマキアスをよそに、直後に甲高い金属音が遅れて地下一帯に響き渡る。音の発生源、鉄格子の鍵が掛けられている場所の正面には刀を振り抜いたグランの姿があった。マキアスは驚きを隠せず、口をパクパクしながらグランが刀を鞘に納める様子を眺めている。

 

 

「……やっぱりまだ駄目か」

 

 

 マキアスの視線の先では、どこか悔しそうな表情で呟くグランがいた。グランは舌打ちをした後、鉄格子を力任せに殴り付ける。そしてその直後、マキアスの目の前に信じられない光景が広がった。グランが殴り付けた鉄格子の部分はその衝撃で曲がり、鍵が施錠されていた部分に至っては床へと落ちて真っ二つに割れている。先程のグランが放った一閃は、鉄格子を通り越して鍵までもを切断していた。事の理解が未だ追い付かないマキアスが見詰める中、グランの手によって鉄格子はゆっくりと開けられる。

 

 

「グ、グラン……一体何をしたんだ?」

 

 

「何って……切ったんだよ、鍵を。本当ならあれで割れずに落ちるはずなんだけどな」

 

 

 どうやら今の結果はグランにとって納得のいかないものだったようだが、とにかくここから出られるとグランの近くへ寄ってきたマキアスはその表情に明るみが戻ってきていた。兵士達は休憩で上に上がっているため、二人は難なく部屋から出る事に成功する。そしてこのまま上手く地下を脱出しようとグランが先導して歩き出したその時、グランにとって予想外の事態が起きた。

 

 

「はは、俺とした事が隠していた雑誌を持ってくるの忘れてたぜ……ん?」

 

 

「馬鹿だなお前──お、おい! どうして中から出ているんだ!」

 

 

「一時間待った意味が……マキアス、オレ何か悪いことした?」

 

 

「心当たりがありすぎて返答に困るんだが……」

 

 

 地下へと降りてきた兵士二人に即座に見つかってしまうという失態。二人が顔を見合わせる中、兵士の一人は慌ててホイッスルを吹こうとするが、直ぐ様間合いを詰めたグランが繰り出した刀による峰打ちで気絶。その場に崩れ落ち、応援を呼ぶことは出来なかった。もう一人も口を開く間もなくグランに気絶させられて何とかこれ以上の事態にはならなかったものの、完全にグランの計画は失敗したといっていいだろう。見つかった以上、他の兵士達に気付かれる前に出来るだけ遠くへ逃げるしかない。

 

 

「マキアス、そっちの階段を降りるぞ!」

 

 

「わ、分かった!」

 

 

 グラン達が捕らえられていた部屋のすぐ側を通る階段を下りようと両者は駆け出すが、同時に階段の奥から何かの物音が二人の耳に入り、マキアスは階段の前で立ち止まって何の音だと警戒している。一方でグランは物音の正体に気付いたのか、散弾銃を構え始めるマキアスに警戒を解くように促すと、ゆっくりと階段を降り始めた。

 

 

「こっちは任せろって言ったんだけどな」

 

 

「……ん?」

 

 

 片方は笑みを浮かべ、片方は首を傾げながら段々と階段を降りていく。徐々に二人の耳には水の流れる音が聞こえだし、階段の終点が見え始めると人の話し声も混ざってグランとマキアスの耳を刺激する。二人は出口を抜け、元々は扉だったと思われる足元に落ちた鉄の板へ目線を落とした後、正面で立ち尽くしている四人へと視線を向けた。

 

 

「よっ、こんな所までご苦労だな」

 

 

「グラン!?」

 

 

「ほら、自分で出れた」

 

 

「お二人共、ご無事で何よりです」

 

 

 驚いた様子のリィン、グラン達が来る事を分かっていたかのような表情のフィー、笑顔のエマが二人を出迎えている。そしてマキアスの視線はそんな三人にではなく、一人無言で腕を組むユーシスへと向いていた。

 

 

「驚いたな。リィンやエマ君達はともかく、まさか君まで来ているとは……」

 

 

「何、貴様のべそをかいている顔を見ようと思っただけだ。グランも一緒に捕まっていたのは予想外だったが……それに、このくらいは父に一矢報いようと思ってな」

 

 

「そうか……」

 

 

 今朝方ユーシスが父親のアルバレア公爵に呼ばれたのは、恐らくユーシスに用があったからではない。今回のオーロックス砦侵入容疑でマキアスを拘束するため、領邦軍が動きやすいようにユーシスを自宅で軟禁するためだろう。そしてアルバレア公爵がユーシスを呼んでいると執事から聞いた時、ユーシスは顔にこそ出さなかったが心の中ではとても嬉しかったはずだ。アルバレア公爵の意図を知った時のユーシスの心中は、それこそ裏切られた時のような失望感で埋め尽くされただろう。目を伏せて話すユーシスの言葉に答えながら、マキアスはユーシスの心中を察した。この男も、色々と苦労をしているのだろうと。

 

 

「っと、こんな所で話してる場合じゃなかったな」

 

 

「ああ、ひとまずバリアハートから外に出よう──」

 

 

 ふと思い出したように呟くグランの横、リィンもその言葉に頷くと談笑する四人に視線を移す。全員が頷くのを確認し、領邦軍が駆けつける前に急いで地下水道を出ようと話し始めたその時。地下水道一帯を流れている水の音……にしては余りにも不可解な音が突如としてリィン達の耳に入った。

 

 

「これは……獣の声か?」

 

 

「それも複数」

 

 

「ああ、ここから離れないと拙いな……全員走れ!」

 

 

 リィンとフィーは音の正体が獣のものだという事にいち早く気付く。二人の言葉に肯定したグランは直後に叫ぶと、六人で一斉に地下水道の中を駆け出した。何故か地下水道の構造を把握しているグラン先導の下、追い掛けてくる獣達を振り切ろうと疾走する六人。その後方から猛スピードで近付いて来る巨大な影とその足音。やはり人の足でそれを凌駕出来る筈もなく、獣は走っている六人を飛び越えて正面に躍り出るとその退路をふさぐ。先頭に立つグランが目にしたのは、鋼鉄の装甲が頭部と胴体に当てられた巨大な犬型魔獣二体。更に六人を挟むように後方から二体の同型魔獣が現れ、計四体の犬型魔獣は六人の周囲を旋回する。あくまでリィン達の退路を断つのが目的のようで、その統率された動きは明らかに軍用に鍛えられたものだ。

 

 

「領邦軍はこんなものまで実用化しているのか!?」

 

 

「俺に言うな!」

 

 

「くっ……退路を完全に断たれたか」

 

 

 マキアスとユーシスが声を荒げる中、リィンは苦虫を噛み潰したような顔で周囲を旋回する魔獣達へ目を向ける。このままでは直に領邦軍が追い付き、今度は六人全員が捕らえられてしまうかもしれない。今はユーシスがこの場にいるのでその可能性は低くはあるが、だからと言ってその可能性が零というわけではないだろう。リィン達と共にユーシスが取っている行動は、少なくともアルバレア公爵の意向に背いた事になる。グランは考える……この場を切り抜ける方法を。

 

 

「この犬っころはオレに任せろ。お前達は何としてでも捕まるな」

 

 

「言うと思ったよ……俺は反対だ。何とかして全員で切り抜けたい」

 

 

 リィンはこれまでのグランが取った行動を思い出していたのか、その言葉は予測できたとグランの提案に反対。ユーシスも、エマも、マキアスも、リィンと同意見のようでグランの提案を却下。そして唯一賛成をすると思われたフィーもリィンの言葉に賛同する。

 

 

「今の私達は《Ⅶ組》。六人全員で切り抜けてこそ意味があると思う」

 

 

「フィーすけ……驚いたな。お前がそんな事を言うとは思わんかったわ」

 

 

「別に。ただグランに頼ってばっかりってのもどうかと思っただけ」

 

 

「そうか……オレの知らない所でフィーすけも成長してるってわけだ。いやー、お兄さん嬉しいわ」

 

 

 嬉しそうにくしゃくしゃとフィーの頭を撫でるグランと、そんなグランを上目で見ながら照れくさそうに頬を朱色に染めるフィー。グランは直ぐにフィーの頭から手を離すと、腰に携えた刀を抜いて肩に担ぐ。それを皮切りに、五人も周囲を旋回する魔獣へ向けて次々と武器を構え始めた。そしてグランの視線を受けたリィンは、頷いた後に号令をかける。今の六人なら必ず、この状況を切り抜けられると信じて。

 

 

「特別実習の総仕上げだ……A班、全力で目標を撃退するぞ!」

 

 

 




漸く次回で第二章は終わりそうです。無駄に長かった……原作同様に軍用魔獣を二体にすると戦力的にあれなんで(それでもそんなに変わらないかな?)四体にしちゃいました。六人頑張れ!

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