紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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革新派の影、仲直りの一時

 

 

 

 オーロックス砦への報告も終わり、六人がバリアハートに戻った頃には既に日も落ち始め、空は茜色に染まっていた。貴族からの依頼の品、ピンクソルトも渡し終えて特別実習一日目の課題を無事に済ました一同は、レポートの作成を先に終わらそうと言うことでホテルへ向かって歩く。そしてホテルの前に着いたその時、六人の眼前で突然導力リムジンが停車した。窓が開きだした後部座席の方へ皆が視線を向ける中、そこにいた人物にユーシスが驚いた様子で駆け寄る。

 

 

「父上、報告が遅くなってしまい申し訳ありません。ユーシス、ただいま戻り──」

 

 

「報告は無用だ。ルーファスにも言っているが、滞在中は好きにするといい。ただし、アルバレアの家名に泥を塗るような事はせぬようにな」

 

 

 後部座席に座っている男は、ユーシスの父親のアルバレア公爵その人だった。しかし、アルバレア公はユーシスやその後方に立っているリィン達に顔を向けることなく車の窓を閉め、導力リムジンは走り去っていく。どう見ても、一連の会話は仲の良好な親子が行うものではない。

 

 

「……何あれ」

 

 

「やれやれ。貴族派筆頭の公爵殿は、我が子にも無関心か」

 

 

「ふ、二人共……」

 

 

 フィーとグランの物言いにエマが困惑する中、ユーシスは走り去る導力リムジンを眺めた後に五人の元へと戻る。リィンとマキアスが乗っていたアルバレア公の情報を話している所へ、戻ってきたユーシスはその会話に目を伏せながら続いた。信じられない事に、どうやらあれが俺の父親らしいと。

 

 

「……済まない、詮無いことを言ったな」

 

 

「あんまり気にすんなって。父親なんかいなくてもな、男は成長出来るもんだ」

 

 

「グラン……フッ、一応礼は言っておこう」

 

 

 まさかグランから励ましの言葉がくるとは思わなかったのか、ユーシスは少し意外そうな顔をした後にお礼の言葉を口にする。リィンやエマがその様子に笑みを浮かべ、マキアスがユーシスの顔を静かに見ているその横で、フィーは一人グランの顔を心配そうに眺めていた。グランが抱えている問題と、彼の成そうとしている事をメンバーの中で唯一知っているから。

 

 

「ん? フィーすけ、どうした?」

 

 

「……何でもない」

 

 

 フィーの心配する様子にグランが気付く事もなく。六人はそのままホテルの中へ入り、実習でかいた汗をシャワーで流し終えると、それぞれ実習一日目のレポート作成に取り掛かるのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 街に夜の帳が下り始めた時刻。レポートの作成を終えたリィン達は現在、中央広場のレストランのオープンテラスにて夕食を楽しんでいた。丁寧な味付けが施された料理の数々に舌鼓を打ちながら、皆は今日一日を振り返る。半貴石の依頼、手配魔獣の退治と各々考えさせられる結果に終わった一日目は、決して完璧なものでは無かった。とはいえ、フィーの話によると先月のB班の時に比べればかなりマシな方だと言う。

 

 

「ふふ、何だか不思議な気分です」

 

 

 ふと、食事の手を止めてエマがそんな事を呟く。先月はこうして同じテーブルを囲んで食事をするなど考えられなかったとユーシスとマキアスの顔を見ながら続け、当の二人はその時の事を思い出したのか面目無いと頭を下げている。そんなに酷かったのかとリィンが問い掛け、それはもうとエマはニコニコ笑顔を浮かべながら笑い話のように話した。更に二人の顔が上がらなくなる中、結構Sっ気のあるエマの様子に苦笑いをしながら、グランは今日の実習の中で気付いた事を一人考察していた。

 

 

「(今後帝国で内戦が起こるのは必然的。だとしたら革新派と貴族派に対抗する為の勢力は、オレ達も頭数に入れられてる可能性がかなり高いか。そのための《Ⅶ組》だろうしな……)」

 

 

 これから先。内戦が起こるであろうその時までに自分達に必要な判断力や問題解決能力を養わせる為の実習だとするならば、わざわざ実習地などと決めて現地に向かわせ、帝国の実状を把握させるような事や、遊撃士紛いの実習内容も納得できるとグランは考えていた。革新派でも貴族派でもなく、第三の勢力として自分達に未来を託そうとしている《Ⅶ組》の創設者。正直なところ、グランにはその思想に協力する気など全くもってないのだが。

 

 

「あ~あ、戦争が起こる前にとっとと帝国から出るかな……」

 

 

「……グラン、不吉なことを言わないでくれ」

 

 

 グランのぼそりと呟いた声が一人だけ聞こえたのか、リィンは顔を引きつらせ、隣に座っているフィーはその様子に首を傾げながらスープを啜っていた。リィンの様子に気付いたグランは笑いながら謝り、食事を続けている五人を見渡した後に再び思考の海へと潜る。

 

 

「(まあ、これも何かの縁だしな。《Ⅶ組》の手助けくらいはしてやるよ、創設者殿)」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 深夜を迎え、日にちが丁度次の日に切り替わった頃。リィン達は男女別に用意された部屋のベッドの中で眠っていたのだが、グランだけは部屋におらず、ホテルの外、中央広場にて夜空を眺めていた。無数に煌めく星々を見渡しながら、グランはオーロックス峡谷道での一件を振り返る。

 

 

「(この時期にオーロックス砦へ侵入者か、間違いなく革新派の仕業だろうが……)」

 

 

 実は魔獣退治の報告を済ませたグラン達がバリアハートに戻る途中、オーロックス砦に侵入者が現れた。突然オーロックス砦から警報が鳴り響き、直後に砦から銀色の物体が飛び去っていく。その物体には子供が乗っていたという事もあって、六人には何が何だか分からず一様に首を傾げていたのだが、直ぐに砦から走ってきた装甲車が六人の元で停車し、オーロックス砦に侵入者が出た事を告げると銀色の物体が飛び去った方向に走っていった。このタイミングで侵入者となると、恐らく革新派の人間しかいないだろう。だがその侵入者らしき人間が子供だったという事に、グランは頭を捻っていた。

 

 

「(確か、鉄血宰相には『鉄血の子供達(アイアンブリード)』とかいうのがいたな……まさかその中の人間か?)」

 

 

 『鉄血宰相』の異名で知られるギリアス=オズボーン。彼が独自に見出だした戦力として認知されている『鉄血の子供達(アイアンブリード)』なる人物達。まさか本当に子供なのかとグランが考える中、その視線はホテルを出てから今までにずっと感じていた気配が漂う、遥か前方の翡翠の屋根へと移っていた。

 

 

「(本人に聞けば一番早いんだろうが……警戒されるのも面倒だし止めとくか)さーて、委員長の寝顔でも眺めてくるかな」

 

 

 一度はその視線を鋭いものに変えるが、直ぐに元に戻すとグランはその場で振り返ってホテルの中へと入っていく。そしてそんな彼の様子をホテルの前方にある建物の屋根から観察していた人物は、グランの背中を見ながら驚いたように声を上げる。

 

 

「うっわー、今の絶対気付いてたよ……『紅の剣聖』かー。オジサンが目を付けるのも分かる気がするかな……そろそろ行こっか、ガーちゃん」

 

 

 声からして少女と思われるその子供は、突如現れた銀色の物体に飛び乗ると、そのままバリアハートの夜空へと消えていくのだった。そして深夜の一時を回ったところで、ホテルの一室から女性の悲鳴と思われる声がバリアハートの街に響き渡ったとか。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 バリアハートは朝を迎え、ホテルの窓からは眩い朝日が差し込んでいた。六人は既に起床してホテルのロビーへと集合しているのだが、グランは何故か一人だけ両手を後ろで括られ拘束されている。リィン達男性陣はその姿に顔を引きつらせながら、グランに鋭い目を向けているエマへと視線を移した。

 

 

「全く、グランさんがここまでする人だとは思いませんでした」

 

 

「誤解だって。オレはただ委員長の寝顔を一目見ようと──」

 

 

「一目見ようと?」

 

 

「女子部屋に侵入しました。本当にすみません」

 

 

 有無を言わせぬ迫力を感じるエマの笑顔に、グランも恐れをなしたのか言い返せないでいる。まあ言い返すも何も、女子部屋に侵入するなど領邦軍に突き出されても不思議はない所業なのだが。事実エマは昨夜本当に領邦軍に突き出そうとし、リィン達の必死の説得で何とか事なきを得た次第だ。そしてそんな一同の元へふと近寄ってきた支配人は、ルーファスから預かっていたという二日目の実習課題が記された紙をリィンに渡すと、グランに呆れた視線を向けてその場から立ち去る。支配人のグランに対する視線は、勿論昨夜の出来事が原因だ。深夜に女性の悲鳴が聞こえれば、ホテル側からしたら何事かと駆け付けるのは当たり前。要するにグランの起こした一件でホテル側にも迷惑をかけてしまったということだ。

 

 

「と、取り敢えず実習の内容を確認しないか?」

 

 

「貴様は暫く黙っていろ。全く、父上に言われて早々、アルバレア家の家名に泥を塗る所だった」

 

 

 ユーシスの冷やかな視線にグランが言い返せる筈もなく、六人は二日目の実習課題を確認する。手配魔獣の退治は今回もあり、出没したのは北クロイツェン街道のようだ。そして昨晩夕食で世話になったレストランのオーナーから、料理の材料調達の依頼もある。二つの内容を確認し、早速課題に取り掛かろうとリィンが気合いを入れる中、突然マキアスがユーシスの名前を呼ぶ。

 

 

「何だ、マキアス=レーグニッツ」

 

 

「この実習中、何としてもARCUSの戦術リンクを成功させるぞ。丁度手配魔獣の退治依頼もある。昨日のリベンジと行こうじゃないか」

 

 

 他の五人はマキアスの急な言葉に一様に驚きを見せる。何故かは分からないがいきなり協力的になったマキアスの様子に、リィン達は暫く呆然と彼の顔を眺めていた。そしてユーシスはマキアスの変化に思い当たる節があったのか、鼻で笑った後にマキアスへ向かって話す。

 

 

「やれやれ、我らが副委員長殿は分かりやすいな。大方昨夜の話を盗み聞きして、絆されたといったところか」

 

 

 昨晩、ユーシスはリィンに自分の出自を話していた。自分はアルバレア公爵が平民の女性に産ませた、妾腹の息子だという事を。八年前にユーシスの母親が亡くなり、アルバレア家に引き取られる形になったのだが、それが夕刻にあったユーシスとアルバレア公の寒々しい会話の原因だと。そしてどうやら、ユーシスはマキアスが狸寝入りをして昨晩のその会話を聞いていたと踏んでいるようだ。

 

 

「勘違いしないでもらおうか! 僕は別に、リィンと君が話していた君の出自の事などこれっぽっちも……あ」

 

 

 無念マキアス。リィンもユーシスも、昨晩の会話がユーシスの出自の事などと一言も話していない。言い訳を取り繕うと必死になった挙げ句にボロを出してしまう。皆が笑いながらマキアスの顔を見つめ、恥ずかしさのあまりマキアスは顔を真っ赤にして言葉を詰まらせていた。結局ユーシスはマキアスの話に乗り、戦術リンクを成功させることに同意。二日目の実習は上手くいきそうだとリィン達は顔を綻ばせていたが、そんな所へ突然一人の男性が駆け寄ってくる。アルバレア家の執事を務める男性だ。

 

 

「アルノー、父上付きのお前がどうしてここにいる?」

 

 

 ユーシスの問いに、執事のアルノーは一礼の後に答えた。アルバレア公爵から、ユーシスにお呼びがかかったと。昨日はあれだけの態度を取っていながら今更何のようだとユーシスは更に問い掛けるが、アルノーも詳しいことは分からないと言う。アルノーの考えでは、アルバレア公爵も昨日のやり取りを省みたのではないかという事だ。ユーシスは迷いを見せるが、リィン達の後押しもありアルバレア邸宅へ戻ることを決める。午後にホテルのロビーで落ち合う事を決めてユーシスとアルノーはホテルから出ていき、その様子を見送った後に残りの五人は向かい合った。

 

 

「さてと。俺達はユーシスに楽をさせるために頑張るか」

 

 

「はい、それにしても……」

 

 

「えらい、えらい」

 

 

「やれやれ……」

 

 

 四人は一様に顔を綻ばせ、マキアスの顔を眺める。一気に顔を紅潮させたマキアスは、生温かい目を止めないかとか、そんな顔で僕を見るなとか必死だ。自分が照れている様子を誤魔化すために、リィンを初めに次々と突っ掛かっていく。

 

 

「大体リィン、言っておくが君とのわだかまりも完全になくなった訳じゃないぞ!」

 

 

「そ、そうなのか?」

 

 

「それとエマ君! 来月の中間テストでは遅れをとるつもりはない、君も全力を尽くしたまえ!」

 

 

「が、頑張ります」

 

 

「それとフィー! 君は授業中に寝るのを止めないか! 大体勉強というのは本来──」

 

 

「聞こえなーい」

 

 

 マキアスの反撃に三人がたじろぐ中、両耳を手で塞いでしゃがみこむフィーを見ながらグランはやれやれと首を振っていた。そして勿論、マキアスの矛先はグランにも向かっていく。

 

 

「最後にグラン!」

 

 

「お、オレも?」

 

 

「当然だ! 昨晩の事もそうだが、どうして君はそんなに不真面目なんだ! 最近こそラウラのお陰で授業はしっかり受けているようだが……この前の授業の回答はふざけているのか!」

 

 

 何故かグランに対しての反撃だけ長いマキアスだが、そんな彼が話しているこの前の授業の回答とは、丸縁眼鏡が特徴のトマス教官が行った歴史の授業での事。

 

 

──導力革命以降、人々の生活は大変便利なものへと変わっていきました。因みにその導力革命の発端となる、導力器(オーブメント)を開発した人物は……流石に分かりますよね? グラン君、どうぞ──

 

 

──お、オレっすか!? え、えっと……F=ノバルティス?──

 

 

「F=ノバルティスって誰だ! 授業は受ければいいというものじゃない。予習復習は勿論の事、日曜学校の範囲もしっかりと学修しておいてだな──」

 

 

「聞こえなーい」

 

 

 これは暫く止まらない、とグランもフィーと同じようにしゃがみこみ、いつの間に解いていたのか両手で耳を塞ぐ。因みに導力器の開発者は一般にC=エプスタイン博士と呼ばれる人物なのだが、知っている人は子供でも知っている超有名な歴史上の偉人である。本人はその時度忘れをしていただけと言っていたが、一体どこまで本当なのやら。

 

 

「ええい! 二人共耳を塞ぐんじゃない!」

 

 

 マキアスの反撃は、当分終わりそうな気配がなかった。

 

 

 




……何か今回のグラン考え事してばかりだな。ともあれ次回はいよいよマキアスが捕らえられる所ですね。グランはその時どうするのかな? 私にもまだよく分かりません(´・ω・`)

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