紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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楽しみに読んでいた《死翼》の歩く軌跡が終わってしまうらしい……何この空虚感。


《Ⅶ組》の意味

 

 

 

 体をバラバラにされた巨大な魔獣と、側で刀を納めている赤髪の少年(グ ラ ン)。彼の事を何も知らない人が、今現在リィン達が見ているこの異様な光景を目撃しても理解に苦しむだろう。グランの実力をよく知っているリィン達ですら、この状況に理解が追い付かずに驚いているのだから。そしてグランが漂わせている闘気は周辺の空気を張りつめたものへと一変させ、それは向けられていない五人にも息苦しさを感じさせるほどのものだった。 暫く唖然とグランの姿を眺めているリィン達だったが、突然何かに気が付いた様子のフィーが慌てて峡谷道へと飛び降りる。丘の上に残された四人はフィーの行動に驚きながらも、その後を追いかけようと峡谷道へ繋がる道へと引き返した。そして一目散にグランの元へ駆け寄ったフィーは、彼の背後から抱きついてその顔を背中へと埋める。同時にグランが放出していた闘気は鎮まり、表情も穏やかなものへと変わったグランは突然背中に抱きついてきたフィーへと声を掛けた。

 

 

「どうしたんだよ、フィーすけ。そっちの方は上手くいったのか?」

 

 

「うん、上手くいった」

 

 

「そうか……で、本当にどうしたんだ? 動けないから離れてくれ」

 

 

「……同じだった」

 

 

「ん?」

 

 

「──赤い戦鬼(オーガ・ロッソ)の時と同じだった」

 

 

 その言葉で、グランはフィーの言いたいことが直ぐに分かった。先程の魔獣との戦闘でグランは一時的に全力を出したのだが、グランはフィーに全力で闘う場面を一度しか見せたことがない。『西風の旅団』を辞める前日、自身の父親であるシグムントと一騎打ちをした時。そう、彼女は思い出したのだ。グランが突然団からいなくなった時の事を、その時感じた不安や悲しみを。抱きつく力を段々と強めていくフィーの心情を理解したグランは、その不安を取り除くために普段は発することのない穏やかな声で話す。

 

 

「フィーすけ達が応援に来るまで時間稼ぎしようと思ったんだけどな、無理っぽいからさっさと倒すために全力を出しただけだ」

 

 

「……」

 

 

「そう心配すんなよ。言っただろ? もう突然いなくなったりなんかしないって」

 

 

「……ん」

 

 

 グランの言葉で漸く顔を上げたフィーは、抱き付いていた体を離して振り返ったグランの顔を見上げる。その顔は少しだけ目が潤んでいる様にも見えるが笑顔を浮かべており、不安といった感情は感じない。グランはそんなフィーの頭をくしゃくしゃと荒っぽく撫でた後に、峡谷道へ転がっているバラバラになった魔獣へと視線を向けた。

 

 

「しっかし、学生にこれを退治してくれって少し無理がありすぎだろ。領邦軍は何考えてんだ」

 

 

「一応危なくなったら退くようにって捕捉してあった。それにこれ、多分手配魔獣じゃないと思う」

 

 

「そうなのか? だとしたら何つう間の悪さだよ……」

 

 

 グランは若干顔を引きつらせながら魔獣の残骸を見た後、息を切らしながら駆け寄って来るリィン達に気付く。手を挙げていつものようにお気楽な様子で無事をアピールし、リィン達もグランの様子を見て安心したのか側で立ち止まると肩で息をしながら呼吸を整えていた。グランは四人の様子に苦笑いを浮かべながら、ふとリィンの右肩へ視線を移して首を傾げる。

 

 

「リィン、肩どうかしたのか?」

 

 

「ああ、さっきの魔獣との戦闘でちょっとな。委員長が手当てしてくれたし、痛みも殆どないから大丈夫だ……でもよく分かったな」

 

 

「走ってた割には、右腕だけ振りが微妙に小さかったからな。まあ、大した怪我じゃないんなら何よりだ」

 

 

 リィンと会話をしている間、ユーシスとマキアスの表情が優れない事に気が付いたグランは、恐らく怪我の原因は二人だろうと思い至る。二人が怒鳴り合う声は魔獣と戦闘中のグランにも聞こえていたようで、その時は流石のグランも二人に呆れていた。だが今の二人の表情を見るにかなり反省しているようなので、多分同じ事は繰り返さないだろうとグランは安心する。そして最後に少し困った様子のエマへと視線を移した。

 

 

「委員長も大変だったな」

 

 

「あはは……でもグランさんの方が大変だったんじゃないんですか?」

 

 

「そうなんだよ、本当に大変だった……労ってもらえるか?」

 

 

 自分から労ってくれと話すのもどうかと思うのだが、人の良い《Ⅶ組》の委員長は笑顔でお安いご用だと答える。そしてエマが労いの言葉を掛けようとしたその時、グランの視線が段々胸へと下がっていく事に彼女は気付いた。エマは眉をひそめながら、グランが言いそうな台詞を考えて先に釘をさした。

 

 

「言っておきますけど、抱き締めて欲しいとかは無しでお願いします」

 

 

「何で分かったんだ……ガックシ」

 

 

「あははは……」

 

 

 グランが肩を落として落ち込んだ様子を見せる中、苦笑いを浮かべたリィンの笑い声だけがその場に広がるのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 手配魔獣の退治も終わり、リィン達は報告をするためにオーロックス砦へと向かった。道中、貴族から受けた依頼の品であるピンクソルトも見つけたが、今日中に届ければ問題ないだろうというユーシスの判断でそのままオーロックス砦へ。峡谷道を抜け、砦へと到着した六人の目の前には要塞と化したオーロックス砦が広がる。帝国東部のクロイツェン州を守る領邦軍の拠点とはいえ、国境でもないこの場所に位置する砦には不釣り合いなほどの防衛機能を持っているように思えた。六人が領邦軍の兵士に報告するべく道を進む中、砦の側に引かれた鉄路(レール)の上を貨物列車が通過する。列車に積載されている、青色のシートで養生された物体を眺めてリィンが口を開いた。

 

 

「載っていたのは……戦車?」

 

 

「ああ、あれは確かRF(ラインフォルト)の最新型──」

 

 

十八(アハツェン)だね」

 

 

 首を傾げるリィンの疑問に、グランとフィーが続けて答えた。ゼムリア大陸でも一、二を争う巨大重工業メーカー『RF(ラインフォルト)社』の最新型、そして列車に積載されていた戦車の数が十数機は見えた事からその額は膨大だろう。公爵家が行った増税の行き先はここか、とグランが走り去る列車を見ながら呆れていた。一方でユーシスは別に考えるところがあるのか、怪訝な顔を浮かべた後に歩く足を早める。早く報告を済ますぞ、という彼の言葉にマキアスが突っ掛かろうとするのをエマが宥め、五人もユーシスの後を追った。そして六人はオーロックス砦の入口に着き、そこに立っている領邦軍の兵士二人に声を掛ける。リィンが魔獣退治の報告を終えると、その兵士達は驚いた様子で話し始めた。

 

 

「学生に頼むのもどうかと思ったんだが、退治してくれたのなら何よりだ」

 

 

「それもだが、あの魔獣も出始めていたからな。無事で良かった」

 

 

「あの魔獣……グラン、もしかして」

 

 

 兵士達の会話に、リィンはグランが倒した魔獣の事を思い出す。グランも多分それの事だろうと頷き、リィンは手配魔獣を発見した時に現れた同タイプの巨大な魔獣も退治した事を捕捉説明として話した。兵士達は信じられないと驚きを隠せない様子で、グランの顔を見ている。

 

 

「学生の身であれを一人で倒すとは……信じられん」

 

 

「実害等は特に報告されていなかったんだが、流石に放置しておくわけにもいかなくてな。近々装甲車数台による撃退を予定していたんだが……」

 

 

 グランの事を知らない兵士達はやはり戸惑い、予想できたそのリアクションにグランも面倒くさそうに頭を掻いていた。わざわざグランの事まで説明する必要はないので、話が広がる前に魔獣の話題は直ぐに終わらし、他に聞きたいことがあったのか突然ユーシスが兵士の前へと姿を現す。

 

 

「ユ、ユーシス様!?」

 

 

「今回は特別実習で訪れている身。一般的な学生と同じ扱いで結構だ」

 

 

「はっ、了解しました!」

 

 

 そして敬礼のポーズを取る兵士達にユーシスが問い掛けたのは、オーロックス砦が以前よりも大幅に改装されている事と、先程の列車に積載されていた戦車の事だ。兵士の話では先月に大きな改装工事を実施したらしく、戦車も最近になって導入され始めたとの事。はっきり言って、地方の治安を守る領邦軍には必要性を感じない防衛機能と火力の大きさだ。

 

 

「(貴族派は戦争でもおっ始める気か? ただ単に帝国の正規軍と張り合ってるだけという可能性もあるにはあるが……にしては金を掛けすぎだ)」

 

 

 現在、帝国では革新派と貴族派の対立が水面下で激化している。グランが考えている通り、帝国の現状は内戦が起こっても不思議がない状態で、その時に備えて領邦軍が軍備を拡張している可能性は大いにあるだろう。でなければ、地方の領邦軍にこれだけの機能は必要がない。近々対空防御が整うだとか、正規軍の奴等には負けていられないだとか兵士達は話しており、その可能性は更に増していく。

 

 

「報告も終わった。さっさとバリアハートに戻るぞ」

 

 

 ユーシスは知りたかった事が聞き出せたのか、五人に声を掛けると峡谷道へ向けて歩き出した。他のメンバーも歩き出し、砦から峡谷道に出ようというところで突然マキアスが先頭のユーシスに声を上げる。これは一体どういうことだと。マキアスも、この領邦軍の行き過ぎた軍備の拡張はおかしいと感じていた。

 

 

「国境を守るクロスベル方面なら兎も角、地方の州都には行き過ぎている戦力だとは思わないのか?」

 

 

「……貴様も気付いているだろう。これが帝国の現状だと」

 

 

 そしてユーシスもまた、自身の父親であるアルバレア公が行った軍備の拡張にはやはり感じるところがあった。地方の領邦軍には明らかに必要量を超えている、過剰な戦力。だからと言って自分が父親に意見をしたところで、アルバレア公の意向が変わることはまずないだろうとユーシスは話す。当主であるアルバレア公の意向は絶対であり、ユーシスや、ユーシスの兄のルーファスですら変えることは出来ないと。

 

 

「(革新派と貴族派も、行き着く所まで行き着くというわけか。まあ、帝国の現状は身分による落差が激しすぎるからな……そうか)」

 

 

 ユーシスとマキアスの会話を端から眺めながら、グランは考える。きっとこの先、帝国で内戦が勃発するのは必然だろうと。革新派と貴族派の思想は、国を守るという目的こそ同じだが、その過程は決して交わることないもの。そして、五人の姿に視線を移していきながらグランはある事に気付く。

 

 

「(──なるほど。そのための《特科クラスⅦ組(オレ達)》か)」

 

 

 《Ⅶ組》を創設した人物の目的に、グランは辿り着いた。

 

 

 




あれ? グランの頭が良すぎる……大丈夫! 剣聖なんだし、勉強が嫌いなだけで頭は悪くないはず!

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