紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

21 / 108
翡翠の公都へ

 

 

 

 特別実習一日目。生徒会室を出たグランがトリスタ駅のロビーに来たことで、A班一行は受付の女性から切符を受け取ると、トリスタ駅で停車した列車に乗り込んで目的地のバリアハートを目指す。列車内での六人は向い合わせの座席に三人づつ座り、エマとフィーの間にリィンが、そして険悪なムードを漂わせるユーシスとマキアスの間にグランが挟まれていた。リィンが時折エマの胸をチラッと見ては顔を赤く染め、その隣でエマがリィンの様子に首を傾げる中、正面に座っているグランは恨めしそうにリィンの顔を見ている。リィンが顔を赤くする訳、それは《Ⅶ組》の委員長ことエマの胸がとても大きいからである。良識人とは言えリィンとてお年頃の男子、出るとこは出てスタイルも抜群なエマの容姿は嫌でも目がいってしまう。そしてリィンとは違って堂々と見る事に躊躇いの無いグランは、それを正面から拝むために隣のマキアスへ席を代わるように促した。

 

 

「くっ……マキアス、オレと席を代われ!」

 

 

「断る。その男の隣だけは御免だ」

 

 

「そう言って……委員長の胸を真正面から眺める事が出来るから動きたくないんだろ!」

 

 

「なっ!?」

 

 

 グランの言葉に、マキアスとエマは揃って声を上げると赤面する。マキアスはエマの胸部へと視線を移し、エマは両腕で胸を隠してその真っ赤な顔を下へと向けていた。案外、グランの言ったことは的を射ていたのかもしれない。ユーシスはそんなマキアスを鼻で笑い、それが気に入らなかったのかマキアスはユーシスに突っ掛かってまたまた言い争いが始まってしまった。グランとフィーは溜め息をつき、エマが二人の喧嘩を見ておろおろとする中、リィンは喧嘩中の二人の中へ割って入る。リィンにしては珍しく、二人へキツい言葉を突き付けた。

 

 

「──そうやって、今回も二人は周りに迷惑をかけるつもりなのか?」

 

 

 ユーシスとマキアスの言い争いが止まる。二人は眉間にシワを寄せてリィンの顔を揃って見つめ、グラン達三人はリィンの言葉に少しばかり驚いていた。五人の視線を一斉に受けて、リィンは尚も続ける。

 

 

「仲良くしろとは言わない。でも今の俺達は、この特別実習をやり遂げるために集まった、共に同じ時を過ごす仲間だ。ユーシスもマキアスも、今回ばかりは協力してくれないか? このままじゃ、セントアークに行ったB班には評価点で確実に負けるだろう。俺はこの特別実習で、B班に負けるつもりはない」

 

 

 仲間、という言葉にエマは笑みをこぼす。グランとフィーはリィンの顔を見ながら感嘆の声を漏らし、ユーシスとマキアスの二人はリィンの言葉に驚いた様子を見せる。そう、リィンは今確かに負けたくないと言ったのだ。普段のリィンを見るに、余り勝ち負けにこだわるようなタイプには見えない。だからこそ、マキアスとユーシスには今のリィンがとても不思議に思えた。

 

 

「驚いたな。君が勝ち負けにこだわるとは……」

 

 

「はは、俺だってやる以上は勝ちたいさ」

 

 

「……いいだろう。その話に乗ってやる」

 

 

 自分もやる以上は勝ちたい、とユーシスはリィンの言葉に了承の意思を見せる。マキアスはその事に驚きつつも、今回は休戦だと彼も賛成した。一連の出来事を隣で見ていたエマは流石はリィンだと彼を称え、ユーシスとマキアスに感謝の言葉をリィンが口にする中、マキアスは少し照れた様子でリィンに向かって人差し指を突きつける。

 

 

「言っておくが、君の事も許した訳じゃないぞ! あくまでも一時的に休戦するだけだからな!」

 

 

「ツンデレだな」

 

 

「ツンデレだね」

 

 

「ええい! 君達は黙らないか!」

 

 

 明らかな照れ隠しを見せるマキアスをグランとフィーの二人はからかい、マキアスは更に顔を真っ赤に染めるとその場で立ち上がった。マキアス=レーグニッツ。貴族への偏見さえ無くすことが出来れば、彼は普通に良識的な人間である。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 翡翠の公都、バリアハート。帝国内で大きな権力を持つ《四大名門》と呼ばれる貴族の一人、クロイツェン州を治めるアルバレア公爵の邸宅が建つ事で知られる。現在帝国内では平民出にして宰相を務めるギリアス=オズボーン率いる革新派、《四大名門》率いる貴族派と呼ばれる二つの勢力が対立をしているのだが、その中でもアルバレア公爵は貴族派の筆頭に立つ人物。その影響もあってかこの街は貴族主義を唱える貴族の人間が多く住み、皆華やかな生活を送っていた。マキアスが嫌がる訳である。そんなバリアハートの駅に列車が着くと、リィン達は次々と駅のホームへ降りていった。そして彼らを待っていたのは、アルバレア家が所有する戦力でもある領邦軍の兵士達。先月の実習の事もあってグランは一人刀に手を添えて警戒をしていたが、ユーシスの言葉によってそれは解かれた。

 

 

「出迎えは無用だと連絡した筈だが」

 

 

「そうはいきません! アルバレア家に仕える身と致しましては、出迎えに上がるのは当然の事かと」

 

 

 領邦軍がアルバレア家に仕えるのならば、アルバレア公爵の息子であるユーシスもその対象に入る。要するに、ユーシスがA班にいる限り領邦軍も下手な真似を出来ないという訳だ。グランはそれに気付いて警戒を解いたのだが、直後領邦軍の兵士の後方から感じた気配に注意を向ける。グランの感じた気配、それは間違いなく強者が放つそれだった。やがて領邦軍の兵士が後ろから聞こえてくる男の声に道を開けると、六人の前にその人物は姿を現す。

 

 

「私が手配しておいた。そう邪険に扱わなくともよいではないか」

 

 

「あ……兄上!?」

 

 

「しばらく振りだな、弟よ。そしてご学友の諸君にはお初にお目にかかる。ルーファス=アルバレアだ」

 

 

 気配の正体、目の前の男はユーシスの兄、ルーファスだった。ユーシスと同じ金髪、そして気品のある格好と端正な顔立ちは貴公子と言っても差し支えない。事実、貴族派切っての切れ者と知られる彼は、その見た目から貴族のお嬢様方に大人気だ。リィン達が頭を下げる中、あれだけユーシスと言い争いをしていたマキアスでさえもルーファスの漂わせるオーラにたじろいでいる。

 

 

「外に車を待たせてある。先ずはそこまでご足労願おうか」

 

 

「……」

 

 

 グランが一人鋭い視線を向ける中、ルーファスはそれに気付きながらも終始笑顔で六人を案内するのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 結果から言うと、ルーファス=アルバレアはグランが思っていたような警戒すべき人間ではなかった。公爵家ならではの広い人脈か、リィンの父親であるテオ=シュバルツァー男爵や、マキアスの父親で帝都ヘイムダルの帝都知事を務めるカール=レーグニッツを知り合いに持つようで、時折ユーシスを冗談半分にからかいながら座談をするルーファスは誰がどう見ても弟思いの出来た兄に感じた。ルーファスが皆の前でユーシスをからかい、普段のユーシスからは思いもよらない戸惑った反応を見せる中、グランもいつの間にかリィン達と同じように笑顔を浮かべている。

 

 

「(シャーリィとも、昔は仲良かったんだよな。今は一方的にオレが避けてるんだが……)」

 

 

 『赤い星座』時代、妹ともあんな風に仲良くしていたな、とグランは二人の様子に昔の自分を重ね、今では修復不可能になってしまった関係を思い出して少し憂鬱になっていた。隣でフィーがグランの様子を見て首を傾げ、リィン達と雑談を終えたルーファスが今度はそんなグランに声をかける。

 

 

 

「しかし、我が弟の学友に『紅の剣聖』がいると知った時は驚いた。そなたの実力は聞き及んでいる」

 

 

「『剣聖』や『風の剣聖』に比べれば、まだまだひよっ子もいいところですよ」

 

 

「謙遜する事はない。その若さで『紅の剣聖』と呼ばれるまでに至ったのは、そなたが思っている以上に凄い事だ」

 

 

 ここまで褒められれば誰だって悪い気はしない。グランも素直に頭を下げてその言葉に感謝し、少し照れた様子を見せている。それを見たフィーはニヤニヤとグランの顔を眺めており、ルーファスがユーシスと内輪話を始める中、エマは隣のフィーへ気になっている事を話した。

 

 

「フィーちゃん。グランさんってそんなに凄い人なんですか?」

 

 

「うん……グランが本気出したら、多分サラより強いかも」

 

 

「さ、サラ教官より!?」

 

 

 実際に二人が戦ってみないと分からないとフィーは付け足すが、それでもサラ並みの強さだという事にエマは驚いた様子でグランの顔を見ている。そういえばグランは士官学院の武術訓練を全く苦にしていなかったな、とエマは普段のグランを思い出し、顔を合わせれば胸の話ばかりして自分を困らせている彼の事を少し見直していた。エマが暫くグランの顔を眺めていると、彼もその視線に気付く。どうしたんだ? と彼女に問い掛け、その声にエマは笑顔で答える。

 

 

「いえ、グランさんは凄い人なんだなぁって感心してたんです」

 

 

「……これ、もしかして脈あり?」

 

 

「そうかもね」

 

 

「胸触っても怒られない?」

 

 

「聞こえてますよ!」

 

 

 ひそひそとフィーにとんでもない事を話すグランへ、エマが真っ赤な顔をして声を上げる。エマの中で上がりかけていたグランの評価は、急激に下降していくのだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 導力リムジンで今回の宿泊先へと送ってもらったA班六人は、ルーファスと別れを告げた後に目の前に建つホテル内へと足を踏み入れる。内装はいかにも貴族向けなきらびやかなもので、余りそういった事に無縁のグランは物珍しそうに辺りを見渡していた。一同が暫くその場に立っていると、ホテルの支配人と思しき男が六人の元へ歩いてきて口を開く。

 

 

「ユーシス様、本日は当ホテルをご利用いただき誠にありがとうございます」

 

 

「部屋は用意出来ているのか?」

 

 

「はい。ご学友の方々は男女別にお部屋を、ユーシス様には当ホテルのスイートルームを──」

 

 

「ちょっ、ちょっと待て!」

 

 

 支配人の話を遮り、グランが焦った様子で声を荒げる。理由は恐らく、リィン達五人は一般の部屋に対してユーシスだけはスイートルームに宿泊する事だろうと他のメンバーは考えた。公爵家の人間とは言え、今回はユーシスも実習で皆と一緒に訪れているわけで、確かにこの特別扱いは如何なものか。ユーシスもそれが分かっているからグランに言われる前に自分も男子と同室にしてくれと求め、マキアスは平等の扱いを求めようとしていたグランに少しばかり感心していた。だが、グランの考えていた事は他のメンバーの思っていた事とは全く関係ない事だった。

 

 

「男女別なのか?」

 

 

「は、はい。何か問題でも?」

 

 

「何てこった。委員長の生着替えを覗く絶好の機会が……」

 

 

「な、何考えてるんですか!」

 

 

 グランは先月の実習と違って男子と女子の部屋が別な事に落ち込んでいた。今回の特別実習、《Ⅶ組》の委員長はグランの事だけで前回以上の労力を使うことになるかもしれない。

 

 

 




周回プレイしようとPS3起動したら閃の軌跡のデータが消えてた……マラソンの日々が……(/_;)/

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。