紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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『紅の剣聖』グラン=ハルト

 

 

 

 自由行動日から三日が過ぎ、《Ⅶ組》の面々は士官学院に入って二度目の実技テストを迎える。皆は先月と同様にグラウンドへと集合しており、そこには既にサラとトワの姿もあった。今回の実技テストの内容は先月と同じで、サラが用意した傀儡を戦術リンクを駆使して倒すこと。サラが指を鳴らした途端に突然現れる傀儡に中々慣れないリィン達は少し驚きつつも、各々得物を取り出してその手に握り締め準備を始める。その様子を見たサラは早速始めようということで、最初に実技テストを行うメンバーの名前を挙げた。

 

 

「リィン、エリオット、アリサ、ラウラ。四人共前に出なさい」

 

 

 この時点でグランの心の中に少しの不安が過ったのだが、まあ大丈夫だろうと気にした様子を見せずにリィン達が傀儡と戦う姿を眺めていた。そんな中、リィン達四人は先月の実習を経験して一段と成長したのか、戦術リンクを活用しながら難なく傀儡を倒すことに成功する。傀儡が消滅し、それを確認した四人が武器を納める様子を見てサラは満足そうに頷いた。

 

 

「いい感じじゃない。実習を通して得た経験をちゃんと自分の物に出来てるみたいだし、感心感心」

 

 

「四人共凄くてびっくりしちゃった。リィン君達、お疲れ様」

 

 

「ありがとうございます、トワ会長」

 

 

 にこにこと笑顔で話すトワの労いの言葉にリィンが頭を下げる中、続いてサラは指を鳴らすとまたまた傀儡を出現させる。そして次にテストを行うメンバーの名前を呼ぶのだが、サラが挙げた名前を聞いてグラン以外の皆が一様に同じ考えを抱いた。

 

 

「次は──ガイウス、ユーシス、マキアス、委員長、フィー。貴方達よ」

 

 

(あ、グランが残った)

 

 

 ここまで来ると最早軽いいじめといっても過言ではない。名前を呼ばれた五人が苦笑いを浮かべながら前へと出る中、グランはその場でしゃがみこんで地面に落書きをしていた。そんなグランの様子を見て可哀想に思ったのか、トワは彼の近くへ歩み寄ると頭を撫でながら大丈夫だよと元気付ける。

 

 

「きっと理由があるんだと思う。ね? グラン君元気出して」

 

 

「いいんです。バレないように隠してた秘蔵の酒まで飲まれて、オレきっとサラさんに嫌われてるんです」

 

 

「そんな事ない……ん、お酒?」

 

 

 トワが聞き返してきて、グランは漸く自分の失態に気付く。会話を聞いていたサラは額に手を当てて、何を言ってしまったんだと天を仰いだ。グランはやってしまったと口を手で塞いでトワの顔を見上げるが、そこには先程までと同様に、にこにこと笑顔を浮かべたトワの顔が。怒られずに済んだと肩を下ろすグランだったが、そうは問屋が卸さなかった。

 

 

「グラン君、ちょっとこっちにおいで」

 

 

「はい、すみませんでした」

 

 

 笑顔を浮かべながら放つトワの異様なオーラに耐えきれず、グランは直ぐ様その場で正座をすると頭を地面へとつけた。後に《Ⅶ組》の面々は語る、これ程キレイな土下座は今まで見たことがないと。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「いい、グラン君。学生がお酒を飲んじゃダメって決まってるのはそもそも──」

 

 

「はい、すみません。本当すみません──」

 

 

「(グランも馬鹿ね~。ああなった会長は暫く煩いわよ……しっかし)」

 

 

 グランがトワから盛大な説教を受けている中、サラは傀儡と戦闘を終えたガイウス達の様子を見てため息をついていた。此方はリィン達四人に比べて人数も一人多く、傀儡の強さも同じなため通常ならば苦戦をせずに済むのが道理の筈だ。その筈なのだが……結果から言うと倒しこそしたものの、五人の実技テストは散々なものだった。個々の能力に問題があった訳ではない。問題は戦術リンクが上手く繋げなかった事で、それもこれもユーシスとマキアスの二人が全ての原因だ。先月の実習で一悶着あったこの二人は戦闘中、互いに連携を無視して張り合うかのように単独行動を取っていた。そんな調子で戦術リンクが上手くいく筈もなく、思った以上にガイウス達は苦戦を強いられた訳だ。フィーを除いて今も肩で息をする四人を、と言うよりはユーシスとマキアスの二人を見ながらサラは容赦なく話す。

 

 

「この体たらくは一体誰の責任か、言わなくても分かるわね?」

 

 

「くっ……」

 

 

 ユーシスとマキアスは揃って悔しげな顔をした後、リィン達が立っている場所へと戻っていく。他のメンバーがその様子を心配そうに見つめる中、サラは最後に一人残っているグランの実技テストを行うため声をかけようとした。しかし、グランの方を向いてみると彼は未だにトワから説教を受けていた。

 

 

「お酒を飲むのは成人になってからって規則がちゃんとあるんだから、守らないといけないの。グラン君だけそれを無視して──」

 

 

「本当、すみません──」

 

 

「……駄目だこりゃ」

 

 

 トワとグランの様子を見る限り彼女の説教はまだ当分終わりそうにないので、サラは仕方なくグランの実技テストを後回しにする事にした。そして残りの《Ⅶ組》メンバーに今月の特別実習の班分けと行き先が記された紙を配るのだが、その内容を見た一同はA班のメンバーにユーシスとマキアスが二人共揃っていることに気付く。マキアスはたまらず声を荒げた。

 

 

「冗談じゃない! またこの男と同じ班なんて納得できません!」

 

 

「こっちから願い下げだ。サラ教官、もう一度検討し直してもらおうか」

 

 

 マキアスとユーシスの言い分は分からないでもない。先月の実習で殴り合いにまで発展しそうになった二人を、何故敢えて同じ班に加えるのか。リィン達もこのあからさまな班分け内容には流石にリアクションに困っている。二人はお互い別々の班にしてくれと口にするが、サラには変える気など一切ないらしい。その理由は、今回のA班が向かう実習先にあるようだ。

 

 

「A班の実習先はバリアハートだし、ユーシスは外せないのよ」

 

 

「だったら僕をB班にすればいいでしょう! セントアークも貴族の街だが、バリアハートに比べれば遥かにマシだ。貴族主義に凝り固まった連中の所へなんか行きたくもない!」

 

 

「そんな事言われてもね~……」

 

 

 尚も食い下がるマキアスにサラはどうしたものかと頭を悩ませるが、そんなマキアスを説得するために立ち上がったのは意外な人物だった。先程までトワから説教責めにあっていたグランがいつの間にか復活しており、サラとマキアスの間に割って入る。

 

 

「マキアス。お前が貴族嫌いなのは聞いてて良く分かったが、だからってサラさんの出した決定事項に逆らうのは教えてもらってる側としてどうなんだ?」

 

 

「くっ……確かにそうだが、バリアハートにだけは……」

 

 

「ふん、威勢のいい割にはその程度の言葉で押さえ込まれるとは情けない──グラン、大体つい先程まで会長から説教を受けていたお前が言っても説得力など皆無だ。それにこれは俺とこの男の問題、部外者は口を挟まないでもらおう」

 

 

「あのなぁ……ごめん、オレじゃ手に負えないわ」

 

 

 マキアスを言いくるめそうなところでユーシスが間に入り、説得に失敗したグランはお手上げとばかりにそそくさとトワの元へ戻る。確かに先程まで説教を受けていたグランが話したところで、余り説得力は無い。にしても、ユーシスとマキアスが自分達の事しか考えていないのは誰の目から見ても分かる。本人達もそれは自覚しているだろうし、だからこそ半分自棄になっているのかもしれない。

 

 

「双方引く気はない?」

 

 

「はい」

 

 

「勿論だ」

 

 

「仕方無いわね……だったら私を力ずくで言い聞かせてみる?」

 

 

 強化ブレードと導力銃を取り出して挑発げに話すサラに、一同は驚きを隠せない。先月の実技テストで、彼女の実力の高さはここにいる皆が知っている。ユーシスとマキアスも苦虫を噛み潰したような顔をし、一人笑みを浮かべるサラへ鋭い視線を向けた。サラは足を前に踏み出せない二人を見て得物を鞘とホルスターへ納め、実習についての説明を続けようとしてふと思い付く。一石二鳥の解決方法を。

 

 

「そうだグラン、あんたユーシスとマキアスの相手してあげなさい……でもそれじゃあ直ぐに片が付くだろうから、ついでにリィン、あなたも入るといいわ」

 

 

「俺もですか?」

 

 

「ええ。同じ流派として学ぶところもあるんじゃない? もしこの三人でグランに勝つ事が出来たら、二人のお望み通り班分けを検討し直してもいいわよ」

 

 

 サラの提案にユーシスとマキアスは了承し、リィンも良い機会をもらえたと参戦する。三人は前に出てそれぞれ得物を手に取りやる気を見せるが、グランは物凄く嫌がった。何でオレがそんな事をしなきゃいけないんだと。サラは嫌がるグランへ今回の実技テストは三人に勝つことが条件だと付け足し、何故自分だけ実技内容が違うんだとグランは中々了承の意思を見せない。渋るグランに、ユーシスが騎士剣を手に握りながら早くしろと促した。

 

 

「教官の決定事項に逆らうのは教えてもらってる側としてどうなんだ、と言ったのはお前自身のはずだが?」

 

 

「いやまぁ、それはそうなんだが……」

 

 

「グラン君、やってあげたら? このままじゃ話が一向に進まないみたいだし」

 

 

 遂にはトワまで相手をしてあげたらと言い出した。グランは他の《Ⅶ組》メンバーへ助けを求めるが、皆揃って諦めろと口にする。四面楚歌の状況に立たされたグランは大きなため息をついた後、前に出ると刀を鞘から抜いてリィン達三人の正面に対峙した。

 

 

「──言っとくが手加減する気はない。オレも実技テストの評価が絡んでいるわけだし、二人の望みを叶えるためにわざと負ける何て真似は真っ平ごめんだからな」

 

 

「当然だ。全力で来い、返り討ちにしてやる」

 

 

「さてと、それじゃグランの実技テストを始めるわよ──時間は無制限、グランかリィン達のどちらかが戦闘続行不可能になった時点で終了とする。双方、構えなさい」

 

 

 サラの声にリィンが太刀を、ユーシスは騎士剣を、マキアスはショットガンをその手に構える。三人の前に立つグランは同じく刀を構えると、腰を落として初撃の構えをとった。互いに準備は整い、後は開始の合図を待つだけだ。

 

 

「実技テスト……始め!」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 グラン対リィン達三人の戦闘が開始されて直ぐ、離れた場所で見ていた他のメンバーは驚愕の表情を浮かべていた。何故なら、既にユーシスとマキアスの二人が地面に膝をついていたからだ。《Ⅶ組》の皆とトワには何が起こったのかさえ理解出来なかった。明確に状況を理解出来ているのは、戦いを見守るサラと唯一立っているリィンの二人だけ。アリサは突然の展開に若干の動揺を見せながら、隣にいるラウラへ今何が起こったのかを確かめる。

 

 

「ラウラ、一体何が起きたの? グランが消えた途端二人が……」

 

 

「いや、かく言う私も辛うじて見えた程度だ。だが、グランは確かにユーシスとマキアスに接近して一撃を加えたようだな……先月の実習で私達も見たはずだアリサ。あれは──裏疾風と言っていた」

 

 

 ラウラの説明に、アリサが驚きながら先月の実習の事を思い出す。ルナリア自然公園で魔獣に囲まれた時、大市で起きた事件の犯人を追い詰めた後に現れた魔獣との戦闘。確かに、同様の出来事があったとアリサは口にする。

 

 

「グランちょっと本気っぽいかも」

 

 

「フィーちゃん、グランさんはあれでちょっとしか本気出してないんですか!?」

 

 

「うわぁ、見えてる世界が違うと言うか……」

 

 

「グランは凄まじい実力を持っているようだな」

 

 

 フィーの率直な感想にエマが驚いているその隣で、エリオットとガイウスはフィーの言葉を聞いて改めてグランの凄さを認識する。本当にどうしてグランは士官学院に入学したんだろうと皆が不思議に思いながら戦いを見守る中、唯一グランの太刀に対応する事が出来たリィンは冷や汗を流しながらグランに向かって口を開く。

 

 

「ははっ、こう手合わせしてみるとグランの凄さが改めて良く分かるよ」

 

 

「何言ってんだ、裏疾風を対応されるなんて数ヶ月振りでこっちが驚いたわ。リィンって本当に初伝か?」

 

 

「ああ、間違いない。老師からは見限られたよ……そう言えば前から一つ気になっていたんだ。グランはその、やっぱり中伝クラスなのか?」

 

 

 刀を交える事でグランの実力の高さを改めて感じたリィンは、ずっと気になっていた事も含めて現在のグランがどのクラスに該当するのかを聞いている。仮にグランが中伝クラスなら、リィンは先ずその領域にたどり着かなければならない。彼にとっては良い目標にもなるだろう。離れた場所にいるラウラも二人の会話に興味があるのか耳を傾け、グランは話すべきかどうか一瞬迷うものの、どうせ直ぐに分かる事だと結論に至ってリィンの問いに答えた。

 

 

「じいさんが話してるかどうかは微妙だが、十二の歳で免許皆伝をもらった奴の事を聞いたことはないか?」

 

 

「……以前ユン老師から聞いたことがある。二年で免許皆伝に至った、同じくらいの歳の少年がいるんだと。確か渾名は『紅の剣聖』……えっと、まさか」

 

 

「そのまさかだよ。この際だし、改めて名乗らせてもらうか──八葉一刀流弐ノ型奥義皆伝、グラン=ハルトだ。よろしく頼む」

 

 

 グランの自己紹介に、リィンを始めユーシスやラウラの顔が驚愕に染まる。自分達の目の前にいるグランが『剣聖』の名を与えられるほどの人物だと知り、驚きの余り言葉も出ない。そして数秒の沈黙の後、リィンは漸く気が付いた。とんでもない男と自分は向かい合っているんだと。

 

 

 




ああぁ……早く《C》を出さないとグランの無双状態がいつまでも続いちゃう……

助けて!アリアンロードさん!

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