紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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『闘神の息子』との再会

 

 

 

 あれからグランとフィーは東方の料理に舌鼓を打った後、せっかくクロスベルに来たんだから観光でもしようということでクロスベル市内を歩いていた。まず、ここクロスベルにはIBCと呼ばれる金融機関がある。港湾区の先に建つ巨大なビル、国際規模の膨大な資産を管理するその組織は一見する価値があるだろう。と言うわけでグランはフィーの手を引きながらIBCのビルへと向かっていたのだが、その道中、ある建物を見つけてグランの足取りは止まる。

 

 

「とうとうクロスベルまで来やがったか」

 

 

 グランの目に止まったのは、一つの貿易会社。その名は黒月(ヘイユエ)貿易公司。クロスベルの湾岸区に位置する東方系のこの会社は、表向き貿易関係の仕事を請け負っている。しかしその実態は、カルバード共和国の東方人街に拠点を置く犯罪組織『黒月(ヘイユエ)』がクロスベルにおける裏社会の覇権を得るために仕向けたもの。現在クロスベル警察、遊撃士協会クロスベル支部はこの実態を把握しているため常に警戒を抱いているが、会社の支社長として訪れている『黒月(ヘイユエ)』の幹部、ツァオ=リーの巧みな手腕によって着々と地盤を固められている状態だ。流石にそこまで詳しい実状をグランが把握しているわけではないが、『黒月(ヘイユエ)』という組織については彼も知っていた。

 

 

「どうしたの?」

 

 

「──何でもない。ただこの街もまた騒がしくなるんだろうってな」

 

 

「……ん?」

 

 

 グランの言葉の意味がフィーに分かるはずもなく、首を傾げる彼女にグランは苦笑した後、再び歩き出す。そしてIBCへ向かう坂道に差し掛かったその時、グランは急に歩みを止めると腰に携えている刀へと手を添えた。フィーはグランの表情が険しくなっていくのを見て、辺りの気配を探るが特に何も感じるものはない。だがグランの顔をよく見ると、彼が横目で建物の陰へ視線を向けている事に気付く。その視線の先を注意深く探り、フィーも漸く気が付いた。

 

 

「何かいるね」

 

 

「フィーすけも気付いたか。どうやら向こうさんに仕掛ける気はないみたいだが……警戒だけはしておけ」

 

 

「うん、かなり手強そうかも」

 

 

 グランとフィーはそれぞれ得物に手を添え、何時でも太刀打ち出来るように臨戦態勢を維持しながら慎重に坂道を上がった。結局IBCの表門に着くまでその態勢を保っていたが何も事は起きずに済み、気配も消えた事で二人共得物から手を離すと目の前にそびえるビルを見上げる。IBCの本社、地上十六階の高層ビルは中々お目にかかれるものではなく、素直に二人を驚かせた。

 

 

「おー、ありゃあ落ちたら死ぬな」

 

 

「そだね」

 

 

「……屋上は、さぞいい眺めなんだろうなー」

 

 

「そこは関係者以外入れないと思う」

 

 

「……これ建てるのにどんだけのミラがかかったんだろうなー!」

 

 

「知らない」

 

 

 

 ビルを目の前にして二人の会話が弾まない。グランは盛り上げようと様々な感想を並べるが、フィーがそれを全て叩き落とすからだ。東方料理の店にいたときのフィーは割りと口数も多かったが、あれはあくまで自分の知りたい事だったからである。普段の彼女はどちらかというと無口なため、こういった日常会話はあまり得意ではなく、このように会話のキャッチボールが上手くいかない事が殆ど。フィーはビルをぼぅーっと見上げ、グランはそんな彼女の様子を横目で見ながらどうしてついてきたんだと言いかける。言いかけるが、グランはフィーから返ってくる答えが予想できたのか溜め息をついていた。その後、グランは街の方へ戻ろうとフィーに声をかけてその場で踵を返す。無言でフィーもその後に続き、二人が市街地へ引き返す中、その姿を見た警備員は思った……こいつら一体何しに来たんだと。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 グランとフィーは湾岸区を抜けて、隣の行政区へ移動していた。クロスベル市庁舎、図書館、そしてクロスベル警察の本部とこの街において重要な役割を担う建物が建ち並んでいる。他には屋台販売をしている店等も見えるが、グランにとってこの中でも用があるのはクロスベル警察だ。『闘神の息子』ランドルフ=オルランドの居場所を聞き出すため、グランはクロスベル警察の建物内へと足を踏み入れる。ロビーに設置されたソファーへフィーを座らせた後、グランは一人受付へと向かった。カウンター越しに座る女性はグランの姿に気付いたのか、業務を中断すると笑顔を浮かべて口を開く。

 

 

「こんにちは、本日はどうかされましたか?」

 

 

「すみません。知人がここに勤めていたと聞き、その人にどうしても伝えたい事がありまして……」

 

 

「そうですか。その人の名前を伺っても宜しいでしょうか?」

 

 

「──ランディって名前だと思うんですけど」

 

 

 グランは少し考えを巡らせた後、念のためにランディという名前で尋ねる事にした。遊撃士協会でのミシェルとの会話から、恐らくここではランドルフではなくランディの名で通っている可能性が高い。勿論ランドルフで尋ねても構わないのだが、仮にランドルフで名前が通っていなかった場合に変に怪しまれるのが面倒だからである。そしてどうやら、ランディの名で彼女には通じたようだ。

 

 

「ランディさんの知り合いの方だったんですね。実はランディさん、今急用で支援課を離れてて……あっ、ロイドさーん!」

 

 

 受付の女性が手を振りながら叫んだ先、クロスベル警察の制服を着た茶髪の青年とスーツ姿の眼鏡の男が二人で歩いていた。女性の声に気付いたその青年は、眼鏡の男に何か話した後グランの近くへと歩いてくる。その様子を見ながら、受付の女性が青年の事を話し始めた。

 

 

「あの人はロイドさんって言うんです。ランディさんと同じ特務支援課の人で、先日の教団事件でロイドさん達は大活躍だったんですよ!」

 

 

「フラン、恥ずかしいから止めてくれ……紹介に預かった、ロイド=バニングスです。えっと、先ずは君の名前と、今日どういった用件でここに来たのか教えてもらえるかな?」

 

 

 茶髪の青年、ロイドに名前と用件を問われたグランはほんの一瞬だけ顔を歪めるが、直ぐに表情を真剣なものに変えて問いに答えた。グランの鋭い視線にロイドと受付の女性の顔が強張り、そしてグランの口から発せられた言葉は二人を驚かせる事になる。

 

 

「オレの名前は、グランハルト=オルランドと言います。今日は……ランディ兄さんに用があって来ました」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「後でもよかったか」

 

 

 現在グランは導力車の中で揺られながら、窓側の席で外の景色を眺めていた。グランの隣には勿論フィーが座っており、二人が乗っている導力車はかなりの大きさなのか二人以外にも数人が同乗している姿が見える。グランとフィーが今乗っているのは、導力バスと呼ばれる大型の導力車だ。ここクロスベル市には導力バスという公共の交通機関が存在し、クロスベル周辺の離れた町や施設を利用出来るように一日に何度も往復している。クロスベル市とその周辺を繋ぐ市民の足であるこの導力バスが現在走行しているのは西クロスベル街道。そして目指している場所は、エレボニア帝国との境に位置するベルガード門に向かう途中の中間地点。何故グランとフィーがそこへ向かっているのかというと、クロスベル警察でロイドから『闘神の息子』ランドルフ=オルランドの場所を教えてもらったからに他ならない。因みにグランが呟いているのは、先に観光をしてからでもよかったなという実にどうでもいい話だ。

 

 

「クロスベル市に戻った頃にはいい時間だな……どうしたフィーすけ?」

 

 

「──何でもない」

 

 

 グランは外の景色を眺めた後、隣に座っているフィーの顔を見て何か違和感を感じたのか問い掛けるが、フィーは素っ気ない態度で答えた。グランは特に気にした様子もなく窓の外へと視線を戻すが、実は今現在フィーの機嫌は少々悪い。その理由は、普段の彼女からは想像がつかないほど女の子めいたものだった。

 

 

「(せっかく二人でクロスベルまで来たのに、結局遊べなかった)……グランの馬鹿」

 

 

「何か言ったか?」

 

 

「何も」

 

 

 クロスベル市でグランに手を引かれていたフィーはとても機嫌が良さそうだったのだが、今の彼女の顔はどこか寂しそうで、フィーの面倒をよく見ているエマあたりなら直ぐに不機嫌だという事が分かるだろう。女心と秋の空、とはよく言ったものである。そんな二人がバスに揺られること数分後、目的の場所の中間地点に着いたのか、街道の三叉路で導力バスは停車した。やはり休日の日にこんな街道の真ん中でバスを降りるのはグランとフィーの二人しかおらず、乗客の好奇の目に晒されながら二人はバスを降りる。グランとフィーが降車した後にバスはベルガード門方面へと走り去り、二人はその様子を見届けると南に伸びる街道へと歩き始めた。

 

 

「どうせなら警察学校までバスの運行しろっての」

 

 

「怠け者の考えだね」

 

 

「うるせぇ……ん?」

 

 

 グランの愚痴にフィーが突っ込んでいる中、グランは街道の隅で蠢く巨大な植物を発見する。人一人を丸飲み出来そうな程の大きさのそれはどうやら移動できるらしく、くるりとその場で反転すると視線と呼んでいいのか分からないがとにかく二人の姿を認識した。グランは嫌な予感がするも、鞘から刀を抜くとフィーにも銃剣を構えるように促して戦闘態勢に入る。その間にも植物型の魔獣は四体まで増えており、触手のような花弁を動かしながら蠢くその姿は実に気持ち悪い。フィーもその姿を見て思いっきり表情を歪ませた。

 

 

「グラン、本当にあれと戦うの?」

 

 

「出来ればオレも逃げたいが、流石にこのまま放っておけないだろ。バスの運行に支障が出ないとも限らないしな」

 

 

「遊撃士に任せとけばいいのに……グランって意外とお人好しだよね」

 

 

「今ごろ気付いたのか? さて……速攻で仕留めるぞ!」

 

 

 先制はグラン。前方の二体の内片方に接近すると刀を一閃、鋭い一振りが魔獣を襲った。その一撃に魔獣が苦しむ中、それを見たフィーは相変わらずのグランの速さに驚きながらも、遅れることなく同じ魔獣へ追撃を仕掛ける。今はグランが前衛のため、フィーは銃による援護射撃を選んで銃口を魔獣に向けるとその場でトリガーを引いた。連続射撃で魔獣の身に銃撃を叩き込み、ぐったりしていく様子を見るにグランとフィーの連撃は魔獣へと確実にダメージを与えている。他の三体は特に動く様子もなく、このまま一気に形勢を傾けようとグランが更に仕掛けた。

 

 

「弐ノ型──疾風(はやて)!」

 

 

 彼の十八番とも言っていい技。まるで地にラインを描くように、四体の魔獣へ駆け抜けざまに斬りかかるその姿はフィーでも目で追うのがやっとだ。始めに集中攻撃を仕掛けた魔獣は地にぐったりと倒れて最早生命は途絶えている。残りの三体もグランの一撃に苦しみながらその身をうねうねと動かし、いつの間にかフィーの隣に戻ってきていたグランは余裕そうな顔でその様子を見ていた。続いてフィーも追撃しようと前方に駆けて銃口を三体へ向けるが、その時二人に予想外の事態が起こる。突然周囲の大地が震動を起こして二人の自由を奪った。

 

 

「──っ!?」

 

 

「っく!?  こりゃまた面倒だな……おい、フィーすけ下がれ!」

 

 

 突然の地震に二人は態勢を崩され、グランが慌てて声をあげる中フィーはその声で前を向いた。二人が地震に戸惑っている隙に、フィーの直ぐ目の前に魔獣の三体の内一体が接近していたのだ。その魔獣はここぞとばかりにその身をフィーへ叩きつけようと大きく仰け反り返る。一撃は確実に浴びてしまう。グランもフィーもそれは確信したが、突如斬撃の音と共にその魔獣は動きを止めてその場に崩れ落ちた。魔獣が倒れたその後ろ、グランと同じ赤髪の男が、振り下ろしたハルバードを地面から引き抜いている姿が見える。

 

 

「ランディ兄さん!」

 

 

「ようグラン、しばらく振りだな」

 

 

 二人の助太刀に来たその人物は、グランの探していた『闘神の息子』ランドルフ=オルランドその人だった。

 

 

 




次回で自由行動日クロスベル編は終わりです。さて、二章の実習先はどうしようかな……

PS ネペンテスGとの戦闘中、ノエルのサポートクラフトで全体攻撃を喰らったのは私だけではないはず。

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