紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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束の間の休憩

 

 

 

「会長、下がれ———!」

 

 

 焦燥の中、トワの前に躍り出たグランが叫ぶ。不意に頭を過ぎったこれから起きる惨状に、その身体は無意識で戦闘体勢へ移行していた。確証はない。根拠もない。それでも、ただの既視感というには余りにも不可思議な程、その光景には色があった。機械人形が放つ銃弾の音、それらが漂わせる火薬の香り、その光景を前に恐怖で身を震わせるトワの表情。そしてそれら全てが、これから起きると感じた出来事のはずが、まるで体験したかの様な錯覚を与える矛盾。これは異様だと、グランも休憩室の入口に向ける視線に鋭さを増しながら、腰に下げた刀の柄を握る手に力が入る。

 トワや周囲の人間が彼の行動に困惑した様子で注意を向ける中。グランの敵意を込めた視線の先、入口の扉はゆっくりと開かれた。

 

 

「……随分と物騒な挨拶だな」

 

 

 グランの前に現れたのは、長い黒髪を揺らす一人の男だった。左頬に大きな傷痕が残るその男はグランと同様に刀を帯刀しており、今にも抜刀しそうな彼を視界に収めても慌てる事なく冷静に振舞って見せた。その落ち着いた立ち居振る舞いからは、只者ではない気配を感じ取れる。

 その男の名は、アリオス=マクレイン。遊撃士協会クロスベル支部に所属するA級遊撃士であり、八葉一刀流弐ノ型免許皆伝の実力者。風の剣聖の呼び名で知られ、クロスベルでも圧倒的な人気で英雄扱いされている人物だ。その卓越した剣技と問題解決能力は、遊撃士の最上ランクでもある非公式ランク、S級への昇格を本部から打診されている程。そして、グランにとっても深い関わりを持つ人物でもある。

 扉の先から現れたのがアリオスと確認し、グランの焦燥感は徐々に薄れていた。柄を握っていた手は離れ、その視線からは既に敵意が消えている。周囲が向けていた視線も三人から逸れ、各々談笑を再開していた。

 

 

「なんだ、アンタか」

 

 

「グラン君の知り合いの人?」

 

 

「アリオス=マクレイン……なんて事はない、そこら辺にいるただの遊撃士ですよ」

 

 

「そこら辺にいるただの遊撃士で悪かったな」

 

 

 トワの疑問に答えたグランの物言いには、流石のアリオスも僅かに渋い表情を見せる。相変わらず口の利き方が悪いと指摘を行ない、そんな彼の視線はグランの後ろにいるトワへと向けられた。アリオスにとって彼女は見ない顔だ、疑問も抱くだろう。

 彼の視線を受け、それに気付いたトワも前に出ると直ぐに頭を下げる。先程のグランの態度もあってか、その下げ幅は挨拶にしては少し深かった。

 

 

「トワ=ハーシェルと言います。その、グラン君が失礼な事を言ってすみません」

 

 

「この男の性格は承知している。何も君が謝る必要は無い」

 

 

 自己紹介と同時に深々と頭を下げて行なわれたトワの謝罪には、渋い表情だったアリオスも笑みをこぼす。彼女を少しでも見習った方がいいとグランに向けて彼は話すが、当の本人は何処吹く風。態度を改める気は更々無いようだ。

 そんな彼の様子に、追加でトワから謝罪が行なわれる中。三人の元へ歩み寄る人物がいた。

 

 

「おや、中々興味深い組み合わせですね」

 

 

 三人の輪へ声を掛けてきたのは、ペンと手帳を片手に灰色の髪を揺らす女性だった。アリオスとは顔見知りの様で、彼と親しげに挨拶を交わすその女性は、訝しげな表情を浮かべるグランと彼の隣に立つトワへと視線を移し、自らを名乗った。

 

 

「そちらの彼と学生さんは初めまして。クロスベルタイムズで記者をやっている、グレイス=リンです。宜しく」

 

 

 彼女の自己紹介に対してトワは丁寧に名乗り返すが、グランは口を開かなかった。

 記者という存在は、一般市民への情報発信の要ではあるが、同時にゴシップの様な後ろめたい内容を記事にする事も多い。単純に、彼女とは宜しくしたくないという意思表示だろう。最初にリンヘ向けていた訝しげな視線も、彼女の風貌からある程度は察していた為か。ここでも失礼な対応をしたグランに変わってトワが謝罪を行なうが、彼の事は知っているから自己紹介は不要だと、リンはフォローを入れる。そして、三人へ声を掛けた理由についても話した。

 

 

「今回の通商会議の記事に、お二人の事も載せたいなと思いまして。良ければなんですけど、お二人の並んだ姿を写真に撮らせて頂いてもいいですか?」

 

 

「別に構わないが、どうだ?」

 

 

「……写真くらいなら」

 

 

 撮影に対して了承の意思を見せた二人に礼を述べた後、リンは導力カメラを携帯している助手を呼び、グランとアリオスの二人並んだ姿を写す様に指示を出した。フラッシュが二度、三度と焚かれ、笑顔とは言い難い二人の表情に撮影する男は苦笑気味だ。

 写真撮影を終え、カメラマンの男の横に控えていたリンは手帳にメモを加えながら、再び二人の前へと近付く。

 

 

「紅と風、二人の若き剣聖の邂逅……これは特集で組めそうね。もし良かったらこのまま取材の方も———」

 

 

「悪いが時間だ。行きましょう、会長」

 

 

「え? 時間ってまだ———」

 

 

 リンから取材の話が持ち掛けられた瞬間、グランは困惑するトワの手を引いて休憩室を後にした。記者を相手にしても碌な事にならない、という判断だろう。彼自身の本心としては、先程の胸騒ぎへの不信感と、彼女との時間を邪魔された意趣返しも含まれていたが。

 二人の退室する姿を目で追った後、リンはしまったと額に手を当てていた。

 

 

「あちゃー、流石に強引だったか」

 

 

「全く、此方にも用事があったんだがな」

 

 

「すみません、つい」

 

 

 不満を漏らすアリオスに頭を下げ、彼女は再びグラン達が出て行った入口へと視線を向ける。噂には聞いていた紅の剣聖という人物の印象は、記者として観察眼を養ってきた彼女の目から見ても只者ではない雰囲気を感じた。仮にも剣聖と呼ばれるだけの器はありそうだと、隣に立つアリオスと比較しながらどちらに分があるのかという興味も湧き始める。

 ただ、リンが驚いたのはそれだけでは無い。彼女が最も意外に感じたグランへの印象……それは、彼の見た目だった。

 

 

「紅の剣聖……話には聞いていましたが、随分と若いんですね」

 

 

「今は十六才だったか。以前会った時よりも随分逞しくなったものだ」

 

 

「十六!? それはまた……とんでもないですね」

 

 

「先日彼が遊撃士協会(ブレイサーギルド)に提出した警備態勢の変更案を見たが、よく考えられていた。多少強引な配置にも見えたが、それ以上の案を思いつかないくらいには理想的なものだった。これまでの実績を考慮しても、遊撃士で言えばA級と同等の評価は間違いない」

 

 

「アリオスさんがそこまで言いますか……」

 

 

 年齢とは不釣り合いな程の実績と評価に、リンは戦慄する。何がどうなったらあれだけの若さでそこまでの働きが出来るのかと、俄然彼女のグランに対する興味は増していた。

 

 

「帝国は、彼を引き入れるつもりなんでしょうか」

 

 

「それについては帝国に限った話では無いだろう。未だ本人にその気が無い、というのがせめてもの救いではあるがな」

 

 

「うーん、どうにかして彼に取材できないかしら」

 

 

 帝国政府の護衛として同行した件については勿論の事、帝国との関係からその他の繋がり、彼自身の思惑、聞きたい事は尽きないとリンは目を光らせている。記者である以上何とかして取材出来ないかと考えるのは当然の事ではあるのだろう。

 しかし、一方のアリオスは今回通商会議の見届け役として、遊撃士協会を代表した立場にある。である以上、下手に騒ぎを起こされるというのは非常に迷惑だろう。

 

 

「揉め事を起こされても困る。せめて時と場所は弁える様に」

 

 

「さっきの学生さんは彼の知り合い? なら彼女から攻めてみるのもアリか」

 

 

「頼むから騒ぎを起こさない様にしてくれ」

 

 

 どうにかして取材を行えないかと、あの手この手を尽くそうとする気満々のリンを横目に。アリオスは一人不安が募るばかりだった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 休憩室を後にしたグランは、トワの手を引きながらオルキスタワー内の通路を進んでいた。取材の拒否を理由にあの場を離れ、徐々に薄れていた焦燥感も今では完全に消え失せている。それでも、まだ安心は出来ないと。彼女をスタッフ達のいる場所まで送り届けるべくその足取りは早かった。

 一方で、手を引かれているトワは状況を飲めておらず困惑したまま。未だ手を引き続ける彼を見上げて、不安に思いながらも声を上げる。

 

 

「ね、ねぇグラン君」

 

 

「(以前、あの場所で確かに襲撃が起きた。どう考えても有り得ない事だが……いや、まさかあれは———)」

 

 

「グラン君ってば!」

 

 

 心ここに在らずな彼へ向け、トワも堪らず声を張り上げる。先程から今に至るまでの彼の焦り方は異常だ。何かしらのトラブル、ないしは不測の事態が発生したのかと彼女の不安は増していく。少なくとも、グランが取り乱すという事は尋常ならざる事態だというのは間違いない。

 彼女の呼ぶ声で、思考の海に潜っていたグランも漸く現実に引き戻された。足早に移動していた歩みを止め、無理に手を引いていた彼女の姿を視界に捉えるとその手を離す。困惑したトワの様子にも気付き、自身の強引な行いに申し訳なさを感じたのか、その表情は落ち込みを見せていた。

 

 

「すみません、会長」

 

 

「さっきからずっと何かを気にしてるみたいだったから、どうしたのかなって」

 

 

「いえ、もう大丈夫です。”今回”は無事に終わりそうですから」

 

 

「そう? だったらいいけど……」

 

 

 納得とまではいかないものの、焦りの消えているグランの様子にトワも大丈夫そうだと判断し、理由までは聞かなかった。結局は、聞いたところで彼が話してくれる事はないだろうと彼女が妥協したわけだ。二人は止めていた歩みを再開し、トワの仕事場へと向けて通路を進む。程なくして、二人は目的の場所へと到着した。

 トワが扉に手を掛け、開こうとしたその矢先。二人の立つ後方では、通路を歩く一人の男が通信を行なっていた。それほど離れた距離ではなかった為、二人にも会話の内容の一部が聞こえてくる。

 

 

「何、赤い星座と黒月(ヘイユエ)が? 分かった、此方は今のところ特に問題無しだ。そのまま追跡を———」

 

 

 通路を走り去る男と一瞬視線を交わしたグランは、彼の漏らした会話の内容から事態を察した。赤い星座と黒月(ヘイユエ)が見せた何らかの動き。しかし彼の表情に変化が無い事からも、グランにとっては予測していた事態であるという事が見て取れる。

 

 

「漸く動き出したか」

 

 

「ねえ、グラン君……本当に、大丈夫なんだよね?」

 

 

「ええ、問題ありません。会長は仕事の方に集中していて下さい」

 

 

「うん……絶対に、無理だけはしないでね?」

 

 

 依然心配そうな表情のトワが、グランの手を取ると両手で包み込んだ。彼の無事を祈るように握られたその手は小さい。こんなに小さな手で、彼女はいつも周りの心配をし、多くを抱え、同時に支えてきた。そんな誰からも愛され、誰よりも努力してきたこの人を何としても護り抜かなければと、グランはトワの両手の温もりを感じながら再度決意する。

 グランは部屋へ戻る彼女を見送った後、自らも持ち場へと戻るべく踵を返す。そして通路を歩き出したその時、突然彼の持つARCUSへ通信が入った。

 

 

「此方グランハルト」

 

 

《遊撃士協会のミシェルよ。グラン君の想定通り、赤い星座と黒月(ヘイユエ)が動き始めたわ》

 

 

 ミシェルによる通信は、赤い星座、黒月(ヘイユエ)両組織がここで見せた怪しい動きについて。何かしらの動きを見せる可能性は元々グランから彼らへ示唆されていたが、それが現実になってしまった。通商会議が未だ続く中で、警戒度を更に引き上げなければいけない事態だ。此度の通信はその為の指示、ないしは助言を求めての通信だろう。

 

 

「先程確認した。追跡はクロスベル警察に任せて問題ないだろう」

 

 

《あら、耳が早いわね。ベルガード門とタングラム門に向かっている手を呼び戻した方が良いかしら?》

 

 

「いや、そちらは各門に向かったままでいい。何れにせよ、どちらも間に合わん」

 

 

《そう……了解したわ。そちらも気をつけて》

 

 

 グランからの指示を受けたミシェルは彼へ注意を促し、互いの通信は切れた。想定通りの事態の為取り乱した様子は無かったが、彼らがどう動くか分からない現状にしては、通信越しに何かを察した様子のグランにミシェルも引っかかるものがあったのか。通信が切れる直前、確かに彼の声には訝しんでいるような節があった。その辺りの追求に時間を取られなかったのは、グランも助かったが。

 兎にも角にも、前兆を確認した以上これから舞台は大きく動き出す。会議の後半は忙しくなると、彼もARCUSを握る手に力が入った。

 改めて持ち場へと戻る為、グランは歩みを再開する。

 

 

「ここにいたか」

 

 

 ふと、グランを呼び止める声が通路に響いた。彼が振り返ると、そこには帝国の軍服を着た大柄の男が立っている。昨日特務支援課と共に請け負った演奏家の捜索において、彼らへ依頼を出した男……オリビエと名乗りクロスベル市内を散策していたオリヴァルトの護衛として訪れている、ミュラー=ヴァンダールの姿がそこにはあった。

 

 

「ミュラー=ヴァンダールか……どうした?」

 

 

「皇子達がお前と少し話をしたいそうだ。休憩時間も残り少ないが、時間は取れるか?」

 

 

 オリヴァルトからの誘い。トワと談笑していた時であれば断ったであろうその呼び出しは、用事の無い今なら受けても問題はないかとグランも結論に至る。

 これがオリヴァルト一人からの呼び出しであれば、用事が有ろうと無かろうとグランは断っていたかもしれない。だが彼の口振りから察するに、誘いの場にいる人物は恐らくオリヴァルト一人ではない。

 

 

「ああ、別に構わない」

 

 

 グランがミュラーへ了承の意思を見せた後、二人はオリヴァルトの待つ控え室へと向かった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 ミュラーの案内により再び三十六階のフロアへ移動したグランは、エレボニア帝国皇帝の名代として通商会議に参加しているオリヴァルトの控え室へと訪れた。扉を開け、ソファーに腰を下ろした二人の人物を視界に捉える。

 一人は、グランをこの場へ呼び出したオリヴァルト本人。談笑中だったのかその表情は楽しげなもので、彼はグランの姿を確認すると気さくな様子で声を上げた。

 

 

「いやぁ、貴重な時間をすまないね、グラン君」

 

 

 グランの視線の先、オリヴァルトの座るソファーの隣にはもう一人の女性が腰を下ろしていた。グランの姿に気付いた彼女は席を立つと、彼に向けて微笑みかけ、紫の短髪を揺らす。女性の姿を確認したグランは、やはり誘いを蹴らずに正解だったと胸を撫で下ろした。

 女性の名前は、クローディア=フォン=アウスレーゼ。リベール王国の姫君にして、次期女王の地位を確約されている王太女である。

 

 

「お久し振りです、グランさん」

 

 

「王太女殿下でしたか……先日は挨拶も出来ず、申し訳ない。以前にも増してお綺麗になられた」

 

 

「ふふ、ありがとうございます。今回は私達だけしかいませんから、いつも通りの砕けた話し方で構いません」

 

 

 グランの挨拶にはクローディアも手慣れた様子で返し、彼女は再びその場で腰を下ろす。グランも向かいのソファーで歩みを止めると、彼女と向かい合うように席へと着いた。先程からクローディアの隣に座っているオリヴァルトは一人、一連のやり取りに自分との扱いの差を感じて不満そうな声を漏らしているが。

 呼出の用件についてグランが尋ねたのを皮切りに、オリヴァルトは彼へ向けて話し始める。

 

 

 

「通商会議の後半は、主に安全保障に関する内容について協議される予定でね。当然クロスベル側は厳しい状況に立たされるだろう。そこで、宰相殿や大統領がどう出るか、グラン君の見解を聞きたい」

 

 

「知るか、素人意見に何の価値がある。本人に直接聞け」

 

 

「僕は紅の剣聖としての君の意見が聞きたいのさ。仮にも各国首脳を相手にしてきた君なら、当事者の我々とは別の観点から物事が見えている筈だ。その意見を参考にしたい。結果的に事は変わらないにしても、何かしら彼らのフォローに回れないかと思ってね。それは、レミフェリアのアルバート大公は勿論のこと、クローゼ君も同じ考えだ」

 

 

「はい、間違いありません」

 

 

 オリヴァルトの話にクローディアも頷き、二人の視線はグランへと向けられる。当の本人は自分の意見にさして価値は無いと判断している為か、関心を示さずに気怠げな様子で瞳を伏せていた。

 通商会議後半、安全保障に関する協議においての帝国、共和国の両国の主張。その際に話題として出てくるのは当然、両国が宗主国として承認しているクロスベル自治州についての問題だ。貿易都市として発展を続ける以上、他国の勢力やそれぞれの思惑が蔓延る現状のクロスベルには、安全上の問題点が様々ある。その上両宗主国の制約下で自治を行うともなれば、法律の壁や抜け道というのは数多く存在する。協議の場において、クロスベル側が窮地に立たされるのは目に見えており、帝国や共和国の都合に合わせて事を運ぼうという思惑が宰相や大統領から見て取れるのは当然だ。

 しかし、この西ゼムリア通商会議は彼らだけの主張の場では無い。クロスベルの現状を憂い、良き方向に持っていこうと考えているリベール王国、レミフェリア公国側の意見も反映されて然るべきだ。オリヴァルトは帝国代表の立場で訪れているものの、その考えは宰相とは相容れない。事に強引な手段を打ってきた宰相への牽制も含めて、他国と協力してクロスベルを支える姿勢でいる。

 そんな彼らにグラン自身が肩入れする理由は特に無い。仮に手を貸したところで、当人達が理解している様に状況を動かす事は出来ないだろう。当事者である帝国や共和国にその気が無い上に、現状を脱したいクロスベルにもその様な力は無い。

 それでも、今では無く今後を見据えて少しでも情勢の流れに変化をもたらす事が出来れば、もしかしたら終着点は変えられるかもしれない。そんな淡い期待を、オリヴァルトやクローディアは抱いている。そして、それに賛同するというわけでは無いが、グランも宰相の思惑通りに事が進み続ける現状は気に入らないようだ。グランにしては珍しく、オリヴァルトに対して協力的だった。

 

 

「会議の場を用いて、クロスベルへの軍事侵攻の表明くらいは覚悟しておいた方がいい」

 

 

「まさか」

 

 

 唐突に語るグランの可能性の話に、オリヴァルトも驚きを見せる。そう遠くない未来の話としては予想だにしない、というものでは無いが、あくまでも西ゼムリアの平和と発展を願って開催された通商会議でそれは信じられないと。数々の強引な手段を用いてきた宰相や、虎視眈々とクロスベルの属州化を狙う共和国といえどそこまで恥知らずでは無い。彼もそう思いたかった。

 そして、可能性の一つとして警告したグランの話にはそもそも一つの問題がある。

 

 

「で、ですがそれは、三カ国間で締結された不戦条約に抵触します」

 

 

 クローディアの話すそれは、アルテリア法国を統治する七耀教会立会の元、エレボニア帝国、カルバード共和国、リベール王国の三カ国で締結された、武力による解決手法を用いず、対話による問題解決を目的とした平和条約である。クロスベルへの軍事侵攻は、間違いなくそれに抵触するというのが彼女の主張だ。

 しかし、その平和条約にも問題はあった。

 

 

「そもそも不戦条約に法的な拘束力があるのか? 仮に百歩譲ってそれを問題提起したとしても、クロスベルは国家主権の無い自治州だ。当然不戦条約には関わっていない。教団事件の件もある、治安維持を建前にしてこの機に動き出すというのもあり得ない話じゃない」

 

 

「そんな、横暴過ぎます!」

 

 

「根拠は?」

 

 

「クロスベルの自衛能力について、宰相と大統領の両人がオレの意見を聞いてきた。気の合う事だな、全く」

 

 

 呆れたように話すグランの姿には、オリヴァルトやクローディアも事の信憑性が増したのを感じ、その表情に険しさが浮かぶ。外交上、護衛において安全性を約束された彼の意見は、安全保障の観点から見ても価値が大きい。だからこそ、彼の意見には二人も興味を示しているわけだ。

 

 

「グランさんは、御二方にどの様な返答を?」

 

 

「悪いが正直に答えさせてもらった。現状のクロスベルでは限界があるってな」

 

 

「うーん、そこは君に上手く躱して欲しかったというのが本音だが……グラン君を責めるのは筋が違うか」

 

 

 宰相達の問いに嘘偽り無く答えたグランの話には、二人も残念そうに瞳を伏せる。彼を責めるわけではないが、そこで何かしら言葉を濁しておけばとオリヴァルトが考えるのも無理はない。グランとしては護衛任務を遂行してきた誇りや信念がある。彼らの期待に応えて発言を撤回する事も、自身の見解を偽る事も出来ない。

 だが、グランの話し方からは改善の余地があるかの様な節が見て取れた。クローディアはふとそれに気付く。

 

 

「現状で、という事は……何か対策があるんですか?」

 

 

「単純に保有戦力の強化、というのが理想だが……それこそ現状のクロスベルでは難しいだろう。自分達が武装能力に制限を掛けておいて、仮に自衛能力の問題点を指摘するってんならとんだ面の皮の厚さだがな」

 

 

「そうは思いたく無いが、あの二人の事だ。十分考えられる」

 

 

「そもそもが自治州でなければって話なんだが、それを今言ったところでな」

 

 

「先行きは余り思わしくないですね」

 

 

 話せば話すほど問題が浮き彫りになる現状に、場の空気も重量を増した。やはり、今回の通商会議でのクロスベルの立場というものは変わりそうにない。現時点では、心構えをするという意味での意見交換で終えるより他はない。

 そんな中、行き詰まった話し合いに少し話題を変えようと。オリヴァルトは思い出しように口を開いた。

 

 

「そう言えば、グラン君が独自に動いたという警備関連の話はどうなったんだい?」

 

 

「ああ、先日特務支援課の方達が言っていた件ですね」

 

 

「どうもこうもあるか。利用するつもりが利用された……いや、どう動いていたとしても、あの二人にとっては良いようにしかならなかったってところか。オレには関係の無い話だが、余り良い気分じゃないのは確かだ」

 

 

 独自に動いた警備態勢についての私感を話すグランの様子には、話が見えずに二人とも首を傾げていた。その点についてもう少し詳しく話を聞きたいと乗り出したオリヴァルトだったが、それは叶わず。

 グランのARCUSからは時報の音が鳴り、休憩時間の終わりを告げる。

 

「残念だが時間のようだね。ありがとうグラン君、とても参考になった」

 

 

「私達の方でも、出来る限りの手は尽くしてみます……突然のお呼び出し、すみませんでした」

 

 

「何、リベールの女王陛下には恩もある。そこの変態はどうでもいいが、何かあれば話くらいは聞こう。陛下にもよろしく伝えておいてくれ」

 

 

「相変わらず手厳しい」

 

 

「ふふ……確かに承りました。女王陛下やカシウス中将も、グランさんの事は心配していらっしゃいましたから」

 

 

 三人は席を立ち、グランは二人に背を向けると一足先に部屋を退室した。そんな彼の姿を見詰めながら、オリヴァルトとクローディアは残念そうに呟く。

 

 

「時間があれば、彼が通っている士官学院での生活についても話がしたかったんだがね」

 

 

「私もお聞きしたかったですけど、仕方ありませんね。またの機会という事で」

 

 

 二人はグランと入れ違いに部屋へ入ってきた護衛と共に、通商会議の後半へ向けて部屋を後にするのだった。

 




第一話で機械人形の襲撃があったのに、どうして今回は無いの?(無垢な瞳

次回から通商会議は大きく動きを見せます。テロリストの明日はどっちだ……!(キボウノハナ−

六章閑話、グランと保養地ミシュラムへ同行するのは誰?

  • トワ会長
  • ラウラ
  • エマ

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