紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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今回は少し場面切り替えが多いです。どうやったら違和感なくかけるの……


絡み合う思惑

 

 

 

「着きました!」

 

 

 急ブレーキと同時に、ノエルが操縦席で声を上げる。グラン達を乗せた特務支援課専用車両は、アルモリカ村から東クロスベル街道を抜け、クロスベル市東通りへと到着した。彼女の声を皮切りに一同はドアを開け、車内を駆け下りる。

 移動中、何度通信しても繋がらなかったトワのARCUSへ再度連絡を試み、通じない事を確認したグランは自身のARCUSをホルダーへと戻す。そんな彼の姿を横目に、ロイドは捜索対象の情報を問い掛けた。

 

 

「グラン、その学生の特徴があれば教えてもらえないか?」

 

 

「聞き込みは不要です、彼女の気配を探ります———ッ!」

 

 

 ロイドの問いを流したグランは、瞳を伏せると腰に下げた刀の柄を握り締める。ロイド達は猫の捜索時に彼が使用したものだと察したが、正確には少し違った。

 グランが目を見開いた直後、その身に発生した異変に皆が驚きを見せる。彼を中心に周囲へ広がった見えない波動は、次々に他者の意識へと働きかけた。

 

 

「ひっ!?」

 

 

「な、何ですか今の!?」

 

 

「驚いた……心臓に悪いね、これ」

 

 

 エリィとノエルは驚きと共にその身を震わせ、ワジも無意識に構えかけた動きを止めた。ロイドもワジと同様の反応を見せており、ランディのみが表情を変えずにグランを見ている。周囲を見渡せば、東通りを歩く人々も突然の異変に驚きで立ち止まっていた。

 自身の意識に突如として突き刺さる何か、彼等もそれと似た体験をした事がある。戦場で敵と相見えた時、等しくその身に降りかかる敵意。人はそれを殺気と呼ぶ。

 

 

「……捉えた!」

 

 

 突如、グランは声を上げると険しい表情を浮かべながらその場を駆け出した。迷いの無いその足取りは、トワの気配を感知したのか。通りで立ち止まっている人々の間を縫うように、彼は一人東通りを抜けていく。

 突然の事に反応が遅れたロイド達は、グランへ向けて声を上げたが彼に止まる気配は無く。その様子にランディは呆れつつも、皆へ追跡を促した。

 

 

「俺達の事忘れてやがるな、ったく……追いかけるぞ!」

 

 

 距離を離されながらも、ロイド達は何とかグランの姿を見失う事なく追跡を続ける。中央広場に差し掛かり、広場を歩いていた人々も東通りの人々同様に異変を感知していたのか、皆困惑気味に立ち尽くしていた。事態は混乱にまでは至っていない為、説明は不要と判断して彼等はグランの後を追う。

 一方、トワの気配を感知して走り続けていたグランは、ある場所で突然その足を止めた。中央広場を抜けた先、裏通りに位置するそこは、グランが事前にトワへ渡した資料に記載していた、要注意リストに分類される場所。クリムゾン商会の名で知られる、赤い星座の本拠地である。

 

 

「予想通りか」

 

 

 グランの表情は未だ険しく、その目は建物へ向けて鋭い視線を浴びせている。トワの気配を感知した際、彼も嫌な予感はしていた。裏通りに位置する場所からの感知、まさかよりによって何故この場所なのかと。彼女の生存は確認出来ているものの、無事である保証はない。過去の出来事が頭を過れば、その不安は更に膨らんだ。

 兎に角、最も優先される事項はトワの身柄の保護である。そして、彼が建物の入口へ歩き出したと同時に、その扉が開かれた。現れた黒いスーツ姿の男は、グランへ向けて深く頭を下げる。

 

 

「グランハルト様、お久し振りでございます。この日を、心よりお待ちしておりました」

 

 

「ガレスか……用件は分かるな?」

 

 

「はい。お連れの方がお待ちです、どうぞこちらへ」

 

 

 ガレスと呼ばれた男の案内の元、グランは屋内へと足を踏み入れる。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 レクターの通信を受け、グランがトワの捜索に乗り出して暫く。クロスベル市裏通りのクリムゾン商会内部では、ARCUSを片手に困惑した表情を浮かべるトワがいた。通信機能の故障か、何度試しても繋がらない。頼まれていた資材の調達も未だ出来ておらず、時間もオルキスタワーを出てから随分と経過している。流石に急がなければと、彼女は仕事に戻るべく目の前で談笑しているシグムントとシャーリィへ断りを入れた。

 

 

「あの、すみません。私そろそろ戻らないと」

 

 

「もう帰っちゃうの? グラン兄が来るまで待ってればいいのに」

 

 

「え……グラン君がここに?」

 

 

「みたいだよ? 私は知らないけど、元々話はつけてあるらしいから」

 

 

 シャーリィの言葉にトワも首を捻る。彼女の言っている事が本当なら、元よりグランがこの場へ訪れる予定があったという事だ。無論、随行団のスタッフから連絡が行き、ARCUSによる連絡が取れなくなってしまった自分を探してこの場へ向かっているという可能性もある。しかし、シャーリィの言い様では恐らく前者の方が正しいだろう。

 トワは顔を上げ、社長椅子で腕を組んでいるシグムントへとその視線を移す。恐らく彼なら知っているだろうと、彼女が疑問を問い掛けようとした、その矢先。

 

 

「それって、一体———っ!?」

 

 

 突如、トワの身を震わせる見えない何か。得体の知れないその敵意に似た恐怖は、彼女の身を竦ませる。対して暑くもない気温の中、その額にはジワリと汗が滲み始めていた。

 一方で、二人は今の異変の元凶について知っていたようで。シャーリィは驚きと共に後ろにいるシグムントへと振り返った。

 

 

「今のってグラン兄!?」

 

 

「そのようだな。直にここへ来るだろう、やはりあの馬鹿の気配探知は侮れん」

 

 

「相変わらずデタラメだよね、これ。未だにどういう理屈か分かんないし」

 

 

 二人は、今の異変がグランによるものだと判断している。目の前の会話を聞いていたトワは信じ難いようで、未だに胸の内にある不安を拭えていない。室内は沈黙に包まれ、導力時計の秒針が時を刻む音が響いていた。

 トワが異変を感知して数分後。突然、後方にある入口の扉が開く。現れた人物の姿を視界に入れたシグムントとシャーリィは、それぞれ反応を見せた。

 

 

「……来たか」

 

 

「ヤッホー、グラン兄」

 

 

 二人と同様に、トワも入口へと振り返る。瞳に映ったその姿に、安心と不安が入り混じった複雑な心境を抱きながら、彼女は声を絞り出した。

 

 

「……グラン君」

 

 

「無事なようで安心しました……で、一体どういうつもりだクソ親父」

 

 

 トワが向けた視線の先。グランの表情は険しく、その突き刺すような視線はシグムントへと向けられていた。彼は爆発寸前の激しい怒りを、理性で何とか抑え込んでいる。その熱量は、言葉にせずとも周りへ伝わる程のものだ。

 対して、視線を浴びたシグムントは気にする素振りすら見せず。自らが原因である事を知りながら、含みのある笑みを浮かべて彼を宥めた。

 

 

「クク、まあそう怒るな。少しそこの娘に用があっただけの事だ。無事に返せば文句は無いだろう?」

 

 

「大アリだ。カカシ野郎からは誘拐された、と連絡が来たが?」

 

 

「ほう、そういう事にしたか。中々食えん小僧だ」

 

 

 グランの話に、事情を察した様子のシグムントは一人笑みを浮かべている。彼の反応を見てグランも何か気付いたようで、これ以上の問い詰めはしなかった。本心としては、色々他にも言いたい事が山程あるとは思うが。

 二人の会話を眺めていたシャーリィは、そんなグランの内心に気付いたか。誘うように、自身が座るソファーの隣を叩いた。

 

 

「取り敢えずグラン兄も座ったら? 色々話す事もあるだろうし」

 

 

「その必要は無い。会長、行きましょう」

 

 

「う、うん……」

 

 

 グランはシャーリィの誘いを一蹴し、トワの側へ歩み寄る。困惑気味に立ち上がる彼女の手を取り、この場を離れるべく入口へと向かい始めた。その姿に不満な様子のシャーリィは不貞腐れているが、グランの心境を思えばこの場を即座に離れたいと思うのは当然の事だろう。

 ふと、退室しようとしていたグランはその歩みを止める。振り返る事なく、意識だけを後方にいるシグムントへと向けて口を開いた。

 

 

 

「一つ聞くが、今回の帝国との取引、何処までが契約だ?」

 

 

「クク……流石に、帝国政府の護衛であるお前でも教えられん。ノーコメントだ」

 

 

「まあいい、だったら一つ忠告しておく。今回の契約、フイにされたくなければ”蜥蜴の尻尾”くらいは掴んでおけ」

 

 

「ほう……この数時間で特定するとは。何か先程の探知に引っ掛かったか?」

 

 

「って事は、グラン兄の知ってる顔?」

 

 

 疑問を返す二人に応える事なく、グランはトワを連れて退室した。彼が閉めた入口を静かに見詰めるシグムントとシャーリィを残し、室内には沈黙が広がる。

 そんな中、シャーリィは不服そうにソファーへ横になると、肘置きを枕代わりに呟いた。

 

 

「折角来たんだから、グラン兄ももう少しゆっくりしていけばいいのにさ〜」

 

 

「まあ、そう言ってやるな。向こうも仕事中だ、こうでもせんと時間が取れんくらいには忙しいのだろう」

 

 

 シグムントは不満顔のシャーリィを目に苦笑しつつ、先程までこの場へ訪れていた息子の事を思い返す。このクロスベルで二年振りの顔合わせの際、遠目に確認出来たその姿は想像よりもずっと逞しく成長していた。そして、近くで彼の姿を見るとその成長をより肌で実感したようで。

 

 

「(———大きくなったな、グランハルト)」

 

 

 親としての本心は、言葉にする事なく心の奥にしまったまま。その気持ちを直接彼が伝える事は、この先も無いのだろう。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 クリムゾン商会前にて。グランを追跡してこの場へ辿り着いていたロイド達は、中の様子を気にしつつ心配そうな表情で彼の帰りを待っていた。事情が事情だけにランディは他の皆以上に心配している様子だが、何とか無事に事が済むのを見守るしかなく。

 暫く時間が経過した後、建物の扉が開いて二人の人物が姿を現す。その姿を確認したロイドは、安堵の表情を浮かべながら二人へと声を掛けた。

 

 

「良かった、どうやら無事だったみたいだな」

 

 

「場所が場所だけに、肝を冷やしましたよ。会長に何事も無くて良かったです」

 

 

「あの、お騒がせしてすみませんでした。何か行き違いがあったみたいで」

 

 

 ロイドが声を掛けた先。彼同様に安堵の表情で応えるグランと、その隣では建物を出る間にグランからある程度の事情を聞いていたトワが、謝罪の言葉と共に頭を下げていた。そんな彼女の姿に、エリィとノエルは笑顔で返す。

 

 

「気にしなくていいのよ、私達はグラン君を送っただけみたいなものだし」

 

 

「そうそう。此方もグラン君に協力してもらってるし、お互い様、ですよね?」

 

 

「そう言っていただけると助かります。グラン君にも色々と協力して下さっているみたいで……彼の事、どうか宜しくお願いします」

 

 

 特務支援課のメンバーに向け、再度トワが頭を下げる。彼女の様子からは、グランとトワの関係性がどういうものであるか、ロイド達にも容易に想像が出来た。こうして二人の並んだ姿を見て、皆の頬が緩むのも仕方がないだろう。

 

 

 

「此方こそ、お嬢さん。彼が血相を変えて走って行った理由も、これなら納得だね」

 

 

「はは、確かに。これだけ可愛いらしい女の子だと、心配になるのも無理はないさ」

 

 

「え、えっと、その……」

 

 

 ワジの言葉に賛同するように、ロイドがトワへ向けて微笑んだ。流石に今のは恥ずかしかったのか、言われたトワも反応に困って赤みの増した顔で視線を泳がせている。その様子に、悪い癖が出たとエリィとノエルがロイドの後方でため息をつき、肩を落とした。

 一方、一連のやり取りがグランにはどうも気に入らなかったらしく。

 

 

「ランディ兄さん、これは喧嘩を売られたと見ていいですか?」

 

 

「グラン、ウチのリーダーも悪気は無いんだ。と言うかお前も散々お嬢達をからかったんだからお互い様だろうが」

 

 

 ランディへ向けて抗議の意を述べるグランだったが、返って来たのは当然とも言える言葉だ。これまでの言動を考えれば、彼の自業自得と言うより他は無い。ただしこの場合、他に被害に遭っているのはトワだけという何とも不憫な内容ではあるが。

 ロイドへ向ける視線に敵意が増すグランの様子に、ランディがため息をつきながら。そう言えばと、彼はトワの姿を見て気になっている事を問い始めた。

 

 

「なあ、お嬢ちゃん何処かで会った事ないか?」

 

 

「え? 記憶違いでなければ……初対面、だと思います」

 

 

「そうか? 何処かで会った事があると思うんだが……」

 

 

 トワの返答に満足いかなかったようで、彼女と同じ目線の高さに合わせたランディは尚もその顔を見詰めていた。困惑した様子で視線を浴びているトワの姿を、これまた面白くないとグランの訝しげな視線が彼にも向けられる中。グラン以外にも同様の反応を見せる者がいた。先程までロイドの後方で肩を落としていたエリィとノエルの二人だ。

 

 

「やだランディ、まさかこんな子にまでナンパする気?」

 

 

「うわ〜最っ低」

 

 

「違うわ! 俺の好みはもっとこう…ってお前ら俺の事どういう目で見てんだっつうの!」

 

 

 普段の言動がどういうものなのかは兎も角として。流石に二人の物言いには不服があったようで、ランディも必死に反論をしている。グランの表情には未だ敵意が見えるものの、他の皆は笑顔を見せており、特務支援課の仲の良さにはトワも自然と笑顔を浮かべていた。

 

 

「ふふ……あ、そう言えば私、名前も言わずにすみません。トワ=ハーシェルといいます。宜しくお願いします、特務支援課の皆さん」

 

 

 ふと、トワは思い出したように自らの名を名乗るとロイド達へ向けて微笑んだ。自己紹介がまだだったかとグランが彼女の隣で笑みをこぼす中、挨拶を受けた当の本人達は自己紹介を返す事はなく。その表情は、皆が驚きを見せていた。たまらずロイドが尋ね返す。

 

 

「驚いた……此方の紹介もまだだったのに、俺達の事を知っていたのか?」

 

 

「えっと、クロスベル警察の方でグラン君と行動出来るとなると、話題の特務支援課の方達なのかなぁ、と」

 

 

 彼らの疑問に、ロイドの服へあしらわれたクロスベル警察の紋章を見ながらトワが答えた。彼女の幼い容姿もあってか、ただの学生と認識して接していたロイド達には、その情報力や頭の回転の良さが意外に思えたのだろう。人は見かけによらないと、そんなトワの事をノエルやエリィも感心した様子で見詰めている。

 

 

「凄いですね、トワさん」

 

 

「なるほど。貴女が帝国政府の随行団に選ばれた理由が分かったわ」

 

 

「帝国は優秀な人材がいて羨ましいね……っと、ボクらも自己紹介といこうか」

 

 

 ワジの声を皮切りに、各々がトワへ向けて自己紹介を始める。その後の帰り道で行なわれた雑談では、支援課の任務に同伴していた際のグランによる言動についてランディが口を滑らし、トワのお叱りがあったのは言うまでもない。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 特務支援課と中央広場で別れたグランとトワの二人は現在、オルキスタワーへ向けて市内を歩いていた。彼女が頼まれていた資材の調達も終え、随行団のスタッフが待つオルキスタワーへ戻るトワに付き添う形でグランが同伴している。夕刻まで時間はもう少しあるものの、彼女を心配したグランが申し出た為、残りの要請をロイド達に託し、こうして二人並んでの帰り道となっている。トワは大丈夫だと何度も言ったが、先のような事があってはグランの心配も当然であろう。

 そんな二人の道中。このような事態を引き起こした張本人と思しき人物へ向け、グランは一人恨み節を口にしていた。

 

 

「あのカカシ野郎、余計な事を……いつか絶対に後悔させてやる」

 

 

「こら、あまり責めるような事を言っちゃダメだよ。レクター大尉の方でも何か手違いがあったのかもしれないし」

 

 

「会長は優し過ぎますよ……一層のこと、ここらで殺っとくか?」

 

 

「だから物騒な事言っちゃダメだって……」

 

 

 相変わらずなグランにため息を吐きつつ、トワは肩を落とした。流石に殺傷沙汰までは起こさないだろうと思いつつ、嫌がらせの二つ三つは平気でしそうな彼の様子に心配が尽きない。この後顔を合わせた時、何もなければいいなと彼女は淡い希望を抱いていた。

 そんな中、グランの顔を見上げたトワはふと思い出す。それは、クリムゾン商会にてシグムント達と交わした話の内容の一つ。彼にとって、彼女にとっても重要な事。

 

 

「ねぇ、グラン君」

 

 

「そうだな、手始めに……ってどうしました?」

 

 

「赤い星座に戻るかもしれないって……どういう事かな?」

 

 

 不安な感情を抑え切れず、せめて表情だけは悟られまいと、俯きながらトワは話す。シャーリィやシグムントが言っていた、後に行なわれる予定の決闘、その勝敗によるグランの赤い星座復帰の可能性。それを知ってしまった彼女が、グランに直接その事を問うのは当然と言えた。

 しかし、グランは否定する。

 

 

「なに、心配いりませんよ。あの男は必ず倒します。オレが団に戻る事はありません」

 

 

「他に、もっといい方法はないのかな。グラン君だって、本当はお父さんと———」

 

 

「和解、なんてものはあり得ません。あの男は必ず……って、街中でこんな話はやめましょう」

 

 

 グランは自身が口にしかけた言葉を飲み込み、笑顔を見せると会話を中断する。心配させないようにと彼が浮かべたその気遣いは、トワを余計に不安にさせた。

 結局、この話がこれ以上続く事は無く。どうにかしたくてもどうにも出来ない状況は、彼女を更に苦しめる。

 

 

「(このままじゃダメ、ダメだけど。一体どうしたら……)」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 夕刻が過ぎ、通商会議に訪れた各国代表への歓迎の一環として、アルカンシェルの観劇が行なわれている頃。特務支援課の課長室では、課長のセルゲイがロイドに手渡された資料を手に悩ましげな表情を浮かべていた。複数枚ある資料を何度か読み返し、暫く頭を悩ませた後。彼の口からは、ロイド達の期待と正反対の回答が告げられた。

 

 

「残念ながら、この作戦は受理出来ない」

 

 

「ど、どうしてですか!?」

 

 

 セルゲイの言葉に、ノエルは声を張り上げて問い掛ける。彼が読んでいた資料には、先刻グランから託された通商会議における警備態勢の旨が記されている。

 警備隊に所属していた彼女から見ても、資料に記載されている内容は完璧なものだった。少し主観的なきらいはあるが、一つ一つの配置目的にも彼なりの根拠がある。考え直す価値はある、と彼女は判断した。だが、目の前の各所連絡役を担うセルゲイにも、受理出来ない理由があった。

 

 

「理由はいくつかあるが……まず第一に、今回の警戒態勢は事前に各国了承済みの元で敷かれているという点だ。仮にこの作戦通りの配置に変更する場合、オルキスタワー内部を含め、事前の配置から大幅な変更が強いられる。各国と連携して警備にあたる以上、当然報告の義務があるし、であればこの提案の趣旨には反する」

 

 

 一つ目の問題として挙げられた、各国への事前確認無しでの配置変更の点。無論、当日何かしらの問題が発生し、急遽人員が別の場所へ割かれる事はあるだろう。しかし、それは事後連絡になってもしょうがない、緊急事態における措置に限られる。そういった特殊な事情が無い以上、どれだけ一見の価値がある内容だとしても、報告も無しに秘密裏にというのは組織的に無理だという見解だ。遊撃士のような、個人の行動に一定の自由が認められている存在で無ければ難しい、と彼は補足する。

 そして二つ目に、とセルゲイが口にしようとした矢先。今まで彼らの話を傍観していた緑髪の眼鏡の男、ロイドの先輩にあたる捜査官でもあるアレックス=ダドリーが資料を手に口を挟んだ。

 

 

「次に、通商会議当日にテロリストの襲撃が懸念されるのは分かった。その話を知った以上、こちらでも警備について見直しを進言せねばならんだろう。だが、それを警戒してこの資料通りに一部の設備を重点的に監視し、他を疎かにするという訳にはいかん。この作戦はギャンブル性が高過ぎる上に、こう極端な配置にすると他のトラブルが発生した際に現場が混乱しかねん」

 

 

 二つ目の問題として、テロリスト対策に偏った人員配置の点。勿論、グランの用意した資料には通常警備においても人員が敷かれているが、その数は元の計画に比べて大幅に減っている。襲撃や潜入が予測される場所へ人員を割けば、他所の警備が減るのは当然である。更に言えば、ダドリーが話すようにそこを起点として別のトラブルが発生し、現場が乱れる可能性も否定出来ない。通商会議を無事に終えるという点は共通していても、通商会議のみを重点視しているグランとクロスベル全体の安全を担う警察や警備隊とでは、そもそもの前提が違う。

 

 

「他にもあるが、最大の理由として……お前らは、あの小僧が帝国政府の差し金だという事を理解してこの提案に乗ったのか?」

 

 

 最後にセルゲイから告げられた最も重要な理由として、グランが帝国政府による手招きで訪れているという点。これを言ってしまうと、今まで言い連ねてきた理由は意味を成さないが、事実この理由がクロスベルにとって最も重大である事は否めない。もし、この点を軽視する者がいれば、それは少々危機意識が足りないと言わざるを得ないだろう。

 セルゲイが告げた理由は、どれも確かなものだ。しかし、ロイド達にもグランの意見を汲んだ理由はある。エリィとロイドは、そうなるに至った自らの勘を述べた。

 

 

「そ、それは……ですが、彼は独自に行動を起こしていると言っていました。帝国政府と赤い星座の繋がりから、身内を信用出来ないと。遊撃士協会を交えて話し合いましたが、彼なりの根拠は示されていましたし、そこに帝国政府の思惑が絡んでいるとはとても思えません。それにもしクロスベルのみの人員で安全を保障出来ると証明出来るのであれば、私達にとっても追い風になります」

 

 

「夕刻にあったオリヴァルト皇子やリベールのクローディア殿下との情報交換の際にも話が出ましたが、彼らからも信用は得ている様でした。少なくとも、彼は本気でクロスベルや通商会議の安全を守る為に行動しているはずだと。実際に、俺も彼と話してみてそう感じました」

 

 

 エリィとロイドの言葉は、セルゲイやダドリーと比べれば確たる根拠はなく、証明の難しいものだ。話だけを聞いてみると、どうしても上司と先輩である二人の言葉の方が納得出来るものであり、ロイド達の言は弱い。

 しかし、修羅場を経験し、苦境を超えてきた者の弁ならば言葉にも重みが伴う。セルゲイやダドリーもそうだが、ロイド達もまた、それに見合うだけの働きをしてきた。であれば、彼らの言葉にも一聞の価値はある。そして、セルゲイもまたそう結論付けていた。

 

 

「まあ、お前らの言い分もわかる。この提案は確かにクロスベル側としては都合が良い。護衛任務において絶対の安全が約束されると言われる紅の剣聖に、クロスベルの戦力のみでそれが可能だと言われている様なもんだ。個人的には、この作戦行動は支持してやりたいが……」

 

 

「そう簡単にはいかねぇって事か」

 

 

「彼にとっては残念な報告になりそうだけど、こればかりは仕方ないね」

 

 

 ランディとワジも、複雑そうな表情でセルゲイに続いた。警察や警備隊が多くの人員を束ねる組織である以上、細かな融通が利かないのは皆も承知している。更に今回のような様々な思惑が入り混じるイベントの中で、帝国と共和国の両宗主国に挟まれた彼らが大手を振るって動けない事もまた、このクロスベルが抱える問題の一つでもある。それは、簡単に解決出来るようなものではない。

 

 

「そもそもの話、この様な提案を受けたのなら先に上へ相談するのが常識だろうが。全く、誰に似たのやら」

 

 

「まああまり言ってやるな。俺には、事前の各国打ち合わせの段階で何故紅の剣聖を会議に交えていないのかが一番気になるがな。取り敢えず今回の件について、俺の方から警備隊と上の方に進言はしといてやる。だが、帝国政府の要請で紅の剣聖が来ている以上、上の心象は余りよろしくないだろう。残念だが、期待しない様に言っておいてくれ」

 

 

 最低限の手は打つと約束し、セルゲイの手元にある資料はまとめられた。今回の通商会議におけるグランの立ち回りに、僅かな綻びが見え始める。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 大陸に夜の帳が下り、数多く灯っていた地上の灯りが消えて数刻後の深夜の事。帝国某所では、武装をした男が多数、闇に紛れて会話を行なっていた。どうやら本日正午過ぎより開かれる通商会議について関連する何かのようだ。

 

 

「首尾はどうだ?」

 

 

「順調だ。本日午後、予定通りクロスベル東西各門の陽動を合図にオルキスタワーへ奇襲をかける」

 

 

 内容はあまり穏やかではなく、彼らが通商会議で警戒されているテロリストの一味である事は会話からも窺えた。話の内容通りに事が進めば、通商会議の現場が混乱する事は容易に想像出来る。

 そんな中、彼らの輪へ歩み寄る男が一人。

 

 

「残念だが、貴様達の計画は失敗に終わるぞ」

 

 

「カイエン公の雇った猟兵か……どういう事だ?」

 

 

 テロリストの一人が問い掛けると、猟兵と思しき男は複数枚の書類を投げ渡す。それを受け取り、男達はそれぞれ資料に目を通し始めた。場の空気は少しずつ、険しいものへと変化していく。

 

 

「オルキスタワー及び周辺施設の襲撃予測図……と言うよりは、それを軸にした警備配置図か」

 

 

「立案者は、グランハルト=オルランド帝国政府臨時武官。まさか、これを紅の剣聖が……!?」

 

 

「クロスベル警備隊へ流れた資料のコピーだ。潜伏中の仲間が入手に成功した。補足すると、同じ物がクロスベル警察や遊撃士協会にも渡されているらしい」

 

 

 猟兵の男に説明を受け、尚も資料に目を通すテロリスト達。それぞれが目を通していく中で、各々驚愕の声を上げ始める。

 

 

「各門の対空レーダー重点警戒に、地下のジオフロント区画を警戒した周回路……人員不足か、配置からは除外されているが、我々が使用予定にしている地下の逃走路まで特定済みだと!?」

 

 

「紅の剣聖が遊撃隊を担うという事は、現場を離れる事を想定しているのか? 奇襲経路の記載を見る限り、上空からの襲撃も予測済みと見るべきか……」

 

 

「どうする? ここまで正確に手を回されては……いくらこの人員の配置と言えど、宰相や大統領に接近するまでもなく捕縛されるぞ」

 

 

 その表情は闇で隠れているが、言葉からは確かな焦りが感じ取れた。事前に予定していた作戦を的確に見抜かれ、対策を打たれている現状に焦らないはずもないが。

 しかし、一人冷静に資料を読み、意見を上げる者がいた。

 

 

「……いや。柔軟な対応が可能な遊撃士は兎も角、クロスベル警察や警備隊がこの立案通りに事を運ぶ可能性は低い。紅の剣聖は仮にも、帝国の息がかかった猟兵だ。事前に決定されている警戒態勢を変更してまで、彼の提案を受理するとは思えない」

 

 

「だが、各門を突破したとしても上空の襲撃を予測して紅の剣聖が待ち構えている。更に各国の将校まで出張られては、いくら内部で各国の軍を分断したとしても、対象への接近は困難だ」

 

 

「言われずとも分かっている、紅の剣聖の実力はこの目で確認済みだ。せめてこの男だけでも、引き離したい所だが……」

 

 

 冷静だった男も口調が僅かに荒くなるが、落ち着きを取り戻すと考えに耽る。資料に記載された襲撃予想と警備の流れを何度も確認し、そこに活路がないか探っていた。

 そして、読み返す事数分。彼は一つ気になる点を見つける。

 

 

「何故特定していながら、周回路の対象から外れている……事前に捕らえる以上、逃走路の警戒優先度は低いという訳か。だが……いや、待て。そうか、その手があるか」

 

 

「同志G、何か策が?」

 

 

 テロリストの一人から同志Gと呼ばれた男ギデオンはその声に頷くと、資料を提供した猟兵の男へと視線を移す。その表情は、この作戦における勝利を確信した笑みを浮かべていた。

 

 

「伝達を頼む……今回の作戦、大幅な変更になりそうだ」

 

 

 襲撃を企てるテロリスト達は、ここへ来て新たな動きを見せ始める。

 




トワが無事でよかったね!(尚ロイドに攻略されかけた模様

通商会議、テロリストはどう出る……?

六章閑話、グランと保養地ミシュラムへ同行するのは誰?

  • トワ会長
  • ラウラ
  • エマ

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