会長頑張ってね!
クロスベル市内裏通りには、クリムゾン商会と呼ばれる企業の事務所が構えられている。帝都では有名な、最近ではここクロスベル市の歓楽街にも進出した高級クラブ『ノイエ=ブラン』を始め、その他の商法にも手を掛けているという噂があるが、重要な点はそこでは無い。
大陸随一と知られる大規模の猟兵団『赤い星座』の資金運用の一つとして、商会の名を騙っている。公には知られていないが、それが真実であり、トワが事前にグランから手渡されていた資料にもその旨が記載されていた。私有でクロスベル市を散策する際、絶対に近付いてはならないと。結果的に、彼女はその地へ足を踏み入れてしまった訳だが。
「あ、あの……」
「……何だ?」
「グラン君の事、なんですけど……」
社長椅子に座るシグムントを見上げながら、気まずそうにトワが口を開く。しかし彼女の声に当の本人は寡黙で、トワも会話の継続に難航している。特別空気が張り詰めている、というわけではないが、シグムントの纏う厳格な雰囲気に声を掛けづらいのだろう。
そんな物怖じしている彼女へ痺れを切らしたのか、正面に座るシャーリィが助け舟を出した。
「大丈夫だよ。今日のパパ、機嫌良いみたいだし」
不意の助言に、トワは素直に驚きを見せていた。目の前の彼女が助けてくれた、からではなく。現在のシグムントの機嫌が良い、という事に。とてもそうは見えないと、シャーリィの話に若干の不安を感じながら、トワは学院での出来事を語り始めた。
「その……グラン君、トールズ士官学院では、一年Ⅶ組に所属していて。やんちゃなところもあるけど、毎日すごく頑張っていて。トールズは学業でもレベルが高いのに、グラン君学院に来て初めての中間テストで、二十五位の高成績だったんです」
グランの士官学院での生活について、これまでの出来事を想い巡らせながら彼女は話した。中間テストが行なわれるまで、彼の言動に困惑しながらも毎日勉強を教えていた事や、テスト終了後にその結果を残念そうに報告へ来た姿を微笑ましく見ていた事も。懐かしい、というには早いが、それらは日々の楽しい思い出として。そんなありふれた日常を、今でもトワは鮮明に記憶していた。
「……そうか。あの馬鹿はやらなかっただけで、出来ない訳ではない。当然だろう」
応えたシグムントの言葉は、あまり優しい物言いではなかった。しかし、その表情からは僅かに笑みがこぼれ、心の内にある本音が垣間見えた。やはり彼にとって、息子であるグランは今でも”家族”なのだろう。
そんな彼の姿に、トワの表情も漸く緊張が解けたのか。時折笑顔を見せながら、彼女が知る学院でのグランの姿を語り続ける。
「グラン君、生徒会での仕事も手伝ってくれていて。それがとても手際が良くて、私も見習わないといけないくらいで。他にも、Ⅶ組の子達と———」
Ⅶ組の特別実習を始め、個々の氏名や事情を伏せながら、課外活動でのグランについてもトワの口から語られた。話の最中、シャーリィは退屈そうで、シグムントも口を挟む事はなく。聞いているのかよく分からない態度ではあるが、話す方のトワは過去の思い出に楽しそうで、特に気にする事もなく続けている。
そして、グランについての話が終わった直後。シグムントは伏せていた目を開くと一言。
「つまらんな」
その言葉には、笑顔が見えていたトワの表情にも影が差す。グランの事と言っても、トワの主観的な話だった事もあり、彼の求めているものでは無かったのか。楽しんでもらおうとした話ではないが、流石につまらないの一言で片付けられては、彼女も落ち込みを見せる。
しかし、シグムントの言葉には続きがあった。
「だが……グランハルトはそれなりに楽しんでいたのだろう。バカ息子が迷惑をかけたようだ、名は?」
「トワ=ハーシェルです」
「フ……覚えておこう」
彼女が思っていたよりも、しっかりと話を聞いていたようで。名を告げるトワの姿を視界に捉えながら、シグムントは一度その瞳を伏せる。依然として彼の表情からでは機嫌を窺う事は出来ないが、少なくとも悪い印象は与えていないと、トワも内心胸を撫で下ろしていた。
「しかし、こうも似た娘を見つけてくるとは……」
「ホント驚きだよね。初めて見た時は本人かって思ったくらい似てるもん」
ふと、トワの眼前で行なわれた親子の会話。その内容が、誰と誰を指しているのか、彼女は察してしまった。そしてその人物の死こそが、グランが赤い星座と敵対し、自身の父親への復讐を誓う事になる悲劇の幕開けでもある。
そしてトワの僅かに歪んだ表情の変化から、シグムントは気付く。
「その様子だと、話は聞かされているようだな」
「はい。クオンちゃんの事については、グラン君から直接」
「へ〜……グラン兄がお姉さんの事気に入ってるっぽいのは分かってたけど、もうそこまで進んでるんだ」
そして忘れてはならない。クオンという少女の死の元凶は紛れもなく、この二人だという事を。
「そう身構えるな。たかが似ている程度で、危害を加えるような真似はせん」
「そうそう。お姉さんに何かあって、グラン兄が団に戻ってくる時に支障が出たらそれはそれで迷惑だし」
無意識の内に立ち上がっていたトワを、シグムントとシャーリィは事もなげに見詰める。その口角は僅かに吊り上がり、動揺する彼女の姿を愉しんでいるようにも見えた。グランがどれだけ悩んでいたか、苦しんでいたかと叫びたい気持ちを抑え、表情に敵意を浮かべながら、トワは再びソファーに腰を下ろす。
そして、トワにもこの場で聞きたい事が出来ていた。正確にはシグムントがこの部屋に訪れる直前にも、シャーリィの口から聞かされた内容だ。
「あの、グラン君が団に戻るって、一体どういう事ですか?」
「なーんだ、お姉さん知らなかったの? グラン兄、今の護衛任務が終わったらウチに戻る事になってるんだけど」
「正しくは決闘の勝敗によるが……赤い星座への復帰は確定していると言っていい」
トワにとっては初耳だった。決闘の事も、その結果次第ではグランが赤い星座へ戻るという事も。何故これほど大事な事を彼は話してくれなかったのか、そんな戸惑いを抱えながら、彼女は更に問いかける。
「じゃ、じゃあ今通ってる士官学院については、どうなるんですか!?」
「そんなの辞めるに決まってるでしょ」
「そ、そんな……」
シャーリィの告げた最悪の結末に、トワは堪らず俯いた。幾ら何でも突然過ぎると、考えが追いつかずに思考が定まらない。グランがいなくなる、と決まっている訳ではない。だが、シグムントの物言いではグランの赤い星座復帰という未来はほぼ確定的だ。
この二人に、少しでも家族としての良心が残されているのなら。グランの気持ちを考えるだけの優しさが残っているのなら。そんな淡い希望を胸に、彼女はもう一度顔を上げ、問い掛ける。
「もし……もしグラン君が帰らないって言ったら、どうしますか?」
「どうしたい、などという個人の意思に意味は無い。それが契約である以上、グランハルトも覚悟の上だ」
「でも、それじゃあグラン君の気持ちが……」
無論、通るはずもなく。他者の気持ちを尊重する、などという温情は彼らには無い。そもそも仲違いの原因は彼らで、それを反省している素振りすら見せないのだ。前提として、シグムント達には相手の気持ちを汲む、という選択肢が存在しない。
トワは何処かで期待していた。家族というのは、ただそれだけで特別な繋がりを持つ。きっと分かり合える、きっと修復出来ると。しかし、そんな彼女の期待は崩れ去り、同時に理解した。本質的に、この二人とは分かり合う事が出来ないのでは無いか、と。
俯いたトワの顔を覗き込むように、シャーリィが頬杖をつきながら口を開いた。
「お姉さん、もしかしてグラン兄と離れたくない、とか?」
不意に飛んできたその質問に、トワの身体が僅かに跳ねる。
これまでのやり取りの中で、彼女はグランの為という名目で意見を聞き、また返していた。勿論それは嘘偽りなどでは無い。グランの為というのは彼女の本心だ。しかし、そこには別の感情が存在する事もまた、事実だった。シャーリィの言葉は、まるで心の中を覗かれているような気がして。トワも、その問いには口を開く事が出来なかった。
「うわぁ、図星だ」
無言で俯くトワの姿に、シャーリィは呆れた様子でソファーへもたれ掛かる。
この手の話をシャーリィは苦手としていた。色恋沙汰ほど、理屈の通らない面倒な案件はないからだ。聞くんじゃなかったと瞳を伏せ、目の前で俯く彼女に、いつの日か自らの手で殺めた人物の姿を重ねる。直後に何故か湧き上がってきた苛立ちに、その顔を僅かに歪ませていた。
そして、そんな自分の娘の変化に気付いたのか、そうでないのか。シグムントはシャーリィの後ろ姿を見下ろした後、俯くトワへとその視線を移した。
「トワ=ハーシェルと言ったな」
「は、はい」
「……ウチに来る気はあるか?」
シグムントによる、唐突な赤い星座への勧誘。トワは目を丸くして顔を上げ、シャーリィは何を言い出すんだと驚きの様子で、背後に座る父親へと振り返っていた。
トワという人間と猟兵では、流石に住む世界が違い過ぎる。猟兵という職業柄、必ず手を汚す場面があるだろう。彼女にそれが務まるはずがない。トワを知る人物ならば必ずそう思うほど、彼女は善良な人物だ。
「団の仕事といっても、戦場に立つだけが全てではない。統括指揮能力には中々のモノがあると聞いているが?」
「わたしは反対。お姉さんには絶対ムリだよ」
「グランハルトの首輪には丁度いいと思うがな」
「そ、そうは言うけどさぁ……」
「何れにせよ、決めるのはそこの娘だ。来るなら仕事は用意してやる、来ないならばそれまでだ」
室内は沈黙に包まれた。シグムントとシャーリィの視線は、未だトワへと向いている。彼女が出す答えに、二人の意識は集中していた。
シグムントの勧誘は、トワにとってはある種のチャンスだ。グランと共に道を歩む、二人で苦楽を共にしていく、そんな未来を確定出来るチャンス。隣を見れば、そこにグランがいる。もしかしたら、いつの日か夢見たかもしれない、その情景を思い浮かべて。彼女の口は、肯定の言葉を紡ぎかけた。
しかし、彼女が想像したグランの表情はどこか暗い。苦しそうで、辛そうで。とても、幸せとはかけ離れた表情だった。そして、彼の視線が向いている自らの手を見た時、理由に気付く。彼女の手は、何かの血で真っ赤に染められていた。
本当に、その未来は望んだものなのか。幸せなのか。改めて考えた時、彼女の中で出すべき答えが確定した。
「……お誘いは、断らせて下さい」
「ほう……理由は?」
「私に、その仕事が出来るとは思えません」
トワが以前から抱いていたもう一つの夢。今まで、そしてこれからも頑張り続ける目的でもある。帝国の未来の為に、平和な世の中にする為に。そんな漠然としていて、成し遂げられるかどうかも難しい彼女の願い。少なくとも、それは赤い星座にいて叶えられるものではない。
クオンの夢を応援し、彼女の願いを支えたいと思ったグラン。そんな彼が、夢を捨ててまで、もっと言えば願いとは真逆の道を歩むトワの姿を好ましく思うなどあり得ない。そう考えれば、トワの出した答えは必然だった。
彼女の返答に、シグムントは笑みを浮かべて瞳を伏せていた。残念だと口をこぼすが、そのどこか含みのある表情からはとても残念がっているとは思えない。そして、そんな父親の表情からシャーリィも察する。
「なんだ、そういう事か……お姉さん、断って正解だよ」
「どういう事?」
「どうもこうも、もし考えも無しに首を縦に振ってたら、どうなってたか分からないって事。最悪適当な理由つけて囮にされて、最後に敵まとめてバァン! なーんてね」
誘いを受けていた場合のシャーリィの見解に、トワはその身を震わせる。冗談のように彼女は語っているが、この二人では本当にやりかねない。もし、先の誘いに乗っていたらと思うと、トワの身震いも当然だろう。
「冗談にしては質が悪いっていうか、パパも人が悪いよね〜」
「この程度で判断を見誤るなら、所詮はその程度という事だ。感情に左右されず、己を律するのが長生きの秘訣だ、覚えておけ」
当の本人の気持ちなど何のその。トワの目の前では、シャーリィとシグムントが笑みを浮かべながら彼女を見ている。どちらかと言えば、その決断に至ったのは感情に左右されたからで、とは彼女も口に出来ず。先程の会話に命の危険が潜んでいたかと思うと、揶揄われた当人としては実に頭の痛い話だった。
「(は、早く戻りたい……)」
振り回されるこのやり取りに、どこか既視感を覚えながら。直ぐにでもこの場を去りたいトワであった。
ーーーーーーーー
クロスベル市より東、アルモリカ村とタングラム門への道が続くクロスベル街道の一画。そこでは、大型の魔獣と思しき姿が……正確には、水牛型の大型魔獣が六体、既に事切れた状態で横たわっていた。特務支援課宛に要請のあった、手配魔獣と一致するその魔獣の死体を前に、現場に居合わせた特務支援課の面々は、驚きを隠せないでいる。
そして彼らの向ける視線の先。紅い刀身の刀を払い、鞘へと納めるグランの姿があった。各々が上げた感嘆の声は、グランへ向けたもの。実力の把握として、彼は単独で魔獣の撃破を名乗り、見事に証明してみせたのだ。今も歩み寄ってくるグランへ、ランディが呆れた様子で声をかけていた。
「あの数を一瞬かよ……ったく、やっぱりこの間は手を抜いていたわけか」
「あの時はフィーすけも連れていましたから……これで少しは頼りに出来そうですか?」
グランはランディの声に答え、その視線をロイドへと移す。
彼らも剣聖と呼ばれる人物の実力は、クロスベルにいる遊撃士アリオス=マクレインを見て知っている。その目に見えたグランの実力は、確かに彼と比較しても遜色のないものだったようだ。
「十分過ぎるくらいだ。明日からの本会議では頼りにさせてもらうよ」
「何も起こらないのが一番だけどね。ただどちらかと言うと、私達の方が頼りになるか心配だけど」
「ですよね……」
心配するエリィの声に続くようにノエルが呟き、その肩を落としていた。
彼らも十分な実績を持ち、その実績こそが実力を示している。謙虚と言えば聞こえはいいが、もう少し自信を持ってもいいだろう。そんな、心の声をグランが口にする事はなく。彼はロイドに向けて予定を話すワジへ、その視線を移した。
「さて、この後はアルモリカ村だっけ?」
「先にタングラム門へ寄る事も出来るけど……グランさえ良ければ、要請の方から済ませたいんだけど、どうかな?」
「問題ありませんよ。帰路の途中に寄って頂ければ、それで」
話も決まり、一同は導力車に乗り込むとノエルの運転の元、アルモリカ古道を抜けてアルモリカ村へ。到着後、村の入口付近に車を停止させると、車からぞろぞろと姿を現した。
貿易都市として発展したクロスベル市とはかけ離れた、昔ながらの農村と言った風景が広がるアルモリカ村。村の畑で収穫される野菜や、養蜂場で採取される蜂蜜が名産で、クロスベル市へも多く流通している。帝国で言えばケルディックに近い印象を覚えながら、グランは村の中を見渡していた。
要請に応える為、ロイドを先頭に一同は歩き出し、依頼主との待ち合わせ場所、村の宿酒場トネリコ亭へと訪れる。テーブル席に座る二人の人物へ近付くと、ロイド達の姿に気付いたのか、その身を翻した。
「やあ、来たね」
「ティオちゃん……はまだいないんだ。テンション下がるなぁ」
声を投げかけてきたのは、遊撃士協会クロスベル支部に所属する二人だった。グランが先日訪れた際、最初に遭遇した現地人でもある。黒い短髪を揺らすリンの横、エオリアは薄紫の長髪を棚引かせる。
エオリアはロイド達を見渡し、目的の人物がいなかったのか一人落胆している。そんな彼女にロイドが謝り、リンが謝り返す中、ふとエオリアの視線はグランへと向いた。
「あら、そこの彼は……」
「紅の剣聖か……君が何故ここに?」
「任務がてら、特務支援課に同行している。詳しくはクロスベル支部にいるオッサンから聞け」
警戒気味のリンに素っ気なく答え、グランは屋内の観察に移る。両者の間に漂う何とも言えない空気に、周りもどう扱うべきか困惑していた。遊撃士と猟兵は、ただそれだけで敵対関係にある。リベール女王による特別雇用の件を踏まえても、遊撃士協会の人間としては彼を特別視する事は出来ないのだろう。
逸れていた話題を戻し、ロイドは要請内容の確認に移る。遊撃士訓練への参加……それは、ここにいるリンとエオリアの訓練相手として、特務支援課のメンバーをご所望のようだ。戦闘訓練の為に村の入口を使用する了承も、アルモリカ村の村長から得ているとの事。
早速訓練に移ろうと、ロイドが一人声を上げた。
「では、村の入口に移動しましょうか」
ーーーーーーーー
遊撃士組二人と特務支援課による戦闘訓練。双方
村の家屋や畑、情景や人々を観察しながら、彼は一人首を捻る。
「……なるほど、奴らも手を貸している訳か」
クロスベル市内の様子や、これまで見てきたクロスベル周囲の状況から、何か思い当たる節があったのか。グランが一人納得している最中、その後ろから突然声を掛けられる。訓練を終えたロイドを筆頭に、特務支援課メンバーがグランの元へ集まって来た。
「グラン、待たせたな。こっちの要件も終わったよ」
「お疲れ様でした。その様子だと、上手くいったみたいですね」
「ああ、おかげさまで」
満足に応えるロイドの表情からは、十分な成果を得られたであろう事が想像出来た。ここに来て戦闘での手数が増すのは、グランにとっても朗報だろう。明日の本会議開催までに、出来るだけの戦力は揃えたいというのが彼の本音だ。無論、それはクロスベル側の戦力でなければならないが。
「エオリアさんが、フィーちゃんに宜しくって言っていたけど……グラン君の知り合いの人?」
「ええ、オレが通っている士官学院の同級生ですよ。今は帝国内にいますが」
「そ、そっか。グラン君ってまだ学生なんだよね」
エリィに対してグランが応える姿を目に、彼が学生であった事を思い出したノエルは苦笑気味だ。確かに、ここまでのグランの行動は学生とは思えないほどの働きだ。打ち解けてからの言動には少々見過ごせないものもあるが。
雑談もそこそこに、一同が次の目的地へ向かおうとした矢先。突然、グランのARCUSが鳴り響く。
「はい、こちらグランハルトです……何だ、アンタか」
《俺で悪かったな……と、悪いが緊急の案件だ》
グランの通信は、帝国政府の書記官として訪れているレクターからのものだった。通信越しからは彼の焦りも感じ取れ、看過出来ないトラブルの発生を予測させる。
そして、通信先のレクターの報告は、グランの動揺を生むに十分過ぎる内容だった。
《落ち着いて聞け……トワ=ハーシェル嬢が拐われた》
告げられた事態に、グランの瞳が激しく揺れを見せる。まだ通商会議も始まっていないこの時に発生した予想外の事態に、彼も言葉が出なかった。そして返答を待たずして、更にレクターは報告へ補足を入れる。
《厳密にはその可能性がある、と言うだけだ。どうやら、随行団のスタッフの一人が、彼女に資材の現地調達を頼んだらしい。ハーシェル嬢がオルキスタワーを出てから、既に二時間だ。ARCUSにも連絡を入れたが、応答が無い》
「何故だ……何故あの人を単独で市街地に出した!」
《お前さんの怒りは尤もだ。だが今はこちらも回せる手が無い、すまないが至急———》
苛立ちを露わにしながら、グランはレクターが話している途中にARCUSの通信を切る。ARCUSを地面に叩きつけたい衝動に駆られながらも、何とか堪えるとホルダーへ戻した。
その様子を見ていたロイド達は、グランにとって何か尋常ではない事態が発生したのだと感じる。すかさず、ワジが問い掛けた。
「何かトラブルでもあったのかい?」
「ええ……帝国政府の随行団に同行していた学生が、誘拐事件に巻き込まれた可能性があると」
「おいグラン、その学生ってのは———」
「すみません、時間が惜しい。オレはここで離脱します」
ランディの声を遮り、その場にいる皆に断りを入れるとグランは駆け出した。クロスベルの状況把握などしている場合ではない。何としても無事に、彼女の身柄を確保しなければならない。その身を守ると誓った決意を、こんなところで裏切るわけにはいかないと。
しかし、グランが話した異常事態は、彼らにも無関係というわけではない。ロイドは直ぐにグランを呼び止める。
「待ってくれ! クロスベル市に戻るにしても、導力車の方が早い。俺たちにも手伝わせてくれ」
彼の意見は尤もだ。アルモリカ村からクロスベル市までとなれば、人の足に比べて導力車の方が早いのは当然である。更に言えば、彼らはここクロスベルの治安維持を担う警察官だ。クロスベル内で発生した事件に、見て見ぬ振りは出来ない。
「……こちらからお願いします。どうか、力を貸して下さい」
未だ焦りは見えるが、グランも何とか冷静さを取り戻した。ロイドの申し出に振り返ると、神妙な面持ちで支援課メンバーへ向かって頭を下げる。今はどんな手を使っても彼女を見つけ出さなければならない。彼にとって、その申し出は有り難かった。
グランの声に皆が頷いた後、急いで導力車に向かって駆け出す。
「(会長、どうか無事で———!)」
グラン達を乗せた導力車は、全速力でクロスベル市を目指す。
トワ会長、赤い星座入団ならず。まあ仕方ないね。冗談で殺されるとかたまったもんじゃないんですがそれは……
ただの家庭訪問が大変な事態に……! 誰だよ会長に資材調達頼んだの。実はレクターの自作自演だったり? どうでしょうか。
グランにとっては緊急事態です。トワの安否は如何に……!
ところで話は変わるのですが、一度活動報告で募集していた通商会議後のミシュラムデートについて、候補を三人に絞って再アンケートを実施します。(アンケート機能なんてあったんですね)
誰にするかなんて……当たり前だよなぁ?
六章閑話、グランと保養地ミシュラムへ同行するのは誰?
-
トワ会長
-
ラウラ
-
エマ