紅の剣聖の軌跡   作:いちご亭ミルク

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邂逅

 

 

 

「以上が、グランハルト様と知り合うに至った経緯です」

 

 

 クロスベル市の住宅街を抜けた先。マインツ山道へ繋がる道に位置するクロスベル大聖堂、その客間にて。グランへクロスベル市内の案内を終えたロイド達一行は、クロエに連れられて大聖堂へ訪れ、彼女の過去についてクロエ本人から説明を受けていた。彼女が話したそれは、返す言葉にも困るような辛く苦しい過去の出来事。しかし、過去を語るクロエからは、大切な思い出を語るかのような温かな気持ちを感じているのもまた事実だった。そのおかげもあってか、客間の空気は話の内容ほど重くはない。とはいえ、かける言葉に困るというのもまた事実であり、ありきたりな言葉だと思いつつ、ロイドとエリィはクロエに向けて口を開く。

 

 

「そうか……クロエも、大変だったんだな」

 

 

「お母様は、本当に素晴らしいお方だったのね」

 

 

「そう言っていただけると、天国にいる母も喜びます」

 

 

 エリィの声に答える彼女の姿はとても誇らしげで、同時に、その笑顔からは苦難の道を乗り越えてきた強さも感じられた。彼女ほどシスターに向いている人はいないと、この場にいる皆がそう思うほどに。

 

 

「ぐすっ……とても尊敬します。クロエさんも、クロエさんのお母さんも」

 

 

「若いのに苦労してきたんスね……俺、クロエさんの為なら何だって力になりますよ!」

 

 

「あ、ありがとうございます……?」

 

 

 涙ぐむノエルの横、ランディは一人心を打たれたのか、感極まったと言わんばかりに立ち上がるとクロエの手を取り、彼女を困惑させている。彼の気持ちも分からないでもないが、彼の性格故か。いつもの悪い癖が出たと、ロイドに引き摺られて席へと戻った。

 そして、そんな中一人考え事をしていたワジはふと、クロエの過去話に登場した人物について問いかける。

 

 

「そういえば、話に出てきたアルハゼンって人はどんな人なんだい? 今の話を聞くに、中々愉快な御仁のようだけど」

 

 

「アルハゼン司祭の事ですか? そうですね……とても優しいお方ですよ。司祭としての仕事の傍ら、村周辺の魔獣討伐なども請け負ってらして……バーニカ地域一帯の安全は、あの方で保っているようなものです。村の皆さんからも、あの若さで慕われていますし」

 

 

「あの面で若いとか言われてもな。あれで三十代は詐欺だろ」

 

 

「もう、グランハルト様。司祭も結構気にしておいでなんですから、本人の前でそんな事は絶対に言わないで下さいね?」

 

 

 話に横槍を入れて来たグランをクロエが牽制し、ため息を一つ。会話の内容からグランもアルハゼンという司祭の事は知っているようで、その口調から親しい仲というのも推測できる。ワジは二人の話に満足したのか納得した様子で頷き、他の者達は苦笑気味に会話の様子を眺めていた。

 そして、ふと響いた扉の開く音で皆の視線は客室の入口へと向けられる。まるで会話の終わりを待っていたかのように、話に一区切りがついたその場へ一人のシスターが現れた。

 

 

「何やら楽しそうですね」

 

 

「リースさん、戻ってらしたんですね」

 

 

「ええ、先程。部屋へ入り辛い雰囲気でしたので、扉越しに貴女の過去についても聞いてしまいました」

 

 

 リースと呼ばれた鉛丹色の髪のシスターは、客室に集まる一同に会釈をした後、クロエの声に応えた。偶発的に起こった事とはいえ、盗み聞きのような真似をしてしまったと彼女はクロエに頭を下げる。しかし、当の本人はそこまで気にしていないらしく。

 

 

「あはは……気にしないで下さい。リースさんを含めて、ここにいる方々なら問題無いですから」

 

 

 複雑な過去を知られても、クロエにはそれ程動揺した様子はない。それだけこの場にいる皆を信頼している、という事だろう。場の空気は穏やかなまま、直後のリースによる言葉を皮切りに、話の流れはクロエのその後について触れていくことになった。

 

 

「その、お母さんの供養はどうなさったの?」

 

 

「それなんですが……実は、私の故郷の町で働いている男性方が、埋葬してくださって。その話を聞いて、後日御墓参りに行ったんです」

 

 

「こいつの母親……ミア=ページは、町の男連中にとても慕われてましたよ。娼婦の仕事と言っても、実際のところは復興作業で疲弊している男連中の相談に乗っていただけみたいです。あの聖母のような女性(ひと)を相手にするには、とても自分達じゃ釣り合わない……男連中は皆一様に同じ事を口にしていました」

 

 

「はは……そりゃあすげぇな」

 

 

 クロエ、グラン両人の話に思わずランディが声を漏らす。当時クロエに付き添う形で同行したグランが町で聞いた、彼女の母親に関する情報。現地で人々から聞いたそれは、彼女の母親がどの様な人物だったのかを十二分に物語っていた。苦しい環境下に置かれて尚、町の復興に尽力する者達を懸命に支え続けたクロエの母、ミア=ページ。人々の支えになり、慕われていた母の真の姿をその時クロエは知った。そして、彼女は母の様になりたいと、少しでも近づきたいと思い、現在は母の役目を受け継いでいる。

 

 

「今でもバーニカ村の教会には、故郷の町で働く男性の方々が訪れてくれて。母がしていたように、週に一、二度は故郷に帰って相談に乗ってあげてるんです」

 

 

 今も故郷で復興に尽力する皆の力になるべく、母と同じく町の人々を支える道を歩み続ける。月に一度クロスベルへ訪れているのも、その延長だと彼女は話す。これがなかなか言うことを聞いてくれないと愚痴をこぼし、旧市街の不良達の素行に頭を悩ませているのが現状のようだ。

 現在のクロエの悩みにクロスベルの治安を守る警察関係者としても頭が痛いとロイドがため息をつき、苦笑気味にノエルとエリィが続いた。

 

 

「でも、本当に素敵なお話ですね」

 

 

「ええ。町の人達にとって、クロエさんやクロエさんのお母様は聖女のような存在なんだと思うわ」

 

 

「あはは……それは流石に恥ずかしいです。でも、そういえば一つおかしな事があったんですよね」

 

 

「おかしな事、ですか?」

 

 

 赤みの増した顔で、クロエがふと口にした疑問。その様子にリースが訊き返すと、次に彼女が告げた言葉で皆の脳裏に最悪の可能性が過ぎる。

 

 

「はい。町の人が母の遺体を見つけた時、その場に叔父の遺体が無かったそうなんです」

 

 

 その言葉は正しく、クロエの叔父……父親が生きているかもしれないという可能性を示唆するもの。彼女の母親の身を呈した行為を無碍にするものだ。

 皆の不安げな表情からその考えを察したクロエは、余計な事を言ってしまったと、慌てた様子で補足を入れた。

 

 

「ええっと……その、叔父は多分亡くなっています。もし生きていたのなら、あの男は直ぐに私を訪ねるはずですから」

 

 

 クロエの説明に納得したのか、彼女の言葉に疑問を投げる者はいなかった。だが、その言葉を証明する事は難しい。機会を伺い、今も身を潜めているという可能性もゼロでは無い。そして、その考えに至ったのだろうランディは、周囲に話を聞かれる事のないよう隣へ座るグランに耳打ちした。

 

 

「グラン、実のところどうなんだ?」

 

 

「死んでいますよ……間違いなく(・・・・・・)

 

 

「そうか……悪りぃ、変なことを聞いたな」

 

 

 グランの言葉から何かを察したのか、ランディがそれ以上返すことは無く。二人の様子に周囲は首を傾げていたが、話までは聞こえていない様で、会話に割って入るような事もなかった。

 話も一区切りし、一息つこうとそれぞれが目の前に置かれたティーカップに視線を移す。予定より長話となった為か、当初は立ち上っていたティーカップの湯気は消え、香りも弱く、素人目に見ても飲み頃を過ぎていた。これでは楽しめないと、苦笑を浮かべていたクロエはその場を立つとカップの回収を始める。

 

 

「入れ直して来ますね。リースさん、こちらの席にどうぞ」

 

 

「有り難う、では遠慮なく」

 

 

 皆のカップを台に乗せ、とっておきを用意するから楽しみにしていて下さいと、リースに席を譲った彼女は一人退室した。皆がその様子を目で追った後、彼女の姿が見えなくなってから、ふとノエルがロイドに尋ねる。今後の予定についてだ。

 

 

「この後は、どうしましょうか?」

 

 

「残っているのは、魔獣討伐と遊撃士の訓練要請だな。ただ、グランの話を伝えにベルガード門とタングラム門へも寄るとなると、あまり長居は出来ないかもしれない」

 

 

「お茶を戴いたら、すぐにでも出発しましょうか」

 

 

「だな」

 

 

「ゆっくりしたいところだけど、予定も詰まってるからね」

 

 

 意見もまとまったのか、特務支援課一同は頷き合うと雑談を始めてクロエの帰りを待つ。そして、その輪から外れていた二人……リースとグランは、楽しそうに話しているロイド達とは違い、彼らの様子片目に淡々と言葉を交わしていた。

 

 

「残念ですね。貴方には、色々と聞きたいことがあるのですが」

 

 

「こちらは特に無いがな。とはいえ、その内嫌でも顔を合わせる機会があるだろう」

 

 

「そうですね。その機会が協力的な場面であることを願っています」

 

 

「全くだ」

 

 

 それ以上の言葉を交わすことはなく、二人の間には重い沈黙が続く。同じ室内でこれほど空気が違うのも珍しいが、当の本人達が気にしている訳でもないので当然変化も無い。その空気が破られたのは、数分後に客室の扉が開いて漸くの事だった。清涼感のある香りをティーポットから漂わせながら、人数分のカップを台に乗せてクロエが戻ってきた。

 

 

「お待たせ致しました」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「随分とご機嫌だな、エリィ」

 

 

 クロスベル大聖堂を後にした特務支援課は現在、魔獣討伐依頼の出ている東クロスベル街道を目指して市内を歩いていた。大聖堂にてクロエ達と雑談後に本来の任務を遂行している訳だが、エリィの足取りが皆と比べても明らかに軽い。鼻歌交じりに歩くその姿は、よほど嬉しい事があったと見えよう。今もロイドの声に、先頭を歩く彼女は機嫌よく振り返った。

 

 

「ふふ、そう見えたかしら?」

 

 

「そりゃあ鼻歌なんかしてれば誰でもそう思うっての」

 

 

「だって仕方がないじゃない。まさかあのハーブティーが飲めるなんて思わなかったんだもの」

 

 

 何を分かりきった事をとランディが返した先、エリィは大聖堂での出来事を思い出し、嬉しそうに両頬へ手を添えていた。こうも彼女がはしゃぐのは珍しいと、ロイドは先の大聖堂での出来事を思い出しながらエリィの姿を眺めていた。

 大聖堂の客室内で雑談が飛び交う中、戻ってきたクロエが皆に振る舞ったそれは、富裕層では有名なあるハーブを使ったハーブティーだった。独特の清涼感のあるその香りに皆が関心を持つ中、香りに心当たりがあったエリィはその場で固まった。それはもう鬼気迫る勢いでクロエに問い質し、若干引き気味の彼女から返ってきた答えに、エリィが恍惚の表情を浮かべていた記憶は皆の脳裏にも新しい。

 

 

「確かハーブの名前は、ノーザンマレイン……でしたよね?」

 

 

「ええ! ノーザンブリアのバーニカ地方でしか栽培されていないハーブなんだけど、中々お目にかかれない希少品なの。まさかクロエさんがそこの教会から来ているだなんて、驚きだわ」

 

 

 ハーブティーに使われていたハーブの名をノエルが口にすると、彼女の顔に迫る勢いでエリィが答える。その迫力にノエルが押されている姿を、他の皆は苦笑気味に眺めていた。ロイドとランディにもその名には聞き覚えが無かった様だが、ハーブの種類となると流石にその筋に興味のある人々にしか分からないだろう。

 ただ、このノーザンマレインというハーブは、数多あるハーブの中でも少々特殊な代物らしい。

 

 

「ノーザンマレイン……消して枯れる事のない神秘の植物にして、別名を時無し草だっけ。でもそのハーブって確か物凄く高価じゃなかったかい?」

 

 

「ええ。近年は特に発育が悪いらしいんで、市場には僅かな数が一束九万ミラで出回っているはずです。と言ってもその殆どが直ぐに裏に回るでしょうから、闇市での入手になるとその三倍は見たほうがいいでしょうね」

 

 

 ワジの声に応えたグランの話の内容に、一同は戦慄する。ハーブ一束で約二十杯のハーブティーが飲めるとして、表の市場価値が一束九万ミラ。ざっと計算してもティーカップ一杯で四千五百ミラ、裏の市場価値だと一杯一万ミラ以上の計算になる。大聖堂でクロエから出された時、ゆっくりと味わっていたのはエリィとワジの二人のみで、それ以外の者は大して味わっていない。グランはまだしも、不思議な味だと直ぐ様飲み干したロイドやランディ、ノエル達はその価値を知った途端、その額に冷や汗を滲ませていた。

 

 

「はあ……その情報だと、今年も手に入れるのは無理そうね」

 

 

 三人の心情など知るよしもないエリィは一人、グランの情報を聞いて落ち込みを見せている。毎年の様に市場に顔を出すものの、その度に品物は売り切れており、入手出来ずという状況がここ数年続いているらしい。昔はクロスベルで個人の屋台に出回る様なマイナーなハーブだった様で、エリィか始めて飲んでファンになったのも祖父がその屋台で購入した物との事。昨今の価格高騰は異常だと語る彼女の表情は暗い。

 そんなエリィの姿に見兼ねたランディは、助け舟を出すべくグランへその視線を移した。

 

 

「グラン、お嬢の為にも何とかしてやれないか?」

 

 

「まぁ、本来あのハーブは商売目的じゃないですし、オレの伝手でいくつか回してもらうことは出来ますけど……そうですね。何だったら、現地から特務支援課宛に直接送らせましょうか?」

 

 

「ほ、本当!?」

 

 

「ええ。あまり数は用意出来ませんが、それでいいのならミラも適正価格でいいですよ」

 

 

「と、とんでもないわ! ありがとう、グラン君!」

 

 

 そしてダメ元だったランディの助け舟で、なんとまさかのグランによる入手ルート確保。エリィは心を躍らせ、感極まって彼に迫るとその手を取って飛び跳ねている。だが、その高揚が警戒心を解いてしまった。

 そう、忘れてはならない。彼という男の性質と、彼女自身が持つその元凶を。

 

 

「いやいや、礼なんかいいですよ。十分な報酬は今もらいましたから」

 

 

「ほ、報酬……? それって……っ!?」

 

 

「いやー、エリィさんの胸の感触を味わえるなら、ハーブなんて何束でも送らせますよ」

 

 

「あ、相変わらずですねこの子……」

 

 

 グランに迫るという事は、つまり彼と体が触れ合う至近距離に立つという事。不意にグランの腕に触れたエリィのたわわな双丘は、彼の腕を包み込まんとばかりに見事な山脈を形作っていた。エリィは自らの不注意に気付いて直ぐ様グランから距離を取り、一部始終を目の前にノエルは顔を引きつらせている。

 

 

「お嬢もはしゃぎ過ぎだ。それとグラン、うちのリーダーが怖い顔してるからそのくらいにしておけ」

 

 

「まったく……ふざけてないで依頼に戻ろう」

 

 

 このままでは事が進まないと、ランディがエリィへの注意と同時にグランへ釘を刺し、ロイドが現状に呆れつつも統率を取るべく仕切り直しの声を上げ、その身を翻す。しかし、エリィの態度を見て何故か脈アリと判断したグランは、彼女の胸を凝視しながらその手は準備運動をしていた。

 

 

「む、胸を揉ませてもらえるなら定期契約を結んでも……」

 

 

「そ、そんなのダメに決まってるでしょう!?」

 

 

「ダメだこの子……って私の方見ても、エリィさんの代わりにとか無いですからね!?」

 

 

 他人事の様に見ていたノエルが、不意に自身の胸へ向けられたグランの視線に身体を震わせる。完全に彼のペースに飲み込まれた場の状況に、取り残された三人は呆然と立ち尽くしていた。

 

 

「こ、ここまで欲望に忠実だといっそ清々しいけどね」

 

 

「ランディ……」

 

 

「すまんリーダー、もう少しだけ堪えてくれ」

 

 

 特務支援課の任務が進む気配は無かった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 グランが特務支援課の任務に同行していた頃。クロスベル市の裏通りに位置する、とある商会の事務所。そのオフィスの一画、執務室には現在、向かい合わせのソファーに身を預ける二人の少女の姿があった。

 一人は、西ゼムリア通商会議の開催で賑わう市内を散策し終え、ホームへと戻ってきた赤い髪の少女、シャーリィ=オルランド。彼女はもう一人の少女と雑談の最中らしく、現在その話題に出てきたある人物の情報に驚きの表情を見せ、信じられないと声を上げていた。

 

 

「あの勉強嫌いのグラン兄が!? うっそ、全然想像出来ないんだけど」

 

 

「嘘じゃないよ。グラン君、中間テストで良い点取れるようにってそれはもう頑張ったんだから」

 

 

 そしてシャーリィの声に返したもう一人の少女は、帝国政府の随行団のスタッフとしてここクロスベルに同行していたトワ=ハーシェルの姿だった。オルキスタワー内で仕事をしていたはずの彼女が、何故シャーリィと共にこの様な場所へ来ているのか。

 グランが特務支援課と共にクロスベル大聖堂にいた同時刻。オルキスタワーで資材整理と会議資料の準備を手伝っていたトワは、随行団のスタッフの一人に資材の補充を頼まれ、現地で調達すべく一人市内へ外出していた。資材リストを記したメモを渡され、どこか腑に落ちないと思いながらも彼女が百貨店へと向かう途中。突然現れたシャーリィによって強引にここまで連れ去られ、今に至るという訳である。

 

 

「だって闘いと酒と女の人以外に興味が無いあのグラン兄だよ? 昔勉強教えてもらおうとした時だって『歴史? そんなものは自分で作れ』とか訳の分かんない事言ってた人だよ? ありえないありえない」

 

 

「そ、そんな事言ってたんだ……」

 

 

 連れ去られてから現在までの状況は、グランの士官学院での様子をトワが話し、それに対して信じられないといった様子でシャーリィが昔のグランについて語り、そんな過去のグランの言動にトワが困り果てるという繰り返しである。だが、いつまでもそのような状況が続くわけでは無い。話のネタが尽きれば、流石に繰り返しの会話も終わりを迎えるというもの。

 

 

「ふーん……でも話を聞いてみると、グラン兄も結構楽しんでるんだね、士官学院」

 

 

 そして不意にシャーリィの口から漏れた、彼女による私感。この時トワは、シャーリィの反応を受けて意外だと驚いていた。彼女の言葉が、では無い。その表情が、まるで親愛する兄に向ける顔そのものだったからだ。

 トワは彼女達がグランに行なってきた非道を、また彼がどの様な境遇にいるかを知っている。そして知っているからこそ、オルランド家は間違いなく互いに対立関係にあると思っていた。しかし、話してみればシャーリィはグランを敵視していないどころか、慕っている様な素振りさえ見て取れる。兄の学院生活の話に喜色満面な事からも、それは窺える。

 そんなシャーリィを見て、トワは思ってしまった。まだ手遅れではないと。彼女の行ないは許されたものではなくとも、壊れかけているグランと家族との関係は、改善出来るのではないかと。そんな淡い期待を抱いてしまった。

 

 

「じゃあさ、今度はお姉さんの事教えてよ」

 

 

「私の事?」

 

 

「うんうん」

 

 

 好奇心の眼差しで、シャーリィはトワの顔を見つめていた。この状況、トワにとってこれはチャンスだった。ここで自分の話を皮切りに、彼女についても知る事が出来れば、彼女達と深く関わる事が出来れば、グランとの事についても必ず光明が見えてくる。彼がこれから実行しようとしている悲しい結末を変えられるかもしれないからだ。

 と、そんな風に意気込んでいた彼女だったが、シャーリィが自身の胸部辺りに両手で双子の山を描きながら放った言葉に、全てを持っていかれた。

 

 

「グラン兄ってさ、おっぱい大きい人にしか靡かないでしょ? なのに話聞いてるとさ、なんかお姉さんの事も意識してるっぽいんだよね」

 

 

「あんまり考えないようにしてたけど、そうだよね。グラン君ってやっぱりそうなんだ……」

 

 

 前半部分の一言目がトワの頭に響いた様で、学院でのグランの生活態度を思い返しながら酷く落ち込みを見せていた。何かまずい事を言ったかとシャーリィは戸惑い、彼女もかける言葉に困っている。

 微妙な空気が漂い始め、二人の会話が途切れかけた。しかし、関心があるのかと思えば、途端に興味を失う。まるで猫のような性格が、シャーリィにはあった。

 

 

「ま、別にいっか。どうせグラン兄が団に戻ってきたら、お姉さんともお別れだし」

 

 

「え? それって、一体どういう————」

 

 

 トワに向けていた好奇心の眼差しは消え、シャーリィは退屈そうにソファーへともたれかかる。しかし、今度はトワの方に訊ねる事が出来た。落ち込む最中に聞こえてきた、その言葉の真意を彼女が問いかけようとした、その矢先。

 

 

「随分と騒がしいな。来客か?」

 

 

 猛々しいその声は、扉の先から聞こえてきた。問いかけようとしていたトワは、背後の扉から現れた人物への反応に一歩遅れる。そして、その人物へ先に声を発したのは正面に座っているシャーリィだった。

 

 

「あっ、ゴメンねパパ。部屋使わせてもらってる〜」

 

 

「別に構わんが……なるほど、そういう事か」

 

 

 視界に捉えずとも分かる、その存在感と威圧感。武術に精通していない彼女ですら感じるほどの、熱量と覇気。重くなった体をなんとか動かし、トワが振り返ったその先に彼はいた。

 眼帯を付けた勇ましいその顔つきは、赤い獅子を連想させ、筋骨隆々な大柄の身体は、鋼鉄の如き強度を思わせる。トワの視線の先、彼女が初めて邂逅したそれはまさしく————

 

 

「……グラン君の、お父さん」

 

 

 戦場を蹂躙し尽くしてきた、鬼の姿だった。

 

六章閑話、グランと保養地ミシュラムへ同行するのは誰?

  • トワ会長
  • ラウラ
  • エマ

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