天空の城の世界に憑依転生した   作:あおにさい

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 ムスカさんの生家に長く保存されていた古文書とその解読をした資料、僕が祖母から聞いた話と伝説を照らし合わせて作った資料と父が集めた歴史書、パズーの父親が遺した手記と写真。

 

 キッチンの床に広げるようなものではないが、他に使える場所はないので致し方ない。ドーラの船長室を借りようかと考えたのだけれど、いくら豪胆な女海賊とはいえ夜はちゃんと眠りたいだろうと遠慮した形だ。

 三人全員が手隙なのは、今の所夜だけなのだ。主に料理番(ぼく)の都合である。

 

「古文書によると、ラピュタの()()はラピュタ人が地上に立った時代に封印されたのだと記されている。ここだ」

 

 ムスカさんが古く黄ばんだ紙に綴られたラピュタ文字を指差して、とんとんとつつく。いくつかの単語は教えてもらっていたけれど、さすがにわからない。僕とパズーは、さっさとムスカさんが解読したほうの現代語訳に視線をやった。

 ムスカさんの言う通り、城を封印し子孫に託した――とある。

 

「その詳しい方法については、この書にはない。そもそもこの古文書は、ラピュタ人が地上に降りて数世代経てから書かれたものではないかと私は推測している」

「つまり、これを書いた人も浮遊島を見たことはなく、家族や縁戚から聞いていただけということだね」

 

 僕が頷いて言うと、ムスカさんは別の文献を広げた。

 

「同じ作者が記したと思われるものだ。内容は日記のようなものでね、浮遊島にいたというような記述はない。他にも別の作者が書いたいくつか古い文献はあるが、どれも随分あとの時代のもののようだ」

「……ラピュタにいた人々は、何も残そうとしなかったの?」

 

 パズーが首を傾げて問う。僕は唸り、ムスカさんは口を歪めた。

 

「意図せずして、失伝してしまったのではないだろうか」

 

 率直に自分の意見を述べて、僕は唇をなめた。

 

「それまで浮遊島で暮らしていた人が、いきなり地上に降りれば、生活基盤を整えるのも苦労が絶えないと思う。地上にも人がいたのなら、争いもあったかもしれない。そういう混乱があって、正しい知識を持つ人が亡くなり、記録の価値がわからなくなって、朽ちてしまった」

 

 古文書の作者の日記を見て、それから無言でいるムスカさんを見上げた。

 

「パロ家の祖先は賢明な人だったんだろう。誰かが残さなきゃいけないと思って、沢山の人に話を聞いてこれを書いたのではないかな」

 

 口語伝しか残っていないトエル家とはえらい違いである。……さすがにこれは言えないけれども。

 パズーがきらきらとした顔で声をはずませる。

 

「ロミールさんの祖先はすごい人だったんだね!」

 

 真っ直ぐに褒められたムスカさんは、照れくさそうに顔を横にそらした。それからとりなすように咳払いをして、眼鏡を押し上げる。

 

「パズーくんの父君は浮遊島の目撃者だが、その時の状況は聞いているかね? どのような場所で、どの程度の高度だったか、など」

 

 パズーが飛行士の手記のページをめくって、「ここ」と広げて見せてくれる。

 

「父さんの推測では、偏西風に乗って回遊しているんじゃないかって。僕もそう思う。一定の場所に留まっていないから、簡単に見つからなかったんじゃないかな?」

 

 手記には飛行士が当時飛んでいた高度と場所が記され、偏西風の流れが簡単な地図に書き込まれている。

 残念ながら気象系の知識に乏しい僕ではよくわからない。しかしムスカさんはパズーの家でちらりと見て以来、この記録にはとても興味があるようで、いくつかパズーに質問しては納得したように頷いている。パズーもパズーで、淀みなく答えていくのがすごい。

 

「……なるほど。ラピュタの封印とは巨大な積乱雲か」

 

 二人の間でしばし話し合いが行われ、ムスカさんがそう結論づけると、パズーも「きっとそうだよ!」と笑って頷いた。

 

「だが、積乱雲に突っ込むなど自殺行為もいいところ……君の父君はよく無事だったな」

雲の中(竜の巣)を抜けたら、その中心にラピュタがあったんだって。父さんの乗っていた二人乗りの飛行船は逆風になびくことができるから、それで上手く雲を抜けられたんだって言ってたよ」

 

 ……なんだろうこの置いてきぼり感。ちょっとさみしい。

 そう思ったのが伝わったのか、ムスカさんがはっとしたような顔で僕の方へ視線をよこした。

 

「リュシー、封印を解く方法に心当たりはあるかね? 聖なる光を取り戻した時のような呪文だ」

 

 うむ、僕も仲間に入れてくれてありがとう!

 張り切って答えるよ。

 

「口語伝では婉曲に呪文が伝わっている。候補はいくつかあるけど、組み合わせと効果を考えて一つに絞れるよ。「姿を現せ」という意味で、詩などには使われていないから飛行石を操る特別な言葉の一種であることは間違いない」

 

 祖母いわく、「失せ物探しのおまじない」だ。これだけ聞くと民間伝承にしか聞こえないが、祖母が教えてくれた現代語訳の言い回しが仰々しいのである。詩に似たような意味の言葉はあるが、そちらはもっと柔らかい表現をしている。

 ムスカさんは古文書のラピュタ文字をなぞりながら「おそらくそれで合っているだろう」と頷いた。

 

「遠く離れたティディス要塞で、呪文に機械兵が反応したところを踏まえると、軽率に唱えるわけにもいかない。積乱雲が近づいたら試すことになるだろうね」

「えーと、つまり積乱雲はラピュタが作り出しているってこと……?」

 

 パズーが信じられないとばかりに目を見開いた。

 

「不可能ではないと思うよ……ラピュタの技術は、少なく見積もっても千年先をいっている」

 

 僕は服の上から飛行石をいじって言い漏らす。この石ひとつで、どれだけの技術が詰まっているのか。

 しんみりとした沈黙が何秒か続いた。僕と同様、パズーもムスカさんも古代人の生活と技術を想像したのだと思う。

 

「明日にでも、巨大な積乱雲を見つけたらすぐ知らせるように周知しなくてはな」

 

 ムスカさんがそう言って広げた資料を片付け始めた。

 

「今日はここまでにしておこう」

 

 僕とパズーは頷いて、本やメモをまとめた。僕が飛行船から飛び降りる際に持ち出したトランクケースにそれらを入れて、片隅に置いておく。海賊たちが集う船室に置くのはどうも不安なので、僕がキッチンを綺麗にしてからはここに置くことにしたのだ。

 緊張の糸が切れたパズーが眠そうにあくびをして、首を左右にひねる。

 三人でキッチンを出ると、夜風が冷たく吹いていた。身震いをして、デッキを歩き船室へ向かう。三人も増えたことで寝床が足りず、基本的に僕たちは床に雑魚寝だが、文句は言えない。

 パズーは見張りがあるとのことで、そのまま船体上部につながる梯子を登っていった。

 

 

**

 

 

 明けて翌日。

 食料と燃料の補給のため、海賊船タイガーモス号は交易の町近郊で停泊する準備に入った。

 僕たちが落ちた炭鉱の町からは、追手を警戒してすぐに離れたので、補給は出来なかったのだ。いきなり三人も乗員が増えたことに加え、目的地がどこにあるかわからない浮遊島だ。備蓄は多いに越したことはない。船員も大食いばかりだし。

 この航行計画については、僕たちが海賊船に乗ることが確定した時点で決められたものだった。

 

 そんなわけで、母船タイガーモス号から、フラップターという小型機が三機飛び立った。

 そして僕はデッキの手すりに寄りかかって、ムスカさんとそれを見送っている。

 当然ながら、僕とムスカさんは追われている身の上なので町で買い物など出来ない。特に人相が知れ渡っているであろうムスカさんは、軍人や役人と顔を合わせないように気をつけねばならない。諜報部にいた本人がそう言うのだから、真実味が増すものだ。

 

 フラップターに乗った船員がひらひらと手を振って、降下していく。

 虫のように羽ばたきながら安定飛行するあの乗り物、僕はまだ乗ったことがない。乗ってみたいとは思うが、なかなか機会がないのだ。

 母船はこのまま人目につかないような場所を選んで一旦地上へ降りるので、残った船員もばたばたと忙しそうに走り回っている。

 僕も、そろそろ本日三度目の食事の用意を始めなければならない。まだ正午前で三度目の食事の用意、自分で考えながら意味がわからないが、この海賊船ではこれが常識なのである。常識とは一体。

 ムスカさんが船員に小突かれて「働けとうへんぼく!」と暴言を吐かれているのを横目に、僕はそそくさとキッチンへ入った。

 

 

 そして僕は落下している。

 うっそだろ。僕、この短い期間で落ち過ぎじゃない?

 

 数秒前のことである。

 買い出し班が帰ってきて、再び空の上に戻り、揃って食事をしたあと。洗い物をキッチンへ運び込む作業をしていた時、船が大きく揺れた。デッキの手すりを掴んで体を支えた僕が見たのは、手伝ってくれていたパズーの足がもつれ、宙に放り出されているところだった。

 

 ものすごい速さで思考が回ったんだと思う。僕は手すりの下をくぐって身を乗り出しながら大声を上げた。

 

「パズーが落ちた! 追いかける!」

 

 声に反応して操舵室のドアの開く音が聞こえたが、その時には僕はすでにパズーを追いかけて飛び降りていた。

 船体を蹴って加速し、頭から落ちるパズーの足をどうにか掴んで引き寄せる。上で「敵襲!」と叫ぶ海賊たちの声と罵声。下から吹き上げてくる風圧の中、腕を掴み合ったパズーが「飛行艇だ!」と叫んだ。

 

 これが僕とムスカさんに向けての追手なのか、ドーラ一家に対する報復なのかは現段階では不明だ。

 考えている間に雲を突き抜け、地面がみるみるうちに近づいてくる。地面に叩きつけられる恐怖で体が震えた。ムスカさんを連れて飛行船から飛び降りた時は、間もなく気を失ったからなぁ……ムスカさんが手を離さないでくれて本当に良かった。

 視界の端で揺れていた飛行石の奥が光り、優しく体が浮き上がる。安堵の息をついて、僕は逆側の手もパズーの方へ伸ばした。今僕から離れれば、パズーは落ちてしまう。

 パズーは意図を汲み取ってくれて、向かい合って両手を繋いだ。

 

「……すごい。あの時、リュシー達はこうやって浮かんでいたんだね」

 

 パズーはキラキラとした目で飛行石を見つめている。

 え、いまそこ? と僕が戸惑っている間に、彼はきりっと顔を改めた。

 

「飛行艇*1は一機だけだったし、距離もあった。タイガーモス号は、たぶん逃げ切れると思う」

「あとは僕たちがどうやって船に戻るか、か……」

 

 僕はそう返したが、心臓はこれまでに無いほど早鐘を打っていた。

 あの瞬間、僕がとっさに飛び出していなければパズーは死んでいた。

 地面に足をついたパズーはぶんぶんと繋いだ手を振って「ありがとう、助かった」などと笑うが、笑い事ではない。

 だが、彼は彼の意思でこの冒険に踏み出したのだから、僕が謝罪をするのも違うだろう。僕は「どういたしまして、無事で良かった」と言うしかなかった。

 

 飛行石を丁寧に服の下にしまい込む。

 買い出しをした町を発ってから、食事の時間を挟んでいるので、大きな町からは距離があるはずだ。潮の匂いがするし、上から海が見えたから、もう少し遅かったら海に放り出されていたかもしれない。そう思うとなかなかに幸運ではあった。だが、どうやら人里はなく、人家や畑のようなものは周囲にはなかった。

 下りたところは草原で、草が腰を超えるあたりまで伸び、身動きが取りづらい。

 

「……パズー、今何を持ってる?」

 

 僕はそう問いかけながら、自分自身の所持品もまさぐった。腰のベルトにつけた小さな革の鞄は、生家から持ち出してきたものである。もともとは狩りの時に使っていた小道具入れだ。これに携帯ナイフと焼き締めたクッキー、傷に塗る軟膏や少量のお金などを突っ込んである。万一を考えてのことだったけど、本当にこんなことになるとは思わなかった。

 服装は買い出し班が調達してくれた子供サイズのショートマントを試しに着けて動いていたから、これは不幸中の幸いだろうか。パズーも同じタイプのものを身に着けている。他に、二人揃って飛行用のゴーグルを頭に乗せていた。

 

「さっき、リュシーにもらったおやつと……」

 

 パズーは言いながらごそごそとポケットをまさぐり、肩から斜めに掛けていた鞄を覗き込んで「ロープ、カンテラ、火種(マッチ)……」と羅列する。正直僕より準備がいい。そうして一通り挙げたのち、「あ」と思い出したように声を上げてかがみ込むと、ズボンをめくりあげた。

 

「ドーラに言われて、ここにナイフを仕込んだんだ」

 

 ……海賊の教育って恐いわ……。

 

 ひとまず互いの所持品を確認して、僕たちは長い草に隠れるようにしゃがんだ。気休め程度だけれど、やらないよりはいいだろう。

 

「飛行艇は一機だけだって言ってたね」

「うん。見た感じ、中型くらいだった。僕、目は良いほうだよ。タイガーモス号はすぐに速度を上げたから、撒けると思う」

 

 パズーの答えに僕はそっと空を見上げた。雲が邪魔で見えないのが口惜しい。

 

「飛行艇は十中八九、軍の奴らだろうね。ドーラ一家を狙ったのか、僕とロミールが乗っているのがバレたのかはわからないけど」

「僕たちを探しにくると思う?」

「落ちたところを見られたかもしれないから、用心したいかな」

 

 いかんせん、僕の容姿はすでに把握されているのだ。子供が落ちた、というだけでも疑うには十分だろう。

 ムスカさんは飛行石やラピュタのことをあまり要塞の将軍には話さなかったようだけれど、所属していた諜報部には詳細な情報を渡していたらしい。ラピュタが古い時代の世界の覇者であり、その兵器が浮遊島にあるのだということは知られているという。それが海賊や、ムスカさん個人の手に渡るかもしれないと考えていることだろう。「政府は今ごろ、躍起になっているに違いない」とはムスカさんの言である。

 飛行石を持っている僕は、どうしたって力のない子供だから、海賊船から離れたことを知られてしまえば、早々に確保へ動くことは想像に難くない。

 

「どうするリュシー? このあたりに隠れてフラップター(迎え)を待つ?」

 

 パズーはそう提案してくれたが、僕は首を横に振った。

 

「飛行艇がここに着陸するのが先か、迎えが来るのが先かになる。危険過ぎる賭けだ。移動しよう」

「わかった」

 

 素直に頷いてくれたパズーに頷き返し、僕は飛行石を慎重に手で覆いながら取り出した。

 淡く光る白い光は、すぅと空を指して覆った僕の指で止まる。その方角を確認して、石を素早く服の下に戻した。

 

「急ごう、東に進む」

 

 船の進路は海賊船に乗っていた全員が知っていることだ。闇雲な方向へ逃げ惑うより、探してくれるであろう船員と出会える可能性は高い。

 僕が前、パズーが後ろでがさがさと草の中を小走りに進む。痕跡が残ってしまうが、あちらには諜報員(プロ)がいる、偽装する作業は時間を食うだけで無駄になる。

 

 一時間ほど進んだ頃、急に視界がひらけた。胸を超える高さまである草が途切れて光が差し、眩しさに目を細める。

 足を止めた僕の後ろからパズーが横に並んで、「わぁ」と声を上げた。

 

「海だ……!」

 

 美しい景色だった。

 水平線を堺に広がる(あお)(あお)。大きな雲が塗りつぶすようにして鎮座し、その周囲を小さな雲の欠片が流れていく。潮風が長く伸びた周りの草を揺らし、僕らの髪で遊びマントをなびかせた。

 

 崖の上だ。下を見ると、岩壁が数メートル下の海まで続いている。

 僕は慌ててパズーの手を掴み後ろへ引っ張って草の中に引きずり込んだ。

 

「っわ、なに!?」

 

 しぃと指を立ててなだめる。

 

「ここで見つかると飛び降りるしか無いから、もう少し内側に入ってから海岸線に沿って移動しよう」

 

 来た道を少し戻って、ひとまず僕らは南へ方向を変えた。左手に海岸線を見ながら、草原を進む。

 

「パズー、あの雲さ……」

「うん、きっとラピュタだ」

 

 後ろから聞こえたのはきっぱりとした声だった。大きな積乱雲が上空に浮かんでいる。船にいた時はわからなかったが、下から見ると一目瞭然だった。

 飛行石を取り出して確認したい衝動に駆られたが、今そんなことをすればそれこそ追手に見つかりかねない。

 

「でも、僕とロミールさんが予測していた地点よりだいぶ近い。偏西風に乗っているなら、もっと東だ」

 

 パズーの言葉に、僕は服の上から飛行石を握った。

 

「飛行石に向かってきている」

「リュシーを迎えに来たんじゃないかな」

 

 僕が呟くと、パズーが朗らかに言った。

 

「きっと、ラピュタが君とロミールさんを迎えに来たんだ」

 

 足を進めながら、僕はパズーに見えもしないのに頷いた。機械的(システマチック)に動いている浮遊島だけれど、そこに感情を乗せるならきっとそうだと思いたい。

 

 右手から声と足音が遠く響いてきていた。僕がなにか言うよりも早く、パズーが「軍隊だ」と告げる。

 僕は一度立ち止まって、パズーが示す方向に目を眇めた。草が揺れ動くばかりで、よくわからない。

 

「見えるの?」

「うん。十人はいないけど、追いつかれたらまずい」

 

 手を庇代わりにしていたパズーはそう答えて、今度はくるりと体を海の方へ向け空を見上げた。

 

「タイガーモス号も、フラップターも見えない」

 

 パズーがそう言うならそうなのだろう。彼は本当に目がいい。

 周囲には隠れられるような場所はない。岸壁まで行って飛び降りるという手もあるが、それで見つかったら今度こそ逃げ場はなくなる。

 ――となると。

 

「パズー、演技力に自信はある?」

「へ?」

 

 ぽかんとしたパズーの顔はすごく面白かった。

*1
飛行艇≠飛行船艦(ゴリアテ)




 前話、肝心な呪文のところのルビで盛大にミスってしまいました。誤字報告や感想で教えてくださった方々ありがとうございました。

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