天空の城の世界に憑依転生した   作:あおにさい

4 / 12
ちょっとだけ先の話。
飛行船に乗ったあとのムスカさんとドーラ。


幕間

「それじゃ、小僧っ子どもは持ち場に行きな! サボんじゃないよ!」

 

 海賊ドーラの怒鳴るような声に呑気な子供二人が応えて、パズーという鉱山の少年が先に歩き出した。そのままシータ――、リュシーも操舵室を出ていくのかと思ったのだが、じっとこちらを見上げている。

 ふっくらとした頬の線はまだ幼く、しかしその目の中には高い教養と強い意志が宿り、気圧された。

 

「なんだね?」

 

 なにか言いたいことでもあるのかと問えば、少年はこくりと頷いて、口を開いた。

 

「信じている」

 

 私が答える間もなく、それだけ言ってくるりと背を向けてドアが閉められてしまう。

 あれが王だと言うなら、私は確かに傍系に過ぎないのだろう。

 感嘆のような何かを深い息で吐き出して、広げられた地図に視線を落とした。

 

「……なんともまあ、肝っ玉の据わったガキだ」

 

 ドーラが呆れたような声で閉められたドアを一瞥し、そしてその鋭い視線は私の胸のあたりに据えられる。

 私はそれに誘われるように、懐をさすって肩をすくめた。

 

「ルイから聞いているよ。あんたら、()()()()したそうじゃないか」

 

 そういえば、あの場には海賊が一人いた。

 船の進路や追手のことを話し合うには、この問題を解決してからということなのだろう。同じ立場であれば、私もそうする。閉鎖された飛行船の中に、不穏分子を置きたくはない。

 

「あれはリュシーの言葉遊びだ。私達はもともと()()ではなかったのでね」

 

 

 ――そう、もともと私はあの子供を利用するつもりでいたのだ。

 

 

**

 

 

 真の王家(トエル・ウル・ラピュタ)の家系が、衰退していることはわかっていた。すでに残っているのは子供が一人だけだということも。

 田舎の山岳地帯の、小さな農村。調べる必要性を感じないほど、何も持たない子供。親もなく、財産は土地と家畜だけ。先祖がラピュタ人であったことを忘却するように地に馴染んだ一族。

 金さえ積めば、事は容易く進むと考えていた。

 子供の態度が変わったのは、私がラピュタ人(パロ・ウル・ラピュタ)だと確信したあとのこと。

 

『今更になって、石を求めている理由は? これはパロ家の総意か?』

 

 不遜な口調、年上に対してあまりに横柄な姿勢と態度。探るような目つきには深い知性があり、田舎の農民の子がするようなものではなかった。

 しかしそれでも、子供が持っているものは土地と家畜と石だけだと私は思った。ラピュタの歴史を知ろうが知るまいが、現在(いま)あるものを比べればどちらが優勢であるかなど明らかだ。

 あの日、私の感情が動いたのは一度。

 私が飛行石と浮遊島を()()()()――そう告げた時に響いた笑い声だ。

 

『パロ家が管理を?』

 

 できるはずがない、お前ごときが。言外にそう云っていた。

 その瞬間、苦い経験が脳裏をよぎった。ラピュタの存在と歴史をただの伝説だと一蹴した無能な上層部、冷たい視線、困惑する両親。ただ遺言のままに保存してきただけの古い文献がおさまった、誰も触ることのない本棚。

 即座に返答できたのは、そういう経験のおかげだろう。私は、外面の皮の厚さに自信がある。苛立ちも、害意も、すべて隠し通せる。

 

『パロ家の者に石は扱えないよ。あれが従うのは、真の王家(トエル・ウル)にのみ。そのように作られている』

 

 バカにするように云われても、それならば次善の策を練ればいいのだと頭の中は冷静だった。片隅が常に苛ついていたとしても、たかだか田舎の子供が偉そうに口答えしていたとしても。丁寧に傀儡にしてやろうと、思っていた。

 綺麗な言葉でくるんで、世界のために必要なのだと説いて、堕とす。ラピュタの復活のためならば、子供の心が死のうが構わなかった。

 たとえ、同じように歴史を調べた同士のようなものだとしても。たとえ、同じように王族の自覚があるのだとしても。

 

 ――窓の縁に腰掛けた少年は、そこがまるで玉座であるかのように堂々としていた。

 

『最後の王族として、ラピュタの末裔として、僕らは仕事をせねばならない。兵器を壊し二度と使えないようにする。そのために浮遊島へ向かうことを、誓え』

 

 バリケードを作るために荒れた室内、騒々しく賊が暴れている廊下、銃撃音と悲鳴。

 侵入してきた賊に押されてよろけたのは間違いない。だが、前に一歩足を踏み出したのは、果たしてただの偶然だったのだろうか。

 あの時、私は何を言おうとしたのだろう。思い返しても、わからないのだ。

 

『僕とともに来い、ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ!』

 

 幼い声だった。未熟で細い腕だった。

 座っていたのは窓の縁で、着ていたのはただの安っぽい平服で、近寄れば動物臭くて不愉快なガキだった。

 

 それでも、私はそこに幻を見た。

 

 膝をついて(こうべ)を垂れたくなるような。高貴で誇り高く、人々を導いて富をもたらす王の姿を。

 

 気がつけば空の上、意識を失った少年の手を握って落ちていた。

 落ちながら、彼の体に括り付けられた荷物を見て、乾いた笑いが出た。どこからが()()で、どこからが()()で、どこまでが真実だろうかと、私にしては盛大に笑った。

 笑い終えてから、ひどく腹が立ったが。

 

『財宝が欲しいならくれてやるよ。僕の目的は別にある。あなたも欲しいのなら、金目の物を持っていけばいい』

 

 腹が立ったと言うなら、リュシータの云ったこれが一番腹が立った。私が欲しいものが低俗なものだと決めつけられたあの時、「そんなもの要らない」と怒鳴りかけた。

 一瞬、思ったことに戸惑って続きは言えなかったが。

 そんなもの要らない、私が本当に欲しいのは――ラピュタの歴史の証明と誇りだ。

 自分の中に生まれた()()に驚き、次いでやはり苛立った。小賢しくもラピュタ王を名乗るガキがいなければ、私はとっくに()()を手に入れていたはずだったからだ。

 海賊との交渉の席についたのは、その方が時間をかけて子供を調略することが出来ると考えていたからであり、強引に言わされた誓いを守るつもりなどなかった。

 

『僕はラピュタ人の末裔として始末をつけたいのです。要塞を壊し、沈め、「なかったこと」にする。ラピュタをただの幻にするのです。かつて空からの支配を止め、地上に立った偉大なる先祖に倣って』

 

 それが、演技なのか虚勢であるのか、あるいは子供の本当の姿なのか。

 あの時、私の隣で語った子供の言葉が、頭の中で回った。

 

『ラピュタ人の末裔として』

『偉大なる先祖に倣って』

 

 暗号を解くようにラピュタ語を解析し、歴史書を紐解いて追いかけた。私の祖先、最初のルーツ。なぜ名を継がねばならないのか、どうして歴史を忘れようとするのか。権威を捨て、誇りを失い、ただの大衆と同化し、血を忘れて、埋もれてゆくだけのもの。

 かつて全てを持っていたのに、地に落ちて手放した王家(ウル・ラピュタ)は、なぜこんなことをしたのか?

 子孫が苦労することをわからなかったはずがない、忘れたかったのなら名を継がせなければ良かった、何も残さなければ良かった。

 中途半端に手がかりを落とし、中途半端に隠し、中途半端に遺物を浮かべた。

 何を求めていたのか、子供の出した答えがこれなのだろう。地上で大衆と同化する道を選んだのは「空からの支配をやめるため」、手がかりを残したのは「必要のなくなった遺物を処分させるため」。

 全てが「子孫が必要とした時のため」だと信じていた私の考えとは、相反するもの。

 どちらが正解であるかなど、問題ではない。現在(いま)ある事実だけが、ここにあるだけのこと。

 ラピュタ王家の末裔、リュシータ・トエル・ウル・ラピュタは道を選んだのだ。遺物を処分し、ラピュタを忘れる道を選んだ。

 愚かで稚拙で理解し難かった。私はどうやって海賊やリュシータを出し抜けるかを考えていた。

 あの時、立ち上がって頭を下げた子供の、震える手を見るまでは。

 

『僕と一緒に命を懸けてください』

 

 堂々と語った小生意気な子供はなりをひそめ、実に真摯な姿だった。少なくとも、海賊ドーラの目にはそう映っただろう。

 よく見なければわかないほど小刻みに、子供の手は震えていた。目を閉じて伏せた顔は強張り、唇を噛んでいた。

 ――言葉にするなら、私はこの時に絆されたのだろう。

 

 この世でただ一人、リュシータだけが私をラピュタ人として扱う。王として振る舞い、命令し、幾度となく「信じている」と言う。

 何を信じるというのか。最初から騙していた私の何を。

 良心か、友情か、礼節か――。リュシータの口から聞いたことはないが、幻聴のようなものが聞こえる。忠誠を信じている、と。

 もし、ラピュタが世界を支配していた時代に生まれていたなら。私は真の王家(トエル・ウル・ラピュタ)(こうべ)を垂れる臣下の一人であっただろう。リュシータは玉座に腰を下ろし、強く意思の宿った瞳でラピュタ人を束ねただろう。

 

 夢想する幻と、手の震えを隠す子供はどう考えても乖離していた。

 

 

**

 

 

()()ではなかった軍人さんは、なんでまた協力している? 騙しているっていうなら、船から落っことすよ」

 

 口調は軽いが、ドーラの顔は本気だった。情に訴えかけたリュシータは、見事この豪傑な女海賊を説得せしめたのだ。私が裏切るそぶりを見せれば、宣言した通り海賊船から落とされるだろう。

 先程さすった懐には、銃が収まっている。リュシータは取り上げることも、海賊ドーラに私が武器を持っていることを告げもしなかった。それが「信じている」ということなら、なんと臣下に甘い王だろうか。

 ゆえにこそ、私は()()()()()()

 

「臣下は王に従うものなのでね。リュシーが望むのならそれを叶えるのが仕事だ」

「冗談は大概にしな! あたしゃ、心変わりの理由を訊いてるんだ」

 

 だん、と地図を広げた机を叩き、ドーラが咆える。

 私の振る舞いが胡散臭く見えることは理解できる。

 私がラピュタ探索の密命を受けた特務機関の軍人であったのは事実だ。ラピュタの兵器を使って再びその権威を復活させようとしていたし、その際にはリュシータを利用することも軍を捨てることも想定内だった。――全ては過去のこと。

 

「マダム、あなたと同じことだとも。情に絆されたのだよ。健気で愚かで脆弱な幼き王にね」

 

 夢想した幻の王と、手の震えを隠す子供。

 窓の縁を玉座のごとく座った堂々たる姿と、荷物とともに落下するに任せているだけの動物臭い少年。

 上位者として悠然と笑った声と、真摯に頭を下げて願う声。

 

 ドーラに向かい、私は笑む。

 

「我が王は頼りなくていらっしゃる。責務を果たすその時まで、臣下たる私が支えねば」

 

 浮遊島が沈むその時まで、私はラピュタの誇り高き王に仕える臣下なのだ。

 心変わりの理由など、この高揚感をただ捕まえたいがため。浮遊島を使ってラピュタ復活を宣言し、支配する道よりも。ラピュタの()()に生き抜く道の、なんと心地の良いことか。

 

 幼く愚かで、誇り高く勇猛な、最後のラピュタ王。共に死ねるのなら、それこそが私の本望である。




ムスカ「ひゃっほう!」
ドーラ「どんびき」

3のラストと対になるような感じにしたかったです。なんか違うぞこれ。

ここまで勢いで書きました。ロードショー見ながら、「もしシータが憑依転生者で男の子だったら……」と考え始めたら止まらなかった。
天空の城とかいう最高にロマンあふれるお話で、ついルビを振ってしまうよね。真の王家とか、古代人の末裔とか。このワードでたぎる人は、たぶんムスカさんの気持ちがわかるはず!

あとは書き溜めていないので、完結できるかわからないです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。