天空の城の世界に憑依転生した   作:あおにさい

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 飛行船ナウ。

 

 前世含めて、飛行船に乗ったのは初めてだ。ジブリ作品独特の、あの虫のような動力で浮かぶ乗り物の中にいるのだと思うと、興奮しなくもない。

 自由に出歩くのを禁止された状況でなければ、もうちょっと楽しめた気がする。

 

 ムスカさんと二人きりの個室で、文献を机に並べあーだこーだとラピュタについて話し合う。

 もうね、最初は尋問されるのかと内心死にそうな思いだったのだが、始まってみればロマン求める男同士の友情が芽生えたわ。

 ムスカさんとこのパロ家は、口語伝ではなく文章のみでの伝承だったらしく、僕がラピュタ人の使っていた言葉を話すとたいそう興奮してくれた。逆に僕のうちのトエル家はラピュタ文字が廃れているので、ムスカさんによるラピュタ文字講座はとても楽しいものだった。

 

 夕食の時間だと、例の黒眼鏡側近さんがやってきて教えてくれたのを合図に、僕たちは資料と文献を片付け、話し合いを切り上げた。部屋まで運ばれてきた夕食を、黒眼鏡側近さんがサーブしてくれる。

 おしゃれな盛り付けがされた皿にちょっと気後れはしたものの、前世ではそういえば当たり前だったわと思い出すと、自然とテーブルマナーは出てきた。

 

 飛行船の上で学者ばりの討論ののち、部屋に夕食を運ばせてディナーとか、僕すごく王族っぽいね?

 パラレル世界のシータちゃんとの扱いの差を考えると、わりかし上手くやれているのでは。

 

 ディナーをあらかた片付け終える頃、部屋の外でなにか騒ぎが起きているのが聞こえてきた。

 きたよー、きたよー。海賊だよー。

 

 僕は白々しく「なにかあったのでしょうか」とムスカさんに問い、ムスカさんは黒眼鏡さんたちとばたばたと様子を確認する。やがてディナーを並べていたテーブルを部屋の外へ転がしながら出して、廊下にバリケードを作ると、黒眼鏡さんがその後ろにしゃがみこんだ。

 ムスカさんはちらりと僕……、というか僕の首に下げられた飛行石を見て、「伏せていなさい」と告げた。部屋のドアが閉められる。争う声や音が聞こえるが、まだ遠そうだ。

 ムスカさんはトランクケースを開けて、モールス信号を打ち始める。

 

 さあ、分水嶺だ。野心と功名心と良心、ロマンに矜持と友情、ここでする僕の選択によっては、多くの人が死んでしまう。

 

「ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ」

「……なんだね、唐突に?」

 

 モールス信号を打ちつつも、ムスカさんは返事をしてくれた。多少の友情が影響したかな。

 

ラピュタの真の王家(トエル・ウル・ラピュタ)の末裔として、あなたに聞きたい」

「今忙しいので、あとにしてほしいのだが?」

 

 今じゃなきゃだめなんだよ!

 

「ラピュタの浮遊島は残り一つだ。あなたは、ラピュタの兵器をどうするつもりで探索している?」

「討論はあとだ。賊の狙いはおそらく飛行石なのだよ。君はその石を守ることを考えなさい」

「今正直に答えないのなら、僕はここから飛び降りる」

「は!?」

 

 おお、ムスカさんの素っ頓狂な声は初めて聞いた。

 なお、僕はすでに窓を開けてそこに腰掛けている。あとは後ろに体重をかければそのままフライ・アウェイだ。

 

「答えろ、ロムスカ」

「なんのつもりだね?」

 

 モールス信号を打つのを止め、ムスカさんは立ち上がって僕と対峙した。銃で僕を撃てば力を失った体は石とともに落ちる。呪文は僕の頭の中、さらに飛行石はトエルにしか使えないと嘯いていて、ムスカさんにはこれを否定する材料がない。

 

「今の時代にラピュタの力はいらない。過ぎた力は世界を滅ぼす」

「私が浮遊島を使って戦争でもしかけると思っているのかね? 何を根拠に」

「長く話す時間はない。兵器をどうする? 答えによっては、あなたを浮遊島へ連れて行ってもいい」

「馬鹿な真似はやめないか。さっさとこっちへ。賊が入ってくるぞ、窓を閉めなさい」

「それがあなたの答えでいいのか?」

「っなにを……」

「ここで誓え。ラピュタの兵器を使わない、と」

「誓えば、窓から離れるのだね?」

「もちろんだよ、ロムスカ」

 

 空気が重く、ひりついている。部屋の外では、ドーラ一家の暴れる音と銃撃音に悲鳴、まもなくバリケードは突破され、ここに踏み入ってくるだろう。

 はく、となにかを言いかけてムスカさんは口を閉じた。

 ムスカさんの目を見つめ、虚勢であろうと僕は王族ぶる。彼に対してはそれが正解なのだと思う。

 

「僕たちは滅びゆく種族だ。血は薄れ、いずれ飛行石は標ですらなくなるだろう。最後の王族として、ラピュタの末裔として、僕らは仕事をせねばならない」

 

 ムスカさんは目を見開いてこちらを凝視したまま固まっている。こんな顔してても美形とかまじなんなん。

 

「兵器を壊し二度と使えないようにする。そのために浮遊島へ向かうことを、誓え」

「……きみは……」

 

 ムスカさんが息苦しそうに顔をしかめ、かすれた声でぽつりと言ったその瞬間――。

 ドアが蹴破られ、ガタイのいい男が飛び込んでくる。黒眼鏡の紳士ではないし、覆面の怪しげな格好からしておそらく侵入してきた賊――ドーラ一家だろう。

 突っ立っていただけのムスカさんに男がぶつかり、たたらをふんだムスカさんがこちらへよろりと傾いた。

 

 手を差し出し、僕は叫ぶ。

 

「僕とともに来い、ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ!」

 

 差し出された手に反射的に伸ばしたのか、転ばないように前のめりになっただけなのか、ムスカさんの手は僕の手のひらにおさまり、がしりと掴むことが出来た。

 僕はそのまま足を蹴って、体を後ろへ傾ける。

 息を呑むような音と罵声が聞こえ、僕はムスカさんを道連れに、そのまま飛行船から飛び降りたのだった。

 

 

**

 

 

 体が揺すられる。耳鳴りの向こうで声が聞こえ、やがて感覚が明瞭になり、意識が覚醒していくのがわかった。

 目を開けると、星空が広がっている。しばし瞬きして体を起こすと、夜闇の中ですっごくしょっぱい顔をしたムスカさんと、その向こうに小柄な影が見えた。

 あたりは草が生い茂る丘の田舎道というところか。遠目に、ぽつぽつと明かりと町並みが見える。

 おおむね、予定通りだ。

 

「……よし、着地は成功した」

「君は馬鹿なのかね?」

 

 座り込んだ僕とムスカさん。小柄な影の足元のランタンが影の手によって持ち上げられると、心配そうに膝をついておろおろしている少年がいた。

 

「一応聞くけど、体に異常はあります?」

「……今更敬語を使われても気味が悪い。やめなさい」

「そう? まあ、無事で何よりだよ」

 

 頭が痛そうに額を押さえるムスカさんを放置して、僕は少年に視線をやった。

 

「驚かせてごめんね」

「あっいや! 怪我とかがないなら良かった!」

 

 ほっとしたように笑った少年は実に純朴そうだ。田舎小僧の僕といい勝負である。

 

「で?」

「落ちているところは目撃されたようだ」

 

 たぶんすでに聞いているだろうとムスカさんに聞くと、案の定きっぱりとした答えが返ってきた。うーん、仕事のできる男だなぁ。

 ほんと、世界征服なんていう野心さえなければ出世していい暮らししてるんだろうに。この人にロマンと王家の血筋与えちゃったせいで、ひどいことになってる。いや、なりかけた? まだ未遂かな。

 

「把握した。口封じはやめろよ」

 

 びくっと少年が反応し、ムスカさんがまたしょっぱい顔になった。

 

「ごめんね、怖がらせて。このおじさんは怖いけど、僕のいうことならだいたい聞くから、なにかされたら言ってね」

「え、あ、うん」

 

 戸惑ったように答える少年と、不機嫌そうなムスカさん。よく見ると、スーツ姿ながらちょっとくたびれている。まあ、飛行船から落ちたしな。

 僕はゆっくり立ち上がり、体がふらつかないことを確認した。ムスカさんも立ち上がり、スーツついた土汚れや草を払っている。

 

「僕はリュシー、こっちのおじさんはロミール。君の名前を聞いてもいいかな」

「僕はパズー、鉱山で見習いをしてる」

「よろしくパズー」

「こちらこそ、よろしくリュシー!」

 

 握手をして上下にふる。

 うむ、心温まるはじめましてだ。パズー少年のくそ度胸とコミュ力よ。さすがジブリヒーロー。

 空から人が落ちてきて軟着陸したところを目撃しておいて、このあっけらかんとした態度はすごい。

 

「悪いんだけど、どこか休めるところを知らないかな? とりあえず雨風しのげるようなら、洞窟でもいい」

「それなら僕の家に来なよ!」

 

 すっごいわくわく顔ですね?

 ありがたいんだが、もうちょっと警戒心を養ってほしい。僕はともかく、あやしいスーツのおじさんも一緒なんだよ?

 見ろ、ムスカさんの顔を。こいつ大丈夫か? って表情だぞ。

 だが渡りに船には違いないので、僕は遠慮なく頷いた。

 

「君がいいのならお世話になるよ。ロミールもそれでいいよね?」

「……まあ……」

 

 しっぶい返事だな!

 僕は背中に括り付けていた背嚢をいったん下ろし、トランクケースに結んでいた紐を解いて、ケースをムスカさんに渡した。

 

「そっちは文献を詰め込んだから、扱いに気をつけて。お金持ってる?」

「……多少は」

「それは上々。人里近くに着地出来て良かったよ」

「……リュシー、聞きたいのだが、これは計画的な犯行かね?」

「まあそこそこかな。石の存在が知られた以上、なにか起こるとは思っていたよ。石自体にも価値はあるからね」

 

 嘘です。単なる前世の知識です。でも、頑張って考えればたどり着く考察でもある。

 いつでもフライ・アウェイが出来る石なんて、それだけでお宝だよね。

 背嚢を肩にかけてパズーに頷くと、身内の話が終わったことを察した少年は、「こっち!」と明るく先導してくれた。

 それに従って足を進めつつ、ちらりと隣を歩くムスカさんを見上げる。月明かりとパズーが持つランタンしかないのでとても暗いが、かろうじて表情がわかる。不機嫌そうだが、今の所害意はなさそうだ。ちゃんと偽名で呼んでくれたし、頭の回転の早いこの人はなんとなく今後の方針を理解しているんだろう。

 

 丘を登ると、小屋とレンガの塔が寄り添うようにぽつんと建っていた。うーむ、これを見ると田舎小僧とはいえ僕の家はそこそこ裕福だったかもしれないと考えてしまう。失礼ながら、嵐が来たら吹っ飛びそう。

 夜の暗闇の中、かろうじて見えるムスカさんの表情はだいぶ渋い。まあこの人は僕など比べ物にならないくらい上流階級っぽいしな。

 

「どうぞ」

 

 親切にもドアを開けて押さえてくれるパズーに礼を言い、小屋……いや少年の家にお邪魔することになった。

 

 

**

 

 

 ラッパの音で目が覚めた。うるせぇ。

 上半身を起こして、眠気を払うために頭を振り、隣で眠るおじさんを眺める。スーツの上着を脱ぎ、眼鏡を外して床に転がっている姿は、とてもではないが軍属のエリートさんとは思えない。ラッパの音が不快なのか、もそもそと動いて横向きになり、耳をふさぐように腕を頭に乗せると、再び動かなくなった。

 おい、まじか。それでいいのか、ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ。

 

 でも僕は気遣いができる田舎小僧なので、おじさんを起こさないように息を潜めて立ち上がった。

 ラッパの音色が聞こえる外へとつながる、天窓にかけられた梯子を慎重に登る。上に出ると、風が髪をさらい、寝癖をなおすようにびゅうびゅうと耳の横を通り抜けた。気持ちいいな、いい朝だ。

 

 視線を上げると、ラッパを吹く少年がレンガの塔の端に立っていた。妙に耳に馴染む音色が繰り返される。

 眼下に望む景色は美しい。この小屋は丘の上に建てられているので、眺望が良好だ。通り沿いに建てられた町並みと、線路。谷に組まれた足場は機能美に溢れ、民家の煙突からのぼる白い煙がたゆたって消えていく。山の峰には雪が残り、朝日が反射してきらきらと輝いている。人の営みと自然が調和した絶景だった。

 

 ラッパの音色が止んだので視線を近くに引き戻すとほぼ同時に、背中をなにかに押された。驚いて声を上げると、少年の明るい笑い声が響く。

 

「おはよう、リュシー!」

「おはようパズー、いい演奏だった」

 

 そうかな、と照れたように頬をかいたパズーは器用に出っ張ったレンガを踏みながら塔から降りてきて、隣に立った。周りは白い鳩がばたばたと飛んでいて、騒がしい。僕の背中を押したのはこの鳩たちだろう。

 パズーはラッパを脇に抱えるとポケットに手を突っ込んでパンくずのようなものを取り出した。

 鳩がそれに群がって、パズーがけらけらと笑う。

 鳩に邪魔されながらも僕の手を取ってパンくずを乗せ、パズーは新たにポケットから取り出して鳩と戯れた。

 朝からテンションが高い。僕も楽しくなって、鳩の首筋をちょっと撫でてみる。

 しばしの後、足元に餌をまいて落ち着いた僕たちは改めて向き直った。

 

「よく眠れた?」

「おかげでぐっすりだよ。ありがとう」

「ロミールさんは?」

「まだ寝てる。そろそろ起きるんじゃないかな」

「それじゃ、朝ごはんにしよう。下に水場があるんだ、使って」

「何から何まで助かるよ」

 

 鳩たちはそのままでいいというので、天窓から中に戻る。ムスカさんはすでに身支度を整え、借りていた仮の寝床をきれいに片付けていた。

 

「おはよう、ロミール。いい朝だね」

「……おはよう」

 

 すごい不本意そうな顔だが、挨拶を返してくれるだけましかな。パズー少年に対しては「世話になった」云々と言っているし、根本的に礼儀正しい人である。

 

 僕は二人に声をかけて、階下に向かった。急な階段を降りていくと視界に飛び込んでくる、作りかけの飛行機らしき骨組み。水場は隅に置かれ、蛇口が外から引かれたパイプにつながっていた。全体的に、僕の生家より文明的だ。

 飛行機を横目に、ありがたく蛇口から水を出し顔を洗う。ついでに髪を撫で付けて手ぐしで梳かした。鏡はないが、まあ男だし見苦くはあるまい。

 

 そして部屋の一角、壁に貼られた写真や絵を眺める。ラピュタと書かれた白黒の写真は、雲か霧の中に要塞のようなものが見えるものだった。いや、見ようによっては城か。かつて新聞で見たものと同じ写真だ。

 浮遊しているということを証明する材料はこの写真の中にはなく、浮遊島と断定する証拠にはなりえないだろう。

 存在することを知っている僕でさえ、雲のような白い物に隠れた箇所が地面につながっているように見えるのだ。

 

「どうやら、例の飛行士の関係者のようだね」

 

 背後から聞こえた声に、僕は「そのようだ」と頷いた。

 ムスカさんが顔を洗いに来ているのはわかっていたので放っておいたのだが、彼もこの写真に気がついたらしい。僕が眺めていたので興味が惹かれたのかも。

 

「さて、これは石に導かれたのか、ただの偶然か。ロミールはどう思う?」

「……さあな」

 

 実際、パラレル世界のシータちゃんの冒険はなにかに導かれるかのようだった。飛行船から落ちた先で、ラピュタを撮影した飛行士の息子に会うなんてどんな確率だ。

 体験してみて思うが、いっそ運命と言ってもいいように思う。石が落ちる場所を選んだような気がする。

 たぶんムスカさんも同じような感覚なんだろう、すごく複雑な顔でラピュタの写真を見つめていた。

 

「朝ごはん出来たよ! 食べよう!」

 

 元気な声が上から降ってくる。僕はムスカさんの腕を叩いて促し、「今行くよ」とパズーに返事を返した。


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