天空の城の世界に憑依転生した   作:あおにさい

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 黒眼鏡――サングラスをかけ、黒い帽子をかぶり、上等なスーツに身を包んだ、明らかに金持ち風の男たち。田舎では一生体験することのないであろう都会の匂いを漂わせ、威圧感をもってこちらを囲み、見下ろしている。

 

「ご両親はご在宅かな?」

 

 リーダー格らしき、茶色のスーツを着た男が気取ったふうに問いかけてきた。金色の髪と白い肌、一人だけ眼鏡は薄っすらと透けていて、鋭い眼光は観察するように静かだ。

 

「この家に住んでいるのは僕だけです。両親は亡くなりました」

 

 冷や汗が出ているのか、背筋が冷たい。

 うそだろ、まじかよ、と思考がぐるぐると回っている。傍らでむずがるように体を擦り付けてくるヤクに押されて、足がよろめいた。

 

 

**

 

 

 僕には前世の記憶がある。前世そのままの人格のまま、暮らしてきた。幸いであったのは、言語が全く別のものであったということだろう。そうでなければ、女言葉を話すキモい少年だったかもしれない。

 なんせ、今は男だが、前世は女だったものだから。

 

 前世は二十一世紀の東の島国の国民だった。サブカルチャーが豊富な飽食の国。問題は多々あれど、治安は良く善良で健康な市民であるなら百年生きることさえ出来る環境だった。残念ながら、若くして病気を患い死んでしまったけれど。

 

 最初はあまりの落差に驚いた。

 僕が生まれたゴンドアという山岳の村は、農業を営むほぼ自給自足のど田舎だった。

 長い黒毛の牛の仲間、ヤクを飼い慣らして乳や肉をもらい、ほそぼそとした畑を世話し、時に狩りをする。

 電気はなく、ガスもなく、かろうじて井戸には組み上げポンプがついているのみ。

 常に動物くさく、食事は質素で娯楽はない。

 医療にいたっては、代々の薬師が漢方薬めいたものを煎じるくらいで、長い時間と労力をかけて都会へ出なければまともな治療は受けられない。

 

 アルプスの少女かな?

 

 実際、似たようなものだ。

 前世のあの国は本当に恵まれていたのだな、と死んでから気がついた間抜けは僕である。

 慣れればヤクの世話も畑仕事も、そう苦ではない。一番つらいのは、娯楽がないことだった。

 家にある本という本は、父親の日記ですら読破したほどで。前世で見た好きな物語を文字に起こしてみたりもした。

 

 

 そんな生活の中で、ひとつ引っかかることがあった。

 家の古い暖炉だ。使われなくなって久しく、飾り棚のように魔改造されたその裏側に、美しく透き通った青い石が隠すように置かれている。

 我が家に代々伝わるという石に刻まれた黄金の紋章。前世で見覚えがあったのだ。

 この石にまつわる話を祖母から初めて聞かされたのは、物心つくかつかないかの頃のことだ。不思議な呪文、他人には明かしてはいけない石の在り処。

 既視感を覚えて首をかしげるうち、前世の名作といわれた物語に思い当たった。

 完全に「天空の城ラピュタ」の飛行石である。ある世代以上の日本国民なら誰もが知るであろう名作、入道雲を見て「あの雲の中にはラピュタがあるのかも」と夢見た懐かしき日、少年少女が手に手を合わせて呪文を唱えるのに同調してネット上の国民たちが一緒になって言ったためにダウンしたサーバー。

 

 え、僕のご先祖ってラピュタ人なの? まじで?

 

 刺激の少ない田舎暮らしも相まって、僕は熱狂した。祖母に話をせがみ、それらを手帳にまとめ、不思議な呪文の解読を試みた。父がチーズを売りに行くのについていって、街で本を立ち読みし、捨てられた新聞をかき集め、情報を集めた。

 あまりにアレだったためか、母や祖母からは幾度か説教を受けたが、父はわりと協力的だったように思う。おかげさまで、田舎の小僧には珍しく僕はそこそこの学を持つに至った。

 

 この時点では、娯楽の少ない生活の暇つぶしに近いものだった。ぶっちゃけ、心から祖母の話を信じていたわけでもなく、「どこにでもこういう話は転がっているものだなぁ」程度の認識だった。先祖代々、なんていうのは古い家なら少なからずあるものだし、ただのきれいな石っころは結婚に重みをもたせるもの。そこにロマンを求めて紋章の意味を探ったり、勝手なストーリーを付け加えたりして遊んでいたようなものだ。

 

 しかし。しかしである。

 母が死ぬ時、継いだ真名を聞いて僕は血の気が引いたのだ。

 

 リュシータ・トエル・ウル・ラピュタ。

 

 死の際に、母はこうも言った。「ラピュタを探すのはもうやめなさい」と。

 つまり、僕のご先祖は本当にラピュタ人で、どうやら僕の子孫はラピュタを発見し終わりの呪文を唱える少女「シータ」らしい。

 僕と同名ですね、はははは。

 

 母の死後、ひとりで家を切り盛りしながら、僕はラピュタのことを考察した資料を改めてまとめ直した。

 祖母から聞いた話や、立ち読みした歴史本から得た知識。解読した呪文と、新たに開発してしまった呪文。

 

 これ、子孫に残していいのだろうか。いっそ、何も知らないほうが平和なのでは……?

 

 などと考えつつも、これまでの努力とロマンを無駄にできず、惰性で情報収集を続けた。

 仮にも自営業の事業主であるので、世間の情報も仕入れなくてはならない。新聞に踊る「浮遊島発見」の文字を見たときは、気が遠くなったよね。その後、写真を公開した飛行士は嘘つきのペテン師として批判の的になり、ゴシップ記事の格好のネタにされた。

 このあたりで、もう嫌な予感しかしなくなった。

 しかし僕は男なのだ。シータという名前の少年である。ジブリヒロインではないはずなのだ。

 

 こう思い込んで数年。

 どうも僕は、性別を間違えて生まれたらしい、と悟った次第である。

 

 

**

 

 

 突然家にやってきた男たちの集団、そのリーダー格である茶色スーツの男が、我が家の素朴なダイニングの椅子に腰掛けている。なんかボロっちくてすみません、と意味もなく謝ってしまいたくなる風格だ。

 彼の横に従うように黒眼鏡の紳士が立っているのも、なおさら場違い感がすごい。

 家に入ったのはこの二人だけで、他の男達は家が狭いことを理由に外で待ってもらうことになった。今頃、かわいいヤクたちに癒やされているかもしれない。

 

 街で購入して、ちまちまと飲んでいる紅茶を、家族が亡くなってから使っていない揃いの茶器で用意する。うーん、黒眼鏡さんの分はどうしよう。一応、椅子は勧めてみたんだが遠慮されてしまったのだ。田舎の小僧程度では、高貴な方々のおもてなしの方法がとんとわからない。

 とりあえず三人分用意した紅茶をテーブルに並べ、ついでにおやつ用の手作り素朴クッキーを皿に盛る。

 

「これはどうも」

 

 紳士的に茶色スーツの男は会釈してくれた。とても礼儀正しい。

 

 あれやこれや目前のことに対処することで現実逃避しているけど、すごく嫌な予感がします。

 

 僕は茶色スーツさんの正面の席につき、「それで」と促した。

 

「こんな田舎のなにもない家に何の御用でしょうか?」

 

 大体想像つくけどな!

 

「私はムスカといいます。歴史的に大変価値のある石がこちらの家にあると聞きまして、不躾ながら訪ねてまいりました」

 

 ほほう、なるほど?

 たぶんこれ、正史なのかあるいはパラレル世界なのかのシータちゃんは、「知りません」と突っぱねたせいで拉致されたのでは? いや、祖母の言いつけや母の遺言的に間違ってないんだけどね、相手が悪いよね。

 いやでも素直に石を渡しても、結局呪文は僕しか知らないから拐われるのでは……?

 というか、これ僕が間違えるとムスカさんがラピュタ王になって世界を支配してしまうのでは?

 

 やべぇ、吐きそう。

 

 ええええ、世界の命運を田舎小僧が握っているんですけど!? 難易度高すぎない!?

 

 明らかに顔が強張ったのが自分でもわかった。知ってます、って言っているようなもんである。

 僕は手が震えないように力を込めて紅茶を口に含み、唇をなめた。

 

「どこからそれを聞いたのかはあえて問いません。確かに、我が家には代々伝わる古い石があります」

「ほう」

 

 喜色を全面に出して口角を上げるムスカさんの顔がとても怖い。

 

「どうやら、ムスカさんは石の価値を正しくご存知のようで」

「そうですね。相応の金額で買い取らせていただきますよ」

 

 眼鏡をはずし、上機嫌にハンカチで拭くムスカさんは、美形である。貴族的な顔立ちとも言える。

 ばくばくと早鐘を打つ心臓、手のひらににじみ出る汗、声が震えないように頑張るのが精一杯だ。

 もうね、色々頭の中でぐるぐるしてるよね。

 いっそ、「知らん」と言って拉致されて成り行きに任せたくなってくるわ。

 

「……申し訳ありませんが、二人で話せますか?」

 

 ムスカさんの斜め後ろに立つ黒眼鏡の紳士をちらりと見て問いかける。威圧感が増した気がするが、きっと気のせい。

 深呼吸して、落ち着いた声を心がける。

 

「こんな子供相手に、護衛は不要でしょう? もちろん害する気はありません。ただ、石にまつわる話は()()()()には口外しないのです。僕が話したことをムスカさんがどう扱うかは、おまかせします」

「……ふむ、いいでしょう」

 

 ムスカさんがさっと手を上げると、黒眼鏡の紳士はぺこりと頭を下げてきびきびと家から出ていった。やべぇ、もう動作一つ一つが優雅で何もかも勝てる気がしない。

 

「それで?」

 

 すらっと長い足を組み、面白そうにこちらを見るムスカさん。こわいよう、こわいよう! この人、懐に銃を持ってるんだろうし、体格的にも首でも締められたら一発で逝ける。

 

「石のことは、どこから聞きましたか?」

「聞いた、というよりも調べた、といったほうが正しいな。古い文献には、わりと残っているものだよ」

 

 自然にタメ口になったムスカさんから、ちょっとの親しみを感じる。そうね、ど田舎の街の本屋さんにも並んでいたくらいだものね。

 僕は紅茶をちびりと飲んで、ムスカさんを見上げた。

 

「王家がいくつかに別れたのは、祖母から聞きました。あなたはどこの家の方ですか?」

 

 嘘です、正史、あるいはパラレル世界の知識です。うちはどっちかっていうと、ラピュタ人が廃れていくのを望んでいたようなので、知識の継承はしてないです。

 

「……パロ、の家だが」

 

 ちょっと驚いた顔でこっちを見るムスカさんの顔は思いの他幼い。まあ、おとぎ話のような伝説を信じちゃう人だもんなぁ。実際ラピュタはあるんだけど、よくいい大人がそんな幻想を大真面目に追えるよな……。

 

「そうですか……、なるほど」

 

 意味深に頷いて、しばし間を置き、僕はムスカさんの薄い色素の目を見据える。

 

「今更になって、石を求めている理由は? これはパロ家の総意か?」

 

 ちょっときつい言い方で問う。背筋を伸ばし、眼光に力を込め、胸を張る。

 パロは傍系王族、そして僕は正当な血筋の真の王家(トエル・ウル)だ。ラピュタ人同士で話すのなら、僕のほうが地位が高いのである。はったりだろうが、そうなのだということを態度で示す。偉そうな喋り方なんて知らん、参考は前世のサブカルチャーだよ!

 ムスカさんは不快そうに眉を寄せたが、それ以上明確な反応はなかった。

 よぉし、畳み掛けるぞぉ! テンションあげろぉ!

 

「数年前、飛行士が浮遊島を発見したらしいが、その関係か? 飛行技術が発展すれば、いずれ島の存在は明らかになるからな……その前に()()するということか?」

 

 ムスカさんはじっとこちらを見つめたあと、口の端をニヒルに吊り上げた。

 

「ずいぶんとお詳しいようで」

「まあ、そこそこ。あの記事を見たときは肝が冷えた。かといって騒ぎ立てれば信憑性が増す。ペテン師扱いされた飛行士は気の毒だが、ああいう展開になったのは幸運だった」

 

 やれやれだぜ、と頭をふる。今僕は、素朴など田舎小僧ではないのだ。ラピュタ人を束ねる王族の若き長なのである!

 

 ……ロールプレイつらい。中二病かな?

 

「それで、石をどうするつもりでここに来た?」

 

 声を低くし、威嚇するように笑ってやった。

 田舎小僧のわりに、わりと僕は美少年である。パラレル世界のシータちゃんだって、美少女のジブリヒロインだったのだ、頑張ればそれなりの雰囲気は出るはず! 顔が引きつった気がするけど、気のせい!

 

「私は、軍に属していましてね。ラピュタ探索の密命を受けています。無論、私()()の目的はかの浮遊城の()()であって、軍事転用()()()気はありません」

 

 上手いこと本音を隠しやがってこの野心家め!

 くぐもった感じで喉が鳴った。運良く笑ったような音になったが、実際は緊張のあまり喉が詰まっただけだ。

 

「パロ家が管理を?」

「失礼ながら、あなたにその力がお有りのようには見えませんしね」

 

 ド正論過ぎて、なんも言えない。

 世間的身分は、ただの田舎小僧。しかも両親は亡く、いわゆる孤児に近い。財産といえば家と家畜と畑のみ、金銭による貯蓄はわずかで、飛行船を買う金もパイロットを雇う金も自分で学ぶための学費もない。

 僕が持っているのは、前世の夢物語と血筋と石と呪文のみ。そして、血筋はムスカさんで事足りるし、石は奪えばよく、呪文は僕がまとめた資料が見つかればそれで済む。

 詰んでいる。パラレル世界のシータちゃんが無事だったのは、呪文が彼女の頭の中にしかなかったからだ。

 

 大きく息を吐いて、だらんと頬杖をつく。はー、やってらんねぇぜ!

 

「まあ、そうだろうな。僕はただの田舎の農民、空に浮かぶ島に行けるはずもない。真の王家(トエル・ウル)とはいえ、あるのは単なる血と伝承に過ぎず、ラピュタの技術を持っているわけでもなし」

「では、石を譲っていただけますね? ご心配なく、ラピュタの遺産は正しく管理しましょう」

 

 つまりラピュタ王の手で支配するってことですね、わかりみ。

 もうねー、性別が男って時点でまた詰んでるよね。吐き気がするが、女の子なら王妃扱いでそばに置いたかもしれないからなぁ。

 しかし王族の男同士なら、よくある継承権争いしかない。石を譲っても、どっかの時点で僕は暗殺されそうな気がする。

 こうなるともう、僕に出来ることはひとつだ。ぐるぐる考えている間に覚悟完了したし。

 のそっと身を起こして頷いた。

 

「いいだろう。ラピュタの探索に協力しよう。どっちにしろ、あれが只人の手に渡るのは避けたい。いたずらに墓荒らしされるのは不愉快だ」

「石と、呪文を教えていただければあとはこちらでしますよ」

 

 にやにやと笑うムスカさん。隠せよその悪意をよ。

 僕ははっと鼻で笑った。

 

「パロ家の者に石は扱えないよ。あれが従うのは、真の王家(トエル・ウル)にのみ。そのように()()()()()()

 

 はい、嘘です。たぶん呪文と血があれば、石はほいほい言うことを聞くと思う。だがここで用済みバイバイ(死)されては、元も子もない。

 

「ほう、それは知りませんでした」

「だろうな。そもそも、地に降りてからは使おうともしなかったのだろうし」

 

 半笑いでクッキーをつまみ、咀嚼する。うん、香草の素朴な香りがして美味い。

 ムスカさんの刺すような視線なんて知らぬ。

 

「五日後に迎えに来てくれるか。それまでに、長期不在の準備をしておく。ついでに、うちにある文献をまとめておこう。探索の役に立つはずだ」

「……いいでしょう。こちらもそれまでに、話を通しておきますよ」

「うん」

 

 カップに残った紅茶を飲み干し、息をついた。

 はーくっそ、ラピュタ人になんてなるもんじゃねぇわ。

 

 ムスカさんが立ち上がり、にいと笑った。

 

「では」

 

 うちは玄関ドアから直でダイニングなので、椅子から立って見送る。

 しばらく耳をすませて、家の外の男たちと去っていった物音を聞き、椅子に崩れ落ちるようにして座った。テーブルに頬を付けて、息を長く吐く。

 

 五日後までに、もろもろ済ませなきゃならないけど、今はもう少しだけこの安堵感に浸っておきたい。

 結局一口も飲まれなかった紅茶を見て、悔しいような悲しいような気持ちが湧き出る。

 カップ二つ分、ごりごりとクッキーを食べながら飲み干して、僕は静かに行動を開始した。


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