東方事反録   作:静乱

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不死と寿命ある者の関係
壱.遭遇


「やー。会うの結構久しぶりかな、『僕』」

 

「............」

 

 真っ白い空間の中で、明るい顔で想也に言う『ボク』

 想也は俯いたまま。彼の言葉には答えようとしない。

 

「いっやぁ。映姫んとこで出てきた時とは比べ物になんない位、出てくるのが楽になったなぁ。こりゃぁ、そろそろ動き始めることが出来るかもしれないぜ」

 

 聞いて、『ボク』と初めて遭遇してきた時のことを、思い出す。

 沢山の自分が消え去っていく中で、一人だけ残った自分。『キヒャヒャ』――と、そんな笑い声を上げた自分。その光景が脳内で流れただけで、想也は激しい嫌悪感と吐き気に襲われた。口元を抑え、堪える。

 

「そりゃそうだ。お前は未だに、『ボク』が『僕』であることを――『僕』が『ボク』であることを、認めていないんだから。『僕』は、『ボク』のことを自分ではない何かと認識している。自分では()ない者()が自分の中に入ってくると感じていれば、嫌悪感や吐き気を覚えるのは当然だろうよ」

 

 その発言に、想也は再び、嫌悪感を覚えた。その言葉が正しかったからである。

 『ボク』の言う通り、想也は彼のことを自分ではない者と認識している――そう自分に言い聞かせることで、何とか、自分が自分で居られるように、自分を保っている。認めてしまったが最後、自分は自分でなくなってしまうと何となく分かっていたから......だから想也は、まるで漫画かアニメのような展開だな、と笑う余裕もなく、ただひたすらに、『ボク』は僕ではないのだと言い聞かせ続けていた。

 

「............」

 

 そんな、心の奥底でしか思っていなかったことを。

 ()()に分かる訳がないことを、言い当てられたことで。

 『ボク』は『僕』なのだ、と、少しだけ思ってしまった。

 

「分かってきたか――認め始めたか? 【事実】を」

 

「......あ、う」

 

 否定しようとした。

 けれど、想也の首が横に振られることはなかった。

 

「おーけぃ、良い答えだ。......じゃあ、もうすぐ、終わりの始まりってやつが始まるだろうから、それまでに、やるべきことをやっておいた方がいいと思うぜ。 じゃ、また今度」

 

 真っ白な空間は、急速に閉じられていった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 封獣 ぬえと多々良 小傘の関係は『親友』である。

 とある少年を中心に知り合った彼女らは、性別が同じであることや、性格の相性が良かったこともあってか、瞬く間に仲良くなった。少年と別れた後でもそれは変わらず――否、少年と別れたことで小傘の心にぽっかりと空いてしまった『穴』を埋めたのはぬえの存在な訳で。それ以上に仲は深まった、と言える。親友どころか姉妹。家族と表現しても、過言ではないかもしれない。

 何時も一緒。

 何時でも一緒。

 少年のことを忘れることは出来なかったけれど、それでもなんとか、お互い笑って、生きてこれた。

 

 少なくとも、その日までは、そうだった。

 

 

 

 多々良 小傘は毎日散歩に出ていた。

 いつも一緒に居た少年が散歩を好んでいたことが一番の要因だろう。小傘もいつの間にか散歩という行為が好きになっていて、少年と別れた今でも、それを毎日の日課として欠かさない。毎日毎日、幻想郷の様々な場所を通って、ある時は馬鹿な妖精と仲良くなり、ある時は夜雀自慢の八目鰻をご馳走になったり、ある時は花妖怪に捕まって酷い目にあったり――そんな様々な出来事を土産に、彼女はぬえの待つ自宅へ。

 かつて少年が造った家に、帰る。

 

 ぬえにとって、それは当たり前のことだった。

 いつもどおり散歩に行って、いつもどおり笑顔で帰って来て、いつもどおり今日の出来事を楽しそうに話し始める。

 それが当たり前、それが普通。

 今日もいつもどおり親友は帰ってきて、楽しそうに散歩中の出来事を話す。

 そう思っていた。

 

「......小傘っ!?」

 

 そんな彼女の考えに反し、多々良 小傘は泣きながら帰ってきた。

 扉への配慮なんて一切なく、力強く扉を開けると、小傘はその場に崩れ落ちる。全く状況が飲み込めないぬえだったが、兎に角小傘に何かがあったのだろう、ということだけは読み取り、一先ず小傘を落ち着かせようと、急いで彼女の元へ駆け寄った。

 

「小傘、落ち着いて。ゆっくり、ゆっくりでいいから、深呼吸して......」

 

 ぬえは背中を擦りながら、ゆっくりとした口調で深呼吸を促す。

 その言葉は一応小傘の耳には届いたようで、暫くすると、小傘はゆっくりと深呼吸を始めた。それを確認したぬえはふぅ、と一息吐くと、小傘が完全に落ち着くまで、背中を擦り続けた。

 

 

 

 

 

 事の経緯を知ったぬえは、現在、博麗神社に居る。

 巫女である霊夢が居たなら侵入は不可能だったろうが......そんなことは十分に分かっている。ぬえは霊夢が居ないタイミングを見計らい、神社に侵入していた。

 

「............っ」

 

 彼に、何か事情があるのだろう、ということは分かっていた。

 彼の言う通りにした方が良い、ということも、十分に分かっていた。

 

 ......けれど、ぬえには。

 想也が消えてから、今日、今まで、ずっと小傘の側に居続けたぬえには。小傘の気持ちを、まるで自分自身のことかのように理解しているぬえには。そして何より、彼女の『親友』であるぬえには、どうしても、抑えることが出来なかった。――否、誰に止められても、抑えるつもりはなかった。

 

 

 

「――――想也ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 彼に対して、芽生えた怒りを。

 抑えるつもりなど、決して、なかった。

 

 

 

 想也は、部屋の隅で踞っていた。

 彼の目に光は無く、もう、何がどうなってもいい、と言うかのような態度が見て取れる――そんな彼を見て、ぬえの怒りは更に激しさを増した。

 

「何、踞ってんのよ!」

 

 ぬえは大股で歩き、想也に接近。腕を掴むと、ぐいっ、と立ち上がるように引っ張る。

 彼の身体に力は入っていない、ある程度の腕力があれば簡単に立たせることが出来そうだが......この場合、ぬえと想也の身長差があるせいで、想也をしっかりと立たせることが出来ない。この時ばかりは自分の身長の低さを恨んだ――が、すぐに切り替えて、想也に向かって言う。

 

「事情があるのは分かる! けど、あんな風に言うこと、ないじゃん!? 小傘がどれだけ、あんたのこと想ってたか、考えてみなさいよ!」

 

 神社の中でぬえの声が響く――回答はない。

 想也は、虚空を見つめている。

 

「......何とか、言いなさいよ!?」

 

 大きく叫ぶぬえだが、想也はそれを無視する。

 ......それどころか、想也は掴まれていた腕を振り払うと、自由になった両手で、自らの耳を包んだ。どうやら想也は、聞くつもりがないどころか、ぬえの叫びが煩いとすら思っているようである。一切話をする気がない彼を見て、ぬえの怒りは頂点に達した。

 

「――っこの!」

 

 乾いた音が響いた。ぬえが想也の頬を叩いた音だ。

 ぬえは妖怪であり、力も強い。想也は通常の平手打ちとは比べ物にならないレベルの平手打ちを食らい、神社の壁に叩きつけられる。流石にそれほどの痛みは堪えたのか、想也は小さく呻きながら、叩かれた方の頬を軽く擦る――しかし、ぬえに対して何かを返す様子はなく、そのまま暫く静止したかと思えば、今度はその場で、先ほどと同じように踞った。

 その様子を見て、ぬえは歯を食いしばる。

 

「......もう、いいよ。分かった。無理やり引っ張っていくから......」

 

 ――そう言った瞬間、想也は即座に立ち上がると逃走を開始した。

 当然だ。ここまで頑なに喋ろうとしなかったのは、ぬえに諦めて帰ってもらう為。小傘に会わない為の行動である。引っ張っていかれたら、小傘と会ってしまう――故に、想也はすぐさま逃走を開始したのである。

 

「あっ!? ま、待って!」

 

 一瞬何が起こったが分からなかった。

 が、すぐに我に返ると、ぬえは急いで想也を追いかける。幸いにも、彼は能力を使うとか、そこまでの思考までは至っていなかったようで、素直に自分自身の身体能力だけで逃走をしているようだ。それでも並の人間とは比べ物にならないスピードではあるが、妖怪のぬえが追い付けないスピードではない。物凄い勢いで距離を詰めていく。

 

「......はっ......っ!」

 

 背後から迫るぬえの威圧感を感じつつ、想也は境内へ飛び出し、空を駆ける。

 陸を走るスピードはともかく、空を飛ぶスピードならば、妖怪であるぬえにだって太刀打ちできる。そう考えた想也は、今自分が出せる全力の速度まで加速。ぬえが加速し、追い付いてくる前に、出来る限り、距離を離そうとする。

 本来なら目も開けないであろう速度の中で、一瞬だけ背後を向く。博麗神社はもう見えなくなっており、ぬえの姿も、かなり小さく見えていた。あと少し頑張れば撒けるだろう。想也はほんの少しだけ安心し、何処に隠れようか、と前を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

「――おやおやぁ。想也さんでは、ありませんか」

 

 前方から聞こえた声。想也は全力でブレーキをかける。

 

 ......そのブレーキは、間に合っていた。

 前方の人物に衝突することはなく、ぎりぎり、止まることが出来たのだから、普通に間に合ったと言える――のだが、しかし、想也本人としては、このブレーキはちっとも間に合ってなどいなかった。

 遅すぎた。

 

 

 

「......あ、や......」

 

「そーですそーです。大好き文さんですよー♪」

 

 ぎりぎり止まった。

 もっと具体的に言えば、『ぴったり密着してしまうくらいぎりぎりで止まった』

 抱きしめられながら耳元で囁かれた言葉に感じたのは、安らぎとかそんなものではなく、恐怖だった。

 

 

 

 

 




 公式だとぬえは地底に居た訳ですが、この小説のぬえは普通に小傘ちゃんと暮らしてたことになってます。ここから原作崩壊が激しくなってくるので、苦手な方は批判コメを書いてもっと面白い作品へGOしたほうがよろしいかと思われます。
 ついでにキャラ崩壊も激しいため、それが苦手な方は(以下同文)。

 段々と訳が分からなくなってる感じのある事反録ですが、ここからの展開は大まかに固まっているので、纏めることは出来ると思います。時間がかかるとは思いますが、よろしければ、これからも事反録をお願いします。

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