東方事反録   作:静乱

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STAGE-3 さようなら

「でも」

 

 協力せざるを得ないのは、確かだった。

 僕は聖さんを助けたい。この気持ちは嘘でも何でもなく、僕の本音だ。出来ることならもう一度、僕は聖さんと――あの時の皆と会って、ちょっとしたことで笑いたい。ナズさんと笑いたい、村紗と笑いたい、一輪さんと笑いたい、雲山さんと笑いたい、星さんと笑いたい。......そして、聖さんと、笑いたい。

 だけど。

 それはもう、叶わない夢なのだ。

 諦めなければならない。

 

「でも、僕は、協力しません」

 

 その言葉に、ナズさんはぴくりと耳を動かし、口を開いた。

 

「どうして、だい? 協力せざるを得ないのではないのか?」

 

 僕の発言は矛盾している。

 

 『せざるを得ない』――状況などを見て、それを行わないという選択肢がないこと。

 これを先程の僕の発言に当て嵌めると「協力せざるを得ないですね」は「協力する以外の選択肢がないですね」となる。僕の意思が、もう少し簡単に分かるようになった形だ――僕は聖さんを助けたいです、聖さん復活の件に協力します、と、言っていることになるわけだ。ナズさんの様子を見る限り、彼女もそういう風に解釈して、僕が協力するとはっきり言うのを待っていたところなのだろうが......。

 そのあとに続けた言葉のせいで、そう解釈することは出来なくなった。

 

 『協力しません』

 僕は、協力せざるを得ないと言った後にこう続けた――つまり僕は『協力する以外の選択肢が無いと言ったのにも関わらず、協力しないという選択肢を選んだ』ということになる。端から見れば「一瞬前に言ったこと忘れてんのかコイツ」となりそうな発言だ――というか、現在進行形でそう思われている気がする。

 まぁ、そう思われるのは予想通りだし、その点について問われるのも予想通りだから、あまり気にするつもりはない。

 

「............」

 

 さて、そんな予想通りの問いへの返答だが......僕は俯きながらの無言を貫く。

 

 卑怯ものであると思われるだろう。

 最低な奴であると思われるだろう。

 

 だけれど、仕方ないと、割り切る。

 

 そう――仕方ないのだ。

 

「......答えないのか?」

 

 心なしか、ナズさんの声色は冷たく感じた。

 本当に、気のせいだといいんだけど。

 

「......そうか。仕方ないな」

 

 それでも貫いた無言。

 そんな僕を嫌いになったのか、それとも、ただ呆れただけなのか。出来れば後者であってほしいのだけれど、兎も角ナズさんは身を翻してからそう言うと、ダウジングロットを握り直し、何かを探知し始めた。びこーんびこーん、という感じの謎の効果音が辺りに鳴り響き、空気を和ませる――ことはなく、ただただ、煩いだけ。

 

「君にも、事情はあるものな」

 

 どうやら、僕の祈りは届いたようて、ナズさんは優しい言葉を発してくれた。

 我が儘言えば、それもそれで、辛いのだが。

 

「私はもう行くよ。ご主人から探し物を頼まれているのでね」

 

 ご主人と言うと、星さんだろうか。

 あの人も生きていたようだ。よかった。

 

 よかった。

 

「じゃあね、黒橋。久々に会えて嬉しかったよ」

 

 同感だ。僕も、ナズさんに会えて嬉しかった。

 嘘なんかじゃない。本心で、僕は彼女に会えて嬉しかったのだ。

 

()()()

 

「! っ......」

 

 またの機会は、あるのだろうか。

 

 

 

 

 

 ナズさんが去って、数秒。

 博麗さんは言った。

 

「......ごめん、魔理沙、早苗。私ら、帰るわ」

 

 僕の背中には目が無いから、二人がどんな反応を示したのかは分からない。

 けれど、きっと、暗い顔をしていたんだろうな、ということは容易に想像出来た。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ごめんなさい」

 

「......え?」

 

 かなり驚いた。

 博麗さんが僕に謝るのは、これが初めてな気がするから。

 

「あんたの立場になって考えたら、すぐに分かることだった。楽しんでくれるかと思って連れ出したけど、完全に逆効果だったわ」

 

「あ、いや......」

 

 そんな意図があったとは。

 正直、いつものように僕をこき使うつもりだな、と白い目で見ていたのだけれど......博麗さんも案外、色々考えてくれているようだ。素直に嬉しい。

 ......心に余裕があったなら「デ霊夢きたぁぁぁぁ!!」とか叫ぶタイミングだったのかもしれないが、今の僕には、そんな余裕は一切ない。心の中でくらいならこの位の思考は出来るけれど、外に出すことは、相当難しいことだろう。

 

「......そ、そんなこと、ないですよ。今日は、楽しかったです」

 

「ダウト。紫の言う通りね、自分を抑えすぎ」

 

「............」

 

 正論過ぎる。ぐうの音も出なかった。

 ......まぁ、これも先程と同様、僕がいつもの調子であったなら何か反論をしてたのかもしれないけれども、今回も残念ながら、僕に心の余裕は存在していない。核心を突いた博麗さんの言葉に、何も言い返すことが出来なかった――というか、僕がいつもの調子で、言い返せていたとしても、すぐに論破されていた感が否めない。

 

「ま、あんたの考えでいうと、『どうせもうすぐ消えるんだったら』最後くらいはっちゃけてもいいや、ってとこよ。......ま、あんたは普通に助かるだろうから、消えることはないんだけどね」

 

「......博麗さんは、読心術を心得ているんですか......?」

 

「博麗の巫女だからね」

 

 博麗の巫女万能説、浮上。

 実際何でも出来そうだから、ちょっと困る。

 

 ......それにしても。

 『どうせもうすぐ消えるからはっちゃける』――か。

 

「そ。私を攻略する、とかほざいてたあんたはどこ行ったのよ」

 

「......は、はは」

 

「私攻略ルートは何千万もの選択肢の中に一つだけある正解を何十回も連続で選ばないといけないから、どう足掻いても無理だと思うけれど」

 

「......そりゃ、大変っすね」

 

 あまりにも無理ゲー過ぎるけれど、正解を全部覚えていれば、時間はかかってもクリア出来そうだ。......道が水平線のように長すぎる為か、ちっとも挑戦する気は起きないが。というか、そんなゲームが発売されたら、クソゲーオブザイヤーノミネート確実な気がする。攻略班も過労死してしまいそう。

 

「......くそげーおぶざいやーとか、こうりゃくはんとか、なんのことか分からないけど。ま、ようやくいつものあんたらしくなってきたんじゃない?」

 

「はは......そうですかね......」

 

 とかいいつつも、先程よりは、大分気が楽になった。

 なんというか。紫は、こうなる可能性も見越して、博麗さんを僕の監視役に当てたのではないだろうか。グッドカウンセラー霊夢。語呂も良いし、腕も一流である。人里で開けば、ある程度は稼げそうだ。

 実際は、博麗さんには巫女としての仕事があるわけだし、無理なんだろうけれど......。

 中々良いお仕事だと思う、カウンセラー。心の癒しは、かなり大事だ。

 

「それでこっちに溜まってくワケ? カウンセラーなんて嫌よ、私は」

 

「......まぁ、ですよね」

 

 苦笑しつつ、頷く。

 瞬間、苦笑できるくらいには回復したのだなー、と、またも博麗さんのカウンセラー能力を痛感。

 すごいなー、と、今度はそっぽの方を向きながら考えたら、博麗さんは心を読めるのかなぁ、なんてどうでもいいことを考えてそっぽを向いてみた。

 

 

 

 

 

「......あ」

 

 さっきまでのほんわかした空気が、凍りついた。

 そして、心の底から後悔した。

 やっぱり、博麗神社から出るのではなかった、と、遅すぎる後悔を。

 

「お、にい、さ......?」

 

 目の前で、呆然と僕を見つめるオッドアイの少女。

 透き通るかのような水色の髪。全体的に青めな印象を受ける服装に、彼女の最大の特徴とも言える大きな唐傘。こんな珍しい容姿をしている子はどこを探してもそうそう居ない――そもそも、僕を見て『お兄さん』と呼んでくれているのだから、人違いな訳、あるか。

 ――”多々良 小傘”本人だ。

 

「お兄さん、だよ、ね? 黒橋、想也さん、だよね?」

 

「......あ、その......」

 

 ナズさんの時とは訳が違う。気が動転して、言葉が出てこない。

 そんな僕と、状況が把握出来ない博麗さんを置いて、小傘ちゃんは少しずつ、僕に近づいてくる。彼女の目は潤んでいて、今にも泣き出してしまいそうだ。それほどまでに、僕と――黒橋 想也という人間と、再会できたことが嬉しいのだろうか。......嬉しいと、思ってくれているのだろうか。

 

「おにい、さん。私、お兄さんが、死んじゃったって思ってた。......でも、生きてたんだね、お兄さん......?」

 

 僕が凍りついている間に、もう、すぐ。

 あと少し、数歩前に進むだけで手が届く位置まで、小傘ちゃんは近付いてきた。

 僕の脳内で様々な思考が行き交う――抱きしめようぜ、告白しちまおうぜ、いや久しぶりから入るだろ、いやいや会えて嬉しいよじゃね? 等々。正しく脳内会議と呼べる物が始まり、僕の小さな脳内はてんやわんや。会議はどんどんヒートアップしていき、それが頂点に達した瞬間――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――脳裏に過るのは、『ボク』の存在。

 

 

 

「おにい「来るなッ!!」っ!?」

 

 突然の叫びに、小傘ちゃんだけでなく、博麗さんも驚いていた。

 かくいう僕も、驚いていた。

 僕って、こんな声を出せたんだ。

 

「......え、な......え?」

 

 僕の叫びの意味が、分かっていないのだろう。

 当然だ。僕だって、同じ立場だったら――小傘ちゃんに「来ないでッ!!」なんて言われたら。『拒絶』されたら。どう考えても、絶対に困惑してしまうだろう。

 ......彼女の気持ちが痛いほど分かっているこの状況だけど、説明は、しない。

 

「どう、して? え? おにいさ、私......」

 

 そう言って、小傘ちゃんは一歩、僕に近寄る。

 小さく「来るな」と呟いた。

 

「なんで、そんな......」

 

 もう、一歩。

 もう少し大きく「来るな」と呟いた。

 

「そんなこと、言わないでよ、お兄さん......?」

 

 もう、一歩。

 

「――来るなって、言ってるじゃないか!?」

 

「っ!?」

 

 びくっ、と。

 大きく、小傘ちゃんは肩を震わせた。

 

「......頼むよ。お願いだから、これ以上、僕に近寄らないでよ。これ以上近づかれたら、僕は......!」

 

「――ッ!」

 

 ......最後にそう言うと、小傘ちゃんは素早く身を翻し、真逆の方向へ飛んでいく。

 その後ろ姿を追いかけたくなるが、なんとか、必死に抑えて、心の中で、謝罪した。

 

 ごめんなさい。

 さようなら。

 

 

 

 

 

 

 




 一週間投稿の維持が無理だと悟ったので、はっきり投稿が遅くなるといっときます。
 その分、質はよくなると思うので、楽しみにお待ちいただけると。

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