東方事反録   作:静乱

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第十三幕 流れた血は

「うーん、負けそうだ」

 

 戦闘開始から僅か数分。

 広がる光景は、数十分前のものとほぼ同様。

 黒橋 想也の身体を借りた彼の裏ーー『ボク』は地に伏し、それを綿月 依姫が見下げている。そんな光景。

 試合展開も先程とほぼ同様だった……戦闘開始直後、『ボク』は一瞬だけ懐に入り込むことは出来ていたが、それ以降は見事に依姫に翻弄され、一度も攻撃を当てることが出来ず、一方的に攻撃を受けてしまっていた。依姫の攻撃は早いだけでなく、一撃が重い。あっという間に『ボク』は地に付してしまった。

 

「……本当に、貴方は何が目的なのですか」

 

 溜息を吐きながら依姫は問う。こんな質問をしても、きっと意味はないんだろうな、と思いながら。

 その通りである。

 

「綿月を倒すためって言ったじゃん?」

 

 予想通りの返答だ。

 

「そのわりには、先程とまるで変わってないように思えますが」

 

「んー、そーだね。白状するけど、『ボク』、本当は綿月に勝つ気なんて毛頭ないんだよね。さっきはちょっと格好つけてみただけ」

 

「…………」

 

 ふざけるな。

 依姫は拳を握りしめた。

 

「分かりました」

 

 もういい。

 真剣に戦う気がないのなら終わらせる。

 依姫は刀を持ち直し、倒れている『ボク』の元へと進む。

 この勝負を終わらせる条件は三つある。相手をダウンさせるか、参ったと言わせるか、或いは言わされるか。依姫は二つ目の条件を満たそうと、『ボク』の首筋へ刀を突きつけようとしているのだ。

 ……あと一歩で、戦闘は終わる。

 そこまで接近したところで、『ボク』は、すっと首を上げた。

 そして。

 

 本日何度目か。

 にこり、と笑った。

 

 見慣れてしまった笑み。

 不気味で、これ以上見ていたくない笑み。

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

 その笑みをやめろその笑みをやめろその笑みをやめろ。

 

「あはは、綿月。確かに勝つ気はないと言ったけれど、かといって、負けるつもりであるとは言ってないよ?」

 

「……意味が分かりません」

 

 斬りかかる。

 彼の右腕に遮られた。

 食い込んだ刃は骨にまで達し、かなりの激痛が彼を襲ったはずなのだが、彼は全く表情に出さず……それどころか左手で刀身を掴むと、力強く握りしめ始めた。

 彼の右腕からは血液が沸き出し、左手からも少しずつ血液が出てきている。……が、そんなことは知らない、とばかりに彼は刀身を握りしめ続け。

 とうとう、割った。

 『祇園様』の刀は、砕けた。

 

「……っ!」

 

「分からないなら分からなくていいよ。すぐに分かるから」

 

 そう言うと、『ボク』は依姫に蹴りは放った。

 なんでもないただの蹴りだーー威力以外は。それこそ超巨大な霊力弾を当てられたのではないか、と錯覚を起こすほどに、彼の蹴りは破壊力のあるものだった。依姫は物凄い勢いで森の方へと飛んでいく。

 戦闘開始時と、全く真逆の状況。

 

「じゃ、そろそろ真面目にやりますかねぇ」

 

 その言葉は。

 先程まで真面目ではなかった、ということの証明になる言葉だった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

『真面目にやる』

 今まで虚言ばかり吐いていた彼だったが、しかし相当珍しく、この言葉は嘘ではなかった。この言葉を呟いてからの彼はまるで先程までの彼とは別人かのような動きを見せ、依姫と対等と言ってもいいほどいい勝負を繰り広げるのだった。

 

「『サンダーブレード』」

 

 『ボク』の持つ剣に雷の力が宿る。

 とても厨二臭い技ではあるものの、威力は高い。普通に斬りかかることも出来るし、滅茶苦茶に振り回すことで雷の衝撃波を飛ばすことも出来れば、狙ったところへ飛ばすことも出来るため、『ブレード』系統のスペルは中々に汎用性が高いのだ。

 見た目もいい(格好いい)故に、想也が気に入っているスペルの一つでもある。

 

「ふっ」

 

 そんな『サンダーブレード』の危険性を感じたかどうかは定かではないが、依姫の対応は流石だった。

 依姫は素早く弾幕を飛ばし、『ボク』が手に持っていた剣を弾き飛ばしたのだ。剣は空を斬りながら飛んでいき、豊かの海に沈む。攻撃タイムから一転、一気にピンチである。

 

「ヤバいヤバい」

 

 距離を詰められたらおしまいだ。

 呟きながら、『ボク』は自分のすぐ目の前に凄まじい風を発生させる。その風は人間をも吹き飛ばす程凄まじい突風で、それに上手く乗ることで『ボク』は後退。距離を取りつつ、反撃の準備を整える。

 まずは吹き飛ばされた武器の確保。新しく剣を出現させる。

 霊力や妖力でコーティングし、威力、強度共に完璧である。

 次に依姫の隙作り。依姫に真正面から突っ込んでも簡単にかわされるだけーー少しでも隙を作らないと、依姫に攻撃をかすらせることさえ叶わない。『ボク』は巨大な槍を出すと、即座に回転させながら投擲。これを回避するにはかなり大きな動きが必要であるはずだから、そこを叩く作戦である。

 

「くっ」

 

 小さく呟きつつ、依姫は真横に跳んだ。

 これにより何とか大槍を回避することは出来た依姫だが、既に『ボク』は回避際を狩るための攻撃を放っている。

 

「『空からの支配者』」

 

 降り注ぐは流星。

 正確には流星の『レプリカ』のようなものだが、そこらの妖怪を薙ぎ倒すことができるぐらいには火力が出る。当たれば相当なダメージを負うことになるのは間違いないだろう。依姫は再び『祇園様』を降ろすと、その力を駆使しつつ、流星を回避する。

 しかし。

 

「ーー実はこのスペル、発動したら『ボク』の意思関係無くランダムで撃たれるから、『ボク』はその間自由に動けるんだよね」

 

「つ!」

 

 流星に意識を集中させていたとはいえ、まさかここまでの接近を許してしまうことになるとは。

 自分の未熟さを痛感しながらも、依姫は背後から放たれた第一撃をなんとか防ぐ。続いてくる二撃、三撃目も流星を回避しながら防ぎ、流星が途切れた瞬間をついて大きく後退。

 後退地点にはちょうどよく流星。やったぜ、と心の中でガッツポーズした『ボク』だったが……残念ながら、これは依姫の計算通り。落ちてきた流星を、どういう訳か、刀で打った。

 

「うぉぉい!?」

 

 流石の『ボク』も予想していなかった。

 不意打ちにもほどがあるこの攻撃を。剣と身体のバネを上手く使って受け流すことが出来ただけでも大したものである。

 ……しかし、タイミング悪くスペルブレイク。

 流星による動きの制限が失われた依姫は、ここを好機と判断し、一気に勝負を決めに行く。

 

「ちょ、まっ」

 

 勿論待つはずがない。

 心の中で思いながら、跳躍することで一気に距離を詰めた依姫は、体勢を崩している『ボク』へ渾身の蹴りを放った。

 

「う、ぐぅ……!」

 

 みしり、と。

 小さくではあるが、骨の軋む音が聞こえた。

 依姫が渾身の力を込めて放った蹴りであるーー言うまでもなく威力は凄まじい。先程の掌底に勝る勢いで、『ボク』は砂浜の上を飛んでいく。

 意識があっても身体が動かない。

 そんな感覚を進行形で味わうことになる『ボク』だった。

 

「(あー、これ、やばいわー)」

 

 考えた時には腹部に凄まじい衝撃が走り。

 直後には、一周回って気持ちいいほどの激痛が背中を襲う。

 これ、バトル漫画か何かだっけ、なんて、心底どうでもいいことを考えてみる『ボク』。彼の表こと黒橋 想也お得意の現実逃避である。

 

 

 

 

 

 そういう訳で。

 割といい戦いだったが、『ボク』、敗北寸前。

 

「私の勝ちですね」

 

 敗北寸前、どころか、ほぼ確定していた。

 主人公ではない『ボク』がこんな状況から依姫に勝つことなんて絶対に出来ないだろうし、挽回方法が存在しないのであれば、それはもうほぼ敗北のようなものである。

 

「……それはつまり、『ボク』の負けってことになるのかな?」

 

 砂浜に付しながら『ボク』は依姫に問う。

 ……それは、そうだろう? 依姫が勝つということは、イコールで『ボク』が負けるということに繋がるのだから。依姫は頷いたーーそんなことは聞かなくても分かるだろう、と思いながら。

 

「それは可笑しいな。思い出してよ、数分前、『ボク』が言った台詞を」

 

「……台詞?」

 

 何を言っていただろうか。

 ……『勝つ気も負ける気もない』という発言のことか?

 

「……まさか、『勝つ気も負ける気もないから勝負は終わらない』とか、言い出す訳ではないですよね」

 

 そこまで往生際の悪い奴ではないと思いたい。

 そんな依姫の希望に沿った訳ではないが、彼女のそんな問いに対する『ボク』の答えは「ノー」だった。

 表には出さないが、内心ほっとする。

 

「いくらなんでもそこまで往生際が悪くはないよ。……でも、勝つ気も負ける気もない、という台詞は本当だからね。どちらかが勝つことも、負けることもなく、戦いは終わらせるさ」

 

「……は?」

 

 内心ほっとして、すぐにそれを取り消した。

 駄目だ。やはり、彼は何かをするようである。何とも言えぬ不安感を抱いた依姫は、素早く彼の首筋に手刀を放つ。

 

 

 

「ごめん当たんないのよそれ」

 

 言葉通り。

 依姫の手刀が命中する直前で、彼は依姫や幻想チーム、月兎たちがすぐに接近できないであろう位置まで瞬間移動した。

 そして。

 

「てれれれってれーん。破片ー」

 

 二次元ポケットから、『祇園様』の刀の破片を取り出した。

 からの、流れるような宣言。

 

「【『ボク』と綿月のダメージがリンクしていない事実】を反対にー」

 

 幻想チームの面々は、彼の能力を知っている。

 どれほど強力で、どれほど有能で、どれほど危険なのか知っている。

 だからこそ、依姫たち月面チームが彼の言葉の意味を理解出来ていないでいる中、不味いと判断した幻想チームは一斉に『ボク』を抑えようと動き出したのだが……。

 

「時既におすし、ってね。【次のダメージが致命傷にならない事実】を反対に。よっせ、っと」

 

 グサッ。

 ぐりぐり。

 ぐちゃ、ぐちゃ。

 

 グロテスクな擬音が、辺りに響き渡った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 そんな感じで、第二次月面戦争は無事終息。

 流れた血は一人のものだけ。被害は最小限のものに収まった、と言える。

 

 因みに彼は宣言通り、勝つ訳でも負ける訳でもなくーー『引き分け』ることで、戦いを終わらせたのだった。

 

 

 

 

 


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