要するに自殺である。
直前まで依姫に向けていた銃口を、あろうことか自分自身に向け、引き金を引くことで発砲。銃口は彼の頭部を見事に貫き、勿論即死。何か奇跡的なことが起こることはなく、『真っ黒くん』はーー黒橋 想也は綺麗に死んだ。
勿論、彼は不老不死であるから、暫く待てば生き返るし、そのことは幻想チームは愚か依姫や月兎だって知っている。……だから、今驚いたのは、彼が死んだことにより感じたショックなどではない。
何故彼は自殺したのか、という、単純な疑問によるものだ。
当然ながら、『自殺』という行動にメリットなんてものは存在しないーー自分が死んでそれで終わるだけの行動にどんなメリットを見出だせばよいのか。教えてくれるのなら教えてほしいくらいだったーーだからこそ、このタイミングで自殺という行為に及んだ理由が分からない。
自分の人生に絶望していたり、何かとんでもない失敗をして全力で凹んでいたり……そんなタイミングでの自殺行為ならばまだ分かる(あくまでまだだが)。けれど、先程はそんな様子はなかったしーー確かに負けかけていて、惨めだったかもしれないけれど、本人からもそんな様子は感じ取れなかったのに。どうして、何故。
依姫たちを動揺させる作戦だろうか?
……いや、確かにそれ、動揺させる、という点においては大成功かもしれないけれども、自分が死んでしまうのなら全く意味がないではないか。自分の命を引き換えに相手を動揺させるとか、ハイリスクローリターンにも程がある。絶対ない。ならば何故。
ならば、何故。
ならば、何故?
一同が考え込む中で、あまりにも唐突に答えは出たーーむくりと。
……死体が。
起き上がった。
まず、回復したのか、と思った。
彼が不老不死であることは知っていたが、どれほどの時間を挟んで復活するのか、等の細かいことは知ってはいない。彼の復活シーンを一度も見ていなかったが故に、依姫たちはまず、復活までの時間はこれくらいなのか、と比較的軽い気持ちでその光景を見ていたのだ……が。
すぐに否定した。
回復なんかではなくーー寧ろ悪化。
本質や雰囲気だけが違った『真っ黒くん』の方がまだマシだった、と、彼女らに思わせる程に、感じ取らせる程に。
彼は、悪化していた。
最早、『想也』と呼ぶことさえ出来ない。
「……あんた、想也に起こってる『異常』の根元ね」
意を決して、霊夢は『ソレ』に問いかける。
もう大分前の話ではあるが、想也が紅魔館に呼ばれ、八雲邸を出た後、八雲 紫は自ら博麗神社へと赴き、自分が行動、対処出来ない際の保険として、霊夢にも想也の異常のことを話していた。
その時はまだ彼と出会って間もなかったため、まぁ不安定になる時もあるでしょ、この前みたく、とあまり重く捉えていなかった霊夢だが、今、ここでソレに遭遇して、事の重要さを理解したのだ。珍しく、彼女の顔は緊迫したものとなっている。
「……霊夢、異常って、何だよ」
「そのまんま。どうも、想也の中には『自分ではない自分』が居て、そいつのせいで色々苦しんでいるらしいわ。で、その自分ではない自分とやらが、恐らくコイツ。……気を付けなさい、分かっているとは思うけど、コイツは危険よ」
「……おう」
霊夢の説明を聞いて、全員の意思が一つになった。
……今は兎に角、コイツを倒す。
幻想チームは素早く陣形を整え、依姫は月兎たちに指示を出し、こちらも素早く構えた。彼に怯えている月兎たちだが、流石に依姫の前で逃げ出す訳にもいかない。依姫の指示に従い、まずは二匹の月兎が先陣を切る!
「おっと」
わたわたわたわた。
彼は両手で二匹の月兎の頭部を掴み、それによって二匹の接近を止めた。全く進めない二匹は、なんとか一矢報いようと両腕を振り回すがーー悲しきかな。リーチが足りず、ぎりぎり届かない。……まるでこれは、子供(月兎)が突進してきたところを笑いながら止める大人(彼)の図。
緊迫した空気が一気に晴れた気がした。
そして、それに追い討ちをかけるが如く。
「いっやー、少しくらいお話を聞く時間を作ってくれてもいいんじゃない? いや、まぁさ、確かに返事をしなかったのは悪かったかもしれないけど、だからって攻撃を仕掛けてくることはないだろ。酷すぎるぜ」
と、軽い口調で彼は言った。
……なんというか、肩の力が相当抜けた。
いや、勿論、彼の危険さ等々は十分に理解しているし、今にでも倒さないと不味い、ということはよく分かっているのだけれど、彼の言っていることも一理あるのだーー確かに、返事も聞かずにいきなり仕掛けたのは悪かったかもしれない。あくまでかもしれない、だけど。
……どういう訳か、少なくとも今は、彼から戦う意思は感じられない。少々考えた後、彼女らは仕方なく、一時的に構えを崩した。
「……説明を要求する」
レミリアが言う。
「りょーかい。長くなるから座っていいよん、流石にもう不意打ちはしないからさー」
誰も座らなかった。
◆◆◆
「まず、さっきまでの『僕』ーー君たちがよく知っている黒橋 想也くんは、『ボク』が真似していただけの偽者さ。本物はまだ寝ている、というより、寝てもらってるよ」
それは彼が出てきた時点で予想出来ていた。
主に雰囲気とか、その辺りのお陰で。
「で、博麗の考察だけど、まぁ正解かなぁ。キャラが安定していなかったとはいえ、あの時に藍と戦ったのは『ボク』だ。想也くんーーあぁ、調子狂うからいつも通りにさせて。『僕』に起こっている異常ってやつも、この『ボク』が根元さ。ここまで把握出来たかな?」
いきなり超絶理論を組み立ててくるのでは、とかなり不安だった彼女らだったが、予想に反し、彼ーーもとい『ボク』の説明は案外分かりやすいものだった。……いや、極々普通の一般人からすれば意味不明の説明だっただろうから、これは幻想郷の住民であったからこそ理解できたのかもしれない。
……ともかく、ここまでは把握出来た。
『ボク』からの問いに、一同は頷く。
「うん、理解が早くて助かるよ。……さて、長くなる、とか言ったけれど、ぶっちゃけ他に話すことが思い付かないんだよねぇ。聞きたいことあったら聞いてくれる? 大体は答えることが出来ると思うよ」
長くなる(数十秒)。
本日何度目か、がくっ、と転びかけた。
何度目か忘れるくらいに転ばされそうになったため、これは一種の策略か何かなのでは……と若干疑い始めながらも、質問を許された一同は『ボク』に質問を開始した。
「……お前は何者だ」
「今は『僕』の裏、とだけ言っておくぜ、霧雨」
「……貴方は何故、想也様の中にいるのですか」
「裏だからだよ、咲夜」
「……いつから想也と入れ替わっていた?」
「あぁ、言葉足らずだったね。さっきまでの『僕』は実は『ボク』、とは言ったけど、入れ替わったタイミングは言い忘れていた。『ボク』は『僕』がレミリアに倒された後から入れ替わっていたよーーつまり、紅魔館で目を覚ました時には既に入れ替わっていた訳だね。フランに疑われると殺られかねないから、あの時はマジで演技させてもらったぜ、レミリア」
「……貴方は幻想郷に害を及ぼすのかしら」
「及ぼす及ぼす。及ぼすけれど、君らには対象方法がないと思うな。今の『ボク』を消すには『僕』、つまり君らの友達である黒橋 想也ごと消さなくちゃならない。流石にそこまで非情になんことは出来ないんじゃない? 博麗」
「……どうかしら、ね」
瞬間、霊夢はお払い棒で殴りかかる。
霊夢のーー否、博麗の巫女のお払い棒は特別製だ。神聖な力を染み込ませた神木を素材として作られており、尚且つ初代から今に至るまでの歴代巫女の霊力が込められている。強度は普通の棒の数百倍、並の妖怪であれば一撃で粉砕することも可能である、世界最強のお払い棒。
全力で打ち込めば、実力のある妖怪でさえただでは済まない……が。
「邪悪なる者だけを殺すお払い棒、ね。なるほど、それなら確かに、『僕』を傷つけることなく『ボク』を倒せたかもしれないけれど、流石に見え見え過ぎるよ。【『ボク』にお払い棒が有効である事実】を反対にしたーー仮に有効だったとしても、もうそれは、『ボク』に対しては効果を発揮しない」
「……ちっ」
舌打ちを打って、霊夢は後退した。
……確かに安直過ぎた。せめて、もう少し隙を窺うべきだっただろう。今になって後悔する。
「……さてさてさぁて、幻想チームからの質問は一通り終わりかな? 綿月は何かない?」
ぱっ、と切り替え、『ボク』は斜め横に立つ依姫に問いかけた。
切り替えの早さだけは『ボク』を尊敬してもいいかもしれないーーいや、別にしないけれど。
「……一つだけ」
聞きたいことは、大体幻想チームが聞いてくれた。
最終的に残った疑問は一つだけ。これだけ聞けば、依姫が『ボク』から聞き出すべき情報は恐らくもうないだろう。……仮にあったとしても、次の質問をした時点で『『ボク』くん主催質問タイム!』は終わりを告げる訳だから、考える必要もない。
「……貴方が自殺行為に至ったのは、恐らくそれが、貴方が完全に出てくるためのトリガーだったから、と推測できます。故に、その辺りは特に問いません。私が問いたいのは、貴方が出てきた理由ーー貴方の現在の目的、です」
「綿月に勝つ、といったはっきりした目的があるぜ?」
即答。
そして、即跳躍。即ち不意打ち。
が、彼がそういう行動をしてくるであろうことは、これまでの会話等で大体把握していたため、依姫は全く動揺せずに、『ボク』をギリギリまで引き付ける。依姫の懐まで入り込んだ『ボク』は、決まった! と言いたそうな表情で依姫の顎を狙ったアッパーを放つ……も、依姫は後ろ側に少しだけ重心をずらし、紙一重でアッパーを回避する。
盛大に空振ったことにより、『ボク』には大きな隙が発生。勿論、依姫はそこへ渾身の掌底を叩き込んだ。凄まじい勢いで、『ボク』は砂浜から森(全て桃の木)の方へ飛んでいく。
「……やはり不意打ちですか。芸がないですね」
呆れるように、依姫は呟く。
その姿はまるで、悪役を倒す主人公のようだった。