東方事反録   作:静乱

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 今回、依姫さんが原作で使わなかった神を降ろしています。
 ご了承下さい。


第十一幕 じゃーね

 綿月 依姫と黒橋 想也。

 最強と、化物。

 お互いに勝者であると決めつけられた人間ーー『主人公体質』の人間であり、故にどちらも相当の実力を持つ人間である。

 そんな彼らの戦い。一見すれば好カードだが、これほどまでに戦う前から勝敗が分かりきっている戦いは、他に類を見ない。

 

 

 

 『主人公体質』は互いに互いを打ち消しあう。

 勝者であると決めつけられた人間同士が戦った際に発生する絶対的な矛盾を排除するためだーーそれにより、戦いは『主人公体質』に左右されず、純粋に実力を競う戦いとなる。極々普通な戦いとなる。

 

 それは、想也にとって致命的な問題だった。

 そもそも、相当の実力とは言っても、想也の実力は言うほど高くはない。ある程度努力はしていたし、能力の恩恵もあり完全に人間の域は越えているけれど……それでも、彼は圧倒的に強いとは言えないレベルに収まっていた。収まってしまっていた。

 ……だから、あまりにも強大過ぎる敵に彼が勝ってこれたのは、好きな女の子を守りたいが故に起きた奇跡なんかではなく、純粋に『主人公体質』のお陰で。

 ただの必然で。

 彼本来の力では、あの時、『西行妖』には勝利してはいなかっただろう。

 

 ーーそんな実力で、人類最強、なんてどこかで聞いたことのあるような二つ名を持つ依姫に勝利することなど、できるはずがない。

 想也の実力では、負ける。依姫にいい様に遊ばれるだけで、何の面白味もなく、勝負は幕を閉じる。彼史上、最も見所がなく、最悪の戦いは、間違いなくこの後に起こるvs依姫戦だ。

 

 無様に負け、無様に倒れ、無様に『  』する。

 そんなラストも間近に迫り、今、依姫と『真っ黒くん』の勝負が幕を開ける。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 『真っ黒くん』は剣を取り出し、ウォーミングアップ、と言わんばかりに軽く振るって、「よっ」と呟きながら剣を頭上に投げたり……と、まるでサーカス団のような芸当をやって見せた。戦闘前にこうやって剣を振るって見せるのは想也の癖と言ってもいいものだ。こういう細かい癖は本当に想也そっくりなのだが、寧ろそんな細かいところまでそっくりな分、あまりにも違いすぎる『本質』を感じ取ると、不気味さを覚える。

 彼は本当に何者なのか。謎の多すぎる彼を、霊夢たち幻想チームは警戒せざるを得なかった。……しても意味はないけれど。

 

 そんな彼とまもなく戦おうとしている依姫は、勿論、一切油断していない。

 彼の底知れぬ不気味さは、流石にもう感じている。そもそも相手は遥か昔から月に伝えられている『英雄』ーー依姫がたった一度だけ、不意をつかれたとはいえ、敗北した相手。不気味さを覚えずとも警戒していたし、油断しないどころか、逆に警戒し過ぎているくらいである。

 

 余裕そうに振る舞う『真っ黒くん』を見つめながら、依姫は一度深呼吸をした後に、刀を構えた。臨戦態勢。いつ彼がかかってこようが、どんな攻撃だろうが、対応できるぐらいには態勢を整えている。

 

「…………」

 

 そんな依姫を、『真っ黒くん』は僅かに笑みを浮かべながらじぃっ、と観察する。

 隙を見つけるための行動なのだが、生憎、ここまで態勢を整えた依姫には最早『隙』なんてものは存在していない。観察するだけ時間の無駄。……と、気づくのは早かった。

 

「……?」

 

 だから『真っ黒くん』は、ふっ、と小さく呟くと、その場に座り込んだ。

 依姫だけではない。この場に居る全員が、彼の行動に対して疑問を抱く。

 

「……なに。折角だから、どうしてここまでこれたのかーー等の、皆さん気になっているであろうことを先に語っておこうと思いましてね」

 

「…………はぁ」

 

 幻想チームがズコッ、と転びかけた中、依姫は一瞬考え、刀を降ろした。

 彼女は想也の能力を知らない。月に来れたのは能力のお陰であるだろう、と仮説を立ててはいるが、結局それは仮説でしかないし、そもそもどういう能力なのかが分かっていない。

 そのため、依姫は彼のここまでを知ると共に、能力が知れる可能性もある『真っ黒くん視点! ここまでのあらすじ』を聞いた方が良いだろう、と判断し、刀を降ろしたのである。幸い、時間はあるから、多少長い話でも問題はない。

 

 その様子を見た『真っ黒くん』はにこりと微笑むと、目を瞑る。

 

「そう。あれは今から、何ヵ月か前のことだった……」

 

 ゆっくりとした口調で語り出す『真っ黒くん』

 現状解きようのない謎も、これから始まる彼の話で解けるかも知れない。依姫だけではなく、幻想チームの全員も、彼の話に耳を傾けることにしたーー。

 

 

 

「ごっめーん。忘れちったー!」

 

「っ!」

 

 視界から『真っ黒くん』が消えたと認識してからの対応は素晴らしかった。瞬間的に彼の位置を特定し振り向くと同時、依姫の首を狙っていた剣を刀で弾いてからの蹴り。避けられてはしまったが、彼の攻撃を食らわなかったのはかなり大きい。

 ……とはいえ、先手は取られてしまった。

 幻想チームが何か言いたそうにしていたし、自分も少し言いたいことはあったが、ここは抑え、依姫は間を置かず、攻撃を仕掛ける。

 

「おぉっと」

 

 跳躍することで『真っ黒くん』に接近し、刀で斬りかかるーーと見せかけてから右足で蹴りを放つ依姫だったが、『真っ黒くん』は自分と依姫の間に砂で出来た壁を発生させ、防ぐ。突然発生した壁に蹴りを阻まれた依姫は、『真っ黒くん』からの反撃を回避すべくすぐに後退しようとするが……蹴りを放った右足は、まるで底無し沼にはまったかの如く砂の壁の中に沈んでいく。いくら力を抜けても、抜けない。抜けないどころか沈んでいく。

 

「下手に動かない方がいいですよーー表現通り、それは底無し沼に近い物だ。暴れりゃ暴れるほど、沈んでいくだけですよー」

 

 そんなことは勿論分かっている。

 が、かと言って動かないでいればやられるだけである。この危険な状況を脱するべく……同時に攻撃も仕掛けるべく。神降ろしを開始した。

 

「『岩巣比売神』よ。私にまとわりつく無礼な虫を四方に弾け!」

 

 砂を司る神の力を借りたことで、依姫を拘束していた砂の壁は言葉通りに弾け飛んだ。

 弾け飛んだ砂は勿論『真っ黒くん』の方にも飛び、それは小さな弾丸となって彼を襲う。

 

「いてっ!」

 

 いくら砂と言えど、侮るなかれ。目潰しやその他諸々、様々な用途で使用出来る万能な戦闘道具である。砂の弾丸は綺麗に『真っ黒くん』の眼に吸い込まれ、一時的にではあるが、痛みに耐えきれず、彼は目を瞑る。

 目を瞑るーー即ち、敵を視認していない、ということ。

 容赦はしない。依姫はすぐさま攻撃態勢に入る。

 

「っうぉ!? ちょっ……!」

 

 視覚に頼ることが出来ない中、風を斬る音を聴いた(気がした)『真っ黒くん』は咄嗟に屈み、屈むと同時に適当な方向ーーというか前方に足払いを放った。当たればいいなぁ、くらいの気持ちで放った足払いである。

 勿論、手応えはない。

 

 仕方なく、『真っ黒くん』は一度態勢を整えるために上空へ瞬間移動。例え依姫でも、遥か上空に逃げたと判断するには多少時間を要するだろうし、仮に早く気づいたとしても、上空への攻撃は若干のタイムラグが発生することは間違いないはずである。そんな根拠の元、彼は上空へと逃げたのだった。

 ……一応筋は通っているが、相手は綿月 依姫。

 『真っ黒くん』が月面弾幕ごっこ開始前に瞬間移動を使っていたのを忘れてはいないし、対策を講じていない訳がない。

 

「ーーうげぇっ」

 

 戦闘開始前から、彼が視界から消え、背後や左右に居そうでなければ上に跳んでみる、と依姫は決めていた。依姫の『即興、瞬間移動対策』と『真っ黒くん』のーーもとい、黒橋 想也の困ったらとりあえず上空へ行って考える癖が、依姫有利の形で噛み合ってしまった結果である。

 そんな感じの考察を脳内で繰り広げつつ、腹部を全力で殴られ、背中から勢いよく、砂浜に激突した『真っ黒くん』は、「全くぅ」と溜息を吐きながら立ち上がった。

 

「いっやー。容赦なさすぎません? 依姫さん強いんですからー、もっと手加減してもらったってよくないですかぁ?」

 

「……勝負で手加減を望む程に、貴方は屑になったのですか?」

 

「うはぁ、きっつい言い方ー! モテないでしょ依姫さん!? もっと愛想よくしましょ?」

 

「……余計なお世話です」

 

 「あ、本当でした?」と笑う『真っ黒くん』。着々と依姫のイライラポイントが貯まっていく。

 ……しかし、そうやって煽るのが、今の彼が最大限出来ることだったーー現状は、それが限界だった。戦闘前は「ちったぁいけんじゃね?」と思っていたけれど、戦ってみて「無理ゲーだわ無理ゲー! 最早クソゲー!」と、分かりきっていたはずのことを確認したのである。

 

「……さぁーって」

 

 さて。

 最大限出来ることが終了した『真っ黒くん』は、それに区切りを付けるためにそう呟くと、ぐっ、ぐっ、と今度は急に準備運動的なものをやり始める。だんだん彼の行動に慣れ始めていた気がしてた依姫及び幻想チームだったが、やっぱりそんなことはなく、再び始まった彼の奇行に、またもや疑問を抱いた。抱きつつ、彼の行動を観察する。

 暫く準備運動を続けた後に、『真っ黒くん』はその場に座り込み、今度はぐりんぐりんと手首を回し始めた。やはり意味が分からない。一体この行動に何の意味があるのか、再び依姫たちは首を捻る……前に、『真っ黒くん』は言った。

 

「すぐ分かりますよ」

 

 言ったと同時、彼は手を鉄砲の形にした。

 小さい子供がよくやる遊びだーー手を鉄砲に見立て、「ばーん!」と叫んで発射。見ていてとても微笑ましい気持ちになる遊びだが、この状況下におきてのソレは、何とも言えない不気味さを引き立てる原因にしかなり得ない。

 何かが起こる。

 確信を持った依姫たちは、依姫だけでなく、この場にいる全員が何が起きても対応できるように身構えた。

 

「うーんと……」

 

 予想通りというか、彼は依姫たちに指先ーー銃口を向け始めた。ここまで来れば、この先の展開は誰だって読めるだろう……誰かが撃たれる、という展開が読めるだろう。

 故に尚更、彼への警戒は高まる。

 

「……あはは」

 

 依姫以外の全員に銃口を向けた後、『真っ黒くん』は最後に、依姫へと銃口を向ける。「やはり私か……」と溜息こそ吐いた依姫だが、それが一番、彼女にとっては好都合だった。他人に向けられた場合、最悪守れない可能性も出てくるが、自分ならば確実に回避出来るーーなんなら銃弾を斬って見せるくらいの余裕すらある。表情には決して出してはいないけれど、彼女は相当、心の中で安心していた。戦闘中に。らしくもなく。

 

 ……安心しきっている人間は、想定外のことが起きると、激しく混乱し、同様する。

 

 

 

 

 

 

 

「にゃは」

 

 銃口は、依姫と真逆の方を向いた。

 

「じゃーね」

 

 ぱぁん。

 

 

 

 

 


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