レミリア・スカーレットには運命が見える。
彼女の能力による効果とも言えるし、彼女自身の情報分析力の高さ故のものとも言える。能力があったからこそ情報分析力に長けていたのかもしれないし、情報分析力に長けていたからこそ能力を持ったのかもしれない。
……それを言い始めてしまえば『鶏が先か卵が先か』といった議論に近い形に発展してしまうため、深くは考察しないことにするけれど。
ともかく、レミリアには運命が見える。
この後なにが起こるのかが視える。
この後なにが起こるのか予測できる。
ーーけれど、今回は違った。
能力は発動しなかったし、いくら分析しても答えは出なかった。
……後述はよくあることだろう。情報分析はレミリアの精神状態に大きく左右される。あまりにも不可解なことが多すぎる現在ーー特に、その『不可解なこと』を一番味わっているとも言えるレミリアの精神状態は、やはり良いとは言えなかった。故に、分析できないのは、寧ろ必然とも言える。
しかし。
前述に関しては、本来、レミリアには有り得ないことだった。
レミリアは、既に能力をコントロールできている。
レミリアの両親がしっかり教えていたという理由もあるが、元々レミリアに才能があったのも一因だろうーー彼女は幼少期で既に、能力の制御ができていた。運命を視ることも、運命の操作も、全て思いのまま。
……そこまで出来ていたレミリアが、今になって、能力を発動できない?
ーー否。少々考えにくい。
もしかしたら、能力が発動しないのは、レミリアに問題があるからではないのかもしれない。
何か違う、『何者か』に阻害されているとか、そんな……。
◆◆◆
「…………」
レミリアは無言で依姫の前に立つ。
尚、日傘はさしていないーー『真っ黒くん』に【吸血鬼が日光を苦手とする事実】を反対にしてもらった為である。ここまでの戦いを見て、流石にハンデがある状況では勝てないと判断し、『真っ黒くん』 に頼んだのだ。
『真っ黒くん』は快く了承してくれた。
『レミリアさんも落ちぶれましたねー。まさか自分が負かした相手に頼みごとをするとは』
快く……。
『あららぁ? もしかして屈辱でも感じてますぅ?』
……決して快くはなかったけれど。
まぁ、頼みごとは聞いてくれたし……、とレミリアは割り切って、目の前の依姫を観察する。
勝率は高いとは言えないーーが、絶望的、というほどではない。実力差は確かにあるとはいえ、依姫はここまでの戦闘で、六回も能力を見せている。しかし、対するレミリアは手の内を明かしていない。依姫が実力で上回っているというのなら、レミリアは情報で上回っている、といったところか。
……そしてレミリアは、それだけでは勝てない、ということが分かっている。
先程の魔理沙が良い例だ。彼女は情報戦においては上回っていたのだが、依姫との実力差が開きすぎていたせいで、仕方なく真正面から『マスタースパーク』を放ち、敗北した。情報だけでは依姫には勝てない、ということがよく分かる。
……なら、どうすれば依姫に勝てるのか。
残念ながら、レミリアにはその答えが分かっていない。
「始めましょうか」
柔らかい笑みを浮かべ、依姫は言う。
レミリアもそれに同調したのか、にやり、と笑みを浮かべ、答えた。
「えぇ、そうね。……始めましょうか!」
言うと同時、レミリアは小さな弾幕を先行させ、依姫に突進。不意を打った形になるだろうーーあまりにも突然の強襲に依姫は少々驚き、向かってくる弾幕と、レミリアへの対処が遅れてしまう。
勿論、レミリアは容赦はしない。全くスピードを緩めず、依姫に向かっていく。
「……くっ」
弾幕が依姫に被弾。砂塵が発生し、一時的にではあるものの、依姫の視界は悪くなる。小さく舌打ちしつつ、依姫は砂塵を晴らすのも兼ねて、『祇園様』の刀で前方を薙いだ。予想通りではあるが、手応えはない。
が、背後から風を切る音が聴こえた為、依姫は咄嗟に防御行動をとった。
「っ!」
衝撃に耐えきれず、砂浜に倒れ込む依姫。
それを見ながら、レミリアは得意気に着地した。
「……これくらい、避けれると思ったけど?」
挑発。特に意味はない。
それに対し依姫は、全く挑発に乗らず、溜息を吐きながら立ち上がる。その後、ゆっくりと、レミリアへ手のひらを向けた。
「!」
これまた、不意打ち。
紫色に発光した一発の弾が依姫の手のひらから放たれ、凄まじいスピードでレミリアへと飛んでいく。どんな攻撃にも反応できるよう、ある程度距離を取っていたレミリアだったが……それでも反応できない程に速い。避けれないと判断したレミリアは先程の依姫と同様、腕を交差させ防御する。
威力は小さい。数秒腕が痺れる程度。
問題は、それにより発生した砂塵。
砂塵により、レミリアの視界は悪くなっている。
つまり、相手が見えない。
戦いにおいて、ソレは相当大変なことであるーー相手を視認できているからこそ攻撃を避けれるし、視認できているからこそ攻撃を当てることができるのだから。バトル漫画のように、気配だけで攻撃を避けれることは非常に少ない。
だから現在、レミリアには三択ある。
一つは依姫が真正面から突っ込んでくる、或いはあの位置から動かずに弾幕を撃ってくると判断し、前方に攻撃する択。
一つは先程のレミリアと同様、後方に回り込んで攻撃してくると踏んで、後方に攻撃する択。
一つは前方でも後方でもなく、上方から攻撃してくると踏んで、それを迎え撃つ択。
確率的には三分の一。三分の一で攻撃を防ぎ、或いは返り討ちにすることも出来るのだが……裏を返せば三分の二の確率で、レミリアは攻撃を食らう。分の悪い賭けだ、どうするべきか、レミリアは迷う。
「ーーッ!」
迷った末に、レミリアは全方向へと弾幕を放った。
三分の一に賭けるよりも、この択を取った方がよっぽど安全なのだ……レミリアがこの択を取ったのは当然だった。生物はなんでも安全択を取りたがる。レミリアも生き物だ、例外ではない。
……同じ生き物である依姫も、勿論同様で。
「!?」
足下から、刃が突き出てくる。
それらはレミリアを閉じ込めようとするが、ギリギリでレミリアは反応し、飛翔。刃の拘束から逃れるついでに、飛翔した際の風圧で砂塵は晴れ、悪かった視界は通常通りに戻る。
「……よく避けたわね」
『祇園様』の刀を砂浜に突き刺している依姫が言った。
「……なるほどね」
真下か、とレミリアは関心する。
確かに地上で戦っている場合、真下という方向は、大抵警戒は薄い。基本的に攻撃が飛んでくる心配がないため、それは当然である。
その心理を突いた攻撃。
依姫にはそれができる。
「……『クイーン・オブ・ミッドナイト』」
間を置かず、レミリアはスペルを宣言。
大玉と通常サイズの弾幕がレミリアの周囲に発生し、どういう仕組みか、辺りは夜のように暗くなる。
弾幕は一瞬だけその場で停止し、依姫へと向かう。
依姫はそれらを少しだけ眺めた後、『神降ろし』を開始する。
「大御神はお隠れになった。夜の支配する世界は決して浄土になり得ない。『天宇受売命』よ、我が身に降り立ち、夜の侵食を食い止める舞を見せよ」
依姫に降りるは、岩戸隠れの際に活躍した女神。
『天宇受売命』が降りると、依姫は光を帯びる。端から見ればただ光っているようにしか見えないのだが、光を帯びた依姫に弾幕が近づくと、かするような音と共に、弾幕は依姫の身体を滑る。自動的にグレイズしている、と表現すれば簡単か。
それを見たレミリアは溜息を吐く。
「……弾幕は効かないっての? ルール違反に近いんじゃないかねぇ。……まぁ、だったら殴るけど」
ぐん、と急降下し、レミリアは依姫に突撃する。
この行動はやはり愚直だったし、レミリアもそれは分かっていたけれど……弾幕が効かない以上、レミリアは接近戦に持ち込む以外に勝ち筋が残されていなかった。幸い、彼女には槍状の武器ーー『グングニル』がある為、接近戦に持ち込んだのは、少なくとも間違いではない。
……ただ、持ち込み方は間違っていた。
せめてもう少し、時間をかけてでも、安全に接近するべきだった。
「……女神の舞に大御神は満足された。天岩戸は開き、夜の侵食はここで終わる。『天照大御神』よ、圧倒的な光で、この世から夜をなくせ」
ーーそれは、吸血鬼であるレミリアにとって、最大の弱点だった。
太陽神である『天照大御神』の光は、太陽の何百倍も凄まじいものだと言う。太陽の光ですら致命傷になりかねない吸血鬼に対し、これほど効果的な攻撃は他にない。
辺りは光に包まれた。
◆◆◆
「……お嬢様に何をしたんですか」
木陰にレミリアを寝かせた後、咲夜は言う。
「ん? 別に、何も?」
にこっ、と笑みを浮かべ、『真っ黒くん』は言った。
「……太陽の光は、貴方の能力でお嬢様の弱点でなくなっていたでしょう。なら、何故お嬢様は、アレを食らって倒れたのですか」
「そんな能力を過信しないでくださいよー。万能じゃないんですからね? 太陽の光くらいならどうにかなるかもしれないけど、神様の光直接食らったら、そりゃ無理でしょ。仮に大丈夫でも、まさか光るだけってのが『天照大御神』の攻撃ではないでしょうに」
「……っ」
おちゃらけた様子で言う『真っ黒くん』に怒りを覚える咲夜だったが、ここは抑えた。ここで『真っ黒くん』に怒ったところで意味はない。咲夜は拳を握りしめながら、レミリアの元へと戻り、彼女の介抱を始めた。
それを横目に見ながら、『真っ黒くん』は軽く準備運動をして、依姫に言う。
「じゃ! そろそろ始めましょーか依姫さん。僕らの……そう、因縁の対決的な何かを!」
「…………そうですね」
彼の目は、やはり『真っ黒』だった。