「……知らない天井じゃねぇよ、知ってるよ」
わかる人はわかるであろネタを呟きながら、僕は自分にかかったかけ布団を退け、襖を開けた。
「……居候初めて……約二年と数ヵ月ってところだっけか?」
この間、諏訪子さんによる厳しいご指導が辛すぎて、あまり覚えていない。今も身体が痛い。それなりに強くなれたとは思うけど、実際のところはどうなんだろうか?
……諏訪大戦いつかなー。そう考えながら居間に向かう。途中で巫女さんとすれちがった。
「あ、おはようございます」
「えっ? あ、おはようございますっ」
「?」
巫女さんは素っ気ない返事をして、向こうに走って行ってしまった。……何か嫌われるような事をしただろうか? 正直、覚えがないのだけれど。
……まぁいいか。居間に着いた。
「諏訪子。おはよ……」
「何っ!?」
「!?」
諏訪子は声を荒げ、僕を威圧する。あまりの眼光に足がすくみ、肩が震え、情けないことに腰が抜けた。立ち上がろうにも、恐怖で身体が動かない。
……これが、今の諏訪子と僕の実力差か。
「……あっ、想也……。ごめん、大丈夫?」
威圧した対象が僕である事に気付いた諏訪子は、いつも通りゆったりとした表情で僕に手を差し伸べてくれる。
……も、僕はそれから逃げた。
「あ……。そうだよね、ごめんね。想也は人間だもんね。本気で威圧しちゃってごめんね」
申し訳なさそうに頭を下げる諏訪子。……ここで、漸く僕は我に帰って。
「こ、こっちこそ、ごめん。諏訪子は僕を心配してくれたのに、逃げたりしちゃって……」
諏訪子にそう謝った。諏訪子は安心するように息を吐き、真剣な表情に戻る。
「想也。唐突で悪いんだけど、私の頼みを聞いてほしい」
◆◆◆
諏訪子の頼み事は、つまり『自分の代わりに大和大国との交渉をしてきてほしい』という物だった。何故僕に行かせるのか、という意図は分からない。教えてくれなかったけれど、諏訪子の表情は、終始真剣だった。僕に断る理由なんてない。
……それと同時に、僕は思い知った。これはゲームでも、増してや遊びでも無くて、本当の戦いーー戦争何だって。自分の呑気さを責めた。何が『諏訪大戦が見たいから地上に残る』だ、遊びのつもりか。
……真剣になれ。
「……あれか」
遠目に見える大きな塔を視界に収め、そう呟く。
彼処が交渉場所として示された場所ーー大和大国の基地。つまり敵地だ。僕単独で踏み込むのはかなり危険な行為だけれど、僕だってそれなりに戦える自信はある。逃げるくらいならできるだろうし、そもそも今回は交渉が目的だ。怒らせでもしない限り無事で済む。
一度深く息を吸い込み、一歩ずつ塔の入り口へ近寄る。見張りの兵士が此方に気付き、首に槍を突き付けた。
「何者だ? ここは人間が立ち寄っていい場所ではない」
「…………」
事前に諏訪子から貰っておいた印を見張りの人に見せる。見張りの僕みたいな人間が使いとして来たのを不審に思ったみたいだけれど、しかし、この印が本物であることは事実。見張りさんは「此方だ」と身を翻し、塔に入って行った。僕もそれに続く。
塔の中は、なんていうか、ピリピリしていた。四方から降りかかるプレッシャー、それだけで足がすくみそうになるが、伊達に諏訪子に鍛えられてはいない。……まだ、耐えられる。
「……随分辛そうだな、人間」
「……いいえ。全然、辛くなんかありませんよ」
「見栄を張るな。汗だくじゃないか」
「…………」
……まだだ。まだ。
「ここだ。精々、死なないようにするんだな」
「……忠告どーも」
汗だくになって、吐き気を覚えながらも、僕は扉のドアノブに手をかける。……腕が震えていた。
「……怖くないって。僕は、やんなきゃいけないんだから……」
震える腕を抑え、恐怖や吐き気を能力で無くし、僕はドアノブを捻り、部屋に入る。
ーー視界に映るは、神々しい神々。
一人一人が凄まじい力を持っているのが分かる。全員が諏訪子クラス、という訳ではないけれど、……三人。
天照、月夜見、そして……神奈子。この三人は格が違う。
ドアを向けた瞬間、向けられた視線に、僕は気絶しそうになるーーが、耐える。耐えろ。耐えなくちゃいけない。気絶しそうになるのを必死に抑え、強引に声を捻り出す。
「……初め、まして。こんにちは。黒橋 想也です」
「……人間か」
神奈子が僕に向かって言う。
「洩矢神も随分と余裕なのだな。……人間風情を使いに送るなどと」
「……人間を、あまり舐めない方が良いのでは?」
「ほざけ」
威圧、なんてレベルじゃない。僕を殺せる勢いの重圧。ここだけ重力が数倍にでもなっているんじゃないか、という錯覚。まともに食らったら不味い。
……だけど。
「……【貴女方が僕に干渉できる事実】を反対にした。力量差がありすぎる為直接攻撃なんかは防げませんが、……威圧程度じゃ、びくともしませんよ」
勿論虚勢である。実際はかなり辛い。けど、耐えられるレベルにさえなれば、どうとでもなるだろう。どうとでもする。
「……まぁいい。交渉を始める。まずは此方が望む条件だが……」
「……諏訪大国は、大和大国に信仰を無条件で明け渡す事ーーとか、そんなもんでしょう? ……ふざけんなよ手前ら。そんなん受けてたまるか。交渉って言葉の意味すら知らねぇのかよ」
「……ほぅ?」
その辺の神様は此方を睨んで来るが、先程言った通り、能力は行使している。大したことではない。
そんな中、神奈子と天照、月夜見は僕を見て笑う。
「面白い。初めて見たよ、私にそんな口を聞く人間は。……ならば聞こう。貴様はーー洩矢神は、どんな条件を望む?」
……勝った。
神奈子は軍神だ。軍神だからこそ、彼女はこの条件を、断ることは出来ない。神奈子が軍神と知っていたからこそ、僕はこの作戦を思いつくことができた。
「僕は。我が神、洩矢 諏訪子は」
ここで思う。
きっと、諏訪子は、僕がただの人間でないと気付いていたのだと。何かこの世界に住む人間とは、決定的に違うと言うことを、見抜いていたんだろう。
だからこそ、今回の交渉を僕に頼った。条件を、僕に考えさせたんだ。
「……八坂 神奈子。貴女との一騎打ちを所望します。此方が勝てば、信仰云々の話は無しだ。潔く帰ってもらう」
「……なるほどな」
神奈子は、この条件の真意を理解したようで、関心するように頷いた。
……そうだ。軍神だからこそ、神奈子はこの条件を、断ることが出来ない。
「……後、これは私的な恨みですが、そこの月夜見さんとの一騎打ちをさせてもらいます。いいですよね、月夜見さん。だって、『人間に負ける訳ない』んですから」
「いいだろう。受けて立つ」