東方事反録   作:静乱

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第五幕 到着、月

「……月に、海なんてあったのね」

 

 砂浜に膝を抱えながら座っている一人の少女は、目の前に広がる広大な海ーー月人に『豊かの海』と呼ばれる海を見つめながら、ぽつりと呟いた。彼女の名は博麗 霊夢。博麗神社の巫女である。

 いつも元気ーーという訳ではないけれど、比較的前向きな彼女がここまで沈んでいるのは、一つの理由があった。

 

 

 

 

 

 話は数時間ほど前に遡る。

 月へ向かうロケットに乗客員七名が乗り込んでから、実に十二日が経過した。五日目の時点で三段目ーー一番狭い『ミンタカ』に移っていた乗客員は、最初こそ元気一杯だったのだけれど、かなりストレスが溜まっている。

 その中でも、吸血鬼レミリア・スカーレットは特に苛立っていた。

 

「……いつになったら着くのよ!? 運動不足になるでしょうが!!」

 

 行き場のない誰かへの怒りは、彼女専用に作られた木製の机に向けられた。みしり、と木材が軋む嫌な音が響く。

 あぁっ、と咲夜が慌てた。

 

「お、お嬢様。お止めください。机が壊れてしまったら、月に着くまでお嬢様は床に座っていなければならなくなります!」

 

「その時はあんたが時でも止めて直しなさいよ咲夜!!」

 

「そ、そんなっ!?」

 

 幾ら『完璧』と謡われる咲夜でも、流石に出来ないことはある。

 現在、ロケットに備え付けられてる道具では、机の修理は限りなく難しいことである。特にレミリアは吸血鬼であるから、その力で木っ端微塵にでもされたら、それこそ修理不可能だ。

 そんな理由が分かって言った訳ではないけれど、ここで魔理沙は、レミリアに悪態を吐いた。なんとなく咲夜をフォローしたように見えなくもない。

 

「なんだよ運動不足って。お前、いつも紅魔館の椅子に座っているだけの癖に」

 

 『(笑)』と付いていそうな言い方だった。

 

「何よ魔理沙! それは挑発かしら! 喧嘩売ってんの!?」

 

「売ってねぇよ。かっこ笑い」

 

「むきー!」

 

 今度は本当に付いていた。

 

「完全に煽ってるじゃない! ふざけないでっ!!」

 

「うぉっと!?」

 

 「ふざけないでっ!!」と叫んだ瞬間、レミリアは魔理沙に殴りかかった。唐突な強襲だったが、魔理沙は紙一重で避けるーーも、続いて襲いかかる剛腕。流石に回避不可能に近い攻撃だったのだが……あろうことか、ここで魔理沙は、近くに居た妖精メイドを盾にした。

 突然引っ張られた妖精メイドAは当然防御することも出来ず、直撃。「ふぎゃっ!」なんて悲鳴と共に、妖精メイドAはダウン。

 

「隙ありっ!」

 

 そう呟くと、魔理沙はレミリアの腕を抱え込み、ぐるりと反動を付けて回る。それに引っ張られたレミリアは、遠心力的な何かで宙に浮いた。それを振り回す。

 幾ら吸血鬼と言えど、肉体はまだ幼い少女である。魔理沙が振り回せるくらいには軽い。

 

「ちょ、ちょぉ!? 何すんのよぉっ!!」

 

「はっははっははははは! ざまぁないぜ!」

 

 この場に想也が居たなら『君はニュータイプか!』なんてツッコミが飛んで来そうなところだけれど、事実、彼はここに居ないから、そんなものは飛んで来ない。反応するのは咲夜とレミリアくらいだ。

 ……この間、妖精メイドBとCは、Aの治療をしていた。仲間思い。

 

「ま、魔理沙! 止めてください、お嬢様がぁっ!!」

 

「嫌だね! こいつが謝らない限り、止めない!」

 

「誰が謝るか白黒ぉ!」

 

「うるせぇよカリスマかっこ笑い! ロリ! 想也に好かれそうな体型!」

 

「あんですってぇ!?」

 

 自然な流れで想也がロリコンと言われていたが、その辺りは全員に知れ渡っている事実なので、誰も特にツッコまなかった。

 

 切れたレミリアは、自身の腕を掴んでいる魔理沙の腕を自らの左腕で掴んだ。「お?」と魔理沙が疑問符を浮かべたのも束の間、レミリアは強引に魔理沙の腕を引っ張り、自分と位置を入れ替える。

 形勢逆転とは、まさにこのこと。

 

「さぁ魔理沙。覚悟しなさい」

 

 笑顔でレミリアは言う。

 

「……ご、ごめ」

 

「どっせぇぇぇぇい!!」

 

「うわあぁぁあぁぁあ!!」

 

 謝罪すら言わせない。

 レミリアはその場で、先程自分がされたのと同様に、魔理沙を振り回す。勢いがついた瞬間、掛け声と共に投げ飛ばした(狭いロケットの中の出来事)。

 その先には、ロケットの制御を行っている霊夢が。

 

「やば、霊夢避けろ!」

 

「え? ……えぇっ!?」

 

 状況を理解した霊夢は回避行動を取るが、流石に気付くのが遅すぎた。間に合わない。どんがらがっしゃーん、なんて擬音が似合う感じで、二人はロケット内を転がる。

 霊夢の制御がなくなったことにより、ロケットが大きく揺れる。

 

「お、お嬢様! 霊夢の方に投げてはいけませんよ!」

 

「……そ、そうだったわね。えへ」

 

「お嬢様ぁ!」

 

 「テヘペロ☆」と笑うレミリアを見て、咲夜は頭を抱え、この状況を打開する方法を考える。

 ……しかし、咲夜が考えても、打開作は浮かばない。当然である、制御方法を何一つ知らないのだから。咲夜の必死の思考も虚しく、ふらふら、ふらふらと、まるで酔っ払いのような軌道を描き、ロケットは落ちていく。

 

「つぅ……! も、もう立て直すのは無理だわ! 幸運なことに月は近いらしいから、後は運に任せましょう!!」

 

 唯一制御方法を知っている者から放たれた諦めの言葉。咲夜は四つん這いになって絶望した。

 

「お、おい嘘だろ!? 頑張ってくれよ霊夢ぅ!!」

 

「元々はあんたとレミリアのせいでしょーがぁ!!」

 

 と、霊夢が叫んだところで、激しい衝撃が乗客員を襲うーーというか、ロケットがひっくり返った。そのままロケットは加速、海に突っ込んだ。

 ロケット、爆散

 

 

 

「……思い出しただけで腹が立ってきたわ」

 

 これまでの経緯を回想した霊夢は、月に墜落した原因となる二人(魔理沙とレミリア)に大きな怒りを覚える。

 ーーと言っても、仮に二人が邪魔をしていなかったとしても、どの道ロケットは海に突っ込んで大破していたから、あまり大きな違いはなかったのだけれど。

 

「よ、霊夢。なに黄昏てんだよ?」

 

 背後から聞こえた声に、霊夢は振り向く。

 視界に入ったのは魔理沙。へらへらとした様子に、霊夢が更に怒りを覚えたのは言うまでもない。

 

「あんたとレミリアのせいよ。ほんっとに能天気な奴らね!」

 

「おいおい、流石に酷いぜ。私はレミリアに投げられただけ。被害者だ!」

 

「投げられるようなことをしたからでしょ、馬鹿魔理沙」

 

「してないぞ?」

 

「……もういいわ」

 

 呆れた、と溜息を吐き、豊かの海を眺める作業(?)に戻る霊夢。へへ、と魔理沙は笑い、霊夢の横に腰かけた。

 

「いやぁ、それにしても海は綺麗だな。幻想郷にもあればいいのに」

 

 幻想郷に海はない。

 幻想郷はとある山奥に存在している。『大結界』のおかげで外からは見えない、というだけで、確かに存在しているのだ。……しかし、それ故。山奥に存在する為に、『海』というものがない。湖や川、滝はあるけれど、それはやはり違うだろう。

 

「……どーせ、海坊主とか骨鯨とか、その辺の妖怪が出るだけでしょ」

 

 少なからず、霊夢も海には興味があるけれど、幻想郷は人間だけでなく、妖怪も住む場所である。海で海水浴等してみたい気持ちはあるが、妖怪退治が面倒、という気持ちの方が、霊夢には大きかった。

 

「夢がないなぁ」

 

「0夢(れいむ)だからね」

 

「…………」

 

「……流石に寒かったかしら」

 

 霊夢が呟いた瞬間、冷たい風が吹いた気がした。

 

「……気を取り直して、釣りでもしてみましょうか。道具ある?」

 

「ある訳ないだろ。手掴みでやろう」

 

「了解」

 

 手掴みでやる釣りを、果たして釣りと言えるのか。

 ……幻想郷の住民は常識に囚われない。恐らく彼女達の中では、『魚を取る=釣り』なんて方程式が成り立っているのだろう。

 

 と、そんなこんなで霊夢と魔理沙がいざ海に出陣、と袖を捲ったところで……。

 

 

 

 横から、何者かの声。

 

「生憎だけれど、豊かの海には何も棲んでいない」

 

 霊夢と魔理沙は、二人同時に声のした方を向く。

 そこに居たのは、長い刀を持った、大人らしい雰囲気を漂わせる少女。

 

「いいえ、豊かの海だけではない。月の海には生き物は棲んでいないのです」

 

「……そいつは残念だな」

 

 苦笑しつつ、魔理沙は頬を掻く。

 

「ところで、物騒だぜ、それ」

 

 刀を指差して言った魔理沙を、少女は無言で見つめる。「うっ」と、無言の圧力に気圧され、後退したのを見ると、少女はすぐに魔理沙から視線を外し、今度は霊夢を見つめて言った。

 

「……住吉様を呼び出していたのは、貴女よね?」

 

「そうだけど」

 

 少女の問いに、霊夢は動揺する素振りも見せず(というかしていない)、いつも通りに返答してみせた。その返答を聞いた少女は、ふっ、と鼻で笑うと、刀を素早く持ち直し、砂浜に突き刺す。

 その動作に何かを感じた二人は、咄嗟に砂浜を蹴っていた。

 

「っ!」

 

 先程まで自分の居た場所から、無数の刃が突き出てくるのを見て、魔理沙は息を呑む。……が、これだけでは終わらない。

 

「魔理沙、来るわよっ」

 

「わ、わかってらい!」

 

 二人は着地すると同時に、再び砂浜を蹴った。刹那、二人の着地点から無数の刃が突き出てくる。寸前で回避した二人は、霊夢は能力で空を飛び、魔理沙は箒を取り出して(マジックアイテム。コンパクトになる)同様に飛翔。刃からは逃げ切ったーーかと、思いきや。

 

「……マジかよ」

 

 刃に囲まれ、冷や汗をかきながら、魔理沙は呟く。

 刃のリーチは、二人の予想を遥かに越える程に長かった。

 

「……女神を閉じ込める『祇園様』の力よ」

 

 二人が動けないでいると、余裕そうに笑みを浮かべた少女が呟いた。

 

「人間相手に使うこと、なかったかしら?」

 

 彼女は綿月 依姫。

 八百万の神々を降ろすことの出来る、月の民である。

 

 

 

 

 


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