東方事反録   作:静乱

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STAGE-6 久しぶり

 死人の予想外過ぎる登場に内心かなり混乱した早苗だったが、既に幻想郷では常識を捨てて掛かるべき、と二柱の神に教え込まれている為、何とか抑えることが出来た。

 それに対し想也の方は、かなりの混乱を覚えている。

 

「……え、あぁっ!? な、何でっ、何で早苗さんが此処に居んの!? だって、早苗さんは元僕のクラスメートで、緑髪でちょこっと不良っぽいけど、実は結構良い人な普通の人の筈なのにっ、どうしてこの幻想郷に居るのさ!?」

 

 ……内心、彼の自分に対する印象を聞いて何だか面白かった早苗だけど、それよりも、彼女は想也に言いたいことがあった。

 

「……それは此方の台詞ですよ。どうして死人がここに居るんですか。あれですか、幽霊なんですか」

 

「えっ!? ……あ、そうそう! 僕幽霊!!」

 

「…………」

 

 早苗は思った。嘘だ、と。

 想也は思った。よし、上手く誤魔化せた、と。

 小さくガッツポーズする想也。その挙動が早苗に見えている時点で、彼の今の言葉が嘘だ、と分かってしまう。仮に嘘でないのなら、ガッツポーズなんてしないだろうし、そもそもあんなに動揺はしないだろう。

 

「嘘は止めて下さい。貴方は、何か理由があって、ここに居るんですよね」

 

「えぇっ! う、嘘じゃないって。本当だって……」

 

「…………」

 

 冷たい視線を向ける早苗。降り掛かるプレッシャーに後退しようとする想也だったが。

 

「……よっ、想也! 私も聞きたいぜ、その話」

 

 ポム、と肩に手が置かれ振り返ると、そこにはそもそもここに来るきっかけとなった人物、魔理沙の笑顔が。

 ーー笑顔がこれほど怖いのは、多分今と、幽香に会う時くらいしかない。想也は泣きそうになりながらそう思う。そして今の状況を再確認し、更に泣きそうに。

 前方には早苗、背後には魔理沙。まさしく『前門の虎、後門の狼』。どちらにも逃げられないだろうし、仮に片方を切り抜けたとしても、まだ一人残っている。

 ……想也は漸く悟った。これ詰んだわ、と。早苗曰く、その時の表情はどう見ても顔文字の『オワタ』だったらしい。

 

 が、彼は諦めが悪かった。

 

「……ぼっ、僕は、そのっ、幽霊だったんだよ!!」

 

「諦めが悪いぜ想也。私がお前に抱きついてやるから、さっさと言え。な? 悪い条件じゃないだろ?」

 

「色仕掛け止めてよぉ! とても良い条件過ぎてヤバいよぉ!!」

 

 次々と煩悩が沸き続け、想也は頭を抱える。が、彼には能力がある。【自分に煩悩がある事実】を一時的に反対にし、取り繕うように真剣な表情を浮かべ、キリッと一言。

 

「……ぼ、僕はこの程度で堕ちはしない! ふっ、霧雨さん。僕を誘惑して喋らせたいのだったら、もう少し大人になってから来るんだな!!」

 

 遠回しに自分が子供と言われた気がして若干の苛立ちを覚えた魔理沙は、仕方がないので実際に行動に移した。想也に逃げられないよう、素早く腕を想也の首に回し、胸部を押し付けるように、自身の全体重を想也に預ける。

 

 

 

「……そ~や~……♪」

 

 魔理沙は演技が上手かった。

 恋愛に疎い少年(実際のところ数億年は生きているので、爺と言っても過言ではない)の理性をギリギリまで削ることくらい簡単であった。

 師から教わった男を落とすテクニックその二、

『耳元で何か囁く時は甘く蕩けるような声で』

 の破壊力は、それほどまでに絶大なのである。

 

 消え去った筈の煩悩は、再び少年の中で生まれた。

 

(……あ、あばばばば。耐えろ、耐えるんだ僕。恐ろしい破壊力だけど、まだ大丈夫。まだ大丈夫)

 

 が、しかし、想也は耐えた。

 鈍感属性を失ったことにより誘惑等に対しての耐性を完全喪失した想也だったが、流石に能力の力が上回ったのだ。

 

(いけるっ! もう慣れたぞ! どんなものだって、一番破壊力があるのは一度目。この黒橋 想也に、二度目は通用しな……)

 

 ……ここで彼の視界に移ったのは谷間。美少女の谷間。

 今日は暑いですね、と、寧ろ涼しいくらいの天気だったが、美少女こと早苗は、巫女服の襟元を軽くはだけさせて、想也の目の前で低姿勢を取っていた。

 つまり少年には、はだけている所から凄まじいレベルの谷間が見える訳で。ここまでされて喋らないって言うのは契約違反(?)という訳で。

 

 と、ここで想也は、この後、抱き付いて(胸見せて)やったんだから言え、と言われるのに気が付いた。僕が霧雨さんの誘惑に堕ちていようと堕ちてなかろうと、霧雨さんが僕に抱き付いた時点で、結果は同じだったんだ。と気が付いた。

 

『さぁ、抱き付いて(胸見せて)やったんだから言え(言って下さい)』

 

「はい」

 

 とても言いたくなかったけれど、これを断ったりしたら何か大変なことになる気がした想也は、潔く諦めた。

 想也の中に女の子怖い、……なんて新たなトラウマが作られたことは、きっと彼だけの秘密となるだろう。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……ということでございますです」

 

 自分がここ(幻想郷)に居る理由を大雑把に纏め、想也は二人に解説をした。要点だけ纏めたのでコンパクト、更には分かりやすく伝わった、と想也は思っている。

 思いながら、想也は二人のリアクションを伺った。

 

 早苗。無言、無表情のコンボ。

 魔理沙。瞳を輝かせ、好奇心に満ちた表情をしている。

 

 ……早苗さんは分かるにしろ、霧雨さんの表情は何なのよ? 思わず女性口調になる。

 

「え、えぇと、どうしてそんなお顔をしているの、霧雨さん?」

 

「そりゃすんだろ! だって『転生』だぞ『転生』!! すげぇ、輪廻転生って本当にあったんだな! サンキュー想也!」

 

 ばし、ばし、と想也の肩を叩く魔理沙。何故感謝されているのかいまいちよく分からなかったが、まぁ深く追求されるよりはマシだ、と適当に苦笑。

 次は早苗に視線を向ける。

 

「……えぇっと」

 

「ひゃいっ」

 

 あ、噛んだ、と思いながら、早苗は続けた。

 

「黒橋くんは、私が事故にあう筈だったところを助けて、代わりに絶命。その勇気に感動した神様が転生させてくれたーー所謂『神様転生』を経験したんですよね」

 

「あ、はい。そーです」

 

「ふむ……」

 

 顎に指を当て考え込む早苗。やっぱり信じられないのかな……と不安になる想也だったが、実際、彼女が今考えているのは全く別の事だった。

 

 ……まぁ、でも。この時、彼女が何を考えていたか、なんて至極どうでもいい事で、仮に想也が、早苗の考えていた事を教えてもらっていたとしても、きっと次の日には忘れている筈だ。

 きっと、その程度に、どうでもいい事なのだろう。

 

「……まぁいいか。それでないと死人が私の目の前に居る、なんて現象に理由付け出来ませんからね。……きっと、そうなのでしょう」

 

 早苗はふぅ、と息を吐いて、想也に言った。

 

「お久しぶりです黒橋くん。楽しく生きているようで安心しました。私のせいで死なせてしまったので、とても心苦しかったです」

 

「あ、ご丁寧にどーも……」

 

 久しぶりに敬語を使われた気がして、妙に畏まった想也だけれど、実際は咲夜が何回も使っている。きっと彼の中で十六夜 咲夜という存在は、敬語を使って当たり前の人になっていて、全く印象に残っていないのだろう。

 

「再開は祝いたいところではありますが……失礼ながら、私は貴方が大嫌いですので、貴方と一緒に食事など吐き気がします。死んで下さい」

 

「うぇっ!?」

 

 ナチュラルに入れられた罵倒に、想也は大変驚いた。

 というか、自分で生きててよかったとか言ってた癖して、死んでくれとはどういうこと何だろう!? 想也の頭の中がパンクしそうになる。

 

「ですので帰って下さい。あ、魔法使いさんは着いてきたければどうぞ。歓迎しますよ」

 

「おっ、本当か? じゃあ有り難く着いて行くことにするぜ! 想也、またなー!」

 

 そんな彼を置いて話は進んでいく。魔理沙の別れ言葉と同時に二人は飛翔し、山の上の方へ向かって行った。

 どういうことなんだよ……、と想也は今日何度目か分からない思考タイムに入る。答えは浮かばない。ぐぬぬ……、と再び頭を抱えた。

 ーーそんな想也に対し、最後にもう一言。早苗から放たれた言葉。

 

 

 

「あぁ、言い忘れてました。恋愛的な意味ではないですが、大好きですよ、黒橋くん。死なないで下さいね」

 

「……意味が分からない……」

 

 想也の中で、東風谷 早苗という人物は、元クラスメートの性格良い可愛い人から、何だかよく分からない人、に変わった。

 

 

 

 

 

 


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