東方事反録   作:静乱

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STAGE-5 【東風谷 早苗】

 あの涙は、叫びは、偽りだったのだと信じたい。

 いつものようにその場を切り抜ける為で、特に意味もなく、涙を流し、叫んでみただけのはずで。それが東風谷 早苗の生き方だったし、多分これからも、変わることはないと思っていたのに……どうして、今回ばかりは涙が止まらないのだろう。

 早苗は必死に目元を拭いながら泣いて、叫んでいた。

 

 

 

 東風谷 早苗は『異常』だった。

 髪の色は緑色だったし、小さい頃から難しいことを考えていたし、……何よりも『神』が見える。『異常』でない理由がない。

 しかし彼女自身、これが『異常』だと思うことはなかった。髪の毛は皆自分みたいに派手な色だと思っていたし、自分みたいに小さい頃から難しい話をしていると思っていたし、自分みたいに『神』が見えていると思っていた。

 

 そんな彼女は幼稚園に入り、現実を知る。

 

 ーー派手な髪の色をしているのは私だけだ。

 ーー皆、泥団子ばかり作っている。お勉強はしないんだ。

 ーー……神様は、私にしか見えないんだ。

 ーー私だけ違う? それは嫌だな……。

 

 一人だけ違う。そんなのは嫌だった。だからこそ、彼女は他人の真似をするようになる。

 例えばそこの元気な少女の真似を、例えばそこの内気な少女の真似を、例えばそこの普通な少女の真似をして、早苗は生きてきたのだ。

 ……大好きな二人の『神』のことを誰にも話さず、普通を偽る為になるべく接触をせずに、苦しい思いをしながら生きてきたのだ。

 

 

 

 高校生になってとある学校に転校した。その転校先で、彼女はとある少年を見つける。そして、その少年を見て最初に抱いた感想がこれだ。

 

(……この人、私に似てる……?)

 

 自分に似た何かを感じた。『異常』でーー一人で居たくなくて、周りに合わせている、そんな自分に。何処か似ている気がしたのだ。

 ……が、それだけ。

 似ているから何かある訳でもなく、彼女からすれば、それはその程度。似ている『だけ』で仲良くなろうと思わなかったし、これからも思うことはない。

 

 寧ろ、彼女は少年が嫌いな方だった。『同族嫌悪』という奴だろうか? 彼女は一人だけ違うのは嫌だったけれど、それと同じくらい、特別なのも好きだった。『自分だけ』が違う、『自分だけ』が特別。嫌だけど嫌じゃない。優越感に浸れた。

 だけれど、この少年が存在するせいで、彼女は『特別』なんかではなくなってしまった。ありふれてはいないけれど、それでも、この世界でたった一つだけの『特別』ではなくなってしまったのだ。

 

 

 

「東風谷さん、危ないっ!!」

 

 自殺する勇気は無かった。死ぬのは怖いから。だから多分、これは運命とかそんなものなんだろうーー迫るトラックを見つめながら早苗は思う。余りに冷めきった思考に笑いすら込み上げてくるが、しかし流れたのは涙だった。

 死にたくない、といった本心から来た涙だった。

 

「っ!」

 

 背中を押され、早苗は強かに顔面を打った。鼻に激痛を感じつつも、何が起こったかを確かめる為振り向く。既に人だかりはできていた。

 中には青い顔をしている者、携帯を手に取り何処かへ電話をかけている者、恐怖に顔を歪め叫ぶ者、泣きじゃくる者、様々。それらを掻き分け、早苗は中心へ向かう。

 

「うっ……」

 

 あったのは血塗れになった少年の身体だった。目は虚ろで、呼吸はか細く、身体の至る所が変な方向に曲がっている。あまりにもグロテスクな光景に吐き気を催す早苗だったが、それを我慢して、必死に少年へと叫んだ。

 

「なんでっ、なんで私を助けたんですかっ、黒橋くんっ!」

 

 少年ーー想也は答えない。答えることができない。彼の聴覚は既に無能となっている。視界は生きている為『早苗が何か叫んでいる』というのは分かるけれど、その言葉の内容が分からないのでは答えようがない。

 そうと知らず、早苗は想也に向かって叫び続ける。

 

「私なんか、助ける価値もないっ。貴方の方が人の役に立てる、存在する価値がある。私を助けて、一体どうなるっていうんですか……!」

 

 ーー恐らく彼女は、漸く見つけた『同士』を失いたくなかったのだろう。

 勿論、彼女が想也のことを嫌っていたのは事実。自分が『特別』で無くなってしまった原因の彼が大嫌いで、殺したい程憎かった……と言っても過言でない。

 が、それと同時に彼女は、彼に好意も持っていた(恋愛的な意味でなく)。長い間自分を偽って、確かに端から見れば孤独でなかったかもしれないけれど、実際の所は孤独であったことに違いない彼女が、やっと見つけた『異常』。自分と同じ存在。その存在が消える。

 ……嬉しさと同時に、悲しみ。彼女の涙は、少年が消えてくれるという嬉し涙とその逆だった。

 

「……っ!!」

 

 彼女は必死に願った。自分自身に授けられた能力にーー『奇跡を起こす程度の能力』に。この少年が救われる奇跡を、必死に。

 

 そんな奇跡はなかった。

 

 それは、彼女の能力が起こす奇跡の大きさによってそれに比例する程長い詠唱時間を必要とするから、だとか、彼女が修行不足だったから、だとか、そんな理由ではなく……ただただ、言葉通りの意味だったのだ。

 『黒橋 想也が救われる奇跡』は、『偶然の頂点』は、存在していなかった。

 

 

 

 能力は万能のように見えて、実は違う。どれほど有能に見える能力だろうと、確実にデメリットは存在するのだ。

 例えば早苗の能力『奇跡を起こす程度の能力』。奇跡を起こす……と一言聞けば、全てが自分の思い通りになると考えたくもなるが、実際のところそんなことは不可能である。

 この能力はあくまでも、『奇跡を起こす』ことしかできないのだ。それだけしかできない。偶然の頂点である『奇跡』が良い方向悪い方向どちらへ行くかは行使した本人も分からないしーー彼女の能力は寧ろ、かなり使い勝手が悪い。

 

 そんな能力が、この場所で、この状況で役に立つ筈がない。だって、『偶然の頂点』に想也が生き残る偶然は無かったのだから。だからといって途中にあった訳でもなく、彼の死は確立されていた。

 止めることは、例え全知全能を司る神であっても、既に不可能。

 

「……くろ、はし、くん?」

 

 か細い呼吸さえ途絶えてしまった。血塗れの身体を揺すってみるーー反応はない。

 

「ね、寝てないで起きてくださいよ。変な冗談よしてください」

 

 再び身体を揺すり、今度はペチリ、と頬を叩いてみる。気持ち悪い感触と血だけが手に残った。

 

「……あ、あぁ」

 

 『死んでる』

 彼女がそう認識したのは、そう遅くもなかった。

 

「あ、あ……」

 

「東風谷さんっ、しっかりして! 想也くんなら大丈夫だから、ほら、救急車来てるよ!」

 

 無駄だ、と首を振る。勿論早苗に話しかけた少女だってそんなことは分かっている。この場に居る全員が、この少年は死んでしまったのだと、分かってしまっている。

 そんな彼らの元に、最早必要のない救急車のサイレンが響いた。

 

 

 

 

 

 次の日、登校した早苗を待ち構えて居たのは想也に好意を抱いていた女子生徒数名。リーダーらしき少女が早苗に叫ぶ。

 

「なんで想也くんが死なないといけなかったのよ!? 貴女のせいよ、想也くんが死んじゃったのは! 分かってるの!?」

 

 その言葉に、叫びに、早苗は肩を震わせ、逃げるように自席へ向かった。それを睨みながら眺める女子生徒。

 結局、早苗はかつての少年と同じように、この教室で孤立した。いや、教室だけではない。この学校で孤立した。生徒からも、教師からも、全てから、早苗は拒絶された。

 唯一受け入れてくれるのは、二人の『神』と家族だけ。

 

 彼女が幻想郷に行くことを決意するのは、それほど遠くなかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 そして今日、この日。

 少年と少女は再び出会う。

 

「……とても知人に似ている方ですね」

 

「えっ、あれ、僕も君とよく似た知人を見たことがあるんだけれど……」

 

「へぇ、奇遇ですね。その人のお名前、教えてもらえますか?」

 

「あ、じゃあ、そちらも宜しいですかね?」

 

「はい。いっせーのーせでいきますよ。いっせーのーせ」

 

『黒橋 想也(東風谷 早苗)』

 

『…………』

 

 

 

 


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