東方事反録   作:静乱

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第7話 お酒、怖い

「だぁあああああっ!!」

 

 数日後、神社の境内にて。僕は諏訪子に戦いの基礎みたいなものを教えられていた。僕は剣を構え、漫画やアニメの如く掛け声も忘れないで真っ直ぐ突進。

 

「真っ正面から来ても簡単に避けられるよ。もっと柔軟性を持たなくちゃ」

 

「うわっ……」

 

 諏訪子はするり、と剣を受け流し、そのまま僕の手首を掴んでぐいっと引っ張る。姿勢を崩された僕は抵抗することもできず、腹部の延長戦にある諏訪子の膝は、容赦なく僕の腹部へ吸い込まれた。

 

「げぼぁぁっ……!?」

 

「あ、ごめん。ついうっかり」

 

 諏訪子は悪い笑みを浮かべつつ、ひらひらと手を振って僕に謝る。絶対わざとだ。僕は諏訪子を睨み付けるが、諏訪子はわぁー、想也くんこわぁーい、と僕の苛立ちを加速させる。

 

「ま、大分よくなったんじゃないの? それなりに飲み込み早いよ」

 

「それなりって付ける辺りに悪意を感じざるを得ないよ、僕は……」

 

 腹部を擦りながら呟く僕に、諏訪子は『それなりに』を強調しつつ、再び先程の言葉を言い放った。性格悪い。

 

「まぁ、流石に私必殺『蛙印の膝蹴り』を食らわせたのは悪かったよ。歓迎の意味も込めて宴会、やっとこーか」

 

「……実は諏訪子が宴会やりたいだけ、とかじゃないよね」

 

 そんなことある訳ないじゃん、と首を振って、私準備してくるよーと神社内へ歩いていく諏訪子。

 ……だけど僕は見た、彼女、ギクッと肩を震わせていた。図星か。……まぁ。

 

「待ってよ諏訪子。僕も宴会の準備手伝う」

 

「おぉ、ありがとー」

 

 僕も宴会、やりたいんだけどね。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「飲めー、食えー!」

 

 村人Aさんの陽気な声が宴会場に響き渡る。

 

「俺の酒が飲めねぇのかー!」

 

「これお前の酒じゃねぇだろー!」

 

 村人Bさんの発言に完璧正論なツッコミを投げる村人Cさん。辺りにどっ、と笑いが溢れた。

 辺りを見渡すと、寝ている人。飲みまくってる人、又はその人達にからむ人など、様々な人がいる。

 

 ……そして、僕の隣には。

 

「想也ー、お前、酒飲めよー? 私に勝ちたいんだろー?」

 

 語尾が間延びしまくっている、かなり酒に酔った諏訪子がいる。けらけらと僕に絡んできて、かなりヤバイんじゃなかろうか。

 ……吹っ掛けたのは確かに僕だけど……。

 

 

 

 宴会が始まる。先ずは僕の紹介かららしい。

 

「皆、こいつが暫く此処に住む、黒橋 想也だよ。拍手っ!」

 

 諏訪子は村人さん方の前で僕を指差す。主に諏訪子の方へ沸き立つ歓声……おい、これ、僕の紹介じゃないのかよ。

 

「今日も諏訪子様は小さくて可愛いなぁ」

 

「拐って奴隷にしてみたいよなぁ……」

 

 ちょっと待て。変なもん聞こえた。

 ……あぁ、諏訪子って俗に言うロリだもんな。しかも稀に見る美少女。世の紳士からして見れば、つまりそういう対象なんだろう。

 

 ……一応、後で注意しておくとしよう。

 

「さぁ想也。何か言いなよ!」

 

「はっ?」

 

 唐突に話を振られたものだから、頭の中が白く染まる。不意打ちは止めてほしいものだ。……いや、戦闘において不意打ちってのはいいんだけれど。

 ……じ、自己紹介、すればいいのだろうか。

 

「……えぇっと。諏訪子が説明した通り、黒橋 想也と申します。特技は……まぁそう目立つ特徴はありません。宜しくお願いします」

 

 宜しくー、と皆様元気良く返してくれる。世の中も捨てたものじゃないなぁ、と大して前世の世の中を知っていた訳でもない癖して考える。

 ……まぁ、そこまで良い人生でもなかった気がするし。前世。

 

「よし、紹介も終わったことだし、そろそろ始めようか。想也、今日はあんたが主役だから、乾杯やって!」

 

「……僕が言うの?」

 

「うん、主役だからね」

 

 ……主役って、面倒なことも多いのね。

 

「……えー、乾杯」

 

『乾杯!!』

 

 僕の小さな呟きに反して、その乾杯はとても大きいものだった。こっちが驚いてしまう程に。

 ……さて、目の前に置いてあるご馳走を前に我慢していられる程、僕は良い人間じゃない。

 

「いただきまーす!」

 

 箸を置いてある海老フライに伸ばす(この時代にある物なのかは謎だが、まぁどうでも良いだろう)。箸先が海老フライに届くまで数センチ……というところで、……海老フライが消えた。盛大にスカる僕の箸。

 

「……んぇ?」

 

 視線を目の前に座っている人物に映す。その人物は諏訪子。その口には海老フライが運ばれていて……。

 

「あっ、あぁぁぁあああ!! ぼ、僕の海老フライぃぃいいい!!」

 

「え、なに? もしかして海老フライ好きだったの? だったらごめんね、私も海老フライ……というか揚げ物全般好きでさー!」

 

 謝る気がない。この蛙め、絶対僕に対する虐めだ、ちょっかいだ。畜生おちょくりやがって。

 

「ふざけんなっ! 僕も揚げ物全般大っ好きなんだよ! 海老フライなんて特にな!! 食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ諏訪子ぉおお!!」

 

「おっと、リアルファイトはいただけないなぁ。……ここでの戦い方は、これだろ?」

 

 そう言って、箸と酒を示す諏訪子。

 

「……望むっ、ところっ! 先ずは箸で勝負だ!」

 

「おーけぃ、行くよっ!!」

 

 礼儀やマナーの欠片もない。ただただ恨みを晴らす為に、僕は一般常識を投げ捨て、彼女と箸を交差させる! あ、これ、関節キスじゃんラッキー。

 良い子は、宴会又はパーティでこんなことしちゃ駄目だよ!!

 

 

 

 そしてお酒勝負に差し掛かり、僕が飲む番だ。

 

「ほらー、ちゃっちゃと飲めよー」

 

 僕に酒を飲ませようと押し付ける諏訪子。僕だってそのつもりだ、それを受け取り、一気飲みの態勢(見よう見まね)に移行する……も、ここで若干の問題点が発生した。

 

(……僕、酒、飲んだことない……)

 

 相当今更。今ここで思い出して何になると言うのだろう。しかし、これはかなり死活問題である。

 

 一つ、お酒がどれほどのものか味わったことがない。完全初見で一気、というのは相当なリスクが伴う。というか、リスクしかない。

 二つ、この酒、度は幾つだ? お酒に関する知識は全くないからどうなのかは知らないが、神(諏訪子)をここまで酔わせるとは結構なものだ(と思う)ーーつまり、イコール。

 

「…………」

 

「おーい、身体震えてるぞー。もしかして怖じ気づいたのか?」

 

「ち、違うよっ。怖かないっ。怖かないよぉ!」

 

 すいません嘘です、とてつもなく怖い。僕はこれを一気したとして、その後、生きているのだろうか。どうしよどうしよ。

 しかし、もう止まれない。周囲からは「一気、一気!」と歓声が上がっているし、今ここで僕が止めるなんて言った日にゃ、凄くブーイングがきそうだ。

 

 ……本心に反して、僕の右手がお酒を口元に持っていく。

 

「い、いきまーす……」

 

『おおぉぉおぉお!!』

 

 更にガヤの歓声が沸き上がった。どーしよ、どーしよ、どーしよ。酒が流れ込んで来る一歩手前……というところで僕の右手が止まった。躊躇。マジでどーしまし……。

 

「さっさと飲めー!」

 

「ごばぁっ!? がぼがぼがぼ……」

 

 突然に諏訪子が酒を取り上げ、僕の口に突っ込む。喉まで届いたその瓶に嫌悪感を感じる。しかもそこから溢れ出る酒、死ぬ、これはガチで死ぬ。

 

「がっ、ばっ、諏訪子……後で殺……」

 

 バターン。

 地面に伏すと同時に、僕の意識は闇に沈んでいった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 差し込んで来る朝日の眩しさに目が覚める。立ち上がると、ズキズキと耳鳴りが。

 

「……つぁ、頭いったぁー……」

 

 諏訪子に酒を飲まされてから、何も記憶がない。やっぱ駄目だったんじゃないか。

 ……と、酒の瓶発見。

 

「……うわぁ」

 

 正確な度数は記されていなかったが、ラベルに記されていたこの酒の名前は、その名も『妖殺し』。沢山の妖怪をこの酒で葬った、と噂されているようだ。

 ……葬ったって、これ、僕死なかったのが奇跡なんじゃ……いや、僕不老不死だから死ぬ訳ないか。

 

「……くぁぁ、諏訪子マジ殺す……殺しはしないけど殺す……」

 

 苛立ちを募らせながら辺りを見渡し、諏訪子を探す。

 ……案外近くに居た。呑気に眠っている諏訪子に更に怒りが沸き、うがぁ、と耳鳴りも気にせず叫ぶ。

 

「おいこら諏訪子! 僕は人間なんだぞオラァ! ちったぁ考えてくれよ!!」

 

「うぇあっ!? あ、想也おはよう……。昨日は随分積極的だったね……」

 

「はぁっ!? 何の話をしてるんだよ!」

 

 訳の分からないことを言って誤魔化すつもりかぁっ、と更に叫んだ。うるせぇええ!! と村人さん方からツッコミが来てかなりびっくりする。

 

「……何の話なんだよ……」

 

 今度は小声で。

 

「何って……あぁー、そーか。覚えてないのかー。中々面白いことがあったんだ」

 

「……正確には何が」

 

「教えない。その方が面白いからー」

 

「…………」

 

 駄目だ、聞き出せそうにない。今日は諦めて頭を冷やそう。流石にこの頭痛はキツい。

 僕は【氷を入れた袋がこの場にない事実】を反対に、それを頭に乗せて、そのまま目を瞑った。完璧な二度寝態勢である。

 

 

 ……なお、この間に何があったか、というのを僕が知るのはかなり後のことである。

 

 

 

 

 


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