「あ、ぐぅぅぅっ……!」
ぎりぎり、と、想也の首を絞め続けることを止めない、『西行妖』の枝。想也の手元には想刃があるものの、とても反撃できる状況ではなかった。
――『異変解決者』博麗 霊夢と霧雨 魔理沙は致命傷を負い、死ぬことはないものの、既に戦闘は不可能。
――『完璧で瀟洒なメイド』十六夜 咲夜は、『西行妖』の妖力に当てられ、時の止まった世界に半永久的に閉じ込められた。想也の助けでもない限り、抜け出すことは不可能。つまりは同じく、戦闘続行は不可能である。
――『半人半霊の庭士』魂魄 妖夢は、自らの全力の技を完全に破られ、そのまま致命傷を食らった。戦闘は不可能。
既にこの場で戦えるのは、黒橋 想也のみ。西行寺 幽々子もいるにはいるが、それは既に『消えかけ』である。早急に『西行妖』を封印しなければ、彼女の存在はこの世からもあの世からも消えるだろう。
……しかし、その封印という方法も、成功確率は0に等しい。頼りの想也でさえ、今、殺されかけているのだから。
「あ、が、はっ……!」
それでも。それでも想也は、諦めない。
【自分が拘束されている事実】を反対にし、距離を取る。そこから助走をつけて、自らの全力を、『西行妖』に叩きつけた。
「覇剣っ!『想いを乗せる黒色の刃』ぁぁあああああああっっ!!」
その威力は、果たしてどれほどのものだっただろうか。……少なくとも、ただの妖怪が食らえば一撃で粉砕される威力の剣を、この時想也は振るっていたということは確かである。
「……あ、ぅあ、あ、あぁ……」
……しかし数秒後、想也の口から出たのは、勝利の喜びなど希望に満ち溢れたものなんかではなかった。
寧ろ、それと真逆。絶望に染まりきった声色で。
「傷、が。入っただけ……? っがふっ!」
驚愕の瞬間、想也は枝で薙ぎ払われ後方に吹き飛んだ。それに追い討ちをかけるが如く、枝はシュルリシュルリと伸びていく。起き上がろうとした想也だったが、枝に押さえつけられ、今度は地面に投げられる。
「あっがぁぁ……」
悲鳴さえ出てこない。
だからといって、容赦する『西行妖』ではない。反撃のチャンスすら潰す。
『西行妖』はそのうねる枝で、想也の両腕を握り潰した。感じたこともない痛みが想也を襲う。
「あぎゃぁぁあ"あ"あアあア"アアああああアあ"あ"あアああアア"アアああ"あ"あ"ああア"ァァァア"ア"ぁぁあああ"ああ!!」
悲鳴。悲鳴、悲鳴、悲鳴。『破壊』と『握り潰す』は違う。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイ。
「あ"あ"……。あ、ぁ"あ……」
握り潰され、動くはずのない腕を伸ばす。手が届きそうだったから、――否、手を届かせないといけないから。だから、黒橋 想也は手を伸ばす。……しかし、『西行妖』は、それすらも許さない。
無慈悲に。すべてを切り捨てる。
「あがぁ"……!」
『西行妖』は想也の腕を貫いた。二の腕辺りにぽっかりと穴が開く。もう、確実に。彼の腕は動かない。……そして。
「……っ……が、ぁぁ……」
最後のとどめ、と言わんばかりに。『西行妖』は想也の腹部を貫く。臓器が色々とぐちゃぐちゃになって、息すらできない。悲鳴すらか細い。
「あ……ちく、しょォ……」
その言葉を最後に。想也は、意識を失った。
◆◆◆
気づけば。
そこは、真っ白な世界。
あいつがいる、来たくない場所。
「あーあー、来たくない場所なんて、随分と嫌われてるねぇ『ボク』は。ねぇ、『僕』」
「……僕がお前を嫌うのは当然だと思うけれど」
「そりゃそうか。だって、『ボク』は『僕』でない『ボク』なんだから。君じゃない何か、それが『ボク』。……ハハハ、ゲシュタルト崩壊を起こしそうだ」
それよりも、ツッコミどころがあるのではないか。そう考える。
……それよりも、だ。
「……何の用だ。僕は、『西行妖』を止めなくちゃいけないんだ。早く帰せ」
「おいおい、それ、本気で言ってるの? 今の『僕』じゃ、『西行妖』には絶対勝てない。それこそ、死にに行くようなものだ。それはそれで困るんだけど?」
「っ……。だからって、ここで留まっている訳には……」
反論は途切れる。激痛に襲われたから。
「それが、今『僕』が受けているダメージの合計だ。……いや、ここは一応、『意識の世界』だから、多少軽くなっている。現実では、それ以上の激痛が『僕』を襲うんだ。……それでも、戻るつもりなのかな? 得策ではないと思うな」
返事ができない。
「……おっと、ごめんごめん。これじゃ話もできないな」
痛みは収まった。言葉は出せる。……だけど、反論ができなかった。……あれじゃ動くことすらできやしない、こいつの言う通りである。
「ようやくわかった? 今戻っても確実に勝てないんだよ」
「……じゃあ、どうしろって言うんだよ。僕が、皆を救うには、どうしたら……」
「ダウト」
「っ……!?」
何が、嘘だって言うんだ?
「皆を救う? 嘘もいい加減にしろよ偽善者。『ボク』は『僕』だからわかるぜ。お前が、今、なんの為に戦っていたか」
「何の為に、だって……!?」
そんなの、皆の為。皆を助ける為に決まってる。幻想郷を危機から救う為、幽々子さんを助ける為……。
「それが嘘だって言ってるんだよ、『僕』。確かにお前はお人好しだ。度の過ぎたな。人間だろうと、妖怪だろうと。困ってる奴を見かけたら放っておくことができない。善人の鏡みたいな奴だろう。
……だけど、それは見せかけだ。お前は人を助けることを、ただの自己満足としか見ていない。『困っている奴を助ける僕っていい奴だ!』……って優越感に浸りたいから、なんとなく助けてるに過ぎないんだよ。『僕』は。
今だって、他人の為じゃない。『自分が生き残る為』だけに戦っている。段々、わかってきたろ? 自分が」
「……あ、ぅあ」
僕、は? 自分の為、だけに?
「そうだ。……だけど、それを悔やむ必要も、だからといって自己嫌悪に陥る必要も、全くない。だって、それが人間って生き物だから。全ての人間は結局、自分の為だけにしか生きてないんだよ。それが普通なんだ。これでいい」
「……これで、いい?」
いいのかもしれない。
「勿論だ。博麗が死のうと、霧雨が死のうと、咲夜が死のうと、魂魄が死のうと」
いいのかもしれない。
「八雲らが死のうと、紅魔館の連中が死のうと」
いいのかもしれない。
「人里のやつらが死のうと」
いいのかもしれない。
「お前
……いい、の、だろうか?
「いい、訳、ない」
「は?」
立ち上がる。
「そんなの、嫌なんだ。そんなの、いい訳ないんだ。彼女が死んでいいはずがない。……僕が、許さない」
「……へぇ」
前を見据える。
「いいじゃん。そこまで言うのなら、『ボク』はもう止めない。やってみろよ、終わらせてみろよ、その手で。『サービス』くらいしてやるから、さ」
「……あぁ、ありがとう」
「どういたしまして」
拳を握りしめる。
「第一サービス、『傷の回復』。『ボク』の力で、ダメージは回復してやる。第二サービス、ヒント。『能力』はい終わり。……ほんじゃま、一応応援しておくとしようか。『頑張れ』」
「……今回ばかりは、感謝するよ」
「さっきも感謝は聞いた。さっさと行けよ」
「……うん」
瞬間、意識は戻る。
◆◆◆
「……冥土の土産じゃないけど、皆さんにだけ『ボク』の正体を教えてやるよ。
『ボク』は だ。
……あれ、聞き取れなかった? ざーんねーん、もう言わないよーん。アハハ!」