目を覚ます。既に外を明るく、少なくとも九時は過ぎているであろうことは予想できた。
身を起こすと、軽い痛み。どう考えても、昨日紫にやられた時の傷だろう。……と言っても、僕に非がある訳だから、文句は言えないけれど。
部屋を見回すと、その辺で藍さんと……猫耳少女が雑魚寝をしていた。うわ、痛そう。布団でしっかり寝ないと背中とか、痛くなるんだよなぁ……。
「よいしょ」
藍さんを起こさないようにそぅっと持ち上げ、布団に下ろす。ついでに耳と尻尾を軽く撫でてみる。さわり心地が良い、今度もっと触らせてもらおう。
次に猫耳少女を運ぶ。勿論、猫耳を触るのは忘れなかった。寝ているのに二本の尻尾がぴょこぴょこと動いていて、なんだか見ていて面白い。
……おっと、ずっと眺めている訳にもいかないんだった。欠伸をしながら襖を開けた。
んー……気持ちいい朝だ。日射しに当たりながら、その場で簡易的なラジオ体操を実行する。ついでに太極拳も。
身体がほぐれたところで、そろそろ朝食でも作ろうと、右を向いた。紫と目があった。デジャヴ。とりあえずの挨拶を。
「おはようございます」
「……どうでもいいのだけど、何故敬語なのかしら? あと、今のラジオ体操と太極拳は何故? 私を倒す為の作戦?」
純粋に疑問のようであった。とてつもなく気まずいけれど、返答。
「いいえ」
「じゃあ、何なのかしら」
「はい」
「RPGの主人公みたいになってるんじゃないわよ」
つい、そっけない返答(RPGの主人公化)をしてしまった。
僕と違っていつもと同じように(あくまで『同じように』聞こえるだけだと思うけど)会話してくる紫に、ポイント的なものがないかと聞いてみたくはなったが、それすらも聞けないのでどうしようもない。
そんな僕を見かねた紫はこう言った。
「……想也。もうそういう返答方法でもいいから、私の問いに答えてちょうだい」
「はい」
断る理由もない。即答である。それを見て紫は、僕に様々な問いを投げ掛けた。
「問い 一。貴方は昨日の一件のせいで、私に気まずく思っている」
「はい」
「問い 二。貴方は私に謝ろうとしている」
「はい」
「謝れ」
「ごめんなさい」
様々な問い(実際は二問のみ)。
誘導尋問的な流れで、いつの間にか謝ってた。……ん? あれ、謝れてる。
「え?」
脳内だけでは処理しきれず、声が出た。
「何が「え?」よ。はいはい、これで気まずい空気は解消されたも同然でしょ。さっさと朝食でもなんでも作りなさい」
「え? あ、はい」
そう言ってふらふらと歩いていく紫。……あいつ、寝ぼけてないか? ……まぁいいか。当初の予定通り、朝食を作りに向かった。
◆◆◆
朝食完成。
なんというか、気付いたら和食を作っていた。洋食を食べたい気もするのだけど、何故か自然にこうなる。やっぱり自分は日本人なんだなぁと、よく実感させられる。
「えっと……、できました」
「ん……。そうか。じゃあ、後は運ぶだけだな」
藍さんがそう返す。別に手伝わなくてもいいのに。僕が全部運ぶから。
きっと藍さんはツンデレなんだろうなーと、なんとなく思った。聞いたら殴られそうだから踏み留まる。
「ふむ……。随分と料理が得意のようだな。私も料理には自信があったのだが」
「あぁ……。まぁ、料理できないと生きていけませんし。みんなといる時も、基本僕は料理を作る側でしたから」
「そうか」
ニコリと微笑みながら言う藍さん。初めてみた気がするぞ、この人の笑み。昨日のことがあったから、僕が元気になってきてるのが嬉しいのだろうか。
……少しだけドキリとしたのは内緒だ。僕って、こういう大人の女性に弱い気がする。……もっと正確に言えば、大人で礼儀正しい人かな。
「紫様。黒橋の料理が完成しましたよ」
「あらそう。なら、料理の腕が落ちてないか審査しないとね」
何様のつもりだ、と心の中でツッコむ。紫様か。……誰が上手いこと言えと。
僕はコトコトとお皿を置いていき、猫耳少女の食事に差し掛かったところで彼女にのみ作ってあげた焼き魚を出した。少女のくりくりとした目が、輝く。
とても可愛かったので、頭を撫でてみようと手を伸ばした。ハッ、と我に返ったような表情を浮かべ、自身の耳を両手で覆い僕から遠ざかる。ふっー、ふっー、と警戒の念をその眼に込めて。
「……え?」
「あら? 珍しいじゃない。貴方が嫌われてるなんて」
にやにやと煽るような視線を向ける紫。止めてくれよ、僕だって傷つくんだ。
「ち、橙。こいつは悪い奴ではないぞ?」
「ら、藍さまの言うことでも、今回ばかりは信じられませんっ。だってこの人、昨日紫さまと戦っていたじゃないですか! それに、今日私と藍さまの尻尾と耳触りましたっ!」
うぅ、とことん嫌われてる……。ていうか、起きてたのかよ。起きてないと思ったから、そぅっと触ったのに。
味方だったはずの藍さんまでもが白い目線を向けてきた。止めて、頼むから止めて。
「えっと、その、なんだ。昨日は色々可笑しかったっていうか、ちょっと可笑しかったんだ、うん。今はそうでもないから、仲良くしようよ。勝手に耳触ったのも謝るから……ね?」
「嫌ですっ!」
「……あ、えっと、うん……」
うわ……、今までにないくらい険悪だ……。これ、どうしたら改善できるんだろ。
「あっははは! ドンマイよ想也! 元気出しなさいって」
言葉では励ましているが、中身は別である。紫、それ励ましやない、煽りや。……くそっ。
「……と、とりあえず、朝食にしよう、橙。な? 話はそれからだ。黒橋も、それでいいな?」
「あ、うん。じゃあそれで……」
「……藍さまが言うなら」
僕を睨むことを忘れずに藍さんが言った。コクコク、と頷く。少女(橙ちゃん?)も了承してくれた。ここからは、僕の話術にかかるな。早く仲直りしなくちゃ……。
「じゃあ、食事中に貴方に起こっている異常のことを話してもらうわよ」
「……うん」
いや、確かにそっちの方が大事だけど。どうやら紫は、僕と橙ちゃんの仲を更に悪くしたいようだ。
◆◆◆
「はぁ。中々大変なことになってるわね……」
「今まで大変なことだと思ってなかったの!?」
思っていなかったのなら、ある意味尊敬するんだけど。紫は首を振った、よかったよ、本当。
「んー……。貴方は『そいつ』について、どういうものだと感じているのかしら? 藍は「想也ではない何か別もの」と表現してけれど。ね? 藍」
紫の問いに藍さんは頷いた。僕ではない別のもの、ねぇ……?
「……正直、どう表現していいか分からない。思いあたる節もないし。発生したのは、月面戦争直後の夢の中だから、それに関係しているのかな……?」
僕の予想を聞いて、紫は多分それはないわね、ときっぱり切り捨てた。まぁ当然か? 月にそういう、『狂気』みたいなものはないはずだし。
「……そうね。私の方でも調べておくわ。とりあえず貴方は、紅魔館に行きなさい」
「え? なんでさ」
「お礼がしたいそうよ。フランドール・スカーレットの件で」
お礼か。大したことはしてないんだけどな。僕は背中を押したくらいだし。……まぁ、行かない理由もない。謝罪も兼ねて行くとするか。
「じゃあ、行ってくるよ。戻ってくるかは分からないけど」
そう言って襖を開ける。藍さんに挨拶して、橙ちゃんに手を振った。返しはこない。悲しいな。
飛翔して、八雲邸を出た。