「……が、ぐ……。げほっ、ごほっ!」
「冷静さを欠いてる貴方なんてこの程度なのよ。少なくとも、今の貴方に負ける気はしないわ。きっと、そこらの氷精すら倒せないでしょうね」
「ぐ、ぅぅ……!」
黒橋 想也は敗北した。いつもなら楽に……とはいかないまでも、大抵勝利できるはずの八雲 紫に。
「全く……。藍。悪いけど、もう一度治療してちょうだい。今何か話しても意味ないだろうから」
「……は、はい」
藍はと言うと、あまりにも一方的な展開を目撃して気分が悪くなっていた。遥か昔人間を愛していた彼女にとって、幾ら不老不死の想也と言えど、傷つくのはあまり見たくない。昨夜の戦闘だって、本当はあまり傷を負わせたくなかったのである。
そんな藍の心中を察した紫は、ため息をつく。
「……貴女ね。人間が傷つくのを見るのが好きではない、って言うのは確かに良いことだと思うわよ? だけど、この幻想郷でそういうことを見ずに暮らしていくなんて、不可能なのよ。いい加減割り切りなさい」
「……はい。すいません、紫様」
藍はそれが正しいことだと分かっていた。事実、紫の言う通り、割り切ろうと努力したことは幾度となくある。しかし、やはりそう簡単にできることではないらしく、式になってからかなりの時が流れながらも、藍は未だに割り切ることができていなかった。
紫は黙って藍を見つめた後に、もう一度想也に目を向けた後その場を後にする。
その場には想也と藍だけが残った。
◆◆◆
結局、想也が目を覚ましたのはその日の深夜であり、対応ができたのは紫に治療を命じられその場に待機していた藍だけだった。
「……僕は」
「! 黒橋。目を覚ましたのか。大丈夫か?」
「……これを見て大丈夫だと思えるんだったら、大丈夫なんだと思うけど」
「……」
人(妖怪?)が心配してるのに……、と藍は苛立ちはするものの、怪我人に何かする訳にもいかないと踏み留まる。しかし、そのせいで沈黙が生まれてしまった。二人の間に気まずい空気が流れる。
「……」
「……」
……流れ続ける。
「(……な、何を話せばいいのだろうか? とりあえず先程のことには触れない方がいいだろうが、変に気を使うのは逆に不愉快にさせる原因とも言われるし……!)」
近日まで紫や橙以外と話す機会がなかった藍は、こういう時に何を話せばいいか咄嗟に思い付くことができなかった。頭の中でぐるぐると口論が始まり、だんだん目も回ってくる。
そんな藍の様子を見かねた……訳でもないが、想也は独り言のように呟いた。
「……僕は、どうすればいいんだろうね? 藍さん」
「……は?」
思考の海に囚われていた藍は、一回では言葉の理解が不可能であった。
「……無視したいのなら無視しても構いませんけど、僕は独り言のようにぶつぶつと続けますから」
「……あ、あぁ。いや、ちゃんと聞くから、続けてくれ」
藍は想也へ続けるよう仕向ける。想也は若干の間をおいた後にこくり、と頷く。
「思えば、一昨日から馬鹿みたいだ。宴会会場であんなこと話しちゃって、しかも自殺行為。結局死ねない上に、『あいつ』が表に出てきちゃうし。最終的に、紫に完全に叩き潰される始末だ。本当、最悪だよ」
「……」
からから、と全く嬉しそうにない笑みを浮かべる想也。その眼には涙さえ見える。藍は一言も発せずにいた。
「本当さぁ……。僕が生きてる意味なんてあるのかねぇ……。紫に言われたものも、手がかりすら掴めてない。……ねぇ、教えてよ藍さん。紫は、僕に何を伝えたかったのさ?」
「……そうだな……」
藍は少しの間顎に手をあて思考した後、口を開く。
「え、と。なんだ。紫様は、辛いことがあったら相談しろと言いたかったのではないか?
私も昔式に成り立ての時、紫様に色々昔のことを話してみたんだが、話し終わった後は不思議と心がすっきりしたんだ。これは私から見たら、という個人的見解だが、お前はなんでも自分で背負い込もうとする癖……みたいなものがあるのではないか?だから今回みたいになってしまうことがある。
だけど私みたいに他人に相談してみれば、解決はしなくとも少しは楽になるだろう? きっと紫様は、お前に「少しは他人を頼れ」……と言いたかったんだよ」
「……多分」と付け足す藍。想也はその言葉を聞いて、なんとなくだが、心の中がすっとした気がした。先程までの暗い考えがアホらしく思えて、不思議と笑いが込み上げてくる。
「……ふふ。あはは」
「!? え、ちょ、いきなり何笑い出してるんだ!? 人が真面目に教えてやったのに!」
「……いや、そんな簡単なことだったんだって思って。そっか、僕はとても単純なこと忘れてたよ。僕には、『みんな』がいるんだ。……そっか、そっか」
「え? え?」
意味がわからず混乱する藍を見てくすくすと笑う想也。その姿はここ二日間の暗い想也ではなく、いつもの想也そのものだった。