目が覚めれば知らない天井が目に映る。想也はそれをぽけー、と見つめながら、身体を起こした。
「……どこだよ、ここ」
不機嫌そうに顔をしかめながら、想也は呟く。
辺りを見渡しても見えるのは和風な部屋ばかり、自らが昨日寝床と決めた場所とは似ても似つかない。想也は徐々に苛立ちを隠せなくなり、遂には右腕で俗に言う『床ドン』、をし始める。近所迷惑になりかねない行為だった。
「あぁ~……、イライラする……。くそっ、なんでこんなにイライラしてるんだよ僕は……」
呟く際にも『床ドン』を続行する。木材でできている床な為、少しずつ凹んでいっていた。流石に不味いと判断したのか、ドタドタと床を駆けてくる音が響き、襖を開け注意を促した。
「おい黒橋! やめろ、床が壊れる!」
「……あのさ。確かに床を叩いてる僕も悪いと思うけど、僕を勝手に拉致した紫も悪いと思うよ。藍さん」
と言いながらも床ドンをやめようとしない想也。藍は焦りながら、想也に言う。
「拉致したも何も、お前が破壊活動を行っているのが悪いんだろう!? 寧ろ、幻想郷から追い出されないことに感謝してほしいところだ!」
「……破壊活動? 僕が?」
きょとん、とした顔をする想也。藍は「なっ……」と呟いた後、「あくまで白を切るつもりか!」と激昂する。白を切るつもりか、と言われても、想也自身は本当に覚えていないのだからどうしようもない。
「……詳しく教えてよ。『僕』が昨夜、何をしていたのか」
「っ……! いいだろう、教えてやる。お前が昨夜、何をしていたのかをな」
藍はゆっくりと、昨夜の出来事を話し始める。想也は真剣な眼差しで、それを聞いていた。
◆◆◆
「……ということだ。これで思い出しただろう? 自分のしでかしたことをな」
藍は昨夜の出来事を話し終え、想也に責めるような言葉を投げかける。一方の想也はというと沈黙し、何かに怯えるかの如く身体を震わせていた。藍は頭上に疑問符を浮かべる。
「お、おい。どうした? さ、流石に言いすぎだったか?」
想也はふるふる、と首を振る。ますます藍の疑問は深まるばかりだ。藍がどうしようどうしよう、とおろおろしていると、想也はか細い声で呟きだす。
「……もしかしてなんだけど、そのときの僕、「キヒヒッ」なんて、不気味な笑い方してなかった……?」
その質問は、心なしか「『いいえ』と答えてくれ」と懇願するようにも聞こえた。しかし、嘘をついて誤魔化しても意味がない。藍は事実を告げる。想也はその瞬間、口元を押さえる。藍は混乱し、ひとまず背中を擦った。
「おいっ。黒橋、お前本当にどうしたんだ!? 医者にでも見てもらった方が……!?」
藍は想也の顔を見て驚愕する。だって、想也の顔は酷く青ざめていたのだから。しかも、何かに取り憑かれたかのようにぶつぶつと呟いている。
「やっぱり、あいつだ。あいつなんだ。あいつが表に出た? 僕の身体を使って破壊活動を? あいつはただの夢じゃない。僕の中にいる何かがあいつなんだ。どうしようどうしようどうしようどうし……」
「おい、おい! しっかりしろ! 落ち着け黒橋! おい! ……くそっ」
藍の言葉は何も届かない。想也は頭を抱えながら『どうしよう』と繰り返している。藍自身も頭を抱えたい気分であったが、そうは言ってられない。藍は想也を落ち着かせられる手段を試行錯誤。自分自身ではどうしようもないと悟った藍は、スキマを開き紫を呼んだ。
「ゆっ、紫様ッ」
「どうしたのよ藍。想也がどうかしたの……どうしたのよっ!?」
「説明ができないから困ってるんですよ! ど、どうにかできませんか!?」
紫は想也の状態を冷静に分析。どうすればいいかを見抜き、結論を見出した。
「そうね。私の能力で落ち着けましょう。話はそれからね。藍はお茶を用意してきて」
「は、はい!」
そう言って、部屋を出て行く藍。紫は能力で、想也を落ち着かせる作業に入った。
◆◆◆
「……ごめん。手間をかけさせて」
想也は紫と藍に謝罪をする。その謝罪に紫は、
「謝罪はいいわ。貴方が何故そこまで苦しんでいるのか――否、貴方の身に何が起こっているのかを、教えてほしいわね」
と返した。途端、想也は黙り込む。
「黙ってたって何も分からないわよ。手間かけさせたと思うなら、さっさと話なさい」
辛辣な言葉を投げ掛ける紫。流石に言い過ぎでは、と意見した藍であったが、紫に貴女は黙ってて、と冷たく返した。この部屋に沈黙が流れる。
「……話したからって、何か変わる訳じゃない。それに、わざわざこんな面倒事に二人を巻き込む訳には……」
「貴方、まだ分かってないようね」
呆れてものも言えないわ、と続ける紫。想也はその言葉に対し若干の苛立ちを覚えるが、冷静に質問した。
「……何をだよ。僕は何が分かってないって言うんだ。理解ができないな」
「でしょうね。今の貴方じゃあ分からないでしょうよ」
「それは挑発と受け取っていいんだよね……!」
声のトーンが落ち、紫を睨み付ける想也。藍は動物的本能故か、ぶるっと震えた。しかし、そこまでのものをモロに受けた紫は、冷めた目線で想也を見つめている。
「沸点まで低くなってるのね。……えぇ、そうよ。なんなら今から、弾幕ごっこでもしましょうか?」
「……望むところだ」
そう言って立ち上がり、襖を開け庭の左側に陣取る想也。紫はいつものような胡散臭い笑みを浮かべず、想也の真正面に立つ。
「……手加減してくれるなんて考えないことだね。僕は君を、全力で叩き潰す」
「やれるものならやってみなさい。貴方こそそんな大口叩いて、負けて大恥じかいても知らないわよ?」
「余計なお世話だっ……!」
その言葉を合図に、お互いは天高く飛翔する。二人の戦いが始まった。