自殺しても死ねない。
殺してもらっても死ねない。
ご飯を食べなくても死ねない。
多分、自動車に跳ねられても死ねないだろう。
僕が初めて死んだ時とは、大違いだ。あの時は死にたくないとか思ってた癖に、今は死にたいとか思ってる。僕が転生した意味はあったのだろうか。
だって、そうだろう? 僕が転生しなければ、こんなことにはならなかったはずだ。
僕はこんなに悩まなかったはずだ。僕はこんなに死にたくなかったはずだ。僕はこんなに可笑しくならなかったはずだ。
……はは、僕のことしか考えられねぇのかよ。文や皆を悲しませずに済んだのに、とか出てこねぇのかよ。結局自分のことが全てか。こんな屑が皆を助けたい、とかほざいたり、陰陽師やるなよな。ただの偽善者じゃんか。馬鹿みたいだ。
そんな思考に捕らわれていると景色がガラスのように割れ、僕が使っている想刃より更に黒くなった想刃が、僕の心臓に突き刺さる。
「がっ……」
激痛が僕に伝わる。能力を使おうとするが、使えない。目の前が霞み立っていられなくなる。僕は口の中に溜まった血液を吐きだし、そのまま意識を失った。
最後に、何か聞こえた。
◆◆◆
八雲藍は紫の命を受け、妖怪の山付近に赴いていた。内容は「破壊活動を行っている輩がいるから、退治してここに連れてきて頂戴」というもの。
昨日あんなことがあったのに、今日も幻想郷の管理を欠かしていないのだから流石だと、藍は感心した。まぁ、冬辺りは「冬眠する」とか言って仕事を私に任せるが……とため息をあとにつける。
「全く。こんな真夜中に破壊活動を行うなど、余程ふざけた奴なのだろうな。私も少しは休みたいのだが……」
悪態をつく藍。その表情には少しばかりの苛立ちも伺える。彼女はさっさと片付けて、紫に休ませてもらうよう頼もう。とこのあとの予定を決定した。
……最も、彼女はこれから、しばらく休めない状況におかれるのだが。
「この辺りか? 紫様が仰っていた、破壊活動が行われている場所というのは」
藍は自分に向かい言葉を発した。事前に聞いていた紫からの情報からして、この付近だろうと結論付ける。
勿論正解であって、しばらく辺りを散策していれば、破壊の跡と見られる痕跡が発見できた。
「……ひどいな。木々が根本から抉れている。それに、軽いクレーターもできているじゃないか。一体何者なんだ……っ!」
何者かの攻撃を察知した藍は、素早く身を横になげた。彼女の耳にドスッ……と何かが刺さるような音が響き、軽く身震いする。
追い討ちを警戒した藍は腕を地面に叩きつけ、無理矢理何者かとの距離を離す。その判断は正解のようで、藍の足を狙い刃物が飛来していた。
それを無事回避した藍はそのままの体勢で跳躍し、妖力で強化した自身の爪で敵(男か? と藍は考察した)の右腕を貫く。
しかし、男は痛みを感じないのか。そんなの知ったこっちゃない、と言わんばかりにその刃を左腕に持ちかえ、藍の右腕を狙った。
「くっ」
藍はもう片方の爪で刃を受け止め貫いていた爪を引き抜き、渾身の蹴りを放った。それにより男は吹き飛ぶ。藍は足元に残った刃を足で弾く。
ダメージはそれなりに入ったらしい。男は立ち上がろうとはしていたが、ふらついていた。藍はそれを好機と見て、腕を降りかぶり跳躍。立ち上がろうともがきながら倒れている敵の鳩尾に、拳を入れる。男は意識を失ったようだった。
「……よし、やったか。全く、一体どんな奴なんだ……?」
男が意識を失ったことを確認した藍はこの者が何者なのか? というのを確認するため、男に接近した。そして男の姿を視認し、彼女は絶句する。
「な……!? こいつは、黒橋じゃないか? 一体どういう……」
男ーー否、少年の正体は、黒橋 想也だった。藍は驚きながらも、とりあえず想也を運ぼうと……。
「キヒッ!」
「っ!?」
した途端、想也は飛び起き藍を弾き飛ばした。藍はどうにか体勢を整えようとするも、想也は藍の上にのしかかり、首を絞め始める。
「ぐ、ぐぅ……!は、なせぇ……!」
「キヒッ!キヒヒヒッ!キヒヒヒャヒャヒャ!!」
藍の問いかけはまるで意味を成さない。想也は聞く耳を持たず、不気味な笑いを維持し続ける。その間も腕に力を込めるのも忘れない。ぎりぎり、と藍の首は絞まっていく。
「ぐぅ……。黒、橋っ! 正気に、戻れぇぇ!」
叫ぶと同時に、自身の爪を想也の脇腹に突き刺す藍。腕程度ならどうってことはないようだが、脇腹なら多少は痛みを感じるようだ。若干の隙が生じた。
藍は勿論、その隙を見逃さない。その際素早く想也の腕をうち払い、それによって自由になった藍は想也を自身の上から弾き飛ばし体勢を整える。
それだけでは終わらない。
大量の妖力を自分の右腕に込め、強化した。それにより、彼女の腕力は一時的とはいえ、鬼をも凌駕するほどパワーアップされる。
それに加えて脚力も強化。此方もかなりの跳躍力を得る。
それらを全て組み合わせ、彼女は想也に向かって跳躍し思いきり拳を放つ。
貫通してもいいくらいだったが、その点については抜かりはない。彼女は知能が高い。その中でも、数字のことについてはずば抜けている。『妖力で身体能力を強化する』、というのは色々と数字が関わっているようで、その知識を使うことで、藍は様々な種類の妖力強化方法を習得していたのだ。『威力は高いが殺傷能力はない』、そんな程度の性質を付けるくらい容易なことである。
「らぁぁっ!!」
「キヒッ! ……キ、ヒャヒャ……」
想也の腹部は、藍の拳と地面にサンドイッチのようにされる。痛み知らずのように見えた今の想也も、流石にこれは耐え切れないようだ。最後まで不気味な笑い方を維持したまま、意識を投げ出す。
藍は肩で息をしながら呟いた。
「ハァ、ハァ……。くっ、こいつ、何やっているんだ……。とりあえず、紫様の元へ連れていこう。私だけじゃ、どうすることもできない」
藍は地面に倒れたままの想也を背負ってスキマを開き、中に入っていった。