東方事反録   作:静乱

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超未来都市の反対、つまりは超古代都市
第1話 困った


 神様からチート能力を貰い、自分が産まれる場所をも指定して、僕は転生した。

 人間や妖怪たちが愉快に暮らす楽しい世界。やたら可愛い女の子や美人なお姉さんが多い世界。それを思うと、心が踊る。きっと僕はこれから、東方世界にて素晴らしき二度目の人生を過ごすのだろう――やべぇ、ワクワクとドキドキが胸の中に収まりきらない。

 そんな感じの思考は、しかし、数分前に消失していた。

 

 ……話を“現在”に戻そう。

 

 単刀直入に言おう。僕は、今、とても困っている。

 どんな風に表現すればよいのだろうか。僕の貧弱な語彙では説明が難しい。あれか、「浮気がバレてやべぇやべぇと慌ててる屑な男」並みに困っている、とでも表現すればいいのだろうか――僕自身、そんな経験が無いのに、どうしてこんな発想に至るのだろう。

 まぁ、良いか。そんな感じで困っている。

 

 さて、何故困っているのか、という理由だが。

 それは、僕の周囲を見渡してみれば分かることである。

 

「んー……っと! いっやぁ、小鳥(かもしれない生物)の囀り、木々が風に吹かれ擦れる音。心地が良いなー」

 

 “かっこ棒読み”と脳内で付けることを忘れない。

 

「…………」

 

 頭の中で十秒数えてみる。僕の中に居るかもしれない、遊戯王風に言うなら『もう一人のボク』に捧げるシンキングタイムだ。

 ぶっちゃけ、全く必要ない。もう答えを言ってしまおう。自分自身に。

 

 

 

「どうしてっ、森の中にいるんだよぉ!」

 

 

 

 今までの思考は所謂“現実逃避”であり、あわよくばこの間に夢から覚めてくれないかな、なんて希望的観測をしていたけれど、しかしどうやら、そこまで都合の良いことは起こらないらしい。神様転生でご都合主義使っちゃったな、こりゃ。

 と、いうわけで。

 僕は現在、深い深い森の中をたった一人でさまよっているのだった――それも一人漫才をしながらなので、端から見れば今の僕は気持ち悪いぼっちだ――可笑しい。僕は永琳の家のお隣さんとして産まれるはずだったのに。そして一度目の人生で培った知恵と、神様から貰ったチート能力『事実を反対にする程度の能力』を用いて永琳にフラグを建てるつもりだったのに。どうしてこうなったのだ。

 ……んん?

 

「あれ、もしかして、能力が無いとか、そんなことないよね?」

 

 確認方法が分からないため、あるのか無いのかも分からない。分かるのは、僕に能力が無い場合、その時点で僕の二度目の人生はほぼ幕を閉じると言っても過言ではないということぐらいである。

 いやいやいやいや、いくらなんでもそりゃあヤバすぎる。

 ヤバすぎるということに気付いた僕は、他人の目を一切気にせずに、神様ともう一度だけ会話をするために、悪足掻きとも取れる一人言を呟き始めた。

 

「どういうことだよ神様……あれか、まさかミスでもしたのか!? ミスをする奴は神になれないんじゃないのかよ……何か言ってくれよ、神様ぁ!!」

 

 僕の悲痛な叫びが、森の中で木霊する。

 良かったら、この叫びが神様の下へ届いちゃっても構わんのよ? いいんだよ?――心の中で思いながら天を仰いでみるも、空に見えるのは目映い(まばゆ)光を放つ太陽だけ。

 結果的に、僕が天を仰いだことによって発生したのは数分の視界の異常といったデメリットだけだった――ほら、太陽とか眩しいモノ見ると、数分は眩しいモノ見た場所に緑色だか紫色だか黒色だかよく分かんない物体が視界に映り続けるアレ。ふむ、理科の授業でそんな勉強をしたような気もするけれど……なんだったっけ。忘れてしまった。

 閑話休題。

 そんな無駄でしかない思考を繰り広げている間にその話題であるよく分かんない黒色が消え去っており、その代わりです! とでも言いたげに、一枚の紙が僕の足下に落ちていた。

 ナニコレ珍百計に出せそうだな、なんて思ってしまった時は、この最悪な状況下でとうとう自分は狂ってしまったんだなぁ、と悲しくなったが、まぁ、それはさておき。

 

「……何か書いてあるぞ」

 

 それも、日本語で。随分と丸っこい、可愛らしい字体だ。

 取り敢えず、読めるモノらしい。今の状況下では、例えどんな情報でも重要なモノであるはずだ。唾を飲み込み、覚悟を決めてから、読み始めてみた。

 

 

 

『想也君へ。やぁ、きっとこの手紙を読んでいる君は、何故か森にいて途方に暮れているのだろうね』

「死ね」

 

 誰だってこう言いたくなると思う。

 この時点で紙を破り捨ててしまいたい位だったが、まだまだ文は続いている。読まなければ。

 

『さて、何故こんなことになってるのかというと、まぁ……ミスしちゃった☆ テヘ?』

「…………」

 

 『☆』とか『テヘ?』とか言っておけば許してもらえると思ってるのだろうか。本当に思っているのだとしたら大分おめでたい脳内をしている。

 それとも、許してもらえなくったって、どうせ自分のとこにはこれないのだから、謝罪なんか必要ないよね! とか思っていたり……そう思うと、流石に怒りが堪えられなくなりそうになるけれど、しかしここで怒ったところで、問題は何一つ解決しないだろう。

 そうだ、落ち着け。手紙を送ってくれたということは、何か、伝えたいことがあるはずなのだ……流石に、『ミスしちゃったテヘペロ☆』とだけ伝えたかった訳ではあるまい。

 

『で、そこが何処なのかというと、よく永琳が薬草とか取りに行く森だ。あ、今君がいる時代では永琳は53歳だよ」

 

 永琳の歳はもう少しどうにかならなかったのか。どうして、そんな中途半端なんだ。

 

『つまり、一人で薬草を取りに来ている――そこで、君の能力を使う。【自分が永琳に会えない事実】を反対に……と、そう強く念じるんだ。そうすれば、君の能力は力を発揮する』

 

 そんな思考も、この文を読んだ瞬間、何処かへ消えた。

 神様は、最低限のお仕事をしてくれていたのだ――そうだ、いくらなんでも、産まれる場所までを指定するのは欲張り過ぎである。能力を貰えただけで儲け物なのだ。これからは僕自身の力(神様がくれた能力)だけで頑張っていかないといけないのだから、ならばこれは良い試練である。

 二度目の人生を楽しく過ごすための、最初の試練。

 

『……と、まぁ、ミスって悪かったね。ごめん。頑張ってね』

「はいっ!」

 

 手紙に向かって大きな返事。これも端から見ればただの変人であるが、今の僕はそんなことを気にすることはない。どうせ、この辺り周辺に生き物なんて居ないだろうし。

 ……さぁて。

 

「――【僕が永琳に出会えない事実】を、反対に!」

 

 この世界で楽しく過ごすための、一番最初の試練。

 それを突破するために、僕は高々と、その台詞を口にしたのだった――。

 

 

 

 

 

 ……沈黙が続く。

 

「……あれ? これでいいの?」

 

 僕の呟きに答える者は誰も居ない。聞こえるのは、木々が擦れあう音だけ。

 ――まさか、実は能力付けるのもミスってた☆ なんてオチじゃないよな?

 そんな考えが脳裏を過って、いやでもそりゃないって! と否定しようにも、現状ではミスってたというオチの方が可能性の高いことに気付き絶望する。泣きたい。

 

「いや、待て。冷静になろう」

 

 小説だったなら『(冷静になるとは言ってない)』なんて語尾が付いていたかもしれない。

 ぶっちゃけ、この状況で落ち着いていることが出来る訳がない……ハッキリ言って無理である。しかしそれでもなんとか落ち着こうと、みるみる内に鼓動が早まっていく心臓の音を聞きながら脳内で自身を宥めていると、

 

 ――ふと。

 背後から、地響きが聞こえた。

 

 ……とても、嫌な予感がする。

 振り返りたくない。振り返らないと不味いということは勿論承知しているのだけれど、それでも、こんな現実は認めたくない。

 嫌だ嫌だ嫌だ。

 怖い怖い怖い。

 そんな気持ちを何とか押しきって、ゆっくり、本当にゆっくりと、振り返る。その一瞬を、しかし何時間のことのようにも感じつつ――そこには、まぁ、テンプレ通りと言えばよいのか、兎に角、予想通りというか。

 

 

 とんでもなく狂暴そうな面をした、熊さんが佇んでいた。

 涎を垂らしてるということが、多分かなり重要なことだと思う。

 

 

「――あああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 情けない悲鳴を挙げながら素早く踵を返し走り出す。それに合わせて、背後から地響きが連続する。あの巨体が物凄いスピードで僕を追いかけて来ているのだろう――その姿を想像して寒気がして、ソレに捕まった時のことを考えると背筋が凍った。

 間違いなく、僕は八つ裂きにされる――嫌だ死にたくない。

 

「ちく、っしょう……! くそっ、くそぉっ!!」

 

 今更ながら、先程までの自身の行動を悔やむ。意味もなく大声を出すのではなかった。

 

「――ガァァアァッッ!!」

「来るな来るな来るなぁ!」

 

 必死の抵抗は、しかし悪足掻きにしかならない――速すぎる。あの巨体で、どうしてあんなスピードが出せるのかは理科の勉強が苦手な僕には理解出来ない。誰か教えてくれ……というか、まずはこの熊さんから僕を救ってくれ。

 とうとう他人に助けを求め始めた僕だが、心の中で助けを求めたところでそれは伝わらない訳で。誰一人として僕を救うヒーローが現れることはなく、どんどん僕と熊さんの距離は縮まっていく。

 不味い不味い誰か助けて――!

 

「……あっ!?」

 

 急にバランスが崩れた――原因は、やたら長く伸びている蔓。それが足に引っ掛かり、結果的に僕を転ばせたようだ。

 立ち上がろうともがいてみるが、もがく度にその蔓は僕の足に絡まっていく。エロ同人誌とかで触手に初めてを奪われてしまう女の子たちってこんな気持ちなのかしら――なんて、分かりたくもない思考が僕の脳内に浮上したところで、とうとう、熊さんに追い付かれた。

 熊さんは、僕を八つ裂きにするべく、その丸太のような腕を振り上げる。

 

「……優しく、してね」

 

 色んな考えが頭の中を過った。

 怖いとか、あーあ、あの時あーしとけば……とか、神様ごめんなさいとか、その他諸々、色んなモノが頭の中を過った。けれど、それらはどれも、結局また死んじゃうんだなぁ残念だなぁ、程度のモノで、だから僕が発した今の言葉は、まぁ死んでもいいかな、という意味を含んでいたのだった。

 その言葉を理解したのか、否か。熊さんは腕に力を込める(ように見えた)。

 それを確認した僕は、目を瞑って、もしまた神様に会ったらなんて言われるかなぁ、なんて思いながらも、これから始まるはずだった東方世界での生活にサヨナラを告げる――

 

 

 

 

 

 ことは出来なかった。

 嫌だ、死にたくない、と思った。

 

 

 

 

 

 

「誰か、助けて……!」

 

 声が出る。自分でも信じられないほど、掠れた声が。届くはずもない、か細い声が。

 ……だけれど。

 

 

 

 何かが何かに突き刺さるような音がしたのに、身体に痛みが来ない。可笑しいな、今のは僕に熊さんの爪が刺さった音じゃないのかな……なんて、今度はやたらと落ち着きながらも、目を開いた。

 映ったのは動物のモノらしき体毛。

 

(――なんだ、結局死ぬんじゃないか)

 

 ポツリと、涙が落ちた。

 同時に、目の前の体毛が僕から遠ざかっていく――目の前に立っていた熊さんが、後ろ向きに倒れる。

 

「……あ?」

 

 理解し難い状況に、思考能力がほぼ限界値まで落ちたようで、そんな声しか出せなかった――そんな時に。背後から、草を掻き分けるかのような音が聞こえた。

 ガサリ、と。

 また、先程の熊さんみたいなのが来たのだろうか――そう考えると、恐ろしくて堪らない。もうそれを視認することさえ嫌で、僕は頭を抱えて、目を瞑った。来ないでください、来ないでください、と。兎に角そう願いながら。

 

 けれど、そんな僕の願いをよそに、その足音は僕の下までやって来た。きっとこの足音の主も、僕を喰うつもりなのだろう。はは、僕を美味しそうだと思ってくれるなら嬉しいものだ――あぁ、思ってもいないことを思ってしまう程に同様しているようだ。こりゃ逃げられないな。

 今度こそさよなら。二度目の人生。

 

 

 

「貴方、大丈夫……じゃないわよね」

「……えっ?」

 

 すっとんきょうな声が出る。何故、女性の声が聞こえた? これじゃ、まるで、『薬草を取りに来てた女性がたまたま僕を見つけて、助けてくれた』みたいな……。

 顔を上げて、また涙が出た。

 

「え、えぇっ!? なんで泣くのよ! あ、歩ける? 肩貸すから!」

「……ぅあ。ぃえ、なんでも、ないんです。ただ、何か、安心して……」

「……? ほら、立って……」

 

 だって、目の前に居たのは。

 

 僕を助けてくれた人は、『八意 永琳』その人だったんだから。

 

 

 

 


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