東方事反録   作:静乱

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第15話 闘技場にて

 いや、しかし。しかし、である。

 命の危機を感じる、といっても、よく考えてみれば、僕は不老不死。どれだけのダメージを食らおうとも、勝手に回復してしまうし、それ以前に、何でも出来る『能力』を持っている訳だからーーそこまで深く考えることは、ないのではないか?

 ダメージを食らったのなら、能力ですぐに消してしまえばいい。仮に鬼子母神の攻撃で身体の一部が消しとんだならば、降参ーー又は回復してしまえばいい。

 それくらい、簡単なことなのではないか?

 

 

 

 ……という、かなり甘っちょろい考えの下、僕こと人間もとい黒橋 想也くんは、鬼子母神と決闘することを引き受けた。

 さて、現在の地点は闘技場。

 ゲームとかによくある、闘技場である。

 どうも戦いの場として、この山に住む妖怪達が作ったらしいーー具体的には、『鬼』と『天狗』が作ったらしい。『河童』とか『覚り』とか、とても気になる種族も住んでいるらしいけれど……まぁ、今は放っておこう。

 

 この闘技場。前述した通り、戦いの場である。基本的に一対一のタイマン勝負をやるようだーー互いの技を競い、身体能力を競う場所のようだ。

 又、どちらが勝利するか等の、ギャンブル場としても成り立っているらしい。現代に暮らしている人からすれば、某名作RPGのカジノにある博打とか、競馬場とか、その辺りのものを連想すると分かりやすいと思う。

 馬の名前で一番衝撃的だったのは『モグモグパクパク』です。どうしてあんな名前になったのでしょう。

 

 ……まぁ、それはともかく。

 僕は今、闘技場の土に立っているのだが。

 ものっそい、ブーイングが来るのですけども。

 これは何かの不具合でしょうか?

 

「人間が母様に挑むだ? 一万年早いぜ!」

 

「母様にボコボコにされちゃえ!」

 

「そうよそうよー!」

 

『ブーブー!!』

 

「……泣きたい」

 

 A.仕様です。

 無慈悲に突き付けられたそんな回答に絶望した。こんなの差別だ。どうして人間が弱いと決めつける。君達が強いだけだよ鬼さぁん!!

 ……そんなことを言う度胸がない辺り、僕ってかなりのチキンだよね。

 

「想也さぁん。頑張って下さいねー」

 

「あ、文様っ!?」

 

「ほら、椛も。可哀想じゃないですか」

 

「……そ、想也さん頑張れー!」

 

 そんな中。

 小さく響いた二つの声に、競技場は一瞬だけ、静寂に包まれた。

 その静寂の中で、僕は泣いた。

 

「ありがとうっ! マジありがとうっ! ありがとうっ!!」

 

「五、七、五!?」

 

 椛のそんなツッコミが競技場に響き渡る。嬉しい、なんか他人がツッコんでくれたの、とても久しぶりのように感じる。これはやる気が出てきた。すっごいやる気が出てきた。

 

「さぁー! かかってこいや鬼子母神んんんっ!!」

 

「おー、久しいのぅ。名前はなんじゃったっけ……」

 

「ひぅっ!?」

 

 いきなり背後から聞こえたその声に、僕は小さく悲鳴を上げた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「おぉっ! そうじゃ、黒橋 想也じゃ! 改めて……久しぶりじゃのぅ!!」

 

 『鬼子母神』姫崎 陽炎。

 こうして普通に話していると、彼女の危険性とか、そういうのを忘れてしまいそうになる。というか、彼女、雰囲気が近所の優しいおばちゃんに近い。

 しかし、油断してはいけない。

 忘れるなーーあの華奢な腕に秘められたパワーを。

 忘れるなーーあの綺麗な脚に秘められた爆発力を。

 忘れるなーーあの美しい顔に秘められた威圧力を。

 それを忘れた瞬間、僕は死ぬだろうから。不老不死とかそんなの関係無く、塵一つ残さずに消されるから。絶対に、警戒を解くな。

 

 ここまできて、漸く僕は、考えが甘かったことを思い知る。能力で何とかなる? そんな次元じゃない。不老不死だから死なない? 前述した通り。塵一つ残さずに消されれば、不老不死なんて『称号』はただの飾りだ。

 鬼子母神と戦うことを、そう簡単に決断してはいけなかった。

 

「して、黒坊よ。そなた、今まで何をしておったのじゃ?」

 

「寝てた。起きた。神様達との戦争をやった。その後、楽しく遊んでた。旅に出た。迷った。山に迷い込んだ。椛さんに見つかった。捕まった……捕まった。大天狗さんに姫崎と戦えって言われた。引き受けた。現在に至る。……分かった?」

 

「理解した!!」

 

 よく今の説明で理解出来たな。

 全部『た』で終わらせる、なんて、結構聞き取り難そうな教え方をしたっていうのに。こいつ以外と理解力高いのな。

 ……意地悪いな、僕。

 

「つまり色々したってことだな!」

 

「お前が全く分かってないってことは分かった!!」

 

 前言撤回。こいつ理解力に乏しい。

 

「……何であいつ、母様と親しいんだ?」

 

「さぁ……」

 

「人間だよな? あいつ……」

 

「人間だ馬鹿ヤロウっっ!!」

 

 僕が人間じゃないかもしれない、なんて疑うんじゃねぇ! と叫ぶ。鬼達はうっ、とのけぞった。

 ……まさかこれが覇王色の覇気か!!

 絶対違うよ。……畜生一人ツッコミ虚しすぎる。

 

「……で、姫崎さん。やるならはやくやりましょうよ」

 

「ほぅ? 皆の前でヤるのか? お主、中々に危ない奴よのぅ」

 

「え?」

 

「え?」

 

 なんか、すっごい恐ろしい勘違いをされた気がしてならないのだけれど。勘違いをされたのは僕の勘違いでした! ……なんて、大して面白くもないオチだよね? そうだよね?

 

「え? だから、そっちがやりたかったんでしょ? 早くやりましょうよ」

 

「え? そうだったかの? というか黒坊、やけにヤりたがるな? やはり危ない奴なのか?」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

 話せば話すごとに、誤解が生じていく。

 

「寧ろ危ないのはそっちだろ!? なんでそんなやりたがるんだよ! あんな危ないことをさ!!」

 

「え? 妾、そんなにヤりたがっているように見えるか? かなり心外なんだが」

 

「はぁっ!?」

 

「えっ?」

 

 ……絶対可笑しい。

 何かこう、絶対的に、会話の趣旨的なものがズレている気がする。

 

「やい姫崎! お前、ここに何しに来た!?」

 

「戦い」

 

「僕が何をやりたがっていると思ってる!?」

 

「性交」

 

「アウトォォォォォ!!」

 

「『あうと』ってどういう意味じゃ?」

 

「察しろ!!」

 

 この鬼は性欲を持て遊ばしているのか畜生。こちとら生命の危機を感じているのにも関わらず、シリアスをシリアルに変換しやがって。これが噂の『シリアスブレイカー』なのか、そうなのかっ。

 

「いいかっ!? こっちは、戦いをやろうよ、を省略し、(戦いを)早くやろうよと言ったんだ! 決して(性交を)早くヤろうよと言ったのではない!!」

 

「そうなのか」

 

「そうだよ!! 残念そうに言うな! マジで性欲ビンビンか!!」

 

「いや、黒坊に一目惚れって奴じゃ」

 

「知るか馬鹿たれ!! もっと別のタイミングで言えばまだ考えたよ!」

 

 人生初の女性からの告白を華麗に受け流し、僕はただひたすらツッコミ続けた。後に、その時の僕を、犬走 椛と射命丸 文はこう語る。

 

『なんか飼い主に反抗する犬みたいで可愛かったです』

 

『あややや。見てて面白かったです。想也さんを飼い人間にしてみたいですね』

 

 聞いて察した。

 こいつらヤバい。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 そんな感じのなんやかんやがあり、戦う前から相当疲労してしまったが、漸く、僕は姫崎との戦闘を開始することになったのである。

 せめてもの情け、というよりただの余裕だったのかもしれないけれども、姫崎は僕に先手を譲ってくれた。そこだけには感謝せざるを得ない。そこだけには。本っとに、そこだけには。

 

「……行くよ」

 

「イく?」

 

「黙れ変態!!」

 

 叫びつつ、僕は脚力を強化してから跳躍。姫崎に到達するまでの間に剣を出し、姫崎の距離に入るぎりぎりで、一度地面に着地。

 そこから素早く身を屈め、右側から姫崎の背後に回り込む。姫崎からすれば、僕が一瞬で消えたように見えたと思う。すぐに気付くだろうがーー一瞬の隙さえあれば問題ない。一撃入れられる筈だ。

 

「ーーっうぉ!?」

 

 腕を振り被った瞬間、目の前に見えたのは握り拳。ヤバい、と悟った僕は拳と僕の顔面の間に壁を出し、後ろに飛ぶ。

 壁は弾け飛んだ。

 

「がふっ!?」

 

 同時に腹部に走る激しい痛み。蹴りだ。

 そう認識した瞬間、僕は闘技場の壁に激突していた。骨が折れたとか、内臓が潰れたとか、色々な痛みが混じって、もう何が何だか分かりゃしない。

 兎に角このままでは不味いと、ダメージを回復し、上空に瞬間移動。見つけるのには時間を要する筈。作戦を練るなら今。

 

(どうするっ!? どうやってこの場を生き残る!?)

 

 姫崎に感じる恐怖。

 抑えきれず、あまり思考が纏まらない。焦りまくり、震えまくり。……抑えろ。収まれ。収まってくれ。

 

(攻撃に当たらない攻撃に当たらない攻撃に当たりたくない攻撃に当たりたくない)

 

 とは言っても。

 作戦なんて練るまでもなく、どうすればいいのか、本能的に分かっていた。

『攻撃に当たっちゃいけない』

 それが一番の作戦にして、一番現実的な生き残る為の手段。

 

 そしてーー。

 

「……こっちも殺す気で行く」

 

 手加減なんか、出来るか。

 

 

 

 


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