第13話 というか僕だった
諏訪大戦が終わり、何年経っただろうか。……忘れた。数えてない。まぁいいや、別に。大した問題じゃないよ、多分。
この間、特に何かあった訳でもなく、非常に平和な日常を過ごしていた……のだと思う。妖怪退治させられたり酒飲まされたり色々あったけど、多分平和だった筈だ。
……そういえば、平和に過ごしながら、僕はたまにルーミアと会って遊んでいたりしたっけ。
『ルーミア。そーなのかーって言ってみてよ』
『嫌』
『そんなっ!?』
……相当冷たかったけど、ぶっちゃけ諏訪大戦終わってから今までの間、一番心が安らげたのはルーミアと遊んでいた時である。諏訪子や神奈子と居ると、おちおち寝ていられもしない。あの人達は恐怖の対象だ、どうして毎日、僕にちょっかいをかけてくるのか。
いやまぁ、中々楽しかったけれど。
『楽しかった』けれど。
うん。これ、ただの回想でしかない。過去の出来事を振り返っているに過ぎなくて、つまるところ、現実逃避である。
「待ちなさい、人間っ!」
「ぎゃぁぁぁあ! 誰か助けて! へるぷみー!」
叫んでから、『この時代で英語が通じる訳ないじゃん』と思った。どこか考えるところを間違えている気がする。
それにしても、どうしてこうなったのだろうか。
◆◆◆
「旅に出る。絶対。止めても行く」
『はぁ?』
そうだ。
すべてはこの言葉から始まった。
確かこの時の僕は、あの馬鹿神二人の意地悪(ちょっとしたちょっかい)に嫌気が差して、あんなことを言ったんだ。
畜生、と心の中で悪態を吐く。もし、過去に戻れるのなら、僕はあの時に戻って僕自身に言いたい。
『神様は偉大だから。少しのお遊びくらい許してやれ。逆らった僕は痛い目にあったから』
……まぁ、そんな願い、もう叶わないけれど。
「え? なんだってそんな急に」
「うるせぇケロ! お前とそこの年増のせいで僕がどれだけ傷付いたと思ってやがるてめぇら!! いつも温厚な僕が口調崩してまで言うんだぞ!!」
自分で自分を『温厚』とか言っている辺り、相当頭に来ていたんだと思う。正直、あの時は頭に血が上り過ぎて、思ってたことも覚えていない。
……いや怒ってたんだろ。
「そっか。わかった。行ってらっしゃい」
「ゆっくり旅をしてくるといい。ここはお前の家でもあるからな」
「やかましい! 絶対帰って来ないからな!」
「またねー!」
「帰って来ないっつってんだろ!?」
そんな感じの捨て台詞を吐きつつ、僕は巫女さんに挨拶をしてから、神社を出ていった。
「…………あっれ。此処、何処だ」
その後ルーミアに挨拶してから(旅に出るよ。あっそう。みたいな)適当に歩き回って何時間か。又は数十分か。
結論から述べると、迷いました。
……有り得ない。
そもそも、平面な森を歩いていたというのに、あからさまな斜面を歩いているってのがまず有り得ない。
どうして斜面を歩いていながら、僕は今の今まで違和感を感じなかったのだろう。鈍すぎやしないか。
……まぁ、考えても仕方なく。
もうどこに行っていいか分からないから、正面に向かって歩いてみる、という選択しかなくなった。それしかなかい。もしかしたら他にもあったかもしれないけれど、僕は思い付けなかった。
と、そんなこんなで山を歩いていたら。
後ろから、恐ろしい程の殺気。
「っ!?」
ここまでの殺気を持っていながら、気付かせずに背後まで接近された。
……かなりの手練。
ほぼ本能だけで、僕はその場で屈んだ。瞬間、表現し難い音と共に、はらはらと髪が落ちていく。
ゾクリと、悪寒を感じた。
「……っ!」
追い討ちが来る。
来るかもしれない、じゃない。来る。
地面を蹴る。転がるように着地。必死過ぎて受け身も取れなかったから、とても痛かったけれど、そんな痛みに怯んでたらその瞬間斬られる。
死にたくない。ならば生きなければ。生きようともがかなければ。
「だぁっ!!」
腕と脚を動かし、無理にでも起き上がる。この際身体にかかる負担は知らない、今は生き残るのが一番大切だ。
「さようなら!!」
「待ちなさいっ!」
一瞬、僕を襲った人物が見えた。
恐らく彼女は原作キャラ『犬走 椛』。東方風神録、四面中ボスだ。白狼天狗という種族で、妖怪の山に入ってきた者は人間だろうと妖怪だろうと斬る。そんな仕事を任されていた……気がする。
実際は彼女に犬耳はない……のだが、やはりこの世界は『二次設定』がベースのようだ。可愛らしい犬耳が見える。
是非ともモフらせていただきたいが、少なくとも今は無理だ。
逃げなきゃ。
「はぁっ、はぁっ、撒いたか……!?」
数分後。
思い付いたのは昔永琳が『妖怪から逃げる用』として渡されたことのある煙玉。それを記憶を頼りに能力で作成し、地面に投げつけて必死に走った。
一応、見える範囲に椛は見えない。逃げ切ったのだろうか。
「……疲れた……」
「なら、もっと疲れることになりますね」
「えぇ、そうです……ね……」
振り返る。
犬走 椛さんの可愛らしいお顔が目の前におありでした。抱きつきたい、モフりたい、といった欲望は胸に潜め、どうして、と疑問を口にする。
「私は千里先まで見えるのです。貴方がどこまで逃げようと、意味はない」
「……あ、あはははは」
適当に笑って誤魔化せたら、とても素晴らしい世界になると思う。現実は非常に非情である。ダジャレかな?
……千里先を見渡す程度の能力。忘れてたーっ!
「では、今度こそさようなら」
「ーーっ!?」
さようなら、とか、僕を殺す気満々じゃないですかヤダ! 嫌、死にたくない! 死なないけど死にたくない! 何言ってんだ僕!
……能力発動。動体視力強化。反射神経も強化する。
ここまで接近されたら、逃走するのはほぼ不可能だろう。背を向けたらそれこそ殺られる。それこそ自殺行為。自ら死にに行く程、僕は愚かではないーーと、思いたい。
ならばここで。
この場で、全て回避しきってやろう。これから椛が放ってくる攻撃、全て、回避してやれば、椛もきっと諦めてくれる筈だ。諦めてくれ。諦めよう? ……諦めさせてやる。
第一波、僕の右肩から左側への袈裟切り。素早く右側へ屈むことで回避。
第二波、そのまま下段への薙ぎ払い。短くジャンプし、それも回避。
第三波、右足から左肩へ向かう逆袈裟。小さい弾を発射し、椛の剣を軽く弾くことで、椛の手元は狂い、僕の足に当たるのは峰。痛いけど斬られるよりはマシである。回避というよりは防御。
「っく、どうして、当たらないん、ですかっ!?」
「ははははは! 人間舐めんなこんにゃろー!」
僕はほぼ人間じゃないけど。
そう思いながら、少しずつ後退していく。本当に少しずつである他、椛は僕に剣を当てようと必死である為、気付いていないようだーーこのままなら行けそうである。
……僕の背後には、一本の木が立っている。
「くぅっ!」
少々自棄になってきたか、椛の剣が大振りになった。来た、これを待っていたんだ僕は。あの大剣を振り回すとなれば、少し大振りになっただけで相当の隙になる。
そこを突く!
「よいしょっと!」
「!?」
突然前進し、椛の右腕を掴む。細いなー、華奢だなー、と思いつつ、腕力強化。遠心力的なもので無理矢理宙に浮かす。あわわわ、と、やはり椛は慌てた。
「は、離しなさい!」
「離したら斬るでしょうが貴女! 悪いけど、気絶させます! オラぁ!!」
「きゃうっ!?」
女の子が嫌がるにも関わらず、その男の子は、女の子を木の方に投げてしまいました。可愛い悲鳴を上げ、女の子は倒れてしまいます。その場には、偉そうに胸を張る男の子が、一人残りました。
女の子を倒して、この男の子は本気で喜んでいたのです。
「ははははは!! 人間の男舐めるなよぉ!!」
男の子は、高らかに叫びました。
なんと最低な男の子なのでしょう、この子は。
……というか僕だった。