東方事反録   作:静乱

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 幻想郷で起こる『怪』現象。


『怪』

 とある少年の目撃情報が相次いでいた。

 人里で、魔法の森で、霧の湖で、紅魔館周辺で、妖怪の山で、冥界で、迷いの竹林で、中有の道で、三途の川で、太陽の畑で、無名の丘で、再思の道で、無縁塚で。この幻想郷のありとあらゆる場所で、少年――黒橋 想也らしき人物の目撃情報が相次いでいた。

 あまりにも大勢の人間や妖怪たちが「彼を目撃した」と言うことで、当然、その噂は八雲 紫や博麗 霊夢、その他異変解決者や、想也が消えたことに関しての事情を知っている者たちにも届く……まもなく、紫と霊夢は()()の捜索を開始した。

 

 それが、ほんの数日前の出来事。

 

 そして今日、睡眠時間を削って想也を捜索していたがために疲れきっていた時に早苗が見たという夢の話を聞いた霊夢は、とうとう確信を持ったのだった――想也は、失敗してしまったのだと。

 『ボク』に乗っ取られてしまったのだと。

 

 ――しかしその時、同時に霊夢は希望も手にしていた。

 もしかしたら、()() ()()を取り戻すことが出来るかもしれないと、そんな希望を。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 幻想郷の少女たちと『ボク』との“最終決戦”の火蓋は切って落とされた。

 先制したのは幻想少女組側に属する吸血鬼の妹、フランドール・スカーレット。彼女は自身の持つ禁忌――『レーヴァテイン』を、『ボク』の剣に打ち付ける。『ボク』は化け物染みているけれど、しかしその身体は、ただの人間だった黒橋 想也の物だ。腕力も人間レベルに落ち着いている。

 一方のフランドールだが、先述した通り、彼女は“吸血鬼”だ。夜ならば、他を寄せ付けない無類の力を発揮できる。

 そして、今は夜――それも、草木も眠る丑三つ時。物語などでは“妖怪の時間”とも称される時間である。フランドールの力が限界まで引き出されると言っても過言ではない……現に、『ボク』はフランドールの一撃を受け止めきることが出来ずに、後ろに弾かれてしまった。

 

「お姉様ッ」

「分かってるわよっ、フラン!」

 

 フランドールの合図に、彼女の姉であるレミリア・スカーレットが答える。同時に、彼女の手元から槍状の高エネルギー体が放たれた――フランドールの『レーヴァテイン』と並ぶ、『グングニル』と呼ばれる物だ。

 『グングニル』は一直線に『ボク』へと向かう。その速度は尋常ではなく、半端な実力では凌げる一撃ではない。

 そのことを理解し、自分本来の実力ではこの一撃を凌ぐことは不可能であることも理解した『ボク』は、【自分にグングニルが飛んでくる事実】を反対にした――それにより、グングニルは突如として軌道を変え、全く検討違いな方向に飛んでいってしまう。レミリアは小さく舌打ちをしたが、これならこれで、手は考えていた。

 

「……ちょ、うぐぅっ……!」

 

 レミリアとフランドール、姉妹揃っての渾身の掌底。鳩尾に叩き込まれたソレは、『ボク』に物凄い激痛を与える――いつも余裕ぶっている『ボク』だけれど、想也の裏を名乗っているだけあり、“痛みに弱い”という想也の弱点は共通しているらしい。『ボク』は呻き声を挙げながら、態勢を整えることすら出来ずに吹き飛ばされる。

 勿論、だからといって手加減をすることはない。

 

「食らえッ、『ミルキーウェイ』!」

 

 吸血鬼姉妹揃っての掌底によって上空に打ち上げられた『ボク』に向かって放たれたのは、魔理沙のスペルカードである 魔符『ミルキーウェイ』。本人曰く「そんなに疲れない」、浮遊する星の欠片任せのスペルだ。

 大気中の星成分に強さが左右されるという多少の問題を持っているスペルだが、今日は天気が良く、星もよく見えている。今放たれている『ミルキーウェイ』は最大火力に限りなく近い。あっという間に、『ボク』の周囲を隙間なく囲んでいく。

 

「つぅ……少し位手加減してくれよ主人公組……!」

 

 呟きながら、『ボク』は全方位に霊力弾を発射。『ミルキーウェイ』を一時的に吹き飛ばし、その間に逃げる道を探そうとする――が。

 

「読み通りだぜ! こちとら、お前(想也)の取る行動は大体予想付いてんだよっ!」

「――くっ」

 

 そこに合わせて背後から飛んでくる細めのレーザー。魔理沙のスペルカード、光撃『シュート・ザ・ムーン』だ――『ボク』が一度『ミルキーウェイ』から逃れるために霊力弾を発射することをあらかじめ読んでいたのだろう、『シュート・ザ・ムーン』は見事に、今『ボク』が移動しようとしていた場所を通過していった。

 直前で気付くことが出来た『ボク』は何とか第一波を避けることに成功したが、『シュート・ザ・ムーン』は休む間も与えずに『ボク』を狙い続ける。少しずつ、彼の表情から余裕が失われていく。

 

「さっすがに、一対多数じゃ分が悪いな……『昨日の味方は今日の敵』!」

 

 裏切り『昨日の味方は今日の敵』

 相手が放った弾幕を少しだけ強化して相手に返すことが出来る、作成した想也曰く“初見殺し”のスペル。今、この場に居る少女たちにこのスペルを使うのは初めてなので、このスペル選択はどちらかと言えば正解だった――なんてことはなく、この選択は迷うまでもなく不正解だった。

 少なくともあと数分は温存しておくべきだったし、それが出来ないのだったら、せめてもう少しタイミングを見極めるべきだっただろう……流石の『ボク』も、一対多数の状況に焦っていたのだ。

 

「……アレレー? おっかしいぞー」

 

 気付いた時には、もう遅い。

 『昨日の味方は今日の敵』で反射したはずの弾幕は、しかしその一瞬で消え去ってしまっていて、それどころか彼は、新たな弾幕――咲夜のスペルカードである『インフレーションスクウェア』に完全に囲まれてしまっていた。あまりにも唐突で、あまりにも衝撃的な出来事に、『ボク』は一瞬だけ言葉を失ってしまう。

 それが命取りだと知らずに。

 

「――『弾幕結界』」

「あっ」

 

 紫奥義『弾幕結界』――名前通り、弾幕ごっこ上での紫の奥義。

 しかも今回は“弾幕ごっこ用”の方ではなく“実戦用”――実戦向きの攻撃と遊びとしての弾幕の境界を操ったモノではなく、ただただ実戦向きの攻撃として放たれているモノである。その密度は、弾幕ごっこ上での『弾幕結界』とは比べ物にならない――というか、避ける隙間がどこを探しても存在していない。つまり、これで『ボク』は、完全に『インフレーションスクウェア』と『弾幕結界』の中に閉じ込められてしまったことになる訳だ。

 このまま何もしなければ、十回に十回の確率で被弾してしまう。

 

「ね、『螺の嵐』」

 

 能力で大量の螺を出現させ、何とか突破口を見出だそうとするが、残念ながら、それは悪足掻きにしかならない。大量の螺は確かに他の弾幕を打ち消すことは出来ているけれど、しかしそれでも、逃げ場を作り出すには至らない――兎に角、弾幕の密度が違い過ぎるのだ。『螺の嵐』程度の密度では、『弾幕結界』と『インフレーションスクウェア』のコンビを突破することは出来ない。

 だから、先程の『ボク』の選択は間違いだったのだ――この時に備えて、『昨日の味方は今日の敵』を温存しておくべきだったのだ。この時に『昨日の味方は今日の敵』を使用すれば、このほぼ詰みと行っても過言ではないこの状況を容易に突破することが出来たし、そのまま紫たちを倒すことだって可能だった。

 

 一度使ったスペルは、再使用まで多少の時間を要する――所謂“リキャストタイム”だ――『昨日の味方は今日の敵』を再び使用できるまではまだ時間がかかる。このままでは、『ボク』は『弾幕結界』と『インフレーションスクウェア』に押し潰されて、この戦いは終焉に向かうだろう。

 

「……しゅ、瞬間移動……」

「貴方の境界を弄らせてもらったわ――貴方はもう、瞬間移動は使えない。能力云々の境界は弄れないようにセキュリティがかかっていたけれど、その辺は甘かったわね」

「あー……失敗したぜ」

 

 やれやれだぜ、と、自分自身に言ってみせる『ボク』――ただのマヌケである。

 

「なら、威力が高い奴で突破しよう。『天からの支配者』――」

「……私のこと、忘れてるよ」

「目の前のことに集中しすぎて忘れてました!」

 

 威力の高いレプリカ隕石で突破しようとするも、今度は先程凄まじい掌底を放った吸血鬼姉妹の妹の方、フランドールが、能力でレプリカ隕石を破壊する。あまりにも隕石の数が多く、たまに破壊し損ねるモノもあったけれど、それは姉妹の姉の方であるレミリアがフォロー。一つだって、隕石が『弾幕結界』と『インフレーションスクウェア』に届くことはない。

 “やべぇどうしよう勝てるとは元々思ってなかったけれどまさか良いところが何もなくて尚且つこうもストレートに負けるとは思ってなかった”

 そんな感じの思考が『ボク』の脳裏を過る中、とうとう逃げ場の無い“不可能弾幕”が、全弾『ボク』に炸裂した。炸裂した際に発生した爆風が、『ボク』の姿を覆っていく。

 

「今よ、霊夢! 山の巫女!」

「分かってるわよっ!」

「名前呼んでください!」

 

 そう。

 今までこの二人が戦闘に参加していなかったのは、このタイミングを逃さないため。確実にこのタイミングで決めるために、今の今まで、霊夢と早苗は()()をしていたのだ――封じ込めた者の能力を無効化し、動きを封じることが出来る結界の準備を。

 『博麗式二重結界』の準備を。

 

 

 

 

 

 ――こうして、『ボク』との“最終決戦”の第一幕は『ボク』の敗北で幕を閉じた。

 しかし、これはあくまでも『第一幕』の終演であり、まだ『ボク』との“最終決戦”が完全に終わった訳ではない――数十分の間を置いて、『ボク』との“最終決戦”第二幕は開演となる。

 

 第二幕のメインキャストは古明地 さとり。『覚り妖怪』という種族の共通の力で心を読むことが出来、そのために人間からも妖怪からも嫌われ、そんな風に嫌われてしまう自分を自分でも嫌いになりかけてしまっていた悲劇の少女。

 しかし、彼女は皮肉にも、その力を行使することで『ボク』との“最終決戦”に――()u()()()()k()()()()s()()()()t()()()()()()()s()()()()になるのだった。

 

 

 

 

 

 


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