女が強い世界で剣聖の息子   作:紺南

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第60話

猿は骨が多くて食べづらいが、食べられないほどではないとのこと。

五人目でようやく語ってくれたその話は、本人曰く年寄りの伝聞だそうだが、とりあえずはそう言うことらしい。

その人に礼を言って、広間を後にした。

 

これ以上あそこにいて得られる物はないだろう。まだ喧々諤々と議論は続いているが、それもどこかに帰結するとは思えない。

あの場で決まることは何もないのだと思う。時間を無為に費やしているだけだ。その間にまた誰かが襲われないとも限らない。

頼りにならない人たちを頼るのはやめにした。誰も何もしないのなら、猿は俺が殺すことにする。そう決めて、行動に移った。

 

まずは武器の調達。

家には母上の予備の刀があるが、今の俺に普通の刀を扱い切れるかは怪しいところがある。

鋼の塊でただでさえ重いところに、鞘に鉄が仕込まれていて更に重い。そんなものを持って歩き回るのは難しそうだ。

かと言って他に武器になりそうなものとなると、軽さでいえば包丁とか、あるいは鍬を始めとした農具とか、そう言うものになる。

 

しかし、包丁を握りしめて猿を殺しに行くのは蛮勇としか思えない。

確かに軽いと言えば軽いのだが、あんなもので『太刀』が使えるはずもなく、使い道と言えばザクザク突き刺すしかない。一匹や二匹ならともかく、複数匹に包丁で立ち向かうのは無謀に過ぎる。

ならば農具はどうかと言うと、やっぱりこちらも『太刀』なんて使えないし、手に馴染みがなさ過ぎて持て余しそうだ。鍬とかは先っぽに金具がついているので、振り回すと身体を引っ張られて転がりかねない。

 

短所ばかりが浮かぶ。とはいえ無い物ねだりしても始まらない。何か他に武器になりそうなものはないかと考えつつ、最悪は包丁と鎌をいくつか持って行くことになるかと思案していたら、ふと思い浮かんだものがある。

 

普通の刀ほど重くはなく、『太刀』も使えるであろう武器。

多分、現状を考えればそれはベストな選択のはずだ。感情面では複雑どころの話ではないが、この状況で感情を優先させては馬鹿を見る。

 

問題は母上があれをどこにしまっているのか。

記憶を探っても見かけた覚えはない。目の届かない場所に置いてあるのは確かだ。ひょっとしたら捨ててしまったのかもしれない。だとするなら探したところで見つかるはずもないが、しかし今の俺にあれ以上の武器はない。一縷の望みにかけて探してみることにした。

 

とりあえず母上の部屋に向かった俺の背中を、パタパタと足音が追いかけて来る。

振り向くまでもなく正体は分かっていた。横に並んだ人影を一瞥して問いかける。

 

「何か御用ですか」

 

「僕の方からは特に何も。君の方は何かある?」

 

シオンは聞き返してくる。あるよね? と言う顔で。お見通しだと言う素振りで。

 

「……実は、手伝っていただきたいことがあります。ろくにお礼も出来そうにありませんが」

 

「いいよ」

 

即答だった。あまりに考えなしに見えたから、不安に思ってこちらから確認する。

 

「まだ何も言ってませんが、本当にいいんですか?」

 

「猿退治でしょ? 全然構わないよ。お礼とかも別に。むしろ待ってたぐらいで」

 

目を輝かせるシオンはあからさまにウキウキしていた。楽しくなってきた、と言うことだろうか。

やはり、シオンは俺の考えをある程度見透かしている。正直良い気分ではないが、話が早いのは楽でいい。

 

「まずはどうしたらいいかな。どうやって退治しようか。何か策はある? 攻める? 守る?」

 

「……ひとまずは探しものです」

 

「害獣用の罠とか?」

 

「杖です」

 

予想外の言葉に首をかしげるシオン。

俺は母上の部屋の襖を開けながら言葉を足した。

 

「仕込み杖です」

 

 

 

 

 

母上の部屋をしらみつぶしに探してみて、目当ての杖は見つからなかった。

部屋の中心に腰を下ろし、杖はどこにあるのかと頭を悩ます俺の目の前には、胡坐をかいて座るシオンがいる。シオンはどことなく憮然とした様子で口を開いた。

 

「仕込み杖って、なんでそんな卑怯臭い物があるのさ。剣聖に相応しくないよ」

 

「母上の持ち物じゃありません。襲ってきた人の遺品です」

 

母上に対する風聞を守るため、割愛して説明した。

真面目に話せば長くなるのは目に見えている。そんな時間はない。

 

「遺品なんて残してあるんだ」

 

「恐らくですが」

 

「なんで?」

 

「なんでと言われても」

 

先代の剣聖だから。母上の師だから。形見だから。もしかしたら、そういう理由で残してあるかもしれない。

それでいて、アキを斬り、俺を斬った刀でもあるから、とっくに処分してしまった可能性もあるのだけど、どちらかと言うと残してある気がする。先代の剣聖がああなったのは自分のせいだと、母上は考えている気がするから。

 

隠し場所としてはどこだろうか。さすがに、俺に見られたらまずいぐらいの感情はあるだろうから、条件としては俺の目の届かない場所。絶対に目に触れない場所。

 

考えながら部屋を見回した。

ヒントになるようなものは見当たらず、開け放たれた襖の間から縁側を通して馬小屋が見えた。隣にはトカゲ小屋がある。

もしかしたらと思った。思いついた馬鹿な考えは、しかしすぐに否定される。いくらなんでもあんなところに置くはずはない。いくら母上でもそんなことはしない。

そう思いながらちょっとだけ怪しんでいる自分がいる。でも母上なら……。その思いを否定しきれない。

一応、あれは番犬代わりにはなるよなと別の理由も思いついてしまった。そっちを目的として、ついでに探してみて損はなさそうだった。

 

「シオンさん」

 

「なに?」

 

「酷い目に遭う覚悟はありますか?」

 

「は?」

 

言葉の意味をまるで理解していないシオンは、俺が一点を見つめていることを不審に思い、視線を辿ってトカゲ小屋を見つけた。

あそこに何かあるのかと訝しんでいる。

 

「え、なに」

 

「覚悟があるならついてきてください。ないならいいです。部屋に戻って布団被って寝てください」

 

ちょっと挑発気味に言ってみたら、シオンは誰に物を言ってると言う感じで立ち上がった。

負けず嫌いらしい。分かりやすくていい。一つ覚えた。

 

シオンを伴いトカゲ小屋へ。特に説明もなく開けようとする俺に、シオンは待ったをかける。

 

「ちょっと待って」

 

「なんですか。怖気づいたんですか。じゃあ布団に包まって寝てください」

 

「あんまりそう言うこと言ってるといい加減泣かすけど。これ中身なに? まさか剣聖とか飛び出してきたりしないよね?」

 

「剣聖が飛び出すと何かまずいことでもあるんですか」

 

「うん。刀持ってこなくちゃ」

 

何か母上を怒らすことでもしたのだろうか。

 

「中身はトカゲです。刀はいりません」

 

「……なんで、蜥蜴(とかげ)

 

「母上に忠実な(しもべ)なんです」

 

他に聞きたいことはないかと訊ね、シオンは不安そうに瞳を揺らしながら「……ない」と答えた。

 

「気が向かないならあっち行ってていいんですよ」

 

「あともう一回ぐらい僕を見くびる様なこと言ったら怒るからね。……いいよ。早く開けなよ」

 

「じゃあ開けます」

 

「――――あ、ちょっと待って。その蜥蜴の大きさってさ」

 

シオンが何か言っていたが、戸を開く方が早かった。

開きながら、俺は戸の影に隠れる。長年の経験と勘がそうさせた。

 

長々と戸の前で話し込んでいたせいで、すっかりスタンバイが済んでいたトカゲは、戸が開くと同時に猛烈な勢いで飛び出してくる。

俺の横を通り抜け、シオンに向かっていく。シオンは突然のことに目を丸くしながら、その手は反射的に腰の辺りを探っていた。いつもならそこに刀があるのかもしれない。でも今は刀を帯びていない。

 

トカゲがシオンの居た場所を過ぎた時、辛うじてシオンは飛び退いていた。

シオンの顔が恐怖に引き攣っている。

 

「なんで!?」

 

悲鳴のような声があがった。

 

「よりによってなんで!? もっと南が生息地でしょ!? なんでこんなところにいるの!?」

 

言ってる間に、Uターンしたトカゲがシオンに襲い掛かる。

トカゲは俺のことなど目にも映らない様子で一心不乱にシオンに突撃していた。

 

シオンに狙いが集中するのは予想外だったが、この好機を逃す理由はなく、俺はトカゲの寝床を漁る。

もしかしたら、この藁の中に杖が隠されているかもと思ったのだが、流石にこんな場所に隠してはいなかったようだ。

まあ、こんなところに置いといたら錆びるし。そうなるぐらいなら処分するだろう。

 

当てが外れ、小屋から出てシオンを探す。

いつの間にやら、シオンは近くの木に登っていた。その木の周りをトカゲがぐるぐると回りながら、時折木を揺すって落とそうとしている。

揺すってはシオンを見上げ、揺すってはまた見上げるその姿からは、今までにない妙な執念深さを感じた。しばらく誰も構っていなかったから、誰彼構わず遊んでほしいのかもしれない。

 

その標的にされたシオンが、木の上から俺を見ている。

 

「助けて」

 

頭上から聞こえたその声は、今までで一番切実だった。

 

 

 

 

 

結局、トカゲは俺を発見するや否や俺に襲いかかって来て、悲鳴を聞きつけてやってきた大人のおかげで難を逃れた。

そのまま助けが来なければ死んでいたかもしれない。少なくともトカゲの下敷きにはなったわけだし。

 

力づくで組み伏せられ、手も足も出ない状況には恐怖を覚えた。思い出すだけで身体が震える。多分本能的な恐怖だと思う。生涯でも類を見ない酷い体験だった。

 

家の敷地をのっそのっそと歩き回るトカゲを物陰から観察しながら、シオンが淡々と告げて来る。

 

「殴ってやろうかとも思ったけど、君もひどい目に遭ってたから許してあげるよ」

 

「ありがとうございます」

 

シオンにとってはどちらかと言うと加害者側にいる俺だったが、被害者仲間と言うことで許しを得た。

トカゲはきょろきょろと辺りを見回して獲物を探している。あれでいて村の人にはほぼ襲い掛からない。母上の調教の賜物だ。

先ほどシオンに襲い掛かったのは村の住人じゃないからか、もしくは強者の気配でも感じたのかもしれない。

奴は強い人間になら襲い掛かっても大丈夫だと思っている節がある。

 

予想以上に酷い目に遭ったが、とりあえずトカゲは解放した。これで万が一猿が襲ってきても大丈夫だろう。

あいつが猿ごときにやられるところは想像できない。例え十数匹の猿に襲いかかられても平然としている姿が容易に想像できる。一騎当千で蹴散らしてくれるに違いない。

 

「ところで、杖はあった?」

 

「なかったです」

 

「だよね。あんなところにあるわけないから」

 

そんな当たり前のことも分からないのかと、怒りの籠った口調だった。許すと言いながらも根本的には許されていないらしい。

実はトカゲを解き放つのが主な目的で、杖はあくまでもついでだったのだが、とりあえず反論はしておく。

 

「母上のことだから分かりませんよ。トカゲの腹に巻き付けてる可能性だってあるんですから」

 

「そんなわけ」

 

口では否定しながら、注意深く観察を続けるシオン。心なしか視点が下がっていっているようなので、腹に何か巻き付いていないか確認しているようだ。

 

少しずつかがんでいくシオンを横目に見ながら、俺は膝を抱えて座り込んでいた。

先ほどトカゲに組み伏せられたせいで、精神的にも肉体的にもダメージを負ってしまった。今は痛みが治まるのを待っている。

 

「レン」

 

「なんですか」

 

「なかったよ」

 

「そうですか」

 

知っている。圧し掛かられた俺が言うのだから間違いない。あるはずがない。

 

「レン」

 

「はい」

 

「大丈夫?」

 

「問題ありません」

 

あくまでも事務的に答える俺をどう思ったか、シオンが俺の横に座り肩に手を回してきた。自分の方へと引き寄せて来る。

跳ね除ける力もなかったからされるがままだった。相変わらず感触は柔らかい。

 

そのままお互い何もせず、話すこともせず、昨晩と同じ甘い匂いに包まれながら、静かな時間が過ぎていく。

こんなことをしている場合ではないとも思うけど、先々のことを考えれば今は休んでおくべきだった。どうせ無茶をすることになる。

だからと言って、シオンがくっついてくるのを容認する理由にはならないけれど、まあいいやと思う。くっつきたいならくっつかせておけばいい。

 

そんな感じで二人でくっついていると、玄関口の方から足音が聞こえて来た。父上の気配がする。

こんなところを見られたら妙な誤解が生まれる。この状況で更なる面倒事は避けなければならない。

シオンを押しのけようと力を込めて、それ以上の力で引き寄せられた。

 

「あの」

 

「なに?」

 

「離してください」

 

「やだ」

 

シオンの目が輝いている。

この状況を楽しんでいるようだ。もしかしたらトカゲの件の意趣返しかもしれない。俺としてはたまったものじゃないのだが。

父上が俺を呼ぶ声が聞こえ、シオンが「こっちだよー」と答える。余計なことをしてくれたと離れるのに必死になり、シオンは俺の頭を掴んで自らの胸に抱き留める。

 

「レン? こんなところで何して――――本当に何してるの?」

 

物陰で抱き合っていた俺たちを見て、父上の口調が冷え冷えとしたものになる。

傍目に見て、仲睦まじいにもほどがある構図だ。そう言う仲なのかと邪推するのも無理はない。

しかもシオンと俺は昨日出会ったばかり。と言うか、シオンは男の子じゃなかったのか。

そんな父上の思考が手に取るように分かった。

 

「こんにちは、お父さん!」

 

「こ、こんにちは……」

 

嫌味ったらしいほど元気のいい挨拶に、父上は困惑気味に応じた。

シオンはこの状況が楽しいらしい。楽しくて仕方がないらしい。声だけでニコニコしているのが分かった。その胸に抱かれている俺は無表情だ。

 

「ほら、レン。お父さんが呼んでるよ。いつまでも抱き着いてないで行ってあげなよ」

 

まるで俺が好きで抱き着いているかのような口ぶりだった。誤解を助長させる気か。

シオンの腕の中から、くぐもった声で抗議する。

 

「……これは、何の嫌がらせでしょうか」

 

「蜥蜴の仕返し」

 

「許すって言ったのに」

 

「だからその分可愛い仕返しでしょ?」

 

「どこが? 人生に関わる仕返しなんですが」

 

「責任は持つから。大丈夫」

 

溜息を吐き、シオンを押しのけて立ち上がる。

振り返り、父上の方に歩き出そうとしてふらりと転びかけた。

抱き留めようとした父上よりも一瞬早く、後ろからシオンに支えられる。

 

「大丈夫?」

 

「どうも」

 

直前のこともあって感謝の言葉はおざなりに済ます。シオンはそんな俺の態度すらも愉快そうにしていた。

極力その顔を見ないようにしながら父上の近くに寄る。

 

「何でしょうか」

 

「あ、うん……。話が、あるんだけど……」

 

そう言いながらもシオンが気になって仕方がないらしい父上は、チラチラとシオンに視線を向けながら話している。

こんな状態では集中したくても出来ないだろう。俺も聞きたいことがあったので、もっと落ち着いて話すために場を移すことにした。

 

「家に入りましょうか」

 

「……」

 

「父上?」

 

「……そうだね」

 

何かを悩んでいる様子の父上と二人で家に向かう。

後ろからシオンが問いかけてきた。

 

「僕は何をしてればいい?」

 

「大人しくしててください」

 

「了解」

 

出会ってまだ二日ほどだが、早くも互いに遠慮がなくなってきた。

と言うか、遠慮なんてしてたら振り回されるばかりだ。

礼節を投げ捨てるぐらいの気持ちで接する方が良いかもしれない。あっちが振り回してくるのなら、こっちも振り回してやろうと言う気概が大事そうだ。




終わり方が唐突だと思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、レン君とシオンのやり取りが思った以上に長くなったので途中で切りました。
作者の想定以上にシオンがレン君を気に入っています。多分ちっちゃい上にからかってて面白いんでしょう。たまに反撃してくるので更に楽しいんだと思います。
その調子で仲良くなってほしいです。

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