女が強い世界で剣聖の息子   作:紺南

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第49話

共闘、と一口に言っても簡単なことではない。元より連携は複雑なものである。前提として息が合っていなければならないし、前もって様々な事態を想定した上、その時々の行動を共有し訓練しておく必要もある。

それが殺し合いとなればなおさらだ。曲がり間違っても一朝一夕で出来ることではなく、中途半端な訓練で行動に移せば、最悪足を引っ張り合って共倒れである。

 

そんなことを、出会って間のない鬼灯(じぶん)とアキが、頭の悪い自分と、猪突猛進のアキとで出来るはずがない。どれだけ夢を見たって無理だ。奇跡に奇跡が重なり偶然上手くいったとしても、運に頼った戦いなど阿呆のすることだ。結局最後は二人揃って死ぬことになるだろう。

 

だから鬼灯(ほおずき)は早々に高度な連携と言うのは諦めた。

代わりに極限まで物事を単純化した。「私一人でやる」と譲らないアキを主軸に、自分はサポートに徹する。アキは自由に戦っていい。周りのことは気にせずに、味方のことなど気にも留めず、好き勝手に暴れていい。その分細かな苦労は自分が背負う。それが最善だと考えた。

 

頭の中で考え、実際に口に出して確認もしてみた。

これ以上は考え付かない。やはり最善だと思う。

しかし所詮は頭の悪い人間の考える最善だ。果たして本当にそうだろうかと不安に駆られるのは致し方ないことである。

だから鬼灯は助言を求めた。自分より数段頭の良い人間がすぐ横にいるのだから当然のことだった。

 

「大丈夫だろうか、これで」

 

「こと戦については門外漢だから知らないわ」

 

そう言うのは聞かないで、とカオリは素っ気ない口ぶりで拒絶する。そこまで強く拒絶されては、聞いた側は沈黙する他ない。

 

何も鬼灯とて真面目な答えを期待していたわけではなかった。けれどもこの返答はあんまりではないだろうか。

カオリの言っていることも分かる。これが初めてと言うわけではない。今までだってそうだった。血生臭い力仕事に関しては専門外。カオリはずっとそう言ってきた。

 

しかしそれでも鬼灯は聞いた。今までにない大仕事を前に、ただ励ましてほしかっただけだ。

確証はないし保証もしないけど、きっと大丈夫よと他でもないカオリに言ってほしかった。

そうすれば多少の不安は払拭されただろう。なにせあのカオリがそう言ったのだ。自信が出ないはずがない。

しかしカオリはこう言う時に限って言ってほしい言葉をくれない。ただ自信を持ちたいだけなのに。

 

戦争の時、兵士は決まって男を抱くと言う。それは直前だったり直後だったりするが、性欲を満たしたがるのは不思議なことではないらしい。

きっと気持ちを和らげるために抱くのだろうと鬼灯は思う。

一戦を目前に男の元へ行き、素っ気ない態度を取られたら生き残れる気がしない。

こう言う時こそ優しくするのがお前の役目ではないのかと、声を大にして言いたい鬼灯だったが、しかし仮にそれを言ったとすれば、「私、女だけど」と至極当然な返答があるだけだ。

 

だから鬼灯は口をつぐんだ。代わりに恨めしそうな目で訴える。もうちょっと何かないのかと。

それがカオリに伝わったかどうかは、その無反応を見るに怪しいところだった。

 

いっそのこと言葉にするのもありかと思った鬼灯だが、他の団員の目がある手前、あまり子供っぽいところを見せるわけにもいかなかった。

如何な鬼灯にも外聞と言うものがある。団員に見られるのはまだいい方で、まかり間違ってアキに見られた暁には、恐らくあの生粋の子供は途端に見下してくるに違いない。

 

何となくそんな気がする鬼灯である。

短い付き合いだがアキの性格を早くも掴み始めていた。これは鬼灯の見る目が優れていると言うよりかはアキが分かりやすすぎるためであった。

分かりやすいのはいいなと鬼灯は思う。特に、今この状況に至っては。

 

「アキ! 手合わせ願う!」

 

カオリへの大声はアキへの大声に転換された。

やれることはやっておくべきだ。矛を交えれば交えるほど、自分はアキのことを理解できるだろう。逆もまた然りで、この手合わせは必ず役に立つはずだ。

 

縁側から立ち上がり、槍を携えて外へ向かう。アキも鼻息荒く誘いに応じた。

二人じゃ不味いですよと杏を初め何人かが護衛につく。必要か?と疑問視する声もあったが、少ないより多い方が良いのは事実だった。

 

どこへ行くのかと訊ねたアキに、鬼灯は川と答えた。

河川敷である。刃物を振り回すのだから、周りに誰も居ない場所が望ましい。この辺りにはそこぐらいしかない。

 

昨晩行ったあそこかなと当たりをつけるアキに、隣に来た杏が声をかける。

 

「お前、どんだけ強いの?」

 

平静を取り繕った声だった。

瞳の奥に恐れに似た感情が垣間見える。

アキはチラリとその瞳を見て、べっと舌を出しながら答える。

 

「お前よりずっと」

 

明らかに小馬鹿にしていた。

糞生意気な餓鬼だな!と拳が握りしめられる。

 

「でも私より強い奴もたくさんいる」

 

「あ? ……まあ、姐さんとあのアザミはそうだろうな」

 

アキは鼻で笑う。

 

「あんなのよりもっと強い人もいる」

 

「誰?」

 

「母上、と……」

 

自然と母の名が出たことに動揺し、続けざまに言おうとした名前に気づいて言葉に詰まる。

それは本当にこの場で出していい名前なのか。少し前ならいざ知らず、今なお挙げていいものなのか。

今一度よく考えた末に、口を開く。

 

「――――兄上」

 

母の名が出てきたのは仕方がないことだ。気に食わないことに、母は今の自分より遥かに強い。

それは認めるが、だからと言って気分の良いものではない。舌打ちする。

 

杏は突然機嫌を悪くしたアキに疑問符を浮かべながら、半分納得しもう半分で疑問を抱いた。

 

「母上っていうのは剣聖様だろ? そりゃ分かるけど、兄上って何だよ」

 

「兄上は兄上」

 

「だから、それ男だろ。そんなの強いわけないじゃん」

 

その口ぶりは世の常識を語っているような確固たるものだった。

 

現に、今護衛として周囲にいる人間は皆女性である。そこに実力差こそあれども、男の姿など影も形もない。

自警団の屋敷でも強そうな奴は皆女だった。男は家事に従事しており、ただの一人も強そうな奴はいなかった。

 

杏の言う通りだ。男は強くない。みんな弱い。

アキもそれは理解している。だから、続く言葉はどこか負け惜しみ染みていた。

 

「お前なんか、兄上に手も足も出ないで負ける」

 

「はあ?」

 

「ここにいる奴みんな、兄上の足元にも及ばない」

 

ぽかんと口を開いて呆れる杏。他の団員達はそれぞれ苦笑や冷笑を浮かべた。

ぶっ殺してやろうかとアキの怒りが爆発しかけ、鬼灯が慌てて抑え込む。

 

「やめろ」

 

「放せ殺す」

 

「やめてくれ。少なくとも、私は君の言うことが嘘だとは思っていない」

 

鬼灯の言葉に虚を突かれたのはアキだけではない。杏を初め、団員は皆驚いた。

しかしその驚きはすぐに消え去る。アキを大人しくさせるための方便だと解釈したのだ。

 

「お前に兄上の何が分かる」

 

代わりに何故かアキが食って掛かる。肯定したのになぜだ、と鬼灯は訳が分からなくなる。

 

「多少は」

 

「嘘つけ。何も知らないくせに」

 

「前に一度会っている。覚えてないのかもしれないが」

 

剣聖と共にいた少年は記憶に新しい。何せ刀を持っていたことに加え、好奇心に溢れた目を鬼灯に向けていた。あの視線の居心地の悪さは中々忘れられない。

 

正直に言って、あの少年の実力の程は分からない。強いかもしれないとは思う。しかしあの時はそれ以上の絶対強者がその場にいたのだ。どれほど強くたって、剣聖の前では霞んでしまう。それほどに強烈な印象を持つのが剣聖と言うものだ。

 

「この場にいない人間の強さを論じることに、これ以上の意味はない」

 

「……」

 

にべもない鬼灯の言葉にアキは噛み付きそうな顔をしている。

仲良くしないといけないのに、全く仲良くできそうにない。こんな調子で大丈夫かと途方に暮れる。

それでもやるしかないと己を鼓舞する気力はまだ残っていた。よしと気合を入れる。屋敷に戻ったらカオリに愚痴を言おうと思いながら。

 

 

 

 

 

嵐の前の静けさが感じられる。

縁側に座るカオリは煙管を咥えながら暗闇の向こうをじっと見つめた。多くの人は寝静まっている夜半。自警団と和達の衝突が不可避となって最初の夜である。

 

幸か不幸か、その日の内に決戦とはならなかった。戦いを求める声は自警団の中では殊更に大きかったが、感情のままに暴走する愚は犯さなかった。とは言えそれも時間の問題である。

 

長らく自警団を纏めていた老婆は彼岸に去った。

後継者はおらず、派閥が二つ残った。

内実を知らない人間から見れば、カオリが後継者であると考える者が多い。しかしカオリにその気はあまりなく、病のこともあって統率はとれていない。

 

紛糾した話し合いでは、一目散に駆けだそうとする者たちを抑えるので精いっぱいだった。

誰も彼も血気に逸って、今この瞬間に独断専行に走る人間が出てもおかしくはない。その者は間違いなく死ぬだろう。しかしそれが決定打になる。

そうなったら終わりだとカオリは思う。勝つにしろ負けるにしろ最後だ。破滅への道がこれほど綺麗に整備されているのも珍しい。

 

剣聖様がいたら、とカオリはここにはいない恩人のことを思う。

剣聖ならば、話し合いは紛糾しなかっただろう。あの混乱に満ちた議場も、一声で治めたに違いない。

それだけの期待を抱き、それ以上の願いを託して鬼灯(ほおずき)を遣いに送ったのだが、結果は芳しくなかった。代わりにやって来たのは剣聖の娘だった。

ミニチュアな剣聖様と言う風貌のその娘は、可愛くはあれどまだ何も知らない子供であった。戦闘面で辛うじて役に立つかもしれない。しかし今求めているのはそれではない。ままならないことばかり。もし神とやらがいるのなら、それは自分を見放して当に久しい。

 

どうすればよかっただろうと暫しの間黙念とした。

吐いた煙が視界の隅にふわふわと漂う。後悔と反省ばかりが浮かんだ。しかしもう遅い。時を巻いて戻す術はない。意味のないことかと自嘲を浮かべ煙管を吸い込む。背後から床板の軋む音がした。

 

「お……」

 

「……あら」

 

振り向いた先にはゲンがいた。

闇深い時間だ。どこにも明りはなく、近づくまで互いに気づかなかった。煙管を口から離しながら訊ねる。

 

「こんな夜更けにどうしました?」

 

「いや……」

 

ゲンはばつが悪そうな顔をしている。人の寝静まった夜更けに見られて都合の悪いこと。

何か悪だくみか。そう思ったのもつかの間、ゲンは諦めたように溜息を吐き、「眠れんくてな」と不貞腐れた子供のような声で言った。

カオリは可笑しそうに訊ねた。

 

「何かありましたか」

 

「……いや、まさかこんなことになるとは夢にも思わなんだ」

 

――――まさか、殺し合いになるとは。

 

カオリは頷き、立ち尽くすゲンを見る。

 

「人を殺したことは?」

 

「……餓鬼の頃に一度だけな」

 

この時代において人死にはさほど珍しくはない。戦中、戦後ならなおさらである。今日を生きるので精いっぱい。明日を見据えられればい良い方で、それ以上先など考えることすらおぼつかない。その貧しさが現状に繋がっている。

 

「怖いなら、お逃げになられたらどうです?」

 

「そうしたいが、小娘が言うことを聞かん」

 

小娘とはアキのことだ。アキは依然やる気満々で屋敷に居座っている。逃げると言う選択肢は端から持ち合わせていない。

子供特有の自信が満ち満ちて、そのくせ子供らしからぬ妙な図太さを持っている。一度や二度の失敗では決して挫けずに人一倍執念深い。

 

成長すれば一廉の人物になるだろうなとカオリは思った。残念ながら現状は幼稚さが際立っている。状況をあまり理解していないだろう。目標のためにわき目もふらずに猪突猛進するだけだ。実に可愛いらしい。

 

「置いて逃げればいいのでは? 血が繋がっているわけではないんでしょう?」

 

意地悪なことを言った。言いながら、そうしないだろうことは分かっていた。

それが出来ない、したくない理由がある。恐らくは剣聖様に恩があるのだろうとカオリは推測する。自分がそうであったから。

 

「出来るか、そんなこと」

 

「剣聖様に頼まれましたか?」

 

「あ? ああ、いや、椛は……それよりも小僧がな」

 

ゲンの答えにカオリは自身の読みが外れたことを知った。

小僧と言うのは誰だろう。ひょっとしてあの子だろうか。あの男の子。あの活発そうでありながら、どこか幸薄そうだった男の子。名前はレン。

 

「座ってください」

 

席を進める。ござも何もないが、とりあえず座らせた。ゲンが腰を痛めているのを思い出したから。

 

「レン君はどうしたんですか」

 

「あ?」

 

「アキちゃんが持っている刀、あれは前にレン君が持っていたものでしょう」

 

「……そうだったか?」

 

ゲンは視線をさ迷わせる。言われて気づいたのか、知らないふりをしているのか。傍目に見るカオリには判断が付かない。

 

「そんなことをよく覚えてるな」

 

「記憶力だけはいいので」

 

――――それ以外はすこぶる悪いので。

 

言外に込められた自虐をゲンは理解した。自虐的な女だと言う感想を抱く。性格もすこぶる悪そうだ。反面、有能そうでもある。

変な女に目をつけられているなとゲンはレンを憐れんだ。ひょっとしたらあれは女難なのかもしれない。あの母に、あの妹に、この女だ。可能性は高い。

 

「それで、レン君はどうしたんですか?」

 

「別に何もありゃあせん。あの刀もただのおさがりだろう」

 

「そうですか。私はてっきり不幸に見舞われたのかと」

 

「縁起でもないことを」

 

「死んだとは言いませんけれど、相応の目には遭ったと思っていました」

 

「相応? 何を根拠に言ってる」

 

「そんなものはありませんよ。強いて言うなら、勘」

 

男に勘があるように、女にだって勘はあるんですよとカオリは微笑んだ。

ゲンは忌々しそうに舌打ちする。これだけ言ってなお、カオリはレンの身に何かがあったと信じ切っている。しかも根拠は勘ときた。どれほど否定したところで聞く気がないなら意味はない。

 

「それで、レン君は何と言ってあなたを送り出したんです?」

 

「お前に言う必要はねえな」

 

「いいじゃないですか。減るものでもないし。会話を楽しみましょう?」

 

煙管を咥えたカオリは可笑しそうな表情でゲンを見ている。その瞳に妖しい光が宿っているのにゲンは気づいた。性質の悪い女だと思い、馬鹿正直にレンのことを話すのは危険だと言う思いを強くする。たかだか女一人をこれほど警戒すると言うのもおかしな話である。

 

「……身体が悪いようだな」

 

どう答えるか悩んだ末、ゲンは話題の転換を図った。露骨ではあったが釣れた。カオリは眉を吊り上げる。

 

「なぜ?」

 

「嗅ぎ慣れた匂いがする。そりゃあ随分と強烈なやつだろう」

 

「なるほど」

 

カオリは匂いを嗅ごうと鼻を鳴らしたがよくわからなかった。馴染みすぎて判別が付かない。自分の体を嗅いだら同じ匂いがするかもしれない。

 

「医術の心得があるようですね」

 

「……獣を狩って生きてるんだ。多少は身につく」

 

「多少ね」

 

煙管を吸い込み、煙を吐き出しながらカオリは言う。

 

「そもそも男が狩人と言うのもおかしな話です。弓は引けるんですか?」

 

「引ける」

 

「飛距離は?」

 

「……」

 

弓の威力や飛距離は弦の強さで決まる。この世界において、筋力の弱い男性が引ける程度の弓矢の威力は、女性から見れば鼻で笑う程度のものでしかない。

 

「俺が好きでやってることだ。文句があるなら言ってみろ」

 

「別にそんなものありませんけど。ただ猟師にしろ医者にしろ、男の仕事ではないなと思っただけです」

 

「偏見だな」

 

「その偏見が社会の大半を占めるなら、それはもう常識と言うものですよ。その様子ではさぞかし苦労されたのではと邪推しますが?」

 

「勝手にしてろ」

 

くすくすと笑うカオリに、ゲンは憮然としながら腰を上げる。表面上は酷く不機嫌そうな面持ちだ。その割に足音を忍ばせているから、見た目ほど怒っているわけではないのだろう。

 

暗闇の中に消えて行く背中を見送ったカオリは、あの人は優しい人なのだろうなと感想を持った。不器用で優しい人だ。男の社会的な立場や扱われ方に多少文句があるようだが、そこは色々あったのだろうと邪推する。男のくせに猟師をやってるところから透けて見える生い立ちは、苦労の連続だったに違いない。

 

自分とどっちが大変だったかなと意味もなく推測の上で比較してみて、間違いなく自分の方が大変だったと断言する。

男はその弱さゆえに生きにくいが、だからこそ大切にされる場合もある。ゲンもまたある程度は大切にされたはずだ。

 

しかし、あなたよりも私の方がひどい目に遭ったのよ、と不幸な身の上を競ったところで一体何の意味があるのか。ゲンの身の上の苦労など推測に過ぎず、そんなもので勝ち誇っている自分はこの世で最も愚かだ。

 

自嘲を浮かべて煙管を咥える。たゆたう煙が天に昇っていく。

この煙が天上にまで届いて、そこにいる何がしかを酩酊させてはくれないかと、他愛のないことを思った。




ネタバレですが、レンと鬼灯でどちらが強いかはその内分かります。戦うので。

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