女が強い世界で剣聖の息子   作:紺南

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アンケートにご協力ありがとうございました。
いる派といらない派で45:55と割と拮抗していましたので、「ヤンデレ」タグはつけませんが、代わりに「病」タグをつけておきました。
レン君寝込んでるしとりあえずこれでいいかなと思います。

それと今話を読んで不愉快に思われた方がいたら申し訳なく思います。
とばそうかなあとも思ったんですが、この小説の性質的に書いた方がいいだろうと思い書きました。
センシティブな話ですので、先に謝っておきます。ごめんなさい。


第35話

とある晩夏の日のことである。

その日、俺はいつものように太陽が昇り切った頃に起きて、またいつものように布団の中で微睡んでいた。

小鳥の囀りが聞こえるなあと頭の片隅で思い、山の方に意識を向けた時、何か違和感を覚えたがその正体までは知れなかった。

違和感の正体に辿り着く前に、空気ををつんざくような大声が聞こえてきて、それどころではなくなってしまう。

 

「兄上ぇ――――!!」

 

それは、近頃少し元気をなくしていた妹の叫び声だった。

荒々しい足音と、あちこちにぶつかる音と、派手に転んだような音が重なって、それでもその叫び声はどんどん近づいてくる。

 

その勢いのすさまじさに、さては緊急事態かと飛び起きた。

どんなことにも対処できるように、と膝立ちになったが、やはり身体は上手く動かせない。

部屋の隅に置いてある刀を見て、いざと言う時はあれを持って外に飛び出すことを考えたが、果たして出来るかどうか。

 

早くも弱気になっている自分を叱咤し、まずは状況を把握するのが先決と、辺りの気配を探ってみる。

家の中には俺とアキの他に父上と母上がいて、父上の気配がいささか動揺している。アキの叫び声に狼狽えているのだろう。

それとは正反対に、母上の気配は揺るぎなく、巨山の如くどっしりと構えている。さすがは母上だ。気配を通じて貫禄のようなものが感じられ、安心感を覚える。いつの間にか抱いていた不安と緊張感が和らいだ。

 

「兄上ぇっ!!」

 

いよいよ部屋までやって来たアキは、勢いそのまま戸をぶち破る。怒涛のごとく部屋に転げ入って来た。

ゴロゴロと転がって倒れ伏したアキに、恐る恐る声をかける。

 

「アキ?」

 

「兄上!」

 

がばりと顔を上げたアキは、今にも泣きそうなほど切羽詰まった顔で俺を見た。

 

その顔を見て、俺も気を引き締める。

一体何が起きたのかと考えを巡らせる。剣聖の座を狙う者がやって来たのか、はたまたついに賊でも出たか。

考えれば考えるだけ、可能性は無数に浮かび上がる。

 

「何があった」

 

「血が出ました!」

 

時が止まった気がした。

それは予想だにしなかった言葉だ。聞き間違いかと自分の中で反芻する。けれど聞き間違いではない。

 

「血?」

 

「はい!」

 

「……それで?」

 

「どうすればいいでしょうか!?」

 

……どうすれば?

 

まるで大したことなさそうな問題を突き付けられ、脱力しそうになるのに耐えながら、落ち着いてアキの身体を観察する。

見える所だけでもその体には傷跡がたくさんある。ほとんどは古傷だが、日々母上がボコボコにしているせいで傷は増えている。

最新の傷で言えば、ここに来る過程であちこちぶつけて擦り剥き、膝小僧からは血を流していた。

 

確かに血は流れているなと頷く。

同時に、そんなことで大騒ぎしたのかと力が抜けそうになった。

 

布団の上に正座しながら、どういう態度を取ればいいのかなとアキを見る。極々真剣な面持ちで見返された。

聞く限り、全然大したことではないのだが、アキにとっては一大事らしい。ならばこちらも真剣に話を聞いて、大真面目に答えなければならない。

最近は不甲斐ないところしか見せていないが、こう見えて俺は兄なのだから、妹の悩みや相談には進んで力を貸していきたい。

 

「じゃあ、とりあえず水で洗い流そうか。そのあと消毒」

 

「消毒……やっぱりした方がいいですか?」

 

「ばい菌が入ると悪化するから」

 

こんなことはかねてより重ね重ね言い聞かせてきたことだ。

すっかり忘却の彼方だと言うのなら復習が必要になる。母上に実技も込みで教えてもらおうか。身体に染み込ませた方がいいだろう。

 

「でも、どうやって消毒すればいいですか? ……指につけて中に入れればいいですか?」

 

「指?」

 

何を言っているのかとアキの膝小僧を見ながら首を傾げる。

消毒と言ってもこの世界に消毒液などないし、精々度数の高い酒をぶっかけるだけなのだが、指を入れるとは一体何を言っているのか。

 

「……入るかな……」

 

俺が疑問に思っている間、行儀よく正座していたアキは、神妙な顔で己の下腹部辺りを見ている。

その視線は間違っても膝小僧には向けられていない。その程度のかすり傷、意にも介していない。

 

俺とアキの間で認識に齟齬が生じていることに気づいた。

微妙に嫌な予感を覚えながら、改めて訊ねてみる。

 

「アキ」

 

「はい」

 

「どこから血が出たって?」

 

「股です」

 

「またって……股?」

 

「はい」

 

今度はアキが首を傾げる番だった。

股間の辺りに手を置いたアキは、「ここから血が出たんです」とはっきり言った。それで俺の頭は真っ白になる。

 

「たぶん、おしっこの穴からだと思うんですけど」

 

「ちょっと待て。何も言わなくていい。今考える」

 

動かない頭を無理矢理働かすため、拳骨で軽く小突く。

その衝撃で辛うじて動き始めた思考は、直面した喫緊の課題について、すべきことは何かを考え、答えを絞り出した。

 

「よし、わかった」

 

「何がですか」

 

「対処法。……母上――――!!」

 

深く息を吸い込んで声を張り上げる。

こんなに大声を出すのは久しぶりだ。案の定痛みに襲われたが全く気にならない。

突然大声を上げた俺をアキは目を点にして見ている。部屋の入口に颯爽と現れた気配には気づいていなかった。

 

「呼んだか」

 

「げっ」

 

「呼びました。早いですね」

 

痛みに耐えた甲斐あって、母上は迅速に駆けつけてくれた。

声を出し終わった時にはすでに部屋の外にいた母上は、表面上は涼しい顔をしながら俺たちを見ているが、アキを見る際の目が少し険しい気がした。

 

「何があった」

 

「アキのことです」

 

「あ、兄上……」

 

やめてくれとアキは言う。

このことで母上には相談したくなかったらしい。

懇願する顔つきは弱弱しくて庇護欲が刺激される。アキがそう言うのなら、と思いかけたが、結局は心を鬼にして母上に任せることにした。どうせ俺は役に立たない。

 

「アキが股から血を流したそうです」

 

「……なに?」

 

「たぶん初潮だと思うので見てやってください」

 

「………………そうか」

 

アキを挟んで会話する俺たちに、アキ自身は訝しそうにしている。「初潮?」その単語は聞き逃さなかったか。

 

「ついに来たか」

 

「女ならいずれ来るでしょう」

 

「ああ。……あとで話がある」

 

「俺にですか?」

 

「そうだ」

 

物々しい雰囲気でそう言われば断ろうにも断れない。素直に頷いておく。

 

「では、アキ。来い」

 

「嫌です」

 

母上のぶっきらぼうな言葉を受けて、アキは断固拒否し、次いで縋りつくような目で俺を見てくる。

 

「兄上」

 

「行っておいで」

 

「でも」

 

「このことは母上の方が詳しいから」

 

「……」

 

「怪我でも病気でもないから、安心して行っておいで」

 

行くか行かないか、決め切れずにまごまごするアキ。

俺はアキが自分で決めるのを待ちたかったが、残念なことに母上に待つという考えは微塵もなかった。

 

「来い」

 

「ごっ!?」

 

なんの容赦もなく襟を掴まれたアキは、そのままズルズルと部屋の外に引き摺られていく。

「離せぇ!」と怒り心頭に発した怒鳴り声が響き渡った。

それを受けてなお、無言で淡々と引き摺る母上と、怒りを募らせ抵抗するアキ。

はた目には賑やかな光景ではあるが、内実を知っていると微笑ましさは皆無だ。むしろ、そりゃ仲も悪くなると納得できる部分の方が大きい。

 

あの二人、あんな感じでちゃんと会話できるのだろうか。甚だ不安だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほどなくしてアキは戻って来た。本当に短時間で戻って来たので、またぞろ脱走を図ったのかと思ってしまう。母上が追ってくる気配はないのでそうではないようだが。

 

「……」

 

眉間に寄った皺の深さが怒りの濃さを物語っている。若干目も据わっていた。

そんな顔でじーっとこちらを見てくるものだから、逆恨みで仕返しをされるのではないかと気が気じゃなかった。

 

「……兄上」

 

「なに?」

 

「違和感があります」

 

はてなと首をかしげてから気づいた。

それを俺に言われても困る。男としてはあまり触れたい話題でもない。

 

とりあえず、この短時間で母上が何を教えたのか知りたかったので聞いてみる。

アキは恥ずかしがる素振りもなく、滔々と話してくれた。

 

『それは怪我でも病気でもない。普通のことだ。受け入れろ』

 

そう言うことを言われたらしい。

 

「それで?」

 

「あとは……月に一度とか、血が出たらどうすればいいとか教えられました」

 

「他には?」

 

「……他?」

 

「……本当に、それだけなの?」

 

「はい」

 

さて、どうしたものかと頭を悩ます。

聞きたいことはあるのだが、口に出すのは憚られる。

しかし避けて通るわけにもいかない。意を決して聞くことにした。

 

「性行為とか子供の作り方とか教えられなかったか?」

 

「性行為? 子供?」

 

アキは寝耳に水と言う顔をした。

その類の会話はこれっぽっちもしなかったらしい。

まあ、下世話ではあるので出来れば話したくないのかもしれないが、そうは言ってもいずれは教えなくてはならない。いい機会なのだから、今話しておく方がいいと思うのだが。

 

「子供の作り方……?」

 

「母上が何も言わなかったのなら、忘れた方がいい」

 

「でも兄上。昔、子供は天からの授かりものだから、空から降ってくるって言ってたじゃないですか」

 

「よく覚えてたね。でもそれ嘘」

 

軽い気持ちで暴露すれば、アキの目がさらに据わった。悪人さながらの目つきで睨まれる。

その怒りの矛先は明らかに俺に向けられている。嘘も方便だからと言い訳もできるが、多分理解してもらえないだろう。

 

「兄上。どうやら、私は嘘をつかれるのが嫌いなようです」

 

「ごめんな」

 

「謝らなくていいです。でも、もう二度と嘘は言わないって約束してください」

 

「……うん」

 

とりあえず、この場を凌ぐために約束を交わす。そうしないとアキの怒りは治まらない気がした。

二度と嘘をつかないなんて現実的じゃなさすぎるので、多分破ることになるだろうけど。

 

「ならいいです。……それで、子供とは?」

 

「母上が言わなかったのなら、俺は何も言えない」

 

「……そうですか」

 

ちょっと考える素振りを見せた後、渋面を作ったかと思うと能面のような無表情になり、おもむろに立ち上がった。

どこに行くのかと問うと、平坦な口調で「母上のところ」と答えが戻ってくる。

 

さては子供の作り方を聞きに行くつもりか。余計なことを教えてしまったかもしれない。

面倒ごとになるのが十二分に予感できたのでその背中を呼び止めるも、アキは無視して行ってしまった。

 

こうなっては祈るしかない。

そこそこ真剣に「無事でありますように」と祈ってみたのだが、やはりアキは戻って来なかった。

 

きっとやられてしまったのだ。残念極まる。

その内に、ようやく聞こえてきた足音はアキの物ではなかったので、「あーあ」と言う気持ちでその足音を聞いていた。

 

「余計なことを教えるな」

 

先ほどとは反対にのっそり現れた母上が、戸を立て直しながら説教をかましてくる。

溝にはめ込むのに苦労してずっと背中を向けているので、威厳はあまり感じられない。

 

「余計なこととは」

 

「子供の作り方と性行為のことだ」

 

ようやく戸を直し、ドカリと胡坐を組みながら発したその言葉は、若干語調が厳しかった。

 

「しつこく聞かれる身にもなれ。いなすのが面倒だ」

 

「いなしたんですか」

 

「ああ」

 

アキが帰ってこない現状を思えば、いなしたというよりは返り討ちにしたと言う方が正しい気がする。もっと言えば、理不尽に暴力を振るった可能性がある。藪蛇なので突き詰めるつもりはないけれど。

 

「性知識は余計なことですか」

 

「余計は言い過ぎかもしれんが、お前が教える必要はない」

 

「ですね。でも、反論があるので聞いてください」

 

「なんだ」

 

「性教育はした方がいいと思います」

 

「……いずれする。まだ早い」

 

「9歳で初潮を迎えるのは早い方なんですか?」

 

「知らん」

 

受け答えがおざなりだ。

面倒くさがっているのは何となく分かる。けれど、娘のことなんだからもう少し真面目に考えてやってほしい。

 

「ちなみに、母上は何歳でした?」

 

「何の話だ」

 

「初潮」

 

「……言う必要があるのか」

 

「平均は11歳ぐらいだと勝手に思っているのですが」

 

「……」

 

聞くに堪えんとばかりに母上は顔をしかめる。

平均に関しては、前世では確かそれぐらいだったかなあ、と言う程度のぼんやりした認識でしかない。

この世界の女の子たちは成長が早いようだから、もう少し早くても何ら不思議はないだろう。

 

「初潮が来たと言うことは、否が応にも体は大人になったと言うことでしょう。いい機会なんだから、性知識ぐらい伝授したらどうですか」

 

「……まだ早い」

 

「後に回せば回すほど、機会を逃して教えづらくなりませんか」

 

「それは……まあ、そうかもしれんが……」

 

「だったら早い方がいいですよ」

 

「しかし……」

 

どれだけしつこく勧めても、母上は頑なに首を振らない。何やら渋る理由があるようだ。アキに関することで隠し事をされると気になってしょうがない。

 

そこのところ、是が非にでも白状させたかったが、頑固モードに入った母上の口は固く、持久戦となった結果、先に音を上げたのは俺の方だった。

 

「……まあ、言いたくないならいいですけど」

 

「……」

 

こちらが引き下がったことで、母上は安堵の溜息を吐いた。

肉体的には最強を誇っていようとも、精神的な圧力に弱いところのある母上は、いささか憔悴しているように見えた。ちょっと責めすぎたかもしれない。

 

「これ以上四の五の言うつもりはありませんが、教えるなら早めに教えてあげてください。知らなければ知らないまま、突っ走っちゃうことだってあるでしょうから」

 

「……」

 

「で、話って何ですか」

 

「……ああ」

 

相も変わらず気が進まんと言う雰囲気を滲ませて、母上は言い辛そうに口を開く。

 

「お前は、来たのか」

 

「何が」

 

「その……あれが、だ」

 

「は?」

 

あまりに迂遠すぎて伝わらない。

そもそも伝えようと言う意思が感じられない。

視線を横に逸らして目を合わせようとしないのはなぜだろう。

 

少し待っても言葉は足されなかったため、仕方なく解読を試みる。

あまりに語数が少なかったため、前後の会話にヒントはないかと考えてピンと来た。ヒントと言うか、この話が今までの会話と繋がった流れなら、初潮に関連したことを言っているのではないか。初潮に関わることと言えば、自ずと答えは絞られる。

 

「精通のことですか?」

 

「……そうだ」

 

「ああ、分からないです」

 

正直に言って、この世界に生まれ直してからその辺りを気にしたことはない。

射精はおろか夢精なんかもしていないので、本当にご無沙汰している。

睡眠欲と食欲がそれぞれ減退していることを踏まえれば、恐らく性欲も減退していると思われるが、だからと言って不能と言うわけでもないはずだ。

 

「多分しつこく擦れば出ると思います」

 

「……そうか」

 

「確認しておいた方がいいですか」

 

「やめろ」

 

語調強めに制された。

俺も進んで確認したいわけではなかったから、やめろと言うならやらない。その内勝手に出てくるだろう。

 

「アキのことは私に考えがある。お前は何も言うな」

 

「そう言うならそうしますが、任せて大丈夫ですか」

 

「ああ」

 

「本当に大丈夫ですか」

 

「しつこい」

 

「でも」

 

「親の務めだ。逃げる気はない」

 

ドスドスと足音を響かせて、足早に去っていく。

言葉だけ聞くと何とも頼もしいが、この瞬間も気絶しているアキのことを思うとこれっぽっちも任せられない。

本当に大丈夫かなと不安に駆られるのも致し方ないことだった。

 




久しぶりにQ&Aでもやろうかなと思ったんですが、感想漁るのが思った以上に面倒だったので、作中で明かされることのない裏設定をメモ代わりに書いておきます。

『太刀』について
・先代の剣聖(以下、先代ばあちゃん)が編み出した剣術
・先代ばあちゃんは元々西洋剣の使い手。戦時中に藤色の刀を見た影響で刀の美術的価値にとらわ
 れて刀に鞍替えし、そのまま剣聖にまで上り詰める
・実はこの剣術は戦うためではなく、刀を守るための剣術
 二の太刀→鞘で殴った方が刀が傷つかない!
 三の太刀→直接斬るより遠くから斬った方が刀傷つかない! +α
 四の太刀→一撃で仕留められれば刀の損耗が少ない!
 五の太刀→受け太刀して刃が欠けるなら苦肉の策で受け流す!
・ちなみに、六の太刀は剣聖になってから編み出されたので、七の太刀と共に負けないことを考え
 て作られています。

以上、どうでもいい裏設定でした。

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