女が強い世界で剣聖の息子   作:紺南

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この話を書いているとき、レン君とアキちゃんの体勢がどう言う感じなのか曖昧に感じたので、23話の最後の方を少し加筆しました。


第24話

「よかった……よかった……」

 

アキに抱きしめられてどれだけ経ったのか。

嫌な時ほど時間は遅く感じると言うが、苦痛に悶える時間も遅々としたものだった。

感覚が乱れて判然としない。それなりに経ったと思うが、判断する材料がない。

 

今なお頭はがっちり抱えられている。視界に広がるのはアキの寝間着ばかり。

アキは着物みたいな白い寝間着を着ていて、抱き着いて来た時に肩のあたりが少し肌蹴てしまっていた。そのせいで包帯が見える。

それを間近で直視させられるのは中々に辛い。それとは関係なく、脚で挟まれていてそっちも辛い。

依然として拘束が解ける気配はなかった。長時間この体勢でいるとヘッドロックとカニバサミを食らってる気分になる。

 

しかも、どれだけ過敏に反応すればそうなるのか、少し身動ぎするだけでぎゅっと力が増すので、どれだけ痛かろうと無心で耐える他ない。

おかげで一周回って痛みを感じなくなった。治ったとか克服したわけではなく、たぶん麻痺しただけだ。

 

「生きてる……生きてる……」

 

同じ言葉を繰り返しながら、アキは俺の後頭部を撫でている。口調や声色が一本調子でちょっと薄気味悪い。

空いた手で頬や首筋に触られるのがくすぐったく、果ては胸にまで手を伸ばしてきた。一体何をしているのかと戦々恐々とし、どうやら心音を探っていることに気づいて胸を撫で下ろす。

 

「兄上が生きてる……ああぁ――――」

 

どういう理屈でそうなるのかまるで分からないのだが、感極まったアキは一層力を加えてきた。

風呂に入る時を除けば、ここまで密着することも早々ない。包帯越しにドクンドクンと速めの心音が聞こえるほどの密着度は人生初かもしれない。

 

一般的に心音を聞くと安心するらしいのだが、俺の場合はそうでもなかった。

横たわった体勢で早鐘を打つ鼓動と言い、肌から伝わる高めの体温と言い、体調が優れないのが手に取るようにわかる。それが怪我のせいだと見抜けないほど耄碌していない。

本来安静にしていないといけないはずなのに、先ほどから泣いたり喜んだりと感情の起伏が激しくなっている。その分身体への負担も激しいはずだ。

 

俺のことで心動かす暇があるならさっさと休むべきなのだろう。

だからと言って、さあ休めと言いつけた所で聞かない気がする。俺がアキの立場ならまず聞かない。

兄として、妹のことはよくわかる。だからこそ身体を大事にしてほしいと思う。あまり無茶はしてほしくない。されたらされただけ心配になる。

 

――――やっぱり、アキが一番だ。

 

自分の中の優先順位を再確認した。酷く今更ではあるが、定期的にやっておかないと自分を見失う。

何をすべきなのか。それが分かったなら、さっさと拘束を解かせるべく思考を巡らせる。

 

「アキ?」

 

「……兄上……」

 

呼びかけには答えてくれた。

どことなくぼんやりしている。この感じではきちんと認識しているか疑問だ。たまたま感極まって呟いただけかもしれない。

そこのところをはっきりさせるため、もう一度聞いてみる。

 

「放してくれる?」

 

「……いや」

 

熱に浮かされたような声だが意思疎通は出来ている。

一つ目の問題はクリアした。新しい問題は、予想通り言うことを聞いてくれないことだ。

 

「アキぃ?」

 

「いや。いや。いや」

 

語調を強くした分、三度も拒否される。頭まで三度振られてしまった。

早くも頑固なところが出てきている。こうなると手ごわい。説得できた試しはない。しかしやらずに諦めては剣聖の息子の名が廃る。

まずは歩み寄るところからやってみることにした。

 

「どうして?」

 

「……兄上が、死なないように」

 

すっかり過保護になっている。

俺が眠っている間に、弱い兄と言う印象が刷り込まれたのかもしれない。

 

確かにギリギリの戦いだった。六の太刀まで使って辛勝だ。

正直生きているのが不思議なぐらいだった。今こうして生きているのが奇跡の類なら、随分と不安にさせてしまっただろう。

 

「もう死なないから。大丈夫」

 

「……でも……兄上、冷たかった……」

 

突飛のない発言は母上の十八番のはず。受け継ぐのは頑固なところだけでよかった。

冷たいとはどういうことだろうか。冷たく接されたということか。でも今それを言う意味が分からない。

 

考えてもピンとくる答えはない。

どういう意味だと問い返す前に、先にアキが口を開く。

 

「冷たくて、どこを触っても冷たくて……死んだって言われて……。もう、会えないって――――」

 

語尾に向かうに従って、腕に力が籠もっていく。

言葉は湿り気を帯び、身体は震え出す。密着している分だけ、アキの感情がダイレクトに伝わって来た。

 

「あ、兄上が、死んじゃって……でも生き返って……! また、死ぬかもしれないから!」

 

「だから!」と、アキは理由を語る。

アキの言葉を信じるなら、俺は一度死んだことになる。情緒不安定な人間の言葉は、素直に信じることが出来ない。

そんな馬鹿なと内心思いながら、頭の片隅に前世の記憶が過っていく。

 

「だから、いや! 絶対――――!!」

 

「わかったよ。もう言わない。もう大丈夫だから。しばらくこのままでいよう」

 

結局、説得は諦めた。

こんなのどう説得すればいいのか分からない。

言葉の真偽はともかくとして、また俺が死ぬかもしれないとアキが思っているのは事実なのだから。

俺に出来ることは、出来る限りアキを安心させることだろう。間違っても不安を煽ることではない。

 

「よしよし」

 

アキの頭を撫でるために、胸に抱かれている体勢から少し無理をして腕を伸ばす。

そうしたら、絶対放さないと応えるように全身使って抱きしめられた。

息苦しいし体中ミシミシ鳴ってるし、いいことは一つもない。

けれど、こうなってしまってはどれだけ痛くても放せとは言えなかった。

俺が我慢してアキが安心するのなら、頑張れるだけ頑張りたくなる。

それが兄の甲斐性だと思う。

 

 

 

 

 

その後、互いに撫でて撫でられてを繰り返す内に、アキはいつの間にか眠ってしまった。

穏やかな寝息を頭の上に聞きながら、周囲が明るくなる様子を考え事をしながらじっくり眺めていた。

 

ようやく朝日が昇り切った頃、村中で人の起き出す気配を感じる。すでに何人か農作業に繰り出している所もある。

この時間になれば、我が家も起床時間だ。

遠くの方で母上が起きた気配を感じ取った。

最初に起きるのはてっきり父上だと思っていたから、先に母上が起きたのは予想外だった。

いつもこんな感じなのだろうかと動向を注視する。しばらく待ったが動く気配がない。布団から出ても来ない。どういう了見だろうか。

 

まだかまだかと待つ内に、隣の部屋で動く気配を捉える。とうとう父上が目を覚ましてしまった。

父上は母上のようにモタモタせず、起きて10秒足らずで部屋を出た。その歩みはこちらに向かっている。

 

部屋の前で立ち止まったかと思うと、戸の開く音がする。

少し間を置いて、「やっぱり……」と呟く声をアキの背中越しに聞いた。

強い疲労感が滲んだ声。深いため息が続き、部屋に入って来た父上は独り言をこぼした。

 

「何度言っても聞かないんだから……」

 

はぁともう一度ため息が漏れる。

声音を聞く限り、随分疲れているらしい。看病疲れだろうか。世話をかけてしまった。

 

「もう……。そんなに抱きしめて、悪くなったらどうするつもりなの」

 

父上の愚痴が止まらない。それだけ溜まっているらしい。

アキから俺を引き剥がすのに苦労して、まったく放そうとしないアキに三度目のため息。

「絞め殺すつもり?」とある意味ぞっとする呟きが聞こえた。

 

めげずに悪戦苦闘する父上は、逐一独り言を挟んでくる。

盗み聞きはあまり良い趣味とは言えない。アキに抱きしめられているせいで気づいてももらえないし、そろそろ自己主張しておいた方がいいだろう。

 

「……あんまりやりたくないけど、これもう縛っちゃった方が――――」

 

「おはようございます」

 

「あ、おはよう――え?」

 

胸に顔を押しつけているのでくぐもった声になった。

一応通じたはずだがなぜか聞き返される。聞こえにくかったかなともう一度繰り返す。

 

「おはようございます、父上」

 

「……」

 

今度は反応がない。どうしたのだろうかと頭をずらそうとして、がっちり固定されていてずらせなかった。

我が妹ながら、寝てる間も気を緩めないのはあっぱれだ。ある種才能かもしれない。

 

「……」

 

「……」

 

父上の反応を待って数瞬。

顔が見れない以上、音と気配でしか様子を探れないのだが、呆然としているのは分かった。

「げ、げ……」と舌をもつれさせながら懸命に声を出している。

すぅっと息を吸いこんで、何を言うのかと耳を傾けていたら、耳をつんざく大声が轟いた。

 

「源さ――――ん!!!」

 

耳鳴りがする。治まるのに少しかかった。

その間に、父上は走って行ってしまう。

気配の行く先を追ってみると、ゲンさんの気配を見つけた。

 

「ぅん……?」

 

「おはよう、アキ」

 

「……おはようございます、あにうえ」

 

さしものアキも、父上の大声で目を覚ましてまった。

あふぁと大口開けて欠伸をし、ぺたぺたとあちこち触れてくる。

それから背後の戸を振り返って、

 

「誰かいましたか?」

 

「もう朝だよ」

 

声の調子は良い。顔色を見る限り体調も回復している。

しかし一見問題なさそうに見えたとしても、素人判断は命取りになる。

丁度今しがた、向こうの方でゲンさんが叩き起こされてしまったし、アキを診てもらおう。

専門家の意見を聞いて安心したい。そうじゃないと死んでも死にきれない。

 

 

 

 

 

「小僧、お前……」

 

「なんすか?」

 

信じられないと言う目で俺を見るゲンさんに、あ?と言う感じで応じる。

先ほどまでテコでも動かなかったアキはすでにいない。

邪魔者扱いするように邪険に扱われ、紆余曲折の末隣の部屋に運ばれてしまった。

 

「いや、なんつうかな……」

 

「……」

 

言葉を濁すゲンさんの隣で、父上も似たような目で俺を見ている。

それが俺の神経を逆なでし、「なんすか?」とついつい喧嘩腰になってしまう。

唯一普段と何も変わらなかった母上は、暴れたアキを気絶させて隣の部屋に眠らせに行った。すぐに戻ってくるだろうが、一秒でも早く戻ってきてほしい。

 

「身体は、なんともねえのか?」

 

「痛いですよ。すごく」

 

思うように動かない身体を動かし、どうにか身体を起こす。

ズキズキと内側から針で刺されるような痛みに襲われている。

 

ゲンさんがおっかなびっくり近づいてきて、慎重な手つきで脈を測った。

ごくりと喉が上下したのが見え、次に包帯を解かれる。

露わになったのは、右肩から左の脇腹まで一直線に伸びる傷だった。

生々しい断面や黒く固まった血液など、我がことながら目を背けたくなる。

 

「首の傷はどうなってます?」

 

「……塞がってるな」

 

それは僥倖。大きな傷はその二つ。

その他に細かな切り傷が無数にあるが、ほとんど七の太刀とやらで受けた傷だ。

どれもこれも赤く腫れていて、この分では傷跡が残る可能性もある。

 

「顔にもありますか」

 

「まあ、あるな」

 

当然あるか。じゃあそっちも残るかな。

多少ならともかく、全身至る所に傷跡が残るのは抵抗感がある。せめて目立たない程度に薄くなってくれればいいけど。

 

相変わらず我が人生の見通しは暗い。思わずため息を吐き、ゲンさんを上目づかいで見る。

たったそれだけのことで、ゲンさんは慄いて身を引いた。

 

「……もう寝ていいですか」

 

「あー……。包帯巻き直すからちょっと待て」

 

「急ぎでお願いします」

 

「指図すんじゃねえ」

 

「お願いします」

 

「黙れ」

 

ゲンさんは丁寧に包帯を巻いてくれる。

大して暑くもないのに額に汗を掻き、その指先は微かに震えていた。

傍らで父上は固唾を飲んで見守り、いつの間にやら戻って来た母上は戸の前で無造作に腰を下ろす。その手に刀を持っているのはいつものことだが、なぜか今はそれが恐ろしい。

 

「終わったぞ」

 

「あざっす」

 

「どういう礼の言い方だ、そりゃあ……」

 

ふざけた物言いにゲンさんは苦笑したが、その顔は明らかに無理をしている。古い包帯を片付けるのに顔を背けてしまった。

 

それを視界の隅に捉えながら、物は試しと立ち上がろうとして、うまく力が入らずに倒れかける。

倒れる直前、間一髪支えてくれたのは、一番近くにいたゲンさんでも、終始見守っていた父上でもなく、一番遠くにいた母上だった。

 

「平気か」

 

「ええ……はい」

 

刀を放り投げてまで支えてくれた母上に少し胸が熱くなる。

もう少し上手に感情を表に出してくれれば、もはや言うこともないのだが。

 

「身体が痛むか」

 

「はい」

 

「薬が切れたか」

 

「……薬?」

 

「薬は薬だ。源」

 

呼び掛けに応じ、ゲンさんは懐から小瓶を取り出した。黒と見紛うほどの暗い緑色の液体が満たされている。

栓を抜き、口元に差し出された途端、とびきりの青臭さが鼻を突いた。

 

「……なんですかこれ」

 

「薬だ」

 

「なんの?」

 

母上は沈黙した。

首を傾げて、ゲンさんに目配せする。

ゲンさんは「覚えとけよ……」とぼやいた後、端的に答えた。

 

「薬草をすり潰して煎じた特製薬」

 

「だ、そうだ」

 

この状況で母上の態度の大きさを見せつけられると、他人の褌で相撲を取っているようにしか見えない。そうでないのは百も承知だが、そう見えてしまうのは仕方がない。

 

「匂いだけとってもまずそうですが」

 

「それほどまずくはなかった」

 

実体験を伴っているらしいが、母上の言葉は今一信憑性がない。

 

「効くんですか?」

 

「鎮痛作用があるらしい」

 

自分で言っておきながら自信がなくなったらしく、「そうだったな?」とゲンさんに確認している。ゲンさんは頷き、補足した。

 

「眠くなったり頭に靄かかったりもするがな」

 

そういう話を聞くと飲むのは躊躇する。

さらっと言うあたり、大した副作用ではなさそうだが。

 

「……正気を失ったりしませんよね?」

 

「そこまで強くはねえよ」

 

一応言質は取った。

昔の話とは言え、曲がりなりにも医者を志していたゲンさんがそう言うのだし、信じるには十分だ。

仮に医者を志していなかったとしても信じたとは思うが。

 

「じゃあこれ飲めば眠くなるんですか」

 

「痛みもなくなる。飲め」

 

母上が強く勧めてくる。

その顔はいつもの数割増しで頑固そうだ。飲むのは構わないが、今眠くなるのはちょっと困る。

 

「飲みますが、その前にちょっと話があります」

 

「話はあとでいい」

 

「今しておかないと、この先どうなるかなんてわからないでしょう」

 

「いきなり死ぬかもわからない」と反論すると、母上は微かに眉根を寄せた。

そんなもの意に介さず、「話があります」と再び正面から告げる。

見つめ合って数瞬。先に母上が視線を逸らし、たっぷり十数秒思い悩んだ末に折れてくれた。

 

「仕方がない」

 

「じゃあ二人っきりで」

 

「……」

 

「二人っきりか、もしくはアキも一緒に」

 

「……二人で話そう」

 

二択を迫られた母上は心底嫌そうにしながら選び、ゲンさんと父上に目配せする。

それを受け、ゲンさんはすぐに立ち上がったが、父上は躊躇っていた。

 

「あの、椛さん……」

 

「すぐに終わる」

 

二人の会話はそれだけだった。

相も変わらず有無を言わさぬ母上に、父上は渋々頷いて部屋を出て行く。

 

とても後ろ髪引かれている様子だったが気配は離れ、隣の部屋に入って行った。

微妙に近いが、戸は閉められているから盗み聞きの心配はないだろう。別に聞かれても問題はないのだが、母上を相手に盗み聞くのはほぼ不可能だ。

 

「それで、話とは――――」

 

「その前に」

 

「……なんだ」

 

「アキは大丈夫ですか?」

 

母上が口火を切ろうとしたが、一旦それは置いておき、聞きたいことを聞く。

 

「問題ない」

 

「本当ですか?」

 

「源がそう言っていた。先ほども元気にしていた。まず大丈夫だろう」

 

俺から引き剥がされかけ、事もあろうに母上に噛み付いた勇猛果敢な妹であった。

元々反抗期に入りかけてはいたが、俺が寝ている間に完全に足を踏み入れていた。これから苦労することは想像に難くない。

 

「他に聞きたいことはあるか」

 

「ないです。じゃあ話しましょう」

 

「話が終わり次第薬を飲むと誓うか」

 

「……」

 

大仰な言葉を使われ、真剣にあれを飲む場面を想像すると返答に躊躇した。

匂いからして絶対まずいと分かるから、出来るなら飲みたくないと思ってしまう。

 

「誓うか」

 

「誓います」

 

念を押されて誓う。俺が母上を今一信用していないのと同じ様に、母上もあまり俺を信用していない。とは言えちょっと過保護な気もする。

怪我人に対してはこうなるのか。鍛錬で平然と斬ってくる人とは思えない。

 

「それで、話とはなんだ」

 

「色々ありますけど、とりあえず母上の昔のこと教えてください」

 

「なぜ」

 

その一言で母上の纏う空気が一変した。

表情から変化が途絶え、岩の様な無表情は空気と相まって冷え冷えとし、僅かに細められた眼光が俺を射貫いている。

 

「その時が来たからです」

 

「その時とは?」

 

「運命の時です」

 

以前、話をした。

いずれ私のすべてを打ち明けると母上はおっしゃった。すでに父上は知っているらしい。ゲンさんはどうだか分からん。

 

いつでも好きな時に話してくれとその時は答えた。待つだけの時間はあるからと。

けれど、思っていたより猶予はなかったらしい。

アキは斬られて俺は死にかけた。

それが全て母上の過去に起因しているのだと、俺は知っている。

 

「俺たちを殺そうとしたあの婆は『太刀』を使いました。右腕はなく、母上のことを憎んでいました」

 

「それがどうした」

 

「あれは先代の剣聖、つまり母上の師匠でしょう」

 

「その通りだ」

 

あっさりと認めてくる。口調は平坦で無表情はそのままだ。

けれど、この人は無理をしている時ほど表情がなくなり、声から抑揚が失せる。見た目ほど強くはない。剣聖の名ほど強い人ではない。そんなことはよく知っている。11年の付き合いだ。見たまんまを素直に受け取る子供ならいざ知らず、俺は普通の子供ではないのだ。

 

「だが、だからと言って教える必要があるか。特に、六の太刀を使ったお前には」

 

言外に無能の誹りを受ける。

六の太刀を使うと二度と剣を振れなくなるらしい。だとするなら、剣士としての俺はもはや無能どころの話ではない。

考えるだに恐ろしい。かと言って、今それは特段関係がない。

 

「必要云々言うなら、俺はもう生きてる必要がないとかそんな話になりかねませんよ」

 

「……何を言う」

 

やり返したら、母上の語気が萎んでいった。

俺の存在意義についてだが、これも今は関係ないことだ。

 

「いいから教えてください。母上が空元気と見栄を振り撒く弱い人なのは知ってます。今更恥部がどうとか醜態がどうとか言われても、鼻で笑うのが関の山です」

 

我ながら思い切った言葉を使った。母上は微動だにしないまま黙りこくる。

ようやくその口から出てきた言葉は、言い訳にもならない言葉だった。

 

「……アキはどうする」

 

「二つ下ですし、気が進まないなら二年後とかでいいんじゃないですか?」

 

反抗期来ちゃったし、今は少し刺激が強すぎるかもしれない。

そんな感じで、適当にいなして返答を待つ。

次にその声を聞いた時、別人の様なか弱い声音が耳朶を打った。それは今まで聞いたことがなければ想像すらしたことのない声で、そんな声を聞いて思わず母上を見る。

母上は無表情の裏に、窺い知ることの出来ない複雑な感情を隠しながら、瞳に暗い光を宿していた。

 

「では……語るとしよう……。私と師の間にあったこと……私が剣聖になった経緯を」

 

訥々と母上は語り出す。

己の過去と背負った罪を。




Q.え、この小説ヒロインいるの?
Q.今更ヒロインがポッと出てくるの?
Q.妹ちゃんがヒロインだと思ってたのに!

A.レン君の前世にヒロイン枠の女の子がいまして、前話のあとがきはそのことを言っています
A.ヒロインかどうかは知りませんが、この先ぽっと出てくるキャラはたくさんいます
A.個人的にアキちゃんはこの作品の清涼剤みたいに思ってます。アキちゃん出てくると筆が進むんですよね

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