女が強い世界で剣聖の息子   作:紺南

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Q.展開遅くない?
A.あれもこれもと欲張って文字数が多くなってます。あと投稿間隔のせいもあるんでしょう。ちょっと前みたいに週一で更新できればいいんですけどね


第21話

アキたちのいる部屋に戻る途中、椛は治療を終えたゲンとかち合った。

 

「おう、終わったぞ」

 

軽い口調に心配は杞憂に終わりそうな気配を感じながらも、「無事なのか」と訊ねる。それに対するゲンの答えもまた同じであった。

 

「ああ、なんとかな。あいつの運が良いっていうのもあるんだろうが、なんせお前の娘だからな。特別頑丈なんだろうよ」

 

「そうか」

 

頷いた後、椛は前にも後ろにも動かず立ち尽くす。怪訝な顔でゲンは尋ねた。

 

「どうすんだ」

 

「なにをだ」

 

何言ってやがるとしばらく睨んでみても椛は微動だにしない。

どうやら本気で分からないらしい。ゲンはため息を吐き、懇切丁寧に言葉を続けた。

 

「小僧を殺した奴の死体だ。教えただろうが。村はずれの小屋にある」

 

「……ああ、そうだったな」

 

さも言われて思い出したような素振りを見せ、一度あらぬ方向に顔を向けてから、ゲンの肩越しにアキと父のいる部屋を見やる。

ふう、と覚悟を決めたような息を吐き、ようやくその言葉を吐いた。

 

「行かねばならない」

 

当然だとゲンも頷く。それ以外に選択肢はない。

すでに死後二日たっている。例年に比べ寒い日が続いているとはいえ、そろそろ腐り始めているだろう。

何のために死体を残しておいたと思っているのか。椛に見せるためだ。

 

「アキたちを頼む」

 

「待てや。俺も行く」

 

今度は椛が怪訝な顔になる。

「なぜ?」と分かりやすく顔に書いてあった。

先ほど、実の娘相手に被っていた鉄面皮はどこに行ったのやら。

どうでもいいことばかり顔に出して、一番大切なことは意地でも腹の底にしまい込むのが剣聖とやらの使命らしい。

馬鹿げた話だと鼻を鳴らし、指を突き付ける。

 

「お前が腰を抜かさないように着いて行ってやる。何せ奴さんお前の知り合いだからな」

 

「……そうか」

 

ゲンの脅しに素っ気なく頷いて、椛は部屋に入っていく。そこで父と二言三言話をした。

漏れ聞こえる声は二つとも冷静だった。

部屋から出てきた椛に変わった気配はない。

 

「行くぞ」

 

「ああ」

 

共に村はずれの小屋へと向かう。

そこに仇の死体があるとゲンは言った。

椛の知り合いと言う話だが、椛自身も見てみないことには分からない。

仮に本当だったとして、一体誰のことなのか。恨みなら数え切れないほど買ってきた。絞り込むのは難しい。

……誰だったら良いのだろう。

そんな詮の無いことを考えながら、椛は家を出た。

 

 

 

 

 

村はずれの小屋と言うのは、使う者がいなくなった小屋のことである。

元は農具をしまっておく場所だった。今は見る影もなく廃墟になっている。

周囲には草木が生い茂り、中は土埃が積もって、いくつか残っていた農具は錆で覆われている。

雨漏りと隙間風でいつ崩れるとも知れない有様だ。

 

辻斬りの死体をどこに置くか困ったゲンはやむを得ずそこを選んだ。

間違っても人が来ない場所である。虫にたかられるかもしれないが、他に置く場所もなかった。

 

その場所に向かう道中、二人の口数は少ない。

地面に残るおびただしい量の戦闘の痕跡に目もくれず、椛は真っ直ぐ前だけを見ている。

ゲンは切れ込みに足をとられないようしきりに足元を気にしていた。

 

「……おい椛」

 

「なんだ」

 

「小僧がやったのか、これ?」

 

「……」

 

あまりに足の踏み場がないため、文句ついでの質問が飛び出る。

椛は足元に視線を下ろし、地面に刻まれた幾筋もの斬撃を目で追いかける。

ほとんどが10メートルを超える長さだ。それが大小さまざま一直線に伸び、ある場所で突然消えていた。

 

一体どういう戦いを繰り広げたらこうなるのか。椛ですら皆目見当が付かない。

普通に戦ったのなら地面に傷などつくはずはないが、三の太刀を使ったにしては数が多い。

何らかの技が使われたことだけは間違いない。それは十中八九椛の知らない技だ。

もしレンがこれをやったのなら技を隠し持っていたことになるが、それはありえないと内心否定する。

 

椛はずっとレンを見てきた。レンがどのような人間なのか知るのは急務であった。

だからこそ自信をもって言える。これはレンの仕業ではない。

 

「違うだろう」

 

「じゃあ、あっちか。ったく」

 

余計なことしてくれるなと吐き捨てるゲンに、今度は椛の方から尋ねてみる。

 

「それで、それは一体誰だ。本当に私の知る人なのか」

 

「見ればわかる。覚悟しとけ」

 

そのように散々脅されてこそいるが、実のところ、椛もすでに見当はついている。

過去に思いをはせれば、こんなことが出来る人間は二人思い浮かぶ。一人は死んだ。一人は行方が知れない。おのずと一人に絞られる。

信じられないと主張する心に目を瞑れば、ほぼ間違いないだろう。

まさかそんなはずはないと異を唱える心を無視して、小屋へと急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

小屋に着けば、立て付けの悪い戸を開くのに苦労した。

どうにか開こうと悪戦苦闘するゲンだったが、我慢できなくなった椛が蹴りを入れて破壊した。

 

戸を破壊する音が空に響く。

間違いなく村まで届いただろう。

悪ガキがここに来やしないかと心配するゲンの横で、椛は横たわった遺体に目を奪われた。

 

「……やはり、この人なのか」

 

「なんだ。わかってたのか」

 

薄暗い小屋に一歩足を踏み入れれば饐えた臭いが鼻につく。

薄暗さに目が慣れれば、中央に置いてある死体がはっきり見えた。

死体は人の形を保っていた。虫にたかられてもいない。辛うじて腐敗は抑え込まれているようだが、それも時間の問題だろう。

 

ゆっくり近づく椛の目に、特徴的な髪の毛が映る。毛先に残る明るい色味が懐かしく感じた。

確かにこの人の髪は黄色かった。感傷に浸りかけた心を叱咤し、改めて上から下まで遺体を観察する。

 

肩から脇腹にかけての大きな傷が目に留まる。この深さなら肋骨を両断し肺に届いているはずだ。

加えて、喉には刺突の跡があり生々しい穴が覗いている。

どちらも致命傷だ。どちらか一方だけで勝負はついたはずなのに、二つも致命傷がある。

殺した後に鬱憤を晴らすためにやったとでも言うのだろうか。あのレンが?

 

不可解な点の多さに頭が混乱する。

必死に考えをまとめる椛の背中に、戸口に留まっていたゲンが白々しい声をかけた。

 

「このババアなんて言ったっけな?」

 

「……」

 

「おい椛」

 

浮かんだ疑問は一旦棚に置く。

視線は外さないまま肩越しに答えた。

 

「ローザン」

 

椛には見えなかったが、戸の前に立つゲンは顔を顰めた。

 

「……そんな名前だったか?」

 

「この人を名前で呼ぶ者は多くない。私もかつては師と呼んだ」

 

「ああ、お前弟子だったな……。そんで、世間では剣聖様って呼ばれてたってか?」

 

「その通りだ」

 

名をローザン。異名は剣聖。あるいは英雄と呼ばれたこともある。

戦争で死んだ剣聖に代わり、戦後30年以上剣聖であり続けた人物。

それがレンを殺した人間の正体だった。

 

「……この人が、殺したのか」

 

誰にも聞かすつもりのなかった独り言が風に乗ってゲンまで届いた。

それを受け、ゲンは口を開く。

聞きたかったことを聞くいい機会だった。

 

「仲は悪かったのか?」

 

「……いや……」

 

「じゃあ恨みでも買ったのか」

 

「……」

 

黙り込む椛にゲンは焦れったく言い募る。

 

「おい、椛よ。俺も巻き込まれたんだ。何がどうしてこうなったか聞く権利はあるぞ。聞かせろや」

 

ふうと息を吐いた椛は緩慢に立ち上がり戸口を振り向いた。

その表情は思いのほか崩れていない。いつも通りの真顔としっかりとした口調でゲンに尋ね返した。

 

「私以外の弟子を覚えているか」

 

何を言っているのか一瞬考える。

相変わらず椛の言葉は分かりにくい。弟子と言う単語で何のことか理解できた。

椛以外の剣聖(ローザン)の弟子と言う意味だ。

 

「いくら年だからってな、耄碌したわけじゃねえぞ。覚えてるに決まってるだろ。一人酒も飲んだぐらいだ」

 

二人の脳裏に共通の思い出が蘇る。

ゲンはそれを素直に受け入れ、椛は頭を振って拒絶した。

代わりに思い出したのは血みどろの光景だった。

 

「私が殺した」

 

ゲンの頬が引き攣る。

何と言ったか。耳を疑ったが確かにそう聞こえた。

冗談かとも思ったが、椛は冗談を言う性質ではない。真剣な面持ちで、視線は惑うことなくゲンを真っ直ぐ射抜いている。

それでも聞き返さずにはいられない。

 

「……なんつった?」

 

「私が殺した。全員。皆殺しにした」

 

ゲンが言葉を失っている間、小屋の中には沈黙が訪れる。

数瞬たって我を取り戻したゲンは、平静を装うので精いっぱいだった。

 

「……穏やかじゃねえな。何があった?」

 

「……」

 

「剣聖ってのはそんなことしなきゃなれねえもんなのか? なあ?」

 

「……」

 

繰り返し尋ねたところで答えはなく、椛は再び遺体に振り返る。

膝をつき、死体の状態を確認している途中、杖を模した刀が転がっているのを見つけ手に取った。

 

「……これはなんだ」

 

「あ? そいつの武器だろ。多分。そんなことより、俺の質問に――――」

 

「こんなものを使ったと言うのか」

 

ゲンの催促を無視して刀を引き抜いた椛は、日の光を反射し鈍く輝く刀身を見て「ただの直刀か」と呟く。

反りのないこの刀で、新しい『太刀』を作ったと言うなら、想像を絶する鍛錬が必要だっただろう。あの年で、それも利き腕をなくしていたことを考えれば猶更である。

 

腐っても剣聖だ。

内心で尊敬の念を抱かずにはいられない椛だったが、その後ろでは、いよいよ堪忍袋の緒が切れたゲンが大声を発しながら詰め寄ってきた。

 

「椛! 俺の質問に答えろ!」

 

「……なぜ殺したか、だったか」

 

「そうだ!」

 

怒鳴り声などものともせず、振り向くこともしなかった。

口ぶりから平静だと言うことが知れる。表情までは分からない。

 

「お前よりも先に知るべき人間がいる。それに話したのなら話してやろう」

 

「あぁ!? 誰だ、そいつは!?」

 

「レンだ」

 

その一言でゲンは再び言葉をなくす。

何を言っているのだと椛を見つめる瞳には、おかしくなったのではないかと心配の色が浮かんでいた。

ゲンが呆然としている隙を縫い、やおら腰の刀を抜いた椛は、あろうことか遺体の左腕を切断する暴挙に出る。

 

「はぁ!? お前っ!?」

 

「さすがに血は出ないな」

 

切断したところで死後数日たっていれば出血はほとんどない。

それを確認した椛は、何の遠慮もなく四肢を斬り落としていった。

ゲンが「やめろっ!」と声を荒げようが構わず、最後に首を切断すれば各部位と胴の5つのパーツに分かれる。

 

「な、なにやってる……?」

 

「処分する」

 

「は……?」

 

「運びやすくするために細かくした」

 

死体の処理方法はいくつかある。

流すか、焼くか、埋めるか、捨てるかである。

 

この村では大抵埋める。

川下のことを考えれば出来る限り流したくはないし、焼くには燃料が必要だ。

だからわざわざ穴を掘って埋める。埋めればその内消えてくれる。疫病が発生するのを防げるし、死者に敬意を表すことにもなる。

 

だが、辻斬りの死体にそこまでの労力を費やすことはありえない。人殺しに表する敬意などあるはずがない。

ゆえに椛はこう言っているのだ。この死体はバラバラにして山に捨てると。

 

「山に捨てれば動物が食うだろう。二三日もすれば消えてなくなる」

 

「……いいのか? それで」

 

仮にも師匠だろ。

暗に含まれた言葉に、椛はぴくりとも表情を動かさず頷いた。

 

「生き返られでもしたら事だ」

 

「……本気で言ってんのか?」

 

「ああ」

 

冗談としか聞こえない。だが椛は冗談を言わない。

死人が生き返らないのは子供でも知っている。

生き返るのは昔話の中だけだ。

 

「だが、死体はあとで捨てるとしよう。外に誰かいる」

 

「あ?」

 

言われて小屋の外を窺うと、少し離れた所に小さな女の子がいた。

一応隠れているつもりだったのか、ゲンと目が合った瞬間跳び上がらんばかりに驚いていた。

女の子は黒い髪で顔つきは幼い。背丈から考えて、アキよりも二つばかり年下と言うところだった。

 

「あいつ、確か……」

 

「村の子供だろう。見た記憶がある」

 

女の子の頬には切り傷があった。

まだ治り切っていない傷は赤く炎症を起こしている。最近負った傷のようだ。

 

二人に見られて観念した女の子は、おっかなびっくりと近づいてくる。

小屋の中身を見せるわけにはいかないと、二人は小屋から出て中が見れない場所まで移動した。

 

「あ、あの……これを……」

 

おずおずと話しかけるその手には一輪の花が握られている。

どこで見つけてきたのか、村の周辺でその花はまだ咲いていない。例年ならとっくに咲いているはずだが、寒さのせいで開花が遅れていた。

 

「なんだこの花は」

 

差し出された花を睨め付ける椛。

子供相手に大人気ない態度である。

その襟をゲンが掴み、自分の所に引き寄せ声を潜めた。

 

「思い出したぞ。こいつは巻き込まれた餓鬼だ」

 

「なに?」

 

「小僧とババアの戦いに巻き込まれたんだ。頬の傷見ろ」

 

天下の剣聖と村一番の嫌われ者の視線を一身に浴びる女の子は今にも泣きそうだった。しかし、ぷるぷると震えながらも逃げ出そうとはしない。年齢に不釣り合いな勇気を持っている。

 

「名前は何と言う?」

 

(えんじゅ)……です」

 

槐……。

椛は口の中で呟いて改めて女の子を見た。

普通の女の子だ。何も感じない。レンのような化け物染みた雰囲気はないし、アキのような才能も感じない。どこにでもいる普通の女の子。

 

「その花をどうすればいい」

 

「お、お兄さんに……」

 

「レンに?」

 

レンの名前を口にした瞬間、椛の威圧感が増した。

「ひっ」と悲鳴を上げた槐はそれでも逃げ出さず、ぐっと堪えて一息に捲し立てた。

 

「た、助けてくれたから! 具合悪いってお母さんが! だから良くなってほしくて……ありがとうって言いたいから……!」

 

一気に話したせいで息切れを起こした。

無感情を行き過ぎて冷酷にも見える視線に耐え、震える手で必死に差し出されるその花を、椛は受け取った。

 

「ぁ……」

 

「わかった。伝えておこう」

 

花は黄色かった。

春になればどこにでも咲く普通の花である。

だが今年に限ってはその花一つ見つけるだけでも、さぞかし苦労しただろうことは容易に想像できた。

 

「ここは危ない。家に戻れ」

 

「見たくねえもん見ちまうぞ。いけ、ほら」

 

「は、はい……」

 

後ろ髪引かれた様子の小さな背中を見送り、その姿が見えなくなるのを待ってから、椛が口を開く。

 

「村の連中は知らないのか」

 

「ったりめえだ。まだ誰にも言ってねえよ。怪我したことだけだ。知ってんのは」

 

「そうか」

 

椛は手の中の花を一瞥し、槐を追いかけるように歩き出した。

 

「おい、どこ行くんだ?」

 

「一度家に戻る」

 

「この死体どうすんだ?」

 

「あとで捨てる」

 

「……バラバラだぞ?」

 

「だからなんだ」

 

大股で去り行く背中には、何を言ってもなしのつぶてである。

普通バラバラにして放置しねえだろとゲンは小屋を振り返った。

立ち尽くし、迷いに迷って、結局は見て見ぬふりをした。

何が悲しくてバラバラ死体を山に捨てに行かにゃならんのだと自分に言い訳をして、一度家に帰ることにした。

 


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