とある憑依の一方通行(仮)   作:幸村有沙

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第五話 クローンとの日常

「あ、そっち行きましたよ一方通行、とミサカは回復しながら報告します」

 

「おォ、相手しといてやるからさっさとこっちに来いよ。俺が全部やっちまったら一緒にやってる意味がねェからな」

 

「ミサカは報酬さえ貰えればいいのですが、とミサカは本音を言います」

 

「……これは装備を作るゲームじゃなくてモンスターを狩るゲームだからな?」

 

 なんて、どうしてこうなったのか。

 

 ミサカと一緒にゲームに興じながら一方で俺はこの状況に戸惑いを感じていた。

 

 本当にどうしてこうなったのだろう。

 

 問題を先延ばしにして今回は取り合えずという気持ちで関わった次の日。潜伏先を変えて心機一転して過ごそうとしていた矢先、彼女は、

 

「見付けましたよ一方通行。一狩り行きましょう、とミサカは覚えたての言葉を使って一人前の狩人を気取ります」

 

 なんて言いながら、潜伏先を変えた事実などなかったかのような気軽さで、ただ帰すだけというのも忍びなくて貸してやったゲームを片手に遊びに来た。

 

 そしてそれから毎日のように遊びに来るというのが日常化してしまっている。何度も潜伏先を変えているというのにだ。

 

 見張りの警備員や少数の研究員だけしかいない研究所のまったく使われていない一室やマンションの空き室、それに定休日の店の中など、そう簡単に見つかるはずがない場所に隠れているのだがこうもたやすく見付かるなんて、俺の運が悪いのか、それとも彼女が優秀なのか、もしくは実験関係者は俺をすぐに見付けられるがわざと泳がせているのか、疑問に思うが少し怖くて訊くことは出来ない。

 

 そんな訳でいろいろと気になったが問い質すことなく、大人しく彼女の要望に応えてゲームをしたり、漫画や小説を読ませたり、アニメやドラマを見せたり、音楽を聴かせてやったりしていたのだが。

 

「これはやっぱりおかしいだろ」

 

「尻尾を切断しても流血しないことですか? それならミサカも」

 

「いや、ゲームの話じゃねェよ。なんで仲良くゲームしてンだよ、俺達は……」

 

「……ん? 昨日一方通行がミサカにゲームを教えてくれたからですよね? とミサカは何を当たり前のことに疑問を抱いているのかと不思議に思います」

 

「そういう話じゃねェよ」

 

「よくわかりません、とミサカは……あ、頭部破壊出来ましたよ、一方通行」

 

 はぁ、と俺は大きく嘆息した。

 

 どうして俺はバツあり子持ち借金持ちの訳あり女よりも更に訳ありの女とこうしてのんびりとゲームをしているのだろうか。このまま流されていくといつの間にか実験に参加させられてましたという展開が待っていそうで怖い。もしくは仲良くなった後に実験関係者に目の前のミサカが処分されるという鬱展開もありそうで、何も考えずにただ楽しむだけということも出来ない。

 

 それなのに俺とは違い、目の前のクローンは呑気に現状を楽しんでいる。

 

 これが殺す側と殺される側の違いなのだろうか。いや、違うだろ。

 

「どうかしましたか、一方通行。先程からずっと上の空のようですが、とミサカはそれでもゲームの操作に関しては完璧な一方通行に少し引きながら尋ねます」

 

「……別になンでもねェよ。それよりもオマエはゲームの方にでも集中してろ」

 

 先程のやり取りで説明しても無駄だろうことを悟った俺は適当に誤魔化す。するとミサカはそこまで気になっていたわけでなかったようで、すぐにゲーム画面へと視線を戻した。

 

 こういう時は普通、何か悩みがあるなら相談しろ的な発言をするべきではないかと一瞬頭に過ぎったが、本当にそうされても困るのでやめておく。そもそも彼女に普通なんて言葉は似合わない。

 

 しかし、最近は悩んでも仕方がないようなことについて悩む時間が増えたような気がする。それにやたらとマイナス方向に考えが進んでいるように思う。そして最後は諦める。そういう流れが出来てしまっている。

 

 多分選べる選択肢が多いからこうなるのだと思う。今の俺は割と自由だ。だからダメ人間的な側面が浮かび上がってしまっているのだろう。ニートと同じようなものだ。働かなくても生きられるから働かない。未来に困難が待ち受けていると分かっていても今が心地良い所為で気力がなくなってしまう。だからニートでも無人島に放り込めば生きようと頑張るように、今の俺が積極的に動くにはまず自分を追い詰める必要がある。

 

 さもないと俺は今の状況が続くならいつまでも堕落している自信がある。

 

 まさかここまで自分がダメ人間だとは思わなかった。学校に通ったり規則正しい生活をして何かをすることを習慣付けることがこんなに大切だったとは。一方通行になってから今までで、初めて人生について大事なことを学んだ気がする。

 

 なんて、それに気付いてもわざわざ自分を追い込もうとなんてしないからこそ俺は自分をダメ人間だと思うのだが。

 

「……ダメですね、一方通行」

 

 考え事を読まれたのかと一瞬身体がびくりと硬直する。まさか必死に格好付けて外面を作ってきたのにこんなところで唐突に化けの皮を剥がれてしまうのだろうか。焦りと共に冷や汗が流れ出た。

 

「な、なにがだよ? ゲームなら見事に討伐出来たじゃねェか? ほら……」

 

「いえ、ゲームの話ではありませんよ。あなたのことです、一方通行、とミサカは取り繕わずにはっきりと言います」

 

「は、はァ!? 何がだァ!?」

 

「何故焦っているのですか? とミサカは不思議に思いながら首を傾げます」

 

「ばっ、焦ってねェしィ? 俺はいつも通りですけど何か問題ありますかァ?」

 

「いえ、私の知るいつも通りの一方通行はそんなこの前読んだ漫画に出てきたヘタレ主人公みたいな話し方ではありませんでしたが、とミサカは少し困惑します」

 

「き、今日は男の子の日なンだよ!」

 

「なんですか、それは? とミサカは初めて聞く言葉に更に困惑します」

 

「男の子の日はあれだ、その……情緒が不安定になる日なンだよ! そォいう日が男の子にはみンなあるンだよ!」

 

「そもそもあなたは男性だったのかとかいろいろと気になることがたくさんありますがそれは置いておいて、少し落ち着いてください一方通行、とミサカは冷静になってもらえるように宥めます」

 

「お、落ち着いてるからさっさと話を戻せよ。俺の何がダメなンだァ!?」

 

「いえ、今の一方通行は落ち着いている状態とは……まあ、いいです。そこまで言うなら本題へ話を戻しましょう、とミサカは何故か動揺しているように見える一方通行に説明をすることにします」

 

 ごくり、と唾を飲み込む。妹達の一人である彼女がまさか読心能力者(サイコメトラー)であるはずがないので心を読まれているはずはないと思うが、それでも俺は動揺をせずにはいられなかった。ここは超能力も魔術もある世界だから何があっても不思議ではない。

 

 だから最悪の展開が脳裏に浮かぶ。

 

 彼女と過ごしていた時間ずっと心を読まれていたとすると、俺は自殺に走るかもしれない。実は小市民なことや転生などの秘密や最近は緩和されてきたとはいえ彼女を不気味に思っていることなどがバレてしまうことも怖いが、能力の影響でホルモンバランスが崩れていても俺は男だ。だからそういう思春期男子に有りがちなことを考えてしまったのも一度や二度では済まない。パンツ丸見えだなぁとチラ見したり、貧乳だなぁと残念に思ったり、見た目だけは美人だなぁとか考えたり、クローンとはいえ女の子と二人きりに緊張したり、もしかしてフラグ立ってるんじゃないかとか妄想したり、わざと胸を触っても誤魔化せるんじゃないかとかダメな思考に陥ったり。そういう諸々もバレてたと思うと恥ずかしさが尋常じゃないレベルで込み上げてくる。

 

 自体は本性バレとかそういう小さな問題では済まない。男の純情な感情という何よりも大切なものがかかっている。

 

 ミサカがダメな理由とやらを説明するまでの数秒間、俺のスパコン並の頭脳はもし最悪の展開だった場合どうするべきかを必死に考えた。しかしミサカネットワークで繋がっている彼女に口封じなんて出来るはずもなく、そもそも一人にでも知られたら意味がなく、学園都市一の頭脳は最悪の展開だった場合は「諦めろ、人生を」という答えしか出してはくるなかった。

 

 だから俺は途方もなく長い一瞬を最悪な結果じゃないようにと神様に祈りながら待つことしか出来なかったのだった。

 

 

「では説明しましょう」

 

 勿体振るな、心臓が死ぬ。

 

「このままじゃダメです、外に出ましょう、とミサカは一方通行に進言します」

 

「…………は?」

 

 予想していた言葉とまったく違うものが聞こえてきて、俺は固まった。

 

「先程から溜息を吐いたり上の空だったり、更には急に情緒不安定……は男の子の日とやらが原因だそうなので捨て置きますが、あなたの精神は逃亡生活を続け、更には室内でずっと過ごすことでまいっていることがよくわかります。ええ、不健康な生活を続けることで影響が出てしまっているのでしょう、とミサカはなるべく本音を隠しながら語ります」

 

 先程までのはなんだったのか、急激にバイタルやメンタルが正常になっていくことを感じた。どうやら俺は悲観的過ぎだようだったらしい。最悪を考え過ぎていたようだ。ああ、良かった良かった。

 

「なのでそろそろ外に出るべきです。これはミサカが街を見て回りたいから言ってるわけではなく、一方通行の身を案じて言っているのです、とミサカは目を逸らしながら尤もらしく説明します」

 

 ミサカの話を聞き流しながら俺は心を落ち着かせていく。よく考えてみたら馬鹿らしい。読心能力がミサカクローンズにあるはずがないじゃないか。俺は何処までネガティブだったんだろうか。

 

 本当にやれやれだ。

 

「……聞いていますか? とミサカは一方通行をジト目で睨み付けます」

 

「おォ、聞いてる聞いてる」

 

「では外出しましょう、とミサカは少し緊張しながら返事を待ちます」

 

「いや、俺逃亡中だし。むやみやたらに外出するのは避けるべきだろォが」

 

「大丈夫です。捜索者や関係者の大体の位置は把握しているので遭遇することはありません。それに他の個体も協力してくれているので、外出によって一方通行の潜伏先がバレる心配もありません、とミサカは胸を張って自信満々に言い放ちます」

 

 なんというか、本来なら実験をさっさと開始させる為に協力するべきこいつが娯楽の為に俺の情報を隠蔽していたり、または撹乱していたりしているのが最近実験関係者にまったく遭遇しない真相のような気がする。何故俺の場所をすぐに見付けられるかは検討が付かないが。

 

「ほら行きましょうよ、一方通行。外の世界のいろいろを教えてくれる約束です、とミサカは一方通行の手を引きます」

 

 なんかもう、思ってたよりもずっとこいつは人間になってるんじゃねぇかな。

 

 そんなことを考えながら俺はミサカに手を引かれ、久しぶりに昼間の街へと向かうのだった。

 

「あ、ミサカは金銭の類いを所有していないので、もしも欲しいものがあれば一方通行が買ってくださいね、とミサカは雑誌で読んだ小悪魔的な笑みを浮かべます」

 

 訂正。どうやらその前に彼女には少し教育することが必要なみたいだ。




 本来なら今回のお話で街中でのデート(?)も書く予定でしたが、長くなってしまったのでそれは次回になりました。そこまで書いていたら今日中に書き終わりそうもないというのもありますが……。

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