とある憑依の一方通行(仮)   作:幸村有沙

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第四話 逃亡中

 研究所から見事逃げおおせてから既に三ヶ月もの歳月が過ぎていたが、あれからというもの俺は実験の関係者や依頼されたらしい暗部諸君に狙われ続けていた。

 

 当然、自宅には帰れないし、口座が止められるということはなかったが、カードでお金を下ろした瞬間に居場所が特定されるので気軽に下ろせない。捜索者は妹達みたいに目立つ存在ではなく、むしろ逆に何処にでもいるような目立たない人間なので、おおっぴらに街を歩くことも出来ず、だから俺は路地裏や廃墟を転々とする生活が続いている。買い物は夜にコンビニなどで、生活費は第一位狙いの不良さんが快く寄付してくれた。

 

 汚れは反射ですっ飛ばせるし、暇な時間は携帯ゲーム機をプレイしたり、これまた不良さん寄付の漫画や小説を読んだりと、生活には困らず、最近はむしろ楽しむことも出来ている。ゲームセンター通いは出来なくなったし、相変わらず友達もいないが、割と幸せな方だ。

 

 変に抵抗するとややこしくなりそうなので逃げに徹することを選んでみたが、あの時の俺グッジョブである。スパイみたいな、或いは秘密基地を作って遊ぶ子供のような生活は、実験か不良さんとバトルかゲームセンターでゲームくらいしかやることがなかった俺の人生に刺激を与えてくれている。もう二、三年はこのままでもいいくらいだ。

 

「能力があればホームレスでもうまくやっていけるもンなンだなァ」

 

 取り壊し予定の廃ビル内で、不良に寄付してもらったふかふかソファで寛ぎながら、俺はまた一つ大切な事を学んだ。

 

 しかしまあ、口座が止まらなかったり、国家予算レベルの借金を背負わされなかったり、滞空回線(アンダーライン)で学園都市中を監視しているはずのアレイスターが干渉してこなかったりすることを考えると、今回の俺の行動はアレイスターや闇塗れの上層部的には許容出来る範囲の行動らしい。逃げた次の日から常に逃げ続けなければならない生活や、能力を無効化されて強制的に実験に参加させられる展開も考えられただけに、嬉しい誤算だ。

 

 しかし、そうだとすると、もしかしたら時間は掛かるが案外不殺のまま実験を終わらせることも出来るかもしれない。

 

 御坂美琴が実験を知り、妨害を始め、布束砥信が実験にひそかに反抗し、御坂美琴が暗部の麦野沈利達と出会い、それでも妨害を続け、限界を知り、上条当麻が助けようとする状況が来る。それまで逃げ続ければ被験者にならず被害者でい続けることも不可能ではないはずだ。

 

 問題は原作と同じように上条当麻がインデックスを救う際に、宇宙に浮かぶ樹形図の設計者を打ち落とすことになってくれるかわからないのと、その時期が夏ということ。加えて俺がそれまで逃げ続けられるかや、一人も死んでいないなら御坂美琴や布束砥信達が実験阻止の為に動くか分からないということだが。

 

「考えてみると問題は山積みか」

 

 少し考えてみただけでいくつも問題が出て来てしまった。流石にただずっと逃げているだけで希望通りの展開が来るなんて、そんな楽観的な結論は出せなかった。

 

「俺自身も動かねェとこの件が円満に解決することは絶対になさそうだなァ」

 

 とは言ってもじゃあ早速行動しようとはならないのが俺である。たまに逃げるだけであとはダラダラしているだけでいい今の生活を気に入っているのもあるが、それ以上にやる気が出ないのだった。

 

 今回の件で俺が傷付くことは多分ない。最悪の一歩手前で上条当麻にボコられる程度で、最悪だと垣根帝督がやってきてどちらかが死ぬまで戦い続ける結末が待っているだろうが、それでも負けて死ぬことは恐らくないと思う。能力の序列もあるし、原作で勝った時の一方通行よりも今の俺の方が状態が勝っているからだ。

 

 だから、必死になる必要がないのだ。

 

 妹達が死のうと何も思わないし、今の生活も割と満足している俺には頑張って現状を変えたいと思う気力が湧かない。

 

 故に俺は動こうとはしなかった。

 

 そしてそれはすぐ目の前に妹達の一人らしき姿があっても同じだった。

 

「逃げないのですか、とミサカは怪訝に思いながら尋ねます」

 

 どうやら本当に妹達らしい。常盤台の服を着て軍用ゴーグルを付けた御坂美琴似の少女がそうでないとは思わなかったけど、まだ実験も行われていないのに妹達に外出させているとは驚きだ。確か原作では室内戦闘実験が終了してから実験、もしくは実験前の研修、それに実験後の死体の回収くらいでしか外出を許されなかったはずだし、外出出来る妹達はきちんと調整したりしなければならなかったはずだが、そんな妹達まで駆り出さなければならないほど人員不足なのだろうか。

 

 少し疑問に思ったが、妹達にはそういう感情を察するということは出来ないらしい。彼女は先程と同じ言葉を繰り返した。

 

「逃げないのですか、とミサカは怪訝に思いながら尋ねます」

 

 一字一句声の強弱すら同じだ。機械が入力された手順に従って音声を発しているように感じられる。あれから結構な時間が経ったが、どうやら彼女達はまだ不気味の谷を越えてはいないらしい。

 

 この様子だと谷越えは難しそうだ。

 

 まあそれはさておき、黙ったままだと何度も同じ質問を繰り返されそうで、そうされると下手なホラーよりも恐怖を感じるので、俺は彼女に返事をした。

 

「オマエ一人なら逃げねェよ。どォせ他のクローンまで外に出してるってわけでもねェンだし、オマエが研究員だとかに連絡するまでは追っ手も来ねェンだろォ? それならまだ今は逃げる必要はねェだろ」

 

「それは遠回しにあなたを発見したことを報告するなと言っているのでしょうか、とミサカは疑問を口にします」

 

「別に強制するつもりはねェよ。ただ俺を発見しようがそれを報告しようが、結局、俺に実験に参加する意志がねェなら無駄な事だろ」

 

「ですが、そうであってもミサカにはあなたを発見してしまっては研究員に報告する以外の選択肢はありません、とミサカは正直な気持ちを話します」

 

「そこは人間らしく融通利かせろよ。一方通行を説得してたとか言って言い訳するとかよォ。せっかく研究所の外の世界を楽しめる機会が来たンだからオマエも仕事は程々にして楽しンだらどォだ?」

 

「普通の人間ではないミサカに人間らしい行動をと言われてもわかりませんし、それに楽しめと言われてもミサカはそういった知識やその為の行動を学習装置(テスタメント)からインストールされていません、とミサカは一方通行の言葉を否定します」

 

「そんなアメリカのスラッシュメタルバンドみてェな名前の機械から得たものだけに頼らなくても、オマエには今この瞬間に学習する機会が与えられてるだろォが。インストールされてようがそうでなかろォが今から学ンで知ればいいンだよ」

 

「……ですが、どうやってでしょうか、とミサカは首を傾げます」

 

「それは誰かに聞け。俺は知らねェ」

 

「では一方通行、あなたが教えて下さい、とミサカは頭を下げます」

 

「いや、ちゃんと聞いてたかァ? 俺は知らねェって言っただろォが」

 

「ですがミサカにはそういうことを教えてくれる相手にはまったく心辺りがありません、とミサカは正直に白状します」

 

「将来殺し合うかもしれない関係の二人が仲良くなるとか、何処の二流映画だっての。全米が涙しましたってかァ?」

 

「映画だとか言われてもミサカにはよくわかりません、とミサカは困惑します」

 

「……まァ、そうだろォなァ」

 

「はい。ですからそれも教えてください、とミサカは教えるのを拒否すれば即刻一方通行の居場所を報告する予定だということを敢えて隠しながらお願いします」

 

「いや、隠せてねェよ」

 

 脅迫かよ、と俺は溜息を吐いた。

 

 なんだかおかしな状況になったものだと頭を抱える。妹達友情ルートなんて、一体何処でそんなフラグを立てていたんだろうか俺は。いろいろと教えることは吝かではないが、なんとなく彼女達に関わると罪悪感のようなものが沸いて来るのであまり積極的に関わりたいとは思えない。それにこうして話してみると、それだけで妹達が人間のように見えてきてしまって、いざという時に殺せるかどうか、迷ってしまいそうで少し怖くなる。

 

 鬱ルートは勘弁だ。

 

 しかし、いろいろと教えるということはつまり、一緒にゲームをしたりだとか遊んだりだとか、そういう友達みたいな俺がずっと望んでいたことが出来るということだ。あまり仲良くなりたいと思える相手ではないが、先程の会話は少し楽しかった。一方通行として、能力が発現する前の《普通》を思い出せる会話だった。

 

 薄れてきたとはいえまだある嫌悪感や仲良くなると厄介になりそうな予感を無視するか、それともこのまま逃げるか。

 

 どうすればいいのだろうか。

 

「どうかしましたか? とミサカはいきなり黙り込んだ一方通行を不審に思いながら問い掛けます」

 

「あァ、なんつゥか面倒臭ェ展開になってきやがったなァと思ってよォ」

 

 こういうのは上条当麻とか、ハーレム系主人公の担当だと思う。ダークヒーロー系担当予定の俺には相応しくない。あ、友達がいないぼっちだからダークヒーロー系担当ってわけではない。孤独なダークヒーローではなく、残酷な運命を背負ってる感じのダークヒーローの方だ。

 

「面倒臭いですか。実験を拒否して逃亡生活を続けている現状と比べれば簡単なことだと思いますが、とミサカは暗に実験開始を急かすようなことを口にします」

 

「それはなンか違くねェか?」

 

「そうでしょうか? とミサカはよくわからないので曖昧に答えます」

 

「そォだろ。ていうか娯楽を教えろって言いながらも自分が死ぬ実験をさっさと始めろってなンか矛盾してねェか?」

 

「そうなのでしょうか。あなたが話す娯楽について興味があるのも事実ですが、実験に関してはミサカの製造された目的そのものです。なので実験を望みながらも娯楽とやらについて教えを請うことが矛盾しているとは思えません、とミサカは自分の意見をはっきりと述べます」

 

「そりゃあ人間遅かれ早かれいつかは死ぬけどよォ、どうせすぐに死ぬンなら知ることに意味なンてあンのかァ?」

 

「知ることに死期の早い遅いが関係するのでしょうか、とミサカは尋ねます」

 

「いや、関係はねェけどよォ……」

 

 まるで何も知らない子供のような質問責めに俺は少し困惑した。

 

 しかしまるでも何も彼女はそのまま何も知らない子供だったことを思い出す。

 

 妹達は確かに最低限の知識を持ってはいるが、何も知らない子供なのだ。

 

 それを俺は場合によっては見捨てようとしている。積極的に助けようとは思っていない。死ぬなら死ぬで問題が解決するから、それでいいとすら考えている。

 

 罪悪感が加速していく。

 

「オマエは死ぬことが怖くねェのか?」

 

「恐怖という感情はミサカにはよくわかりません、とミサカは正直に答えます」

 

「……そォか」

 

「はい。ミサカは一方通行をレベル6へとシフトさせる為に製造された存在です。ですから実験の結果死ぬことを当然で、それを恐れるということもよくわからないです、とミサカは補足します」

 

 そう答えた彼女に俺は恐怖した。

 

 自分という存在がなくなることを当たり前として受け止められるというのは一度死んだ経験がある俺には――いや、一度死んだ経験がある俺だからこそ理解出来ないことだった。例え何も知らないとしても自分の消失というものは誰でも恐れを抱くものなのではないだろうか。本能的に避けようと考えるものではないのだろうか。

 

 俺にはよくわからない。

 

 人の感情がわかるというのは錯覚に過ぎないことかもしれないが、それでもわかった気持ちにならなれると思う。

 

 しかし俺には彼女の気持ちがこれっぽっちも理解出来なかった。

 

 人間は理解出来ないものを恐れ、拒絶し、排除しようとすると訊くが、そう思う気持ちがよく理解出来た。

 

 厄介な事になりそうだとか関係なく、彼女に関わりたくないという気持ちが以前よりも強くなったことを感じた。

 

 しかしそれでも俺は小市民だった。

 

 一度感じた罪悪感がこのまま彼女から逃げようという気持ちを疎外していた。

 

 だからこそ難しい。

 

「何やら考え事をしているようですが一方通行、それでミサカに娯楽とやらを教える話はどうなったのでしょうか、とミサカは興味を抑えられずに問い掛けます」

 

「…………」

 

「……一方通行?」

 

 知らないことに興味を持つだとかは普通の人間らしいんだよなぁ。

 

 俺は大きく溜息を吐いた。

 

「わかった、教えてやる。だから研究員どもに俺のことを報告したりこの場所をバラしたりはするンじゃねェぞ」

 

 そう言って俺は床に置いていた携帯ゲーム機を彼女に渡す。彼女はそれを不審に思いながらも受け取り、それを確認すると俺はもう一つのゲームを手に持った。

 

「まずはゲームから教えてやるよ」

 

「……ゲーム、ですか、とミサカは早る気持ちを堪えながら質問します」

 

 逃亡生活中に友達が出来た時の為に用意していたゲームが役に立ちそうだ。残念ながらあまり嬉しく思えないけれど。

 

 結局、俺は悩みや問題を先延ばしにして取り合えずという気持ちで今回は彼女に関わることを決めた。これからも彼女に関わり続けるかはわからないし、ただの今回限りその場凌ぎだ。彼女がバラさずとも発信機的なものが仕掛けられていないとは限らないし、ミサカネットワークで繋がっているのだから他の個体がバラす可能性もあるので、彼女が帰った後はすぐに違う場所に移動するつもりだし、次に発見された時に今回と同じように彼女に関わろうと思うかはわからない。

 

 だけど今回だけは普通に、まるで友達のように二人で楽しむことにした。

 

 何も知らない彼女に上から目線で教えてあげることにした。

 

 これが良い方向に作用するか、それとも悪い方向に働いてしまうのかはわからないが、ずっとシリアスなのも嫌だ。

 

 だから今は普通にと決めた。

 

 研究員や不良とは違う、人との普通の関わりに飢えていたというのもある。

 

 だから、今回は。

 

「よし、一狩りいこうぜ」

 

「人狩りですか、それは問題発言なのではないかとミサカは疑問を口にします」

 

「違ェよ! ゲームの話だ、ゲームの。まずは武器を何にするか決めて……」

 

「一方通行、急に画面が真っ暗になってしまったのですが、これはもしかして不良品なのでは、とミサカはゲーム機なる機械を一方通行に見せます」

 

「なにを興奮して漏電してやがンですか、オマエは! そりゃあ壊れるに決まってンだろォが! せっかく初めてソロ以外でゲーム出来ると思ったのによォ!」

 

「なるほど。ぼっち乙というやつですね、とミサカは最近覚えた知識を披露します」

 

「ぶち殺すぞッ!! 何処で覚えやがったその無駄知識を! ぼっちじゃねェよ、孤高の存在だ! 俺についてこれるやつがいねェだけだ、ちくしょうがァ!!」

 

 ……やっぱりやめておけば良かったかもしれない。




 関わりたくないけど罪悪感があるので邪険に出来ないヘタレータさんと人間らしくなくて不気味とか思われてるけど外の世界のことだとか娯楽やらに興味津々な妹達の一人のご都合主義なお話でした。

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