とある憑依の一方通行(仮)   作:幸村有沙

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第三話 クローン

「知らない天井だ……」

 

 目が覚めると予想は出来るけれど見覚えのない場所で寝ていたので、最早定番と化した台詞と共に身体を起こした。

 

 どうやら俺は何処かの研究施設に拉致されたらしい。寝起きでぼんやりとした思考のままそれに気付くが、警戒心は沸いて来なかった。一方通行を傷付ける手段は少なく、それに害を加える意味がないことをよく知っているからだ。

 

 だから俺は突然のことではあるがとても落ち着いて周囲を観察することが出来た。

 

 どうやら俺は何処かは分からないが研究施設に自宅のベッドごと運ばれたらしい。睡眠時も反射は例外なく機能しているが、身体に触れずにベッドごと運ぶことなら可能だ。どうやって家に入ったのかは分からないが、なるほど、上手い手だと思う。一方通行への対抗策というからには反射を無効化するつもりなのかと警戒していたが、わざわざそんなことをしなくても連れてくるぐらいは簡単に出来るらしい。年中能力者を研究しているだけのことはある。

 

 感心しながら身体を起こす。昨日は疲れてそのまま眠ったので携帯も財布もある。服装すらそのまま外出出来る格好だ。相手が許すかは分からないが、これなら脱出後もすんなりといけそうだ。

 

 しかし、その脱出自体はすんなりとはいけないように思えた。

 

 戦闘データを取る為なのか広い空間には確認出来る範囲だけでも数えきれないほどカメラが設置されていて、床や壁もちょっとやそっとじゃ破壊出来ない素材で出来ていることが分かる。唯一直接観察する為のものか、上の方に透明なガラスのようなもので出来た部分もあるが、それも少なくとも防弾ガラスよりは丈夫だろう。唯一の入口の方もパスワードやカードキーだけではなく指紋認証システムまで設置されていて、内部から出るには穏やかな手段では済みそうもない。

 

「随分と金が掛かってそォだな」

 

 俺だけの為に用意された施設なのかは知らないが、贅沢なことだ。しかも原作を知っている俺からすると、確実に失敗すると分かっている実験に湯水の如く金を注ぎ込んで思えるので、少しぞっとする。破産してしまう研究員が多そうだ。

 

 俺には関係ないし、同情もしないが。

 

 そんなことを考えていると、誰かに見られているような気配がした。振り返ると先程見た透明なガラスのような部分で出来た壁の奥に白衣の男の姿が見える。どうやらこの前勧誘しに来た男とは別人のようだ。彼が天井(あまい)だろうか。

 

「どうやらお目覚めのようだね、一方通行。快適な朝を迎えられたかな?」

 

 マイク越しの声が部屋に響く。嫌味な笑いと皮肉だ。それに見下しているかのような視線が気に食わない。直感的に絶対に友達にはなれそうにないと感じた。

 

 ていうかアイツは友達いないだろう。

 

 自分のことは脇に置いておきながら心の中で馬鹿にする。

 

 白衣の男はそんな俺の様子に気付かずに続けた。

 

「さて、君は今いろいろと疑問に思っていることだろう。此処は何処か、何故自分は此処に居るのか、反射はどうしたのか、何故此処に連れて来られたのか、私は何者なのか、と。故にまずは君の質問に答える形でいきたいと考えているのだが、どうだね? うん?」

 

 ガラス(らしきもの)越しなのに強気な態度だ――いや、だからか。どうやら普段は逆らえない生意気なガキ相手に優位に立っている状況に満足しているらしい。

 

 ここは大人な対応で軽く流すのが一番相応しいのだろう。しかし精神年齢は恐らく目の前の白衣の男よりも上だろうが、今の思春期で感情が制御し辛い俺には大人な対応など無理だった。

 

「うるせェ。朝からドヤ顔でぐだぐだ語るオッサンの相手してやってるこっちの身にもなれってンだ。ここはさっさと平身低頭でお願いする場面だろ、あァ?」

 

 俺の言葉で白衣の男の表情が歪む。その様子に満足しつつ俺は続けた。

 

「大体疑問なンてねェよ。ここは絶対能力進化計画とやらの関連施設で、反射はベッドごと運ぶことで機能させずに此処に運んだ。俺は計画に必要だから連れて来られた。お前は計画の関係者……いや、責任者か? この場面で俺に話し掛けてくるならそれくらいの立場はありそォだな。まァ、どうでもいいンだけどよ」

 

 間違っていれば赤面ものの発言だったが、どうやら正解だったらしい。一瞬憎々し気に俺を睨んだ白衣の男を見てそれを理解した。いい気分だ。相手を馬鹿にしてやり込む行為は褒められたものではないが、心の中の何かが満たされるような感じがして気分がいい。そのおかげでこれからの話し合いも気分良く進められそうだ。相手はそうではないだろうけど。取り繕った無表情の研究員を見て俺はそれを感じた。

 

「さっさと話を進めろよ。俺はオマエとは違って暇じゃねェんだよ」

 

 相手が下手に出られないからと心を逆なでるような言葉遣いをするのは小物っぽくて少し気分が滅入りそうだったが、それ以上に楽しさが勝っていた。だから円滑に話を進める為には言葉遣いを改める必要があると分かっていてもやめられない。

 

 そんな俺の意図が伝わったのか白衣の男は会話をやめ、マイクから離れて後ろの人間に指示を出し始めた。

 

 どうやらこういう話し方の方が話が早く進む場合もあるらしい。

 

 白衣の男が指示を出してすぐ、この部屋の唯一の出入り口である扉が重々しい音と共に開いた。

 

 そして中に誰かが入ってくる。

 

「紹介しよう。彼女が今回の実験で君のパートナーを勤めるものだ」

 

 中に入ってきたのは中学生くらいの女の子だった。明るい茶色の髪を短く切り揃えていて、表情に色はないがモデルのように整っている。着ている服は恐らく常盤台の制服だろう。街中で見掛けたことがある。知らない人が見れば何処かのお嬢様のように思えるだろう。だからこそ軍事用らしき馬鹿デカイゴーグルと、腕に抱えるように携えた黒々とした銃が余計に不釣り合いに見えた。その二つが可愛らしい女の子という印象を打ち消してしまっている。

 

「第三位の超電磁砲……じゃあねェな。誰だコイツは? 超電磁砲に姉妹がいるって話は聞いたことがなかったがなァ」

 

 知らないように振る舞いながら問い掛ける。その間も少女から視線を逸らしたりはしない。いきなり撃たれて反射してしまったら計画に無理矢理参加させられてしまう可能性もある。それは避けたい。

 

「ご明答だ一方通行。彼女は御坂美琴ではなく、そのクローンだよ」

 

「クローン? 国際法で禁止されてるはずだろォが。もしかして知らなかったのか? 勉強不足なんじゃねェンですかァ?」

 

「そんなものに縛られる学園都市ではないということだよ」

 

 白衣の男は調子を取り戻したのか、こちらの挑発には全く反応を見せない。それは目の前のクローン少女も同じで、自分の話をされているというのに全くの無表情で、微動だにしなかった。

 

 気味が悪い。整い過ぎた顔や感情が全く見えない表情といい、まるで人形のように思えた。いや、人形のようにしか思えなかった。アニメで見てたから現実と思えないとか、そういうことは関係なく、見たまま人形のようにしか見えない。

 

 まだ職人の手で作られた人形の方が生きていると感じられそうなくらいだ。

 

 これが人間なのか。

 

 俺は不気味の谷現象を思い出した。あるロボット工学者は人間のロボットに対する感情的反応について、ロボットがその外観や動作において、より人間らしく作られるにつれ、より好感的・共感的になっていくが、ある時点で突然強い嫌悪感になると予想し、人間の外観や動作と見分けがつかなくなると、再び好感的になり、人間と同じように親近感を覚えるようになるという考えた。このような外見と動作が『人間にきわめて近いロボット』と『人間と全く同じロボット』によって引き起こされると予想される嫌悪感の差を『不気味の谷』と呼ぶらしい。

 

 目の前の少女は人間に限りなく近いが何処か足りていない。それに俺は嫌悪感を覚えてしまった。アニメキャラだった彼女達のことは好きだったのにだ。

 

 研究員は何も感じないのだろうか。

 

 感じないからこそ絶対能力進化計画の犠牲に出来るのだろうか。

 

 皮肉にも現実的でない少女を目にしたことによって、俺は少し現実的に今回のことを考え始めていた。

 

 しかしそんな俺の考え事に付き合ってくれるはずもなく、白衣の男の説明は続く。

 

「『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』で予測演算した結果、まだ見ぬレベル6に辿り着けるのは一名と判明した……一方通行、君だね。そして君がレベル6に到達する為には実戦による能力の成長促進を検討したのだが、その結果、超電磁砲(レールガン)を百二十八回殺害することで、レベル6へとシフトすることが判明した」

 

「で、超電磁砲を百二十八人も用意するのは無理だから超電磁砲のクローンを代わりに用意しましたァってか?」

 

「まさにその通りだ。彼女達、妹達(シスターズ)は当初は軍用に超電磁砲を量産する計画の為に作られたが、レベル3程度の劣化したクローンしか生み出せなくてね。その『劣化電気(レディオノイズ)計画』を流用出来ないかと考え『樹形図の設計者』で再演算したところ、『武装した二万体の妹達を二万通りの戦場で君が殺害することによって、君はレベル6に到達出来る』という結果が出たんだ」

 

 自分が殺される話を目の前でされているのに少女は顔色一つ変えない。生まれたばかりで感情が育っていないとはいえ、知識は多少なりともあるのなら、少しは恐怖したりするのではないだろうか。

 

 男の説明を聞き流しながら俺はクローンの少女を観察していた。けれど何も変化はなく、それが少し怖かった。

 

 楽しそうに二万殺しを勧めてくる白衣の男なんか比べ物にならないくらいだ。

 

 あまり関わりたいとは思えない。実験を受けたくない理由がまた増えた。

 

 溜息を吐いて、男を見る。

 

「それが絶対能力進化計画ってやつか?」

 

「ああ。どうだい、一方通行。きちんと説明を聞けば以前と考えも変わったんじゃないか? この計画が間違いなく成功することは聡明な君なら理解出来ただろう? 少し長く時間は掛かるかもしれないが、君をレベル6へと導けるのは私達とこの計画しかない。それが分かっただろう?」

 

 何故俺に関わる研究員というのはこうも自信過剰な人間が多いのだろうか。また溜息が出そうだった。

 

 それを堪えて首を振る。

 

「この実験は間違いなく失敗するぜ」

 

「自信がないのかい?」

 

 男は嘲るように笑った。

 

「そうじゃねェよ。前提からして間違ってる実験が成功するはずがねェって言ってンだよ。不備があるのはオマエらだ」

 

 そう、前提からして間違っている。俺が実験に参加するかどうかとか、そもそもこの計画の本来の目的はアレイスターが量産した妹達を世界中に拡散する事だとか、そういうのは全然が関係ない。

 

「確か一方通行が超電磁砲と戦闘を行えば、超電磁砲が逃げに徹したとしても、超電磁砲が百八十五手で死亡するって『樹形図の設計者』は演算してるらしいな」

 

「……それがどうした?」

 

「それがまず間違ってるって言ってンだよ。例え逃げに徹しようがこの俺が超電磁砲なんかに百八十五手も費やすはずがねェだろ。一手で終わる可能性だって有り得ねェとは言えねェのによォ」

 

「『樹形図の設計者』を疑うのか?」

 

「どっちかってェと疑ってンのはオマエらの方だな。入力するデータが間違ってンなら演算しても正解が導き出せるはずがねェだろ? オマエら研究員は一方通行をデータ上ですら満足に知らねェってことだ。だから超電磁砲を百二十八回殺しても武装した劣化電気を二万体殺しても、俺がレベル6に到達することはねェよ」

 

 言って、俺は能力を駆使して床を踏み抜いた。頑丈そうだった床はそれだけで簡単に砕けた。どうやら窓のないビルと同じ素材が使われているかもしれないという最悪の予想は外れていたらしい。

 

 これなら簡単に脱出出来そうだ。

 

「ま、待て! どうするつもりだ!?」

 

「帰ンだよ。毎週観てる再放送のドラマを録画すンのをうっかり忘れてからな」

 

 砕けた床の塊を壁に向かって蹴る。一度では穴を開けられなかったが、壊すこと自体は出来そうだ。

 

 俺は壁に向かって歩き出した。

 

 と、そこで今まで全く動きを見せなかった妹達が動き出した。彼女は俺の目の前に立ち塞がり、銃器を構える。

 

「……なンか用か?」

 

「実験開始時刻まで時間がありません。なので被験者一方通行がこの場から立ち去ることは認められないとミサカは答えます」

 

 まるで機械のようだった。恐らく自分で考えての行動だろうが、それが自分を殺す相手をこの場に留まらせようとしていることを考えると、おかしさが目立つ。

 

「……残念だったな。俺はわざわざオマエを殺してやったりなんかしねェよ。そんなに死にてェならそれを咥えて自分で引き金でも引いて勝手にくたばってろ」

 

 嫌悪感を抑えながら淡々と答えた。

 

 それから彼女を飛び越えて壁をおもいっきり殴り付ける。すると壁は俺の力に耐えられず、呆気なく大穴を作った。

 

「じゃあな。どうしても計画を進めてェなら序列コンプレックスの第二位のメルヘンホスト野郎でも勧誘してろよ」

 

 最後にそう言い残し、俺は広い研究施設を時々破壊しながら去っていった。

 

 これで終わるとは全く思わずに。

 

 むしろこれからが始まりなんだろうなぁ、なんて思いながら。

 




 続き遅れちゃって申し訳ないです。ちょっと患っておりました。完治したわけではないのでこれからも遅れてしまうかもしれませんが、読み続けていただけると嬉しいです。

 この作品を書き始めてことごとく不運続きですが、お気に入り登録数とか感想や評価など、その不幸を大きく上回るように幸運です。ありがとうございます。

 しかしギャグやコメディを書きたいはずなのに何故か真面目に話が進んでしまっているので、なんとかせねばです。

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