”人殺し”は罪だろうか(終わる世界の戦闘少女企画参加作品)   作:あるばさむ

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前回に引き続き、「楊菊蘭」加えて「里中日和未」(@SUZU_MOOO1)をお借りしています。ただただうちの子と話し合いしてるだけ。





3.捜索依頼

 

「脱走者、ですか」

 シェリーが鸚鵡(おうむ)返しに言葉を漏らす先、区切られた画面の向こうで(ヤン)は頷いた。

 太陽が天頂に届くにはまだ早い時間の会議室で、金の長髪を流す若い女性、白髪混じりで緩いパーマの高齢の女性、そしてパソコン端末が囲うように並ぶ。その端末に向けて、シェリーは問い返した。

「すると『アルファ』に頼みたいこととは、行方不明者の捜索ということですか?」

『そういうことになります』

 簡潔な返答がスピーカーから響いて、シェリーは少し考えた。うっすらと湧いた予感を飲み下し、現状を思う。そして、

「……楊先生。まずこちらから、前提を置かせていただきたいのですが」

『ええ』

 では、とシェリーは一呼吸置き、

「現在のヴァンデンバーグ基地では戦力が不足しています。いえ、各基地も同様だとは思いますが……うちの場合、第二分隊である『ベータ』は”A区(ヨーロッパ)”マンハッタンに演習として出張中、第三分隊『ガンマ』は装備品の総メンテナンス中です。もし近日中に襲撃があった場合、我々『アルファ』が外出していると、ヴァンデンバーグは丸腰のまま壊滅させられかねません。不完全装備の『ガンマ』が出ても不測の事態が起きる危険性もあります。そんな状態では、主戦力である『アルファ』は長く基地を離れられない。

 ――その上で、お聞かせ願いたい」

『言いづらくなる前置きッスね。……しかしこっちも、それを承知の上で依頼しているということを、前提に加えてほしい』

「了解しました。話を途切れさせてすみません」

『いや、隊長として正確な状況判断ですよ。で、話せば長くなるんスけど、時間大丈夫ですか?』

「ええ、構いません。……それともう一つ、こっちは素朴な疑問なのですが」

『何でしょう』

「楊先生、何故敬語を? 戦歴も階級も、貴女は私より上官なはずですが」

『まあ敬意を払って面会しているということで。この相談はうちの「315部隊」を代表してのことッスから、一応フォーマルなんで』

「恐縮です」

 では、と、今度は楊が呼吸を置いた。

『探してほしい目標の写真は既に送ってあります。――局長』

「はい。シェリー、これね」

 楊の呼びかけに応えて、イーズデイルが大きな茶封筒を差し出した。受け取ったシェリーは封の紐を()き、中に入っている数枚の写真を取り出す。

 いわゆるピンボケの、荒い画質の写真ばかりだった。人物らしき影が写ってはいるが正確な容姿や表情などは見て取れない。しかし一枚だけ、比較的ハッキリと鮮明な一枚があった。

 ボサボサの髪にゆったりとした、ともすれば規格外なほどにぶかぶかな外套(がいとう)。内側に詰まっている物で膨らんでいるように見える。身長は高くない。背景は爆炎に照らされた激戦地らしく、写真の人物は切羽詰まった厳しい表情をして土を蹴っている。手に持っているのは銃ではなく、小型の手榴弾のようだった。

「これが?」

『ええ、捜索対象(ターゲット)です。名前は”ポニー”』

「ポニー……セカンドネームは公開されてないんですか」

『ええ、コードネームしか登録されてません。どーも特秘級の任務に就いてたみたいで。今のご時勢、やること為すこと隠す意味なんざ無いと思うんスけどね』

 確かにそうだ。軍人の遂行する任務に緘口令(かんこうれい)が敷かれるのは、他国や敵性勢力に情報を漏らさないための措置だった。しかし戦う相手どころか人類そのものが危急存亡に(ひん)している現代では、「んなモンままごとみたいなもんだ」と鼻で笑われるだろう。エアガンではしゃぎまわっている子供のようなものである。

 要は秘密なんてちっとも腹の膨れないものを後生(ごしょう)大事に抱えてる場合じゃないのだ。

 しかしまあ、コードネームだけでこの時世を渡り歩くことも不可能ではないし、その方が自然な一面もあったりする。

 だが、

「脱走ですか。本名すら隠させる組織から易々(やすやす)と逃げられるとは思えないのですが……どうしてまた?」

『いや、ハッキリしてません。任務がよっぽど嫌になったのか、遅れた青春を取り戻したくて逃避行でもしたのか……』

「……どういうことですか?」

 シェリーが問い返すと、楊はばつの悪そうな顔をした。バリバリと髪を掻き(むし)り、はーっと溜息まで吐いて、いかにも言いたくなさそうな、不満げな態度を一通り示す。それから、

『……実はですね、この捜索任務、元々はうちの「315部隊」に回されてきたやつなんです。その時の依頼文に書かれてたクライアントがどうもね』

「というと?」

『「世界政府」。知ってるでしょう?』

 告げられた楊の言葉に、シェリーは僅か目を見張った。

 知らない名前ではない――どころか、軍属の自分にとっては最上級の上官だ。シェリーたちの『アルファ』らのみならず、楊が教導する『315』、その他の部隊も、全ては『世界政府』の名の下に結集され、組織された軍隊だからだ。

 大仰(おおぎょう)な名に違わぬ権力の塊、失われたかつての国家の代行体、いまや全世界を牛耳(ぎゅうじ)る指導者たち。

 それが『世界政府』を簡潔に表す説明として相応しいだろう。表向きは世界崩壊後に統率を失った人々に救いの手を差し伸べるための組織だが、シェリーや楊にとっては首輪を握る飼い主と言っても差し支えない。

 その『政府』から、直々の依頼文。

 身が引き締まる思い、なんてものは湧かなかった。あれは愛国心だとか忠誠心などを植え付けられた人間の特性だ。忠義で腹が膨れないことを知っている彼女たちにとって、『政府』からの任務というのはただ「厄介ごとが持ち込まれた」程度の認識でしかない。しかし権力だけは絶対の雇い主ではあるので、文句も言わず尻尾を振って仕事をこなす以外に選択肢は無い。まさに(いぬ)のようなしがらみだ。

 しかし、

「……特秘級の任務に就いていた、ということでしたか。となれば、この”ポニー”とやらは『政府』お抱えのエージェントですか?」

『いや、彼女はあくまで一軍人ですよ。そこはアタシらと変わりません。ただ、能力が他より少し卓抜してたんで大事にはされてたみたいッス』

「いいことです。その少し(・・)を得るのがどれほど大変なことか」

『まったくッスね。ともあれ、――そんな人材が元いた隊を逃げ出して、それを「政府」が追うってんだから、よっぽどとんでもないことをやらかしたんだろうってことは、解ると思います』

 頷いたシェリーは、封筒の中に余っていた数枚の紙を取り出した。書かれている文字の羅列は、どうやら”ポニー”に関する情報のまとめのようだった。出身地、年齢、血液型、身長体重、入隊年、勤務年数、――それらの『予測値』が並ぶ中で、確実性のある情報も飛び込んでくる。

 訓練生時代の記録も抹消されているが、優秀な兵士だったことが聞き込み調査などで判明している。射撃、体術、座学など全般的に及第点(きゅうだいてん)以上、特に爆破理論や潜入工作などの裏方仕事に長けていた。なるほど写真に写っていた手榴弾は彼女の主装備なわけだ。

 と、それらを読んでいるうちに気になる一文を見つける。それは、

「……ヒヨリミ・サトナカ。彼女の元教え子である、と」

『ええ、うちのアホの里中日和未(さとなかひよりみ)です。確かにあいつも工兵担当だし、確認してみたら「あーうんうん、一個年下の優秀なメカクレ系の子! 物覚えが早くってなぁ、二人で訓練場爆破しまくったっけ!」とか余罪(よざい)を吐いてました。自爆も得意のようで大変恥ずかしい同期です』

「……ちなみに、その後、日和未さんは」

『ひとしきり叱って営巣(えいそう)にぶち込みました。昼にゃ戻れるらしいッス。もっと入ってりゃいいのに』

 どうやら楊先生は同期にも厳しい鬼教官のようだ。天職とも言える。また今度、こちらの隊にも教導をお願いしよう。きっといい刺激になるはずだ。

 ひそかに計画を立てつつ、シェリーは聞いた。

「日和未さんは、このことをご存知なのですか?」

『隠すようなことでもないし、普段の言動のわりに(わきま)える脳ぐらいはあるので、とりあえず報告だけはしておいてます。でもまあ、脱走なんて珍しい話でもないんで、ちょっとしょぼくれてからお縄につきましたね。傷は浅いですよ』

 そちらはご愁傷様としか言えないが、確かに昨今の軍部における訓練メニューはハードだ。日の出前から始めても日暮れまでに全過程を終了できないなんてことはザラにある。毎日筋肉を痛めつけて、精神的に参らない方がおかしいぐらいだ。特に若い訓練生は耐えられないことが多い。その末に愚考(ぐこう)して、脱走などと馬鹿げたことを考える連中は古今東西どこにでもいる。

 しかし、ピクニック気分で基地外周のフェンスを越えたところで、待っているのは地獄の修羅場だ。至るところに『オス』がうろついている外を丸腰で歩こうものなら、ものの数分と経たず食料にされてしまう。よしんば武装していたとしても、ろくに経験の無い青二才が対処しきれるはずもない。翌日の朝になって無残な肉片と成り果てた遺体は昔から多いらしい。シェリーが訓練生の時も似たような噂を聞いたことがある。

 辛い訓練も厳しい生活も、全ては『オス』に屈せず生き延びることにあると、少し考えれば解ることなのに。

「やはり前時代の漫画や小説などのブックマークが悪影響を及ぼしているらしいと、議題にもなりましたね」

『何でもメディアのせいにしたがるんだからおめでたい頭ッスよ。……っと、すんません、イーズデイル局長』

「いえいえ、いいのよ。私もあれには懐疑(かいぎ)的だったもの。多少の娯楽がないと、兵士たちもつまらないでしょうし」

甘受(かんじゅ)するようで何ですが、ありがたく思っています。いいストレス発散になってます」

『たまに十巻ぐらいまとめて部屋に持ち込んで引き篭もるアホもいますけどね。――で、』

 そうそう、とシェリーは頭を切り替えた。

「”ポニー”が脱走した理由も不明のまま、でしたか。この事態が判明したのはいつ頃だったんですか?」

『脱走自体は一年と三ヶ月前から。こんな大事(おおごと)になったのは先週ぐらいですかね』

「……一年? 一年も丸腰のまま、野宿しているんですか?」

『ところが丸腰じゃないんス。どうも脱走してからは各地の戦場に出入りして支給品を受け取ったり、こっそり基地に潜入して食料とかをこっそり盗んでいったり……倉庫内の物資の数が合わないって報告が増えてきてましてね。それでも一人で運べるには限界があるから、良心的な方ですよ』

「なんとサバイバルな……。警備は働いてないんですか?」

『夜明けの交代時間を狙ってるみたいッスね。発見されそうになったら無力化してくるらしくて、打撲(だぼく)の患者数も増えてます。いやー、タンコブ作ってぶっ倒れてたアホの多いこと多いこと』

「その間に襲撃が無かっただけ幸運ですね……」

 少しこめかみの辺りが痛くなってきたシェリーだが、数回の瞬きで心境を整え、画面の楊に向き直る。

「では、『世界政府』が彼女を追う理由とは? どれほど重大な問題を部隊で起こしていたとしても、コソ泥相手に『政府』が介入することはまずもって有り得ません。そんな暇も無いだろうに。いったいどんな理由があれば、国家の代行体が動く事態になるのですか」

『ええごもっとも。正直アタシも同じことを思ったもんですが、――それに関しちゃ、そっちの書類を見てもらった方が早いッス』

「書類?」

『”ポニー”の出自がどうたら書いてあるやつの二枚目ぐらいに入ってると思うんですけど』

 探ると確かに、見出しの文字やパッと見の内容からして明らかに別種の用紙が出てきた。それにはいくつかのカラー写真がプリントされており、横に添え書きのような文字列が並んでいる。そしてその写真は、

「…………」

『あー、すんません、朝イチからこんな』

「いえ、慣れています」

 写っていたのは、死体だった。

 と言っても、屋外に打ち捨てられているものを良心の呵責(かしゃく)も無しに写したゲリラ写真ではない。きちんと施設内に搬送(はんそう)し、ブルーシートの上に横たえられた死体を事細かに記録している、検死のための撮影だった。

 シェリーとても、死体を見るのは初めてではない。それを写真として保存することに違和感はあっても拒絶はしない。まして検死ともなれば、記録としては当然のやるべき行為だ。ただ、シャワーから上がったばかりで火照った頭には若干の奇襲だったというだけだ。

 写真の死体たちは、当たり前だが軒並み女性ばかりであり、相当に(むご)たらしい最期を遂げたのであろうということが(うかが)える。腹部に大穴が空いていたり、五体の一部が欠けていたりする。臓器破裂や大量出血、いくらなんでも軍人の扱う通常火器ではこうも悲惨な傷跡にはならない。となれば、彼女らは『オス』に襲われた末、ということなのだろう。

『身元が確認できただけでも、結構種別は見境が無いッス。軍属の方が多いことは多いですが、民間人も相当数。軍の手が届かない地域に取り残されている人たちッスね』

「……身元が判明しているだけ、有り難いことね。原形を留めていないほどに食い散らかされている人もいることを考えれば」

 イーズデイルが表情を消して、低く言う。シェリーも頷いた。若い脱走兵の末路もこんな感じだ。決して幸福なんかじゃない。

 しかしシェリーは気付いた。両面印刷が何枚か続くが、そのうちに、

「これは……」

 まったくと言っていいほど傷の無い死体が、発見されている。

 綺麗過ぎる肢体(したい)にはただ生気のみが感じられず、穏やかな表情で眠っているようにも見える。そしてその下の方の写真には、首元をアップに撮影した一枚があった。

 注視しなければわからないほどに小さな穴が、一つだけ、開いている。

 突然の、異質な写真。はて確認されている『オス』の種類の中に針のような攻撃方法を持っている個体はあっただろうか、とシェリーが真面目に考えていると、楊がスピーカー越しに言葉で割って入った。

『それ、解ります? 検死解剖の結果によると、――どうも、注射の痕らしいんス』

 それを聞いて、シェリーは反射的に写真横の書き添えを呼んだ。

「……なお体内からは、致死量として充分な薬物反応が検出された……」

「劇薬か何かということかしら、楊先生? でもどうして……?」

『そこでさっきの”ポニー”の話に戻るわけッスよ、イーズデイル局長』

 いつの間にか、画面の中の楊もいくつかの書類を手にしていた。彼女の方でも把握し切れていない情報があるということだろうか。ともあれそちらも確認をしながら、楊は言った。

『”ポニー”にかかっている嫌疑(けんぎ)は一つです。

 ――殺人行為。「オス」相手ではなく、正常な女性を殺しているらしいと、そんな報告があります』

 

 

    ●

 

 

「サンドラさーん……自分、眠いでありまーす……」

「あたしもー。っとにシェリーのやつ、早く切り上げろって言ったのにねー。もう寝オチしててもいいわよ?」

「あ、あの、サンドラさん。寝ぼけたふりして脚とか触るのやめてもらっていいですか……」

「えっ、ずるーい! あたしもクロエのあれこれ触ってリフレッシュしたいー!」

「ほほほ、じゃあセルティにはクロエの二の腕触る券をあげましょうねー。膝枕はあたしの上司特権だから」

「ちょ、や、やぁー! それパワハラですよー!」

 

 

    ●

 

 

「問題ですね」

『ええ、大問題ッス。治安維持を気にする「世界政府」が焦る理由がこれッスよ』

 画面の奥で、楊は手に取っていた書類をばさりと放り出した。シェリーも同じように、こんな紙切れなど叩き捨ててしまいたくなる。

 殺人。それは、昔と今とではまったく異なる意味合いを持つ。

 ほんの一昔前、世界に『オス』などという馬鹿げた化け物が氾濫(はんらん)する前の時代では、テロリズムや戦争、通り魔などによって民間人が殺される事案などは日常茶飯事だったらしい。何らかの自己主張、戦略上の都合、あるいは平凡な日常への苛立ち――そんなものを理由に、人が殺されていた時代があった。ほんの十五年前のことだ。

 しかしそれは、「人口に余裕がある」からできたことである。

 例えばテロや戦争などによって死傷者が出たとして、その総数は積もり積もっても数百から数千人。自然災害で死ぬ数の方が多いし、何よりその程度の減数では、総人口七十億人の大台は微動だにしない。人ひとり、あるいは数千人死んだところで、人口爆発の情勢はさして代わり映えもしない。

 もちろん人死には()むべきことだ。それは今も昔も変わらない。だが、十五年後の現代ではその意味合いが大きく違ってくる。

 予測される生き残りの総人口はおよそ八千万人。地上のほとんどを埋め尽くすように繁殖していた人類は『オス』によって激減し、おまけにあらゆる男性が全滅したものだから、これ以上は増えることが無い。子供を作れないのだから当然だ。さらに先の検死体のように『オス』による被害件数も緩やかではあるが絶えることが無い。人類は刻々と、絶滅の危機へと近付きつつある。

 そこで指導者たる『世界政府』は、これ以上の人死にを極力減らすために最大限の政策を打ち出してきた。『アルファ』や『315』のような部隊を増強し、『オス』に対抗し得る武力を育てる。生き残った人々をできるだけ一ヵ所に収容し、部隊を配備して確実に守る。そうすることで、生存者の延命率は急激に上昇した。医療体制も徐々に整ってきて、それでも死傷者は出続けるが、以前ほど深刻で凄惨では無くなった。

 それと言うのも、『世界政府』の要人を初めとした誰もが、未来に一縷(いちる)の希望を抱いているがゆえの、必死の抵抗だ。

 地獄に垂れた蜘蛛の糸よりも細く、今にも千切れてしまいそうな希望に、それでも(すが)っているからこそだ。

『「アルファ」の隊長ともあれば知っているでしょう、例の”計画”。無茶苦茶ッスけど、軍属のアタシらには発言権ないッスからね』

「――ええ。とはいえ、それなりに説得力もあるので協力せざるを得ないでしょう。民間人への体裁(ていさい)もあります」

 だからこそ、昔と今では人殺しの意味合いが違ってくる。

 生存者の絶対数を減らすばかりでなく、『世界政府』の発案した、とある極秘の計画任務への懸念もある。それは企画の段階で既に恐ろしく気の長い話であり、成功する確率は限りなく低く、しかし現在の状況を充分にひっくり返せる唯一の可能性だ。ゆえにまだ外部への公表は控えられており、各支部基地の上位役職者にしか聞かされていないぐらいだ。

 そんな慎重に慎重を重ねなければ実現は到底無理だろうと思われる”計画”に対して、”ポニー”の存在は失敗を煽る危険な因子となる。ただでさえ少ない人手がさらに減るという意味で、だ。

「――なるほど、だから『政府』が首を突っ込んできたわけか」

 シェリーが得心したように頷く。その理由は、

「彼女、”ポニー”の存在が、一大事業の”計画”にとっては邪魔……だから『政府』は、悪い芽を早々に摘もうとしている。露払いということですか」

『そう。で、その任務がまず最初に「315(うちら)」に届いたっつーわけです。自分で言うのもアレですが、確実性があると踏んだんでしょうよ。っとに、工兵とはいえ人間ひとりに国家権力が乗り出すなんて、ずいぶん敏感な話じゃないスか』

「それだけデリケートな内容ですからね。被害もタダでは済まないだろうし、ここで”計画”が頓挫(とんざ)しようものなら、資源の無駄使いとかでストでも起きかねません」

『まあ解っちゃいますよ。納得もしてます』

 しかし、と楊は呼吸を置いた。

『こっちにも都合ってもんがありましてね』

「というと」

『今「315」が駐留してるのはA区(ヨーロッパ)なんです。この後にちょっとした制圧任務が入ってて、とてもじゃないがサボれません。人員も割けない。しかも”ポニー”の動向調査などから、彼女は今そちらに潜伏してる可能性が高いんです』

C区(北アメリカ)に、ですか。確かに遠いですね」

『ええ。しかし急を要するとか焚きつけるようなこと言われましてね、仕方ねーから各方面に連絡取って代行してくれる部隊は無いかと探して……』

「『アルファ』にお(はち)が回ってきた、と」

 シェリーが後を継いで言うと、楊は小さく頷いた。同時にシェリーも少し溜息が漏れる。

 行方不明者の捜索。『政府』勅命(ちょくめい)であれば断ることもできないが、しかしA区にいるという情報だけでは如何ともしがたい。北アメリカ大陸はうんざりするほど広大なのだ。ヴァンデンバーグ基地のあるカリフォルニアから直線上、東側海岸のワシントンD.C.まで横断するには少なくとも一週間以上は掛かる。

 だが、

『ところでターゲットの動向なんですがね、意外とそちらの基地近くまで行ってるらしいッスよ』

「は?」

『あくまで理論値って話ですがね。台風予測みたいなもんですよ』

 楊の言葉に合わせ、イーズデイルが大きい地図を持ち出してきた。……この基地最上級の上官であるはずなのだが、何故か小間使いのようになっている状況に部下たるシェリーの心境は複雑化する。

 ともあれ、広げられた地図はこの一帯を縮尺した航空写真だった。上端に「CALIFORNIA」と印字され、ところどころに赤の点が散らばっている。それらはカリフォルニア州で確認されている基地、または民間人のみが住んでいる居住区を表す記号だった。

 端末のカメラを地図に向け、楊が見やすいようにする。その上で、

『目撃証言や盗難被害の報告をまとめた結果、”ポニー”は数ヶ月前からC区に潜伏してるらしいッス。というのも、大陸東海岸からロッキー山脈、そしてそちらのカリフォルニアに至るまでのほぼ一直線上にある施設が被害を受けてるんですね。蛇行しつつのんべんだらりと紀行って感じです。暇そうで(うらや)ましいこって』

「ところでそれらの情報ソースはどこから?」

『そりゃ「政府」自慢の諜報員(ちょうほういん)からですよ』

 そう言って楊は、被害を受けた施設を片っ端から読み上げていき、それに合わせてシェリーがペンでマーキングしたり線で結んだりする――さすがにそこまでイーズデイルに任せる気は起きなかった――。

 出来上がった地図上の赤線は、確かに東海岸地方から山脈を横目にほぼ一直線に西南へと向かっている痕跡がある。最終的にはラスベガスの辺りで消失しているようだ。かつては世界一のカジノタウンとして有名だった場所だが、昔と違って厳重なセキュリティも無いし、長旅の補給(という名目の窃盗)に寄るなら多少の危険を考えても得がある。

「周囲は砂漠。モハーヴェ砂漠と呼ばれる地域ですね。生身で抜けるにはキツいですよ」

『だからこそ、ベガスで可能な限りに物資を掻き集めるでしょう。車かなんかのアシは持ってるでしょうし。そんでその後、彼女の最終的な目的地なんですが、――詳しい特定はできません。なんでかっつーと』

「これまでのルートが直線的だからといって、屈折しないとは限らない。だからですね」

 ええ、と楊は頷いた。彼女が「台風予測」と呼んだ理由だ。

 ここから先はカリフォルニア州。意外とアミューズメントなどが多い観光地でもある。少し南下すればロサンゼルスやサン・ディエゴ、北西に向かってサンフランシスコなどもある。というのも、

『観光目的で遊び(ほう)けているのだとしたら、前時代の有名テーマパークにぶらりと立ち寄ってみる、という心理は理解できなくもない。マスコットもいない遊園地に行って何が楽しいんだって話ッスけどね』

「……彼女は、自分が他所(よそ)でどう思われてるのか把握しているのでしょうか」

『怪しいもんですが、向こうも元はプロの工作員ですからね。情報収集の癖がついているなら抜け目はないでしょう』

 そんな意識の高い人格ならば遊び呆けるなんてことも、そもそも脱走自体考えもしないだろうが、人の心変わりというのは予測ができないので一概(いちがい)にも言えない。

 しかしまあ、だからこそ、広範囲への移動が予測されるとして、シェリーは一帯に大きな円を描いた。ラスベガスを中心に、少なくともこの辺りで補給を考えるだろう、という意味だ。

 そうした上でシェリーは考える。その補給という意味では、どこが一番適切だろうか、と。

 雨風が(しの)げる、『オス』による襲撃もある程度は防げる、物資が豊富にある、そんな場所とは。

「……候補はあります」

『ほう』

 促されたような気がしたので、シェリーは地図の上、赤い点がある箇所を指差す。

 そこは砂漠のど真ん中にある、辺境の空軍基地だった。

「エドワーズ空軍基地。敷地だけは馬鹿でかいですが、周りが不毛なために『オス』も寄り付かず、逆に軍にとっては遠征の中継点ともなっています。無人なので警備はザルですし、この近くではもっとも有力かと」

『おーなるほど。やっぱ地元の所轄(しょかつ)は頼りになるッスね』

 いえいえ、とシェリーは謙遜するように手を振った。ただ、絶対確実とは言えないまでも、「道中のルートでとりあえず通っておきたい」中継地点の共通なら、やはりエドワーズだ。逆に言えば、ここを経由すれば行き先の選択肢が増えるということになる。

 元は工作員であり、情報の価値がどれほどのものか知っている”ポニー”であれば、目を付けていないはずがない。

「目星は付けているか、既に向かっているか……とっくに潜伏している可能性もありますね」

『いやあ、まだベガスに居座っていると思いますよ』

「何故ですか?」

『最後の証言が入ったのは二日前のホットニュースです。無人とはいえ世界一のカジノタウンですからね、あちこち見て回るなら二日じゃきかないでしょう。”ポニー”がそこまで呑気(のんき)な性格ならって前提ッスけど、日和未のアホと同調できている過去を考えれば有り得ます』

「……なるほど」

 納得できてしまうのがどうしようもない。ともあれ、とシェリーは考える。”ポニー”がラスベガスに入ったのはおよそ二日前。遊び心があるのなら確かにもう少し留まるだろうが、しかしシェリーには、”ポニー”の本心が見抜けない不安があった。

 何のためにアメリカ大陸を横断するのか? それもわざわざ部隊を脱走し、各基地や支給品などをネコババしてまで、何が理由でこんなだだっ広い土地を行く?

 それに『世界政府』から掛けられている嫌疑も気になる。毒物が検出された”綺麗な死体”、それらの現場で目撃されている”ポニー”の姿、その動機の謎……色々と、彼女については解らないところが多すぎる。

 未知数であることは、同時に驚異的とも言える。

 何をしでかすか解らない。今なお何のつもりなのか解らない。そんな人物が武装して、単独とはいえシャバを出歩いている。そんなもの、『政府』でなくとも警戒心を抱いて当然だ。

 だから、とシェリーは思う。猶予は無いのだろう、と。

 恐らくこうして考えている時間ももったいないのだろうと、そう思う。

「解りました。こちらで至急準備を整えます」

『いいんですか? いや、こう言っちゃなんですけど』

「ええ。もとより楊先生からの頼み事という時点で、断れるとは思っていませんでしたし」

 そりゃどーもすんません、と楊は適当な調子で言う。しかし、と言葉を続けて、

『ヴァンデンバーグ基地からエドワーズ基地って、二百マイルはあるじゃないですか。結構基地を空けると思うんスけど、その間の戦力の補填(ほてん)は?』

「ようは残留する『ガンマ』の装備が片付けば良い話です。『アルファ』のお下がりを預けておきましょう。エドワーズにもある程度の武器装備は保管してありますから、”ポニー”よりも一足先に到着できれば先手は取れます。車両を飛ばせば四時間で着きますので」

『道中の襲撃への予測対応は?』

「もちろん最低限の装備は持ち出します。ただし必要分だけ。『アルファ』『ガンマ』ともに一個部隊で充分『オス』を排除できる実力者ばかりですので、私が過度に心配しても徒労というものです。楊先生におかれましても、お気遣い無く」

『オーケーオーケー、頼み込んでいる身で首突っ込みすぎました。教官癖ですかね』

 確かに、とシェリーは笑みを浮かべる。まるで遠足に出かける子供に対する母親のようだ。言ったら怒られるだろう。上官に対してそれはあまりに無礼である。

「目的地はエドワーズ基地。いずれ訪れると解っているのなら、待ち伏せすればいいだけです。確実性はありませんが」

『恐らく食料や武器などの補給に侵入してくるだろうから、そこを狙って袋叩きにする、と。砂漠を走り回るよりはマシですかね』

 ええ、とシェリーは頷く。そうしてから、端末に向けて敬礼を示した。

「というわけで、――至らぬ我が隊ではありますが、かの任務を(つつしん)んで引き受けさせて頂きます。楊菊蘭(ヤン・ジューラン)殿」

『散々自慢したわりに謙虚ッスね。――不遜の極みですが、どうかお願い致します。任務が無事終了したら、正式に『315』とヴァンデンバーグ基地との協力体制を結ばせて頂きたい』

「是非もありません。喜んで」

 それでは、と楊は軽く一礼した。目つきが悪く不機嫌そうな顔にニヒルな笑みが浮かぶ。珍しいこともあるものだ、とシェリーも釣られて笑った。見ればイーズデイルも一層ニコニコとしている。……心強い戦力が加わったことを喜んでいるのだろう。任務成功という前提があるはずなのだが。

 まあ期待する気持ちも解るので、引き受けると言ったからには全力で任務に向かわなければならない。半端に失敗すれば株は大暴落だろう。不名誉を回避するためにも、何とかしなければ。

 その後、二言三言の挨拶があってから通信が切れ、早朝の会議室に束の間の静寂が戻る。

 シェリーはイーズデイルに向き直り、その頭を下げた。

「すみません局長、許可もなく勝手に任務を引き受けてしまいまして……」

「あらあら、いいのよ気にしなくて。局長なんて名前ばかりの木偶(でく)ですもの、実際に戦場を駆ける貴女たちこそが選んだ任務をこそ、貴方たちは行なうべきよ」

「しかし……」

「そうね、ただし条件があるわ」

 そう言って、イーズデイルはシェリーの両肩に手を置き、目線をしっかり合わせて、

「必ず生還しなさい。任務の成否は問いません。貴方たちを損失することはヴァンデンバーグのみならず、この世界にとっての大きな痛手となるわ。解るわね?」

「……了解(ラジャー)

 もう一度強く頷き、シェリーは改めて背筋を伸ばし、最敬礼を見せる。

「必ずや、任務を遂行してみせます」

「ええ、よろしくお願い。――ああ、それともう一つ」

「はい?」

「次からはもう少し、着る物着てから来なさいね? Tシャツ姿もセクシーで素敵だけど、フォーマルとは言い難いわ」

 

 

    ●

 

 

 場所は変わって、隊員宿舎のある二階。前もって話してあった通り、シェリーはサンドラの部屋に入る。

 二段ベッドが左右に並ぶ中、右手側のベッドに見慣れた三人が倒れていた。サンドラとクロエとセルティなのだが、どうもじゃれ合っているうちに睡魔が襲ってきたらしく、一人を下地に二人が両側から覆い被さるようにして寝ている。

 ところでその下地は小柄なクロエであり、同じような体格のセルティはともかく図体のでかいサンドラに圧迫されて非常に苦しそうな寝顔を浮かべている。微笑(ほほえ)ましくはあるが、喉元に抱きつくように回された腕は明らかに気道を塞いでいてつまり危険だ。「うーんうーん」と唸っているクロエからサンドラを引っぺがし、ベッドの空いているスペースへ適当に放り投げる。そのショックで目が覚めたようで、(よだれ)を垂らした寝ぼけ眼という威厳の欠片もない顔でシェリーを見上げた。

「うぁ? ……あ、シェリー、おかえり。長い説教だったねー。さすがに寝ちゃったよ」

「見れば解る。それと起こしておいてなんだが、もう少し寝ておいた方が良い。明朝、夜明けとともに出発するぞ」

「は? え? なに、もう任務? どこ行くってのよ?」

「エドワーズ基地。お前も行ったことはあるだろう。詳しい話は『アルファ』『ガンマ』それと基地内のスタッフ総員が集まってから説明する。今はとりあえず休んでおけ。ハードな仕事になるぞ」

「えーマジでー……ってかそういうアンタは何をいそいそと着替えて、え、走りにでも行くつもりなの?」

「恥を掻きたくない。それだけだ」

 は? と疑問の表情を浮かべるサンドラを無視して、シェリーは運動用のカーゴパンツに着替えて部屋を飛び出していく。とはいえ寝ている部下がいるので、出来るだけ静かにかつ迅速に、だ。そんな無駄な気遣いをしつつ颯爽(さっそう)と去っていく相棒の背中を見て、サンドラはやれやれと起こした上体を再び倒した。

「なーに張り切ってんだかなーっと……」

 ポツリとそう漏らして、身体を横に向ける。健やかな寝顔で眠り続ける後輩二人をハグし直して、サンドラはシェリー隊長に言われた通り二度寝の態勢に入った。

 

 


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