真剣で川神弟に恋しなさい!S   作:ナマクラ

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 久しぶりに更新できたと思ったら、前回の更新からまさかの一年が経っていました。本当に申し訳ございませんでした。


第八話 「――ではこれより、『魍魎裁判』を行う」

――川神学園・???――

 

 

 川神学園のどこか、薄暗い空間にて、闇に生きる魍魎が密かに蠢いていた。

 

「――――ではこれより、『魍魎裁判』を行う。裁判長はこの童帝が請け負う」

「弁護側、準備出来てるよ」

「検察側も準備完了してるぜ!」

 

 そこに配置してある椅子や机、さらに人の立ち位置を見るに、そこはまるで裁判所を想定しているようであった。事実、その場にいる人物はそれぞれ『裁判長』『弁護人』『検察』を名乗り、それぞれの定位置に収まっており、これから『裁判』が行われると明言されている以上、この場は『裁判所』で間違いないのだろう。

 そしてここが裁判所で、これから行われるのが『裁判』であるのならば、最低でももう一人この場にいなければならない主役とも言える役割がある。

 

「では、被告人。名前と職業を名乗るがいい」

 

 『裁判長』童帝に相対する位置にいるその『被告人』は、その要求に応えるように名乗りを上げた。

 

 

 

 

「――――私の名前はミスターブドー。流浪の武芸者だ」

 

 

 

「いや何してるのさ十夜!?」

「理不尽な裁判へのささやかな抵抗」

 

 弁護人――師岡卓也からのツッコミに思わず素で返してしまったため、先程のテンションを続ける気が失せてしまった被告人こと川神十夜は被っていた仮面を外して不満そうな素顔を晒した。

 

「不満そうだな」

「そりゃそうだろ」

 

 検察――島津岳人の言葉に不満を隠すことなく口にする。何せ仲間の二人に呼び出されて連れ込まれたかと思えば何の説明もなく今の状況なのだ。不満に思わない方がおかしい。

 

「そもそも何で俺がそんな裁判にかけられないといけないんだよ」

「それに関しては、同志からの告発があったからだ」

「…………というかどちら様ですか……?」

「我が名は『童帝』! 現存するリア充共に苦しむ同志たる魍魎を束ねる長である!」

「意味がわからないよ!」

 

 誰かと聞いたのに返ってきた答えでは察する事もできないため、たぶんこの場にいる二人と同学年だと予想した十夜は一先ず彼を童帝先輩と呼ぶことにした。

 

「原告たる魍魎よ、コイツの罪状を読み上げろ!」

「おうよ!」

 

 童帝の呼びかけに返答したのは検察役らしき岳人であった。お前検察役じゃなかったのかと疑問に思ったが、追及するのも面倒なのでやめておいた。

 

「六月に入ってもうすぐ一ヶ月だが、お前の周りに女っ気が増えてきた! 俺様は増えてないのにおかしいだろ!」

「その理屈がおかしい。というかその罪状なら俺よりも大和かキャップだろ」

「普段からのモテ度で言えばその通りだが、それとこれとはまた別件だ!」

 

 もしやとも思ったが、やはり嫉妬100%の案件であった。

 

「せめてもの恩情だ。お前にも弁護人を付けてやった」

「流石にガクトの嫉妬で有罪扱いは可哀そうだからね」

 

 卓也が弁護人なのは十夜にとっては救いであろう。これがガクトのような嫉妬に満ちた人間であれば、味方がいないことになっていた。相手の出方を知っている味方が一人でもいるのは頼もしい事である。

 

「じゃあ犯人・川神十夜」

「異議あり!! もう既に有罪決めつけてるじゃねぇか!」

「犯人じゃなくて被告人でしょ!」

「おっと失礼。ではまずとある筋から提供された被告人・川神十夜の女性関係の話を証拠として提示しよう」

「裁判長自ら!?」

 

 予想はしていた事ではあるが、この場は十夜にとって四面楚歌であった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――???――

 

 

 聳え立つ塔の上で、男は一つの人影が対峙する。

 

 幾重にも張り巡らされた線を千切れば至近距離からの散弾が放たれる気の結界に囲まれ、窮地に陥っているはずのその存在は、しかしその余裕を崩すことなく、その圧倒的な武威を纏ったままその男に語りかける。

 

「――――私の配下に加われ。その力を私の為に使うといい」

 

 その言葉に、僅かながらに男の心が揺れる。その存在の纏う武威はカリスマとも言えるほどに人を惹き付け、その存在が口にする言の葉は抗いがたい魅力を纏う。

 

「――――断る!」

 

 だが、それは麻薬のように人を堕落させる悪魔の誘惑である。一度屈すればそこから抜け出す事は至難を極め、その果てにあるのは利用され使えなくなれば打ち捨てられる滅びの未来のみ。

 

 故に一度は膝を屈した男は、それでも奴と袂を分って敵対する道を選んだのだ。

 

「喰らえ! 三百六十度、全方位からの翠玉飛沫弾を!」

 

 

 

――――さあ、見せてみろ。お前の持つその未知の力を。

 

 

 

「愚か者め!! 見せてやろう。この私が、最強の存在だという事を!  太 ・ 極 ・ 陣 !」

 

 

 瞬間、その存在から漆黒の波動のような物が全周囲に向けて放たれた。

結界に触れても物理的な損傷がない事を確認しながらも、それが刹那とない間に男へと至り――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――自身の腹に、相手の拳が突き刺さっていた。

 

 

「な……に……!?」

 

 

 相手から目を逸らしたりなどしていない。瞬きすらしていない。相手の力の全容を暴こうと意識を集中していた。刹那にすら満たない時間で、彼我の距離が10メートル近く離れていた相手の拳が突き刺さるなどという事があるのだろうか。

 

 

 致命的な一撃によって吹き飛ばされ男の身体と意識が加速度的に落ちていく中、相手の能力の考察は止まることはなかった。

 

 

 瞬間移動? 否――――気の結界はいくつか千切られて作動している。もしも空間を跳躍してきたのなら結界が作動する事などないのだ。周囲を覆っていた気の結界に触れている以上、つまり空間を跳躍してからの攻撃などではない。

 

 高速移動? 否――――複数の気の結界が千切られた際の時間差など存在しない。もっといえば、結界の作動と腹への衝撃のタイミングは刹那のズレすらないほどに同時に訪れた。高速移動で突破してきた場合に発生するはずの時間差が全く存在していない以上、つまり高速移動によるものではない。

 

 

 そして、いつ聞いたかもわからないが、今不思議と男の耳に残っている言葉があった。

 

 

 

――――そして時は動き出す――――

 

 

 

 ああ、まさか……奴の能力とは、つまりは――――

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ちょっと待て、これ女子との日常じゃなくてモモ先輩との超能力バトルじゃねーか!」

「え? なんで相手が姉貴ってわかったの?」

「わかるだろ!」

「モモ先輩以外にいないからね、そんなめちゃくちゃな事出来る人」

「それよりもヨンパチ! 俺様はちゃんと女絡みの話をしろって言ったよなぁ?」

「そもそもこれ本当にあった事なの? というかこの展開見覚えがあるというか見覚えしかないんだけど!」

「落ち着け! これはまだ話の続きである!」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――川神院・鍛錬場――

 

 

「……で、二人とも何してるの?」

 

 川神院での鍛錬場にてその一連の様子を見ていた燕の口にした問い掛けに対して、上空から降りてきた百代と地面から起き上がった十夜は声を揃えて答えた。

 

「鍛錬を兼ねたJOJOごっこ」

「いやJOJOいなかったよね」

「だって姉貴があまりにも悪の帝王っぽかったから……」

「ちょっとロードローラー探してくる」

「やめて!」

「というか十夜クンが『法皇』でモモちゃんが『世界』の使い手だとしたら、それを見てた私は『隠者』になるんだけど……」

 

 性格的にピッタリじゃあないだろうかと十夜は思ったが、口に出したらひどい目に遭う気がしたので堪えた。

 

「そういえばさっきのあれ姉貴何したんだ? 気が付いたらノータイムで無防備な腹に拳叩き込まれてたんだが……まさかマジで時間を……?」

「ああ。時を止めた。だがこれ気の消耗量が尋常じゃない。一回使っただけでもう空だ。範囲から外したら終わりだし、実戦じゃとても使えないな」

「一回時間止められるだけでも規格外だけど……つまり今ならモモちゃんにも簡単に勝てる……?」

「それは流石に狡いっす、松永先輩」

 

 十夜の発言で燕はあからさまに落ち込んでしまう。が、それが演技である事を見抜けない者は既にこの場にはいなかった。

 

「お前の気弾の結界も面白いが、威力が弱いな」

「気を身体から切り離しての攻撃がなぁ……」

「私としては気を撃ち出せるってだけでも驚きだけどね……というか気弾ってどうやって撃ってるの?」

 

 さも誰でもできる当たり前の事のように話す二人に対して、燕は気弾について疑問を投げかける。聞いてできるとも思わないが、聞かなければチャレンジすらできないし、もしかすると何かの参考になるかもしれない……などと考えながらも、軽い気持ちで聞いてみたのだが……

 

「どうって、こう、ぐにょーんってなってブチンって感じで……」

「え? お前そういうイメージで撃ってたのか?」

「え? 何かおかしかった?」

「ぐにょーんブチンじゃ威力出るわけないだろ。こうズドンとかズバンとか、そういう感じでしないと」

「擬音ばっかりでなんとなくでしかわからん!」

「お前だって擬音ばっかだったろうが!」

「まあとりあえずなんとなくでやってみる。えーっと、溜めて……一部を爆発させる感じで……!」

 

 擬音ばかりの説明を受けた十夜が空に突き出した掌から破裂音と閃光が発せられると同時に、野球ボール大の光弾が天高く昇っていく。それは先程までの物とは比べ物にならないと見ただけでわかる程に鋭いものであった。

 

「成程、こうやって撃てばよかったのか……」

「結構な威力が出たんじゃないか?」

「なんとなくでも結構変わるもんだなぁ」

「あの、もっと具体的に説明してくれないかな? こっちはそのなんとなくすらわかんないんだけど……」

 

 二人の説明が抽象的にすぎて一緒に聞いていた燕にとっては何が何だかわからなかった。とりあえずは十夜のやり方は間違っていたという事は伝わってきたがそれだけであった。

 

「ちなみに川神波とか星殺しとかのビームってどういうイメージ?」

「感覚としてはそこまで変わらないんだが……総じて言えば勢いよく気を押し出して発射するような……そうだな、水鉄砲みたいなイメージだな」

「H×Hですねわかります」

「あ、その例えは私も理解できるね。…………でもちょっとしたアドバイスでここまで化けるなんて……ちょっと予想外かな……」

 

 後半、何やら他人に聞こえないくらいの小さな声で呟いていたが、百代も十夜もそれを気にすることはなかった。

 

「……というか破裂音というか爆発起きてたけど大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 心配する百代にそう答えながら十夜は自身の真っ赤に染まった掌を見る…………何か掌が痛いと思っていたら全体から血がにじみ出していた。

 

 そして十夜本人だけでなく、近くにいた燕もそれに気付いたようでギョッとした表情を浮かべていた。

 

「って、十夜クン掌から血が!?」

「あ、気弾撃った時の爆発で皮膚が破れただけなんですぐ治りますよ」

「そんなすぐには治らないよ! ほら、ちょっとこっち来て! 消毒して包帯巻いてあげるから」

「こんなの唾つけときゃ治りますって」

「唾って……」

 

 十夜の発言に少し呆れる燕だったが、何か思いついたようで、普段は見せないような表情で十夜に提案した。

 

「なら……私が舐めてあげようか?」

「え――――」

「――――なーんてね! ドキドキした?」

 

 少し色っぽい表情からいつもの明るい笑顔に変わる。十夜にそういう性癖はないのだが、正直に言えばドキドキしていた。が、それを悟られるとこの先輩は悪い顔になるので何とか隠そうとするのだが……

 

「あ、もしかして本当に舐めてほしかった?」

「い、いや、そういうわけじゃないじゃ……」

「うふふ、ごめんね。あとで私が納豆を食べさせてあげるから、まずはその手を手当てしようね」

「アッ、ハイ…………」

 

 やはりというか、隠し切れずに見破られて、いつもの二人のやり取りへと戻っていった。

 

 

「…………おい、お前ら私の事忘れてないか?」

 

 

 なお、空気にされた百代はしばらく拗ねていた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――川神学園・???――

 

「テメェ、松永先輩に手を舐めてもらったのか!?」

「いやそれはしないって言ってたんでしょ? ちゃんと話聞きなよ」

「正直納豆かけられるかもってビクビクしたわ。勿体ないからしないって言われたけど」

「そうなんだ……というか手にけがしたって初耳だけどいつの話? 今は包帯付けてないけどもう大丈夫なの?」

「昨日一昨日くらいだったかな? まあその日の内に治ったし」

「嘘だよね!?」

「てか逆に何で知ってんの?」

 

 その光景を見ていたのは川神院関係者含めてもほとんどいないはずなので訝しむ十夜に証言者兼裁判長である童帝は堂々と答える。

 

「目撃者からのタレコミだ。代価は納豆の購入だったぜ」

「本人じゃねぇか!」

 

 目撃者かつ代価の内容からして、タレコミをしたのが誰かは明白であった。

 

「被告人・川神十夜、今の証言に関して何か否定するべき点はあるか?」

「いや、別に否定はしないけど……」

「これで被告の罪深さが証明されたな!」

「えっ!?」

「確かに、被告人本人が認めたな」

「ええっ!?」

 

 事実は事実だがどこに罪の要素があったのかが理解できずに困惑する十夜だが、彼にはまだ味方たる弁護人がいた。

 

 

 

 

「異議ありっ! 今の事実の中で罪と明言できる行動はなかったはずだよ!」

 

 

 

 

 決め付けられそうであった判決を前に、卓也が異議を唱えた。

 

「美人の先輩とイチャイチャしてる時点でギルティだろ!!」

「その理論と今の証言を組み合わせたら、美人と接した時点でアウトって事になるからね。ガクトやヨンパチが同じような状況になった時も裁かれるけどいいの?」

「…………」

「…………」

「少し答えを出すのが早過ぎたかもな」

「そのようだな」

 

 少し考えた後に、自分にもそんな機会があると信じてここは一先ず保留としたようである。

 

 これでようやく終わると思いホッと息を吐く十夜だったが、しかしそう甘くはなかった。

 

「だが、それは十夜が無罪であるという理由にはならない! 俺様はさらなる証人をここに呼び出すぜ!」

「え、続くのこれ?」

「では続いての証人をここに!」

 

 戸惑う十夜をそのままに新たな証人が召喚される。その証人は十夜も交流のある人間であった。

 

「ひ、ヒゲ先生!」

「悪いな川神。これも仕事なんでな」

 

 現れたのは教師でありバイト先の雇用主でもある宇佐美巨人であった。

 

「金か! 教師の癖に生徒から金握らされたのか!?」

「違ぇよ! なんでそんな結論に行きついたんだよ!」

 

 どんだけ信用ないんだ俺は……と落ち込む宇佐美だが、周囲も仕方ないという風な視線を向けている辺り、普段からの風評はお察しの物である。

 

「まあ実際先生も利用できるからって魍魎の宴を黙認してるしね……」

「俺はこの集団が暴走しないよう見張ってるだけだっての」

「つまりはこの教師も魍魎とやらの一人……」

 

 碌なものではないと思っていたが、この教師が見張りと称しながら参加をするこの集まりは、やはり碌なものじゃないと十夜の中で確信に至った。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――川神学園・食堂――

 

 

「相変わらず……人が多い……」

 

 手にトレイを持ちながら周りを見渡すも、席が空いている場所はなく、あっても隣に別のグループが占領して座っていたりで人見知りにとってはハードルが高い。

 

「あれ、十夜君?」

 

 どうしようかと思っていた時に自身を呼ぶ声が聞こえてきたので見てみると、そこには清楚が座っていた。

 

「清楚先輩」

「ここの席空いてるけどよかったらどうぞ。あ、もしかしてお友達も一緒なの?」

「あ、一人です。ありがたく座らせてもらいます」

 

 清楚の善意からの気遣いに思わず胸が痛くなる十夜。気遣いしてくれるのは嬉しいのだが、一緒に来るような友達がいない事に気付かされる痛みは地味に来る。相手に悪意がない分威力はさらに上がる。

 

 その事を相手に悟らせないように話題を変えようととりあえず口を開く。

 

「えと、その、清楚先輩って学食使うんですね。何か意外っす」

「そうかな? これでも結構学食利用する方だと思うけど。私としては十夜君の方があんまり学食で見ないと思うなぁ」

「あ、ま、まあ確かに来ないっすね。普段は弁当あるんですけど、今日はちょっと諸事情で……」

 

 朝色々あって弁当を受け取るのを忘れてしまったとは言えなかった。さらにいえばその弁当を受け取った百代と一子に食われてしまった事も言えなかった。

 

――――謝ってきたワン子はともかく悪びれもしない姉貴は許さない――――などという思いは一先ず胸に仕舞う事にする。

 

「あ、十夜君は普段お弁当なんだ。だから学食では見ないんだね」

「まあそれもあるんですけど、時間帯によっては人が多いじゃないすか。それがちょっと苦手で……今だって席探すのとかに苦労してましたし」

「この時間帯だと特に多いもんね。私もよくどうしようかって悩むもん」

「その時は実際どうするんです?」

「うーん……それがね、不思議と席を探し始めると食べ終わった人がタイミングよく席を譲ってくれるたりするんだ。私、運がいいのかも」

「そ、それは……」

 

 清楚先輩に良い所を見せたいがための見栄ではないか、と十夜は思ったが、口にするのはやめておいた。

 

「それにしてもよく食べるね」

「まあ食べ盛りなもので……」

 

 十夜が置いたトレイにはそのボリュームとリーズナブルな価格が男子学生に嬉しいかつ丼の大盛が鎮座していた。

 十夜としてはバランスを考えて野菜系の一品を添えたかったのだが、資金的な問題で諦めた。大したことではないので口にはしなかった。

 

「そういう清楚先輩は麻婆豆腐定食に杏仁豆腐……中華系が好きなんですか」

「好き嫌い自体はそんなにないけど、今日はそんな気分だったの。それにここの杏仁豆腐がおいしいんだ」

「やっぱり女子って甘いもの好きっすよね」

「十夜君は嫌い?」

「いや、好きですよ。久寿餅とか」

「久寿餅かぁ。この前、久寿餅パフェを食べたんだけど、おいしかったなぁ」

「久寿餅パフェ……知ってるけど食べた事ないっすねぇ。興味はありますけど」

 

 甘味店に男一人で入るのには勇気がいる。それならファミリーの誰かを誘えばいい話なのだが、そこまでしてまで食べたいわけでもないのだ。

 

「そっか、男の人だと甘味処には一人で入りにくいってよく聞くけどやっぱりそうなんだね」

「そうっすね。野郎でも甘いの好きなヤツ多いと思うんですけど、イメージとして一人だと入りにくいってのはあると思いますね」

「なら今度一緒に食べに行かない?」

「え?」

「ほら、一人で入りにくいなら女の私も一緒に付いていけば入りやすいかなって。それに久寿餅パフェおいしかったから十夜君にも味わってほしいと思ったんだ」

「やはり天使か……」

「え?」

「あ、いや何でもないです、はい」

 

 清楚の天使的発言に感動や胸の高鳴りを覚えながらも十夜は見方によってはデートと思える約束を取り付けたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――川神学園・???――

 

「テンメェ葉桜先輩とデートの約束しただとぉ!?」

「やったぜ」

「やったぜ、じゃねぇよ!!」

 

 激怒する岳人に対し十夜はグッと親指を立てるが、それは相手の怒りに油を注ぐ行為でしかなかった。

 

「つか何でヒゲ先生が知ってんの?」

「すぐ近くにいたからな」

「盗み聞きかよ! 教師としてどうなんだ!?」

「ばっかお前、その後の殺伐とした周りの状況を抑えたのは俺だぞ? むしろ感謝してほしいくらいだぜ」

 

 どうやら十夜の知らぬところで既に身の危険が近づいていたようだが、宇佐美の機転によりその爆発は防がれていたようだ…………なお、その代案としてこの魍魎裁判が起こされることになった事は公然の秘密である。

 

「だがこれで被告の罪深さはさらに明確になってきたな」

「デートの約束くらい喜んでいいんじゃない? 付き合うとかじゃないんだし」

「相手はあの清楚先輩だぞ! たかがデートだと許されていいものか!」

「まあ確かに、佇まいとか髪とか含めてすごく綺麗だもんね」

「論破されるのそこじゃねぇだろ」

 

 頼れるはずの弁護人が本当に頼りになるのかすごく心配になってきた十夜であったが、そもそも弁護人も一応魍魎側の人間である事を思い出すと嫌な気分になった。

 

「だが、まだ足りない……如何に童帝といえど、この程度では私刑にすることはできない……せいぜいが嫉妬の念を込めた藁人形で呪いをかけ、さらに魍魎ネットワークに情報を流して敵認定するくらいしかできぬ……」

「それ十分すぎね? 制裁として十分すぎね?」

 

 魍魎ネットワークの規模がどれほどのものかわからないが、もし実現されると大変な事になるのでは……というかそれでマシという事は私刑って何されるんだと十夜危機感を抱かざるを得なかった。

 

 そんな十夜の心情を知ってか知らずか、検察側の岳人がさらに追撃をかけんとする。

 

「なら俺様は、コイツの罪深さを決定的にするために、ここに最後の証人をここに召喚するぜ!」

「いいだろう! 許可しよう!! 最後の証人、前へ!!」

 

 若干の茶番感を抱きながら、童帝の呼び出しに応じたその人物は、やはりというべきか、またもや十夜と交流のある人物であった。

 

「ようやく俺の出番か……」

「は、ハゲ先輩!?」

 

 交流の深い井上までもが魍魎という謎の存在であることに驚き……よくよく考えて今まで聞いた魍魎の特徴と比較してそう可笑しな事ではないなと納得してしまう。

 

「それにしてもハゲ先輩まで敵側に回るなんて……」

「安心しろ。俺は別に嫉妬に駆られて証言するわけじゃないぞ」

「そっち側にいる時点で安心できねーっす」

「俺はてっきりお前は何だかんだユキを付き合う事になると思ってたんだが、ちょっと怪しくなってきたもんだからちょいと釘刺す意味も込めて証言させてもらうだけだ」

「おいハゲ、この裁判の趣旨と違ってるじゃねーか」

「ロリが関わってない以上俺には関係ないな」

「ロリが関わってたら?」

「全身全霊ブッコロス!!」

「やっぱ魍魎って碌なヤツいねぇな」

 

 ……ただ家族に近い存在から交際許可が下りた事に少しうれしく思う十夜であった。なおその許可は本来不要のものである。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――???――

 

「紙芝居でーきた! トーヤ、見る?」

「お、いいのか?」

「いいよー。えーっとね、タイトルは~『三匹の雌豚』!」

「ちょっとタイトルエロくない?」

「ある所に、三匹の雌豚がいました。彼女たちはとても魅力的で近寄ってくる雄が後を絶ちません」

「魅力ってどういう意味でなのか気になるんだけど……」

「しかし一筋縄ではいきません。植物の家に住む雌豚に近寄った雄は周囲の植物に縊り殺され、お金の家に住む雌豚に近寄った雄は全財産を騙し取られ、お菓子の家に住む雌豚に近寄った雄は巨大なポップキャンディで叩き潰されました」

「一気にグロテスクになったな」

「そんな中一匹の狼が現れました。彼は小癪な家なんて吹き飛ばしてやろうという下心を持ちながらも、その様子を見て自分には無理だろうと諦めました」

「なんだヘタレか」

「しかしそんな彼の存在を気に入ったのか、植物の家に住む雌豚は自ら話しかけ、お金の家に住む雌豚は興味を持ってイジリはじめ、お菓子の家に住む雌豚は一緒にはしゃぎました」

「何だこの狼モテすぎだろ」

「そして狼はこう思いました。『あれ、これ三匹ともイケるんじゃね?』と」

「屑じゃねぇか!」

「しかし根がヘタレな狼は中々踏み出せません。具体的には「誰からいくべきか……誰を最後にすべきか」とかくだらない事を考えています」

「やっぱりヘタレ屑だった!!」

「そんな優柔不断で中々一歩を踏み出してこない狼に業を切らした三人の雌豚は、逆に狼を食い千切っていきましたとさ。おしまい」

「物理的に四散した!?」

「どうだったー?」

「救いは、ないのですか……?」

「ないよー?」

「おぉう……ま、まあ雌豚側は不幸にはなってないからまだマシか……?」

「じゃあ次は何して遊ぶー?」

「いや、そろそろお開きにしようか」

「えー? もっと一緒にいようよー」

「いや、明日も学校だし鍛錬もあるから早く寝ないと」

「うーん……あ、そうだ! それなら一緒に寝ようよ!」

「え?」

「そしたらもっと長く一緒にいられるよ?」

「いや、それは……」

「えー、いいじゃん。僕と一緒のベッドで寝ようよー」

「え、えっと……………………………………………………はい」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――川神学園・???――

 

「――――以上が、被告人がユキの部屋(・・・・・)に泊まった時の話だ」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 井上の証言が終わり、その場を沈黙が支配する。誰も口を開こうとせず、誰もが視線を被告人へと向ける。当の被告人はというと、その向けられる視線に耐えかねてか、視線を逸らし続けている。その様子が先程の証言が事実だと証明していた。

 

 ……どれほどの時間が流れただろうか、まるで指し示したようにその場にいる全員が口を開いた。

 

 

「――――ギルティ」

「――――ギルティ」

「――――ギルティ」

 

「ま、待て! 別にやましい事もエロい事もしてないぞ! 本当に一緒のベッドでただ添い寝しただけだから!」

「してなくてもアウトだよ!!」

「おいモロ! せめてお前は弁護しろよ!」

「ごめん、さすがにこれは僕も弁護しきれないよ」

 

 さすがの事実に唯一の味方である弁護人の卓也すらも匙を投げた。これによってこの裁判における決着がついたのだ。

 

 

 

「判決! 満場一致で有罪判決!」

 

 

 

 裁判長である童帝により、判決が言い渡され、場内が盛り上がる。当然である。周りは十夜にとっての敵だらけなのだ。そのにっくき相手の有罪が決まったのだから歓ばずにはいられない。

 

 だが、そんな空気に乗れない人間がこの場に当然いる。そう、それは敗北した張本人である。

 

 

 

 

 

 

「――――やってられるかーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 その張本人、十夜がついにキレた。

 

 理不尽にも被告人扱いされて無理矢理裁判に参加させられて有罪判決を受けたのだ。いくら人見知りとはいえここまでされて黙っていられるほど十夜は人間できていなかった。……若干事実を揉み消すための逆ギレのように思えなくもないのだが。

 それでも何とか議論の矛先を己から逸らすべく、普段あまり使わない頭脳を使い、相手への口撃を試みた。

 

「そもそも! 魍魎って何だよ!」

「魍魎……それは世の底辺に蔓延る闇の住人。リア充という名の勝者が存在する限り生まれ続ける敗者。だがそんな魍魎とて欲がないはずはない。故に、哀れな魍魎に救済の手を差し伸べるべく存在するのが魍魎の宴! つまり我々はリア充への嫉妬によって生まれた必要悪なのだ!」

「まあぶっちゃけ女子の秘蔵グッズをやり取りする裏組織だな」

「そっちの方がアウトじゃねぇか!! 罪云々言うならそっちの方が明確な罪だろうが!!」

 

 キレて威勢のよくなった十夜の正論にその場にいる魍魎たちは思わず口を閉じてしまう。後ろめたい事をしている自覚はあるため咄嗟に正論に対しての反論ができなかったのだ。

 

 

 

――――ただ一人の魍魎を除いて

 

 

 

 

 

「――――罪と呼ぶなら……呼ぶがいい!!」

 

 

 

 

 後ろめたい事をしている自覚がないわけではないのだろう。それに対して良心が痛んでいないわけでもないのだろう。それでも彼は、岳人はすぐさま反論を口にした。

 

 それは、たとえ後ろ暗かろうが胸を張れなかろうが、決して譲れない己の感情があったからだ。

 

「俺様たちはただ、女にモテたくて、モテてる野郎が妬ましくて、イチャ付きを見せつけてくる野郎を制裁したいだけだぁっ!!」

「カッコよく言い切っても内容は最低だからな!」

 

 なおその感情が素晴らしいものとは限らない。むしろ最低の部類に入る場合もある。

 

「察してたけどやっぱり魍魎って碌なもんじゃねーな! ガクトにヒゲ先生にハゲ先輩、あと全裸の童帝先輩と一目見てわかるわ!」

「お前、他の連中はともかく仮にも雇い主のおじさんまでそのカテゴリーに入れるのやめろよ、いやマジで」

「ロリコニア建国を志すくらいに心が清らかな俺になんて事言いやがる!」

「それ碌なもんじゃねーから。これだからロリコンは……」

「お前だって処女厨だろーが!!」

「何言ってやがる! 皆好きだろ処女!? 処女じゃないとか女の価値半減どころじゃねーだろ!!」

「十夜も素質的には十分こっち側の人間だよね」

 

 

 

 

――――これが以後幾度となく繰り返されることになる『魍魎戦争』の始まりであった事を、まだ誰も知らない――――

 

 


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