真剣で川神弟に恋しなさい!S   作:ナマクラ

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第三話 「どちらの方が強いのだ?」

 川神十夜という少年は、姉である川神百代に完膚なきまでに叩きのめされた事が原因で、引き篭もって武道を離れ、結果人見知りとなってしまう可能性もあったが、一つの出会いによって武道をやめずに続けた結果、今まで以上に鍛え上げられ、今現在ではこの若さで師範代クラスと称されるまでの実力を身に着けていた。あの武神・百代の相手を務める事も出来るほどである。

 だが、いくら才能があったとはいえ簡単にその実力を身に着けられたわけではない。

 

 彼は小雪との別れから、ひたすらに武道に打ち込み続けた。それも、他のすべてを犠牲にするかのような勢いで。

 

 具体的に言えば、家に引き篭もって鍛錬をし続けていた。

 

 何かに憑りつかれたかのように武道に打ち込み、己の身体がいかに傷つこうとも気にせずにただ只管に強さを求めていった。

 パッと見ただけならば心技体揃った素晴らしい武道家に見えていた十夜だが、しかしじっくり見るまでもなく彼の武道には心技体が揃っていなかった。

 

 十夜は己の強さを求めるばかりに、学校という日常と己の身の安全を放り捨てていたのだ。

 

 祖父であり総代でもある鉄心はそれを憂い咎めたが、その時十夜はこう言った。

 

「好きな事をやって何が悪いんだよ?」

 

 そのように答えた十夜の言葉は、ただ純粋な疑問を呈した、無知ながらも正気からの言葉のようにも聞こえたが、しかしその目は明らかな狂気に陥っていた。

 鉄心にはそれが欲求の暴走にも、あるいは自責の念のようにも見えた。

 どうするべきかと悩んだが、この問題は百代を含めた風間ファミリーの存在によって緩和・改善された。

 

 しかしそれでも無茶な鍛錬をやめる事はなかった。

 何故そのような無茶な修行をするのかと尋ねると十夜はこう答えた。

 

「俺はとにかく強くなりたいんだ。強くならないといけないんだ」

 

 『強くなりたい』それならわかるが、しかし『強くならないといけない』というのは当時誰も理解できなかった。

 しかし十夜が何らかの強迫観念に駆られている事は察する事ができたので、風間ファミリーが一丸となって知恵を出し合った結果、一人の少女へと辿り付いた。

 

 そして……――

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―川神学園1-C―

 

「あれだけの登場をしたのだから知っていて当然と思ってしまっていた我も我だが、しかしあのような全生徒に通達するような重要事項はきちんと聞いておくべきだと思うぞ」

「あい……この身に染みました……」

「だ、大丈夫? 川神君……?」

「大丈夫……体力10割削られて画面端に叩き付けられただけだから……」

「いやトーやんそれ大丈夫って言わねーから」

 

 ヒュームによる制裁(ジェノサイドチェーンソー)を食らい床にへばっている十夜を見ながら1-Sにヒュームと共に編入してきた少女、九鬼紋白はこう考えていた。

 

(やはり、偏見は持つものではないな……)

 

 実を言えば、紋白は気にはなっていたものの、川神十夜に会いに来る事を躊躇していた。出来る事ならば避けたいとも思っていたこともあった。

 

 紋白がそういった意識を持っていたのには、十夜自身が何かしたというわけではないのだが、しかしある理由があった。

 

 彼女の姉である九鬼揚羽は、彼の姉である川神百代に敗北し、その川神百代はというと負け知らずと来ている。

 彼女の兄である九鬼英雄は、彼の姉である川神一子に恋慕するも、良い返事をもらえず延々とはぐらかされている。

 

 敬愛する二人の姉と兄が揃って川神姉妹に苦渋を飲まされている。そういった事情もあり、九鬼紋白は川神家に対して良い感情を抱いていなかった。武神に敗北を味あわせるために一人の刺客を雇った程である。

 しかしそのような感情を川神家末弟とはいっても関係のない彼に抱くのはおかしいと思い、勇気を持って決断し、善は急げといざ会ってみたのだが、まさか相手から認知されていないとはさすがの紋白も思わなかった。

 だが実際に話をしてみると、最初に抱いていた先入観はすぐさま崩れ去っていき、口調はしどろもどろながらも悪い人間ではなくむしろ良い人間だというのがわかる。

 あまり人の目を見て話さないのはいただけないが、その辺りは本人の性格という事で許容する事にした。

 短い時間ではあるが、紋白の抱いていた先入観が崩れ、十夜も緊張がほぐれてきたの確認すると、紋白は、ふと気になる事が頭に浮かんだ。その質問は十夜にとって失礼にあたるものではないか、そう思ったものの、それでも紋白は思い切って質問してみる事にした。

 

「……一つ、訊いても良いか?」

「え? あ、はい? 何すか?」

 

 

 

 

 

「お前と川神百代、どちらの方が強いのだ?」

 

 

 

 

 

 その質問に、教室内が一瞬ざわめいた。

 

 今まで誰もが気になっていながら、しかし聞けなかったことを、九鬼紋白が口にしたのだ。

 

「…………」

 

 教室に沈黙が流れる。クラス中の注目が十夜に集まる中、その張本人は軽くこう言った。

 

 

 

 

「姉貴の方が強いっす」

 

 

 

 

 その発言にクラス中が驚く中、十夜は気にすることなく言葉を続けていく。

 

「姉貴は最強だ。まさしく武神と言えるくらいに強い。しかも今もまだ成長し続けてる。姉貴には誰も勝てない」

 

 その川神百代を絶対視しているとも言える十夜の発言は、紋白にとっては面白いものではなかった。

 自慢の姉である九鬼揚羽が破れ、その仇討ちのために一人の刺客まで雇った自身の行為を、あたかも無駄であると言われたかのように感じてしまい、思わず顔を顰めてしまう。刺客の事を知っているのは依頼をした刺客と己を除けば九鬼財閥内でもごく一部の従者だけであるし、当然十夜が知っているわけもないのだが、それでもその発言は紋白の気に障った。

 しかしそれも一瞬の事ですぐさま普段の表情へと戻した。紋白の表情の変化に気付いたのは傍に立つヒュームくらいである。

 

「……そうか、だが――」

 

 少しがっかりしながら口を開こうとした紋白だったが、十夜の言葉はまだ終わっていなかった。

 

 

 

「――だから、俺が倒す」

 

 

 

「――……何?」

「俺が最強の姉貴を倒して、最強になる。で、姉貴に勝ち続けて最強で有り続ける」

 

 十夜はそれがあたかも当然のようにそう言い切って、満足そうな顔をしながら今度こそ口を閉じた。

 

「い、いや待て! 先程お前は自分よりも川神百代の方が強いと言ったではないか!」

「それはあくまで現時点の話でいつまでもそこに甘んじるわけにはいかねぇよ、うん」

 

 そこまで言ってから、相手が今日会ったばかりの人間だと思い出して、十夜は再び人見知りモードに入る。

 

「あ……ま、まあ、そういうわけっす……はい」

 

 十夜のその矛盾に満ちた発言に紋白は呆然とする。

 

 姉である武神・川神百代を絶対視しながらも、しかしそれを超えると何の迷いもなく、あたかも当然であるかのように口にした。

 発言の内容としては結局紋白の行為を無駄だと言っているようなものではあるものの、しかし紋白には不思議と先程まで抱いていた嫌な気分が消えていた。単に絶対視による否定ではなく、その絶対視する相手を超えるというその気概が紋白にとっては好ましいものだと感じられ、武神を負かそうとする紋白への挑戦のようにも思えた。

 

「ふ……ふふ……フハハハハ!! 良い気概だ! 気に入ったぞ、川神十夜よ!」

「え? あ、はい……」

「だが残念だが、それは叶わんぞ」

「はい?」

「川神百代は九鬼が用意した刺客によって敗北するからな」

「……はい?」

「おそらくだが、この半年以内で武神はその刺客に負けるだろう。故に川神百代は“最強”ではなくなる。お前の目標は叶わなくなるわけだな」

「……ちなみに刺客ってそこのヒュームさんじゃない……ですよね?」

「当然だ。戦った所で俺が勝つのは目に見えている。そのような事に何の意味もないだろう」

「何という圧倒的自信……」

 

 十夜には百代が負けるというのは想像もつかないし、それはないと自信を持って言い切れる。しかし紋白たちの様子からみると、向こうも自信を持っての発言である事は理解できた。

 戯言と一蹴して流す事も選択肢にはあったが、十夜としてはその紋白の様子がなんとなく気に食わなかったので勢いに任せてつい啖呵を切っていた。

 

「な、なら……俺がその前に姉貴を倒す。そ、それなら……うん、問題ない……うん」

 

 その啖呵を聞いた紋白は、十夜が自分に対して挑戦をしてきたように感じられた。

 武神と戦うのは紋白自身ではないが、しかし武神打倒のために最善の手を打ったつもりだ。それを真っ向から打ち崩すという十夜の発言は不思議と嫌なものではなかった。心が昂揚し、自然と笑みが浮かんだ。

 

「フハハハ! その気概や良し! では競争だな。どちらが先に武神を倒すか!」

「紋ちゃんに負けるつもりはねぇよ……うん」

「紋ちゃん……?」

「貴様、紋様と呼べと……」

「い、いや年下を様付けで呼ぶのはちょっと……」

 

 不敬とも言える呼び名にヒュームの蹴りが再び振るわれるかと十夜が身構えた瞬間、それを紋白が留めた。

 

「いや、構わぬ。つまりはお前の中で我はまだ認められておらんという事。ならばこれから認めさせれば良い!」

 

 紋白がそう笑みを浮かべながら言った瞬間、予鈴がなった。

 

「おっと、もう次の授業の時間か。ではまたな川神十夜よ! フハハハハ!」

 

 そう言い残し、紋白はヒュームを伴ってC組の教室を後にした。

 

「……何か、器の大きさでもう負けた気がしたんだけど……」

 

 残された十夜のその言葉に、友人二名は無言で目を逸らす事で答えた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―川神学園・花壇―

 

「――あー、言ってしまった……」

 

 放課後、人気のない裏の花壇にて十夜は頭を抱えて蹲っていた。

 理由としては紋白との会話で思わず言ってしまった言葉である。

 

 九鬼の刺客よりも早く武神・川神百代を倒す。

 

 十夜自身、刺客とやらが百代を倒せるとは思っていない。しかし紋白のあの自信満々な様子を見て、何らかの勝つ算段が付いているのだろうと察しがついた。

 ならば紋白に啖呵を切ったようにその前に自分が百代を倒せばいい話なのだが、それが容易な事ではないのは誰よりもわかっている。

 

「でもあんだけ大口叩いたらやらねぇわけにはいかねぇし……」

「あのー、どうかしたんですか?」

「あー、ちょっとビッグマウスを…………?」

 

 考え込んでいたせいか、声をかけられるまで近くに誰かがいる事に気付いていなかった。最近、というか今日はそういう事が変に多い気がする。その辺りを改善するためにまた修行をしようと思いながら声がした方を向いてみた。

 

「…………え?」

「あの……私の顔に何か付いてるかな?」

「あ、い、いえ! そういうわけじゃなくて……!?」

 

 そこにいた人物が予想外すぎて、軽いパニックを起こして普段以上に呂律が回らない状態に陥ってしまった。

 

「えっと、その……葉桜、清楚先輩……?」

「うん、そうだよ」

 

 そこにいたのは今日三年に編入してきた葉桜清楚先輩であった。

 

「え……え……? こ、こんな所で一体……?」

「ここに花壇があるって聞いたからちょっと見に来たの。貴方は?」

「あ、えと、その、ちょっと……考えごとというか、は、反省というか……はい」

 

 せめて九鬼の刺客を俺が先に倒すと言った方が現実的だった気がする。というかそっちの方がまだ可能性が高いから今からでも撤回したいが、しかしあそこまで言ってしまった今そんな事も出来るわけもなく……

 そんな考えが頭の中をぐちゃぐちゃにして、また嫌な気分になった。

 

「えっと……私にはよくわからないけど、頑張って……でいいのかな?」

「あ、ありがとうございます……」

 

 初対面の人間をやさしく慰めてくれるとは……葉桜清楚先輩、思ってた以上にいい人だなぁ……。

 

「そういえばあなたの名前聞いてなかったね。何て言うの?」

「あ、えと、い、一年……か、川神十夜……です」

「川神十夜……もしかしてモモちゃんの弟さん?」

「え? あ、姉貴とは、もう知り合ったん……すか?」

「うん、休み時間にわざわざSクラスの教室まで来てくれたんだ」

 

 姉貴が別クラスに女の子に会いにいった……絶対にこの目の前の美少女にちょっかい出すためだと俺は理解した。

 

「な、何か姉貴が迷惑かけませんでした……?」

「別に迷惑なんてしてないよ? 転入したての私に気を使って色々と校内の案内をしてくれて、むしろ感謝してるくらいだよ」

 

 俺のオドオドした問いかけに葉桜先輩は微笑みながらそう答えてくれた。どうやらまだ姉貴もそれらしいちょっかいは出してないみたいだ。まだ。それにおそらくは下心満載の姉貴に対して好意的な勘違いをしてくれてる。

 

「あ、でも『川神君』じゃモモちゃんとかモモちゃんの妹さん……あ、君にとってはもう一人のお姉さんだね。二人と一緒にいる時少しややこしいよね……なら『十夜君』って呼んでもいいかな?」

「え……!?」

「あ、もしかして嫌だった?」

「い、いえ! そそそんなことはないです!」

「じゃあよろしくね十夜君」

 

 ……その後、清楚先輩と花の様子を見ながら他愛のない話をした。俺はたどたどしく、かつドモリながらだったが、しかしそれでも清楚先輩は嫌な顔などすることなく楽しそうに話をしてくれた。これは非モテが勘違いしかねないわー……まあ俺は身の程を弁えてるので大丈夫だが、うん。

 

「あ、もうこんな時間。それじゃ、私はそろそろ行くね。またねー」

 

 そう言って清楚先輩はこちらに手を振りながら小走りで去って行った。

 

「清楚先輩……いい人だなぁ」

 

 手を振って清楚先輩を見送った俺も、そろそろ帰る事にした。帰って早く今日の分の鍛錬しないと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――いやー、青春だねぇ」

「っ!?」

 

 突如として背後から聞こえたその声に驚き、咄嗟に振り返るとそこには腰に何かホルダーのようなものをつけた黒髪の美少女がニヤニヤしながらこちらを見ていた。

 

「いやぁちょっと色々な手続きしに来たついでに校内を散策してたんだけど……まさか“これぞ青春!”って場面に出くわすとは思わなかったよー。思わずニヤニヤしながら見入っちゃった。結果的に覗いた形になっちゃったけど、ごめんね」

「え、え? い、いや、てか今もニヤニヤして……」

「よーし、じゃ次行こうかな! それじゃまたねー!」

 

 そう言ってその人は軽やかにステップを踏みながら立ち去って行った。

 

「…………いや、てかそもそも誰?」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―秘密基地―

 

 鍛錬を終えて風間ファミリーの秘密基地である廃ビルへと向かえば、金曜でもないのにメンバー全員勢揃いしていた。

 まあそれも珍しいことではないのでそのままいつものようにくつろぎながら駄弁っていた。

 

「てなわけで今度私に九鬼から刺客が送られてくるらしいぞー。しかもしばらく負けなかったらヒュームの爺さんが戦ってくれるらしい」

「姉貴とヒュームさんの対決とか戦える場所あるのか疑問だな……」

「姉さんが負けないのは確定事項なのか……いや確かに姉さんが負ける姿思い浮かばないけどさ」

 

 やはり姉貴が誰かに負ける姿は想像できない。なので紋ちゃんに切った啖呵に関してはあんまり気にしないことにした。それよりも重要なのは俺の恋愛に関してだろう。

 俺が本当に好きなのはユキなのか、それとも清楚先輩なのか、早いうちにはっきりさせておきたい所なんだけども……

 

「で、お前は何をそんなに悩んでいるんだ?」

「え?」

「気付かないと思ったか? お姉ちゃんに言ってみろ。解決してやるぞ」

「拳で解決(物理)ですねわかります」

「お前はお姉ちゃんを何だと思ってるんだ!? デコピンくらいで済ませる!」

「問題そこじゃないでしょ!?」

「てかモモ先輩ならデコピンも十分な凶器だよなぁ」

 

 しかし……他人に話す事で自分の気持ちに整理がつくかもしれない…………さすがに誰に惚れているとか言うのは恥ずかしいので相手の名前は誤魔化すが……

 

「……その、何というか……今日、ある人に心奪われたというか、一目惚れした?」

「はぁ!?」

「今日って事は……あの葉桜清楚って先輩か!?」

「ブフッ!?」

 

 い、今起こった事を言うぜ……! 一目惚れしたと言ったらその相手を大和にピンポイントで指摘された。な、何を言ってるのか……って内心でネタに走ってる場合じゃない! な、なななななな何故バレテル!?

 

「いや、何か朝礼の時に過剰に反応してたから……ってかお前榊原小雪が好きなんじゃなかったのかよ!?」

 

 しかももう一人の相手まで指摘された。

 

「な、ななななな何を言っているのか……!?」

「いや見てたらわかるから……」

 

 どうやら京も知っていたようだ。バレていないと思っていたのにバレていたとは……という事は皆も知っているのか?

 そう思って周りを見渡してみると……

 

「なん……」

「だと……!?」

 

 二人以外の驚愕した顔が目に入ってきた。つまり他のメンバーには知られていなかったという事である。

 

「……バレてたことを嘆くべきか、バレた事を嘆くべきか……」

「あー、何というか……すまん。皆気付いてると思ってた」

「私は気付いてないと思ってたけど言った。反省はしてる」

「確信犯!?」

 

 まさかの発言に俺がショックを受けていると、驚愕していた面子から声が上がってきた。

 

「ちょ、ちょっと待った! よくわからなくなってきたから整理させてくれ!」

「あ、アタシも……」

「クリスやワン子にもわかるように説明すると、榊原小雪の事が好きな十夜は、今日葉桜先輩に一目惚れした。以上」

「本当に簡潔ですね……」

「でも事実しか言ってねーのも事実なんだよなー、オラビックリ……」

「成程……」

「なんとなくわかったわ……」

 

 京の説明で理解したのかクリスとワン子の二人は息を吐き出した。

 

「って、それって二人を同時に好きになったって事ではないか!?」

「それってどうなの!?」

 

 そしてようやく気付いたかのようにその点を指摘してきた。

 

「うん、だからこそ困ってる。俺が本当に好きなのは誰なのかがわからなくなって、落ち着こうと思って心を無にしてクリハン素材集めしても現実逃避にしかならないし……」

「心を無にするのにクリハンっておかしいでしょ!?」

「そこは武道らしく座禅とかにしとけYO!」

「いや、物欲センサーを回避するためにはちょうどいいから……」

「それで回避できるの!?」

「出来る出来る。そのおかげで俺、レア素材結構余ってるし」

「ホント!? じゃあ僕欲しい素材あるんだけど何かトレードしてくれない?」

「物にもよるけど何欲しいの? あるかどうかわからんけど……」

「おい、話が脱線してるぞ」

 

 クリハンの話に移行しようとしていた流れを姉貴の指摘で一気に戻される……ちくせう、誤魔化せなかった。

 だがしかし、自分の気持ちをはっきりとするために話すと決めたわけだし、一先ずの結論が出るまではやってみよう。例え予想外にも好きな人バレた上に暴露されたとしても……!

 

「えー……それじゃ聞くけど、好きな人がいるのに、別の人も好きになるって……どう思う?」

「それは駄目だろう」

「不誠実だな」

「不純だね」

「nice boat.」

「サイテーだな」

「相手にも失礼かと」

「……ですよねー」

 

 自分でもそう思うから何も言い返せない………………が、一つだけ許容しがたい発言があった。

 

「……ガクト、お前最近いつ告白した?」

「ん? 先週の木曜の放課後だな」

「その前は?」

「先週の木曜の昼休みだ」

「で、優柔不断な俺はどう思う?」

「サイテーだな」

「ふんっ!!」

「痛ぇ!?」

 

 絶対に人の事を言えないヤツに言われるとムカつくので一発殴っておいた。

 

「なあ、この筋肉を殴ってもいいだろうか?」

「殴ってから言うなよ!?」

「モロの許可が下りれば……」

「何でそこで僕の許可なのさ!?」

「よーし、許可が下りたからもう一発殴るか」

「どの部分が許可なのさ!?」

「むしろ殴られた俺様に殴らせろ!」

「え? ガクト、自分で自分を殴んの?」

「ちげーよ! お前をだよ!」

 

 俺の恋愛話からガクトとの小競り合いになりそうになったその時、今まで黙って何かを考えていたキャップが声を上げた。

 

「つまりアレか。十夜は榊原の事が好きだけど、葉桜先輩も好きになったと」

「まあ、有体に言えば……」

「ちょっと理解遅くない?」

「正直俺恋愛とか興味ねーもん」

「スッパリ言い切った!?」

 

 やはりキャップに恋愛相談は無理そうだ。まあ最初からキャップにはその方面では期待していないのだが……

 

「てかそもそも俺にはよくわかんねーなー、恋愛とかそういうの。面倒じゃね?」

「キャップに恋愛はまだ早いみてぇだな」

「まあ、それでこそって感じもするけどね」

「ま、俺から言えるのは一つだな」

 

 そしてキャップは一拍置いてから俺に対してこう言った。

 

「後悔しないような選択をしろ。別にどっちかに今すぐ告白してもいいと思うし、時間かけて真剣(マジ)で誰が好きなのかを見極めるアリ。どう行動するのかもお前次第だが、後で後悔するような事は選ばないように気をつけろよ」

「……ちなみにキャップのお勧めの方法は?」

「直感で即断即決! この際どっちにも告白したらいいんじゃね?」

「それ一番ダメなパターンでしょ!?」

 

 ……やはりキャップに恋愛的な相談は無理のようだ。確信した。

 だが、まあしかし参考になったのも事実である。

 

「……とりあえずじっくり考えてみるわ。こういうのは焦っても意味ないし」

 

 別に急がなくてもいい。ゆっくりと答えを出せばいいんだ。相手が二人とも俺に対して恋愛感情を抱いていない事は確定的に明らかなわけだし……。

 

「玉砕したらお姉ちゃんの胸に飛び込んでくるといい。抱きしめてやる」

「そのままサバ折りされるんですねわかります」

「優しく慰めてやろうと思ったのに、そっちの方がいいんならそうしてやろう」

「やめてください死んでしまいます!」

「お前、モモ先輩に抱きしめられるだけでもいいだろうが! 羨ましい!」

「姉貴、ガクトにサバ折りしてやんな」

「断る!」

 

 

 

 ……こうして武士道プランによって新しくなっただろう最初の日は、しかしいつもと同じように夜は更けていった。

 

 




活動報告にてちょっとしたお知らせ、というかコラボ企画の募集をしていますので、興味のある方はご覧になってください。

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