真剣で川神弟に恋しなさい!S   作:ナマクラ

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第二話 「こんにちは、初めまして。葉桜清楚です」

 いつもの待ち合わせ場所に彼女は来なかった。日が沈むまで待ったが、ついにユキは来なかった。

 もしかしたら何か用事があって来れないのかも知れない。ユキと遊ぶのも毎日だったわけじゃない。そう思って次の日も待ったが来なかった。次の日も、その次の日も、そのまた次の日も来なかった。

 毎日待った。学校が終わって、いつもの場所まで走って、日が沈むまで待った。

 

 それでもユキは来なかった。

 

 

 一週間経ったとき、明らかにおかしいと思った。もしかしたらユキの身に何かあったのかもしれない。

 そう思って、ユキの帰っていく道とユキの話を合わせて、ユキの家を探す事にした。

 おぼろげな記憶と推測を頼りに進み、そしてユキの名字が表札にある家を見つけた。ユキの話から考えるとここで間違いなかった。

 インターホンを押す。ピンポーンという音が流れる。しかし、一向に返事が来ない。反応がない。

 気付いていないのか、そう思ってもう一回押そうとした時、誰かから声をかけられた。知らないおばさんだった。

 おばさんはこの近所に住んでいて、この家のインターホンを押す俺を見て声をかけたそうだ。なので俺が友達に会いに来た事を言うと、何やら複雑な表情を浮かべて、そして口を開いた。

 

「え?」

 

 その内容は、信じたくない事だった。

 

 一週間ほど前に、血に塗れた少女を葵紋病院の関係者が保護したという連絡を受けて警察がその少女の住所に向かった。そこでその少女の母親の遺体が発見された。そして詳しく調べるにつれて、この母親が娘に日頃から虐待を加えていた事がわかり、その虐待がエスカレートして娘を殺そうとした母親が、逆に娘の咄嗟の反撃で殺されてしまったことが判明した。

 この事はニュースにもなり、世間に多少の影響を与えたらしい。

 その少女はどこかに引き取られたらしいが、おばさんは引き取ったのがどこの誰なのか知らないらしいし、ニュースでも少女の素性の事はあまり触れられていないようだ。

 つまりユキの無事はわかったが、ユキの行方の手がかりは何もないのだ。

 

 俺はユキの状況を甘く見すぎてた。

 

 母親との不仲も、話を聞いてくれないとか構ってくれないとか、その程度のもので虐待ほどじゃないと思ってた。

 毎日辛い目にあって、それでも母親の事を好きでいて、でもその思いは最悪の形で裏切られた。

 こんな事になるんだったら、あの時、俺が文句を言いに行っていれば何か変わったのかもしれない。

 

 後悔した。気付ける立場にいたのに、俺はユキに何もしてやれなかった。

 後悔した。俺はユキに助けてもらったのに、俺はユキを助けられなかった。

 

 なら今から俺は、ユキのために何ができるだろうか。

 当然、行方のわからないユキに直接出来る事はない。それは俺でもわかる。

 だったら、ユキのおかげで改めて見つけられた武道への想いを貫き続ける事が俺のすべき事なんだと思う。

 

 そして、もしもまた彼女に会えたのなら、その時には、「ごめん」と「ありがとう」を言おうと決心した。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―2009年6月―

 

 ある日、全校朝礼で爺ちゃんがある発表をした。

 

「福岡の天神館が週末修学旅行で川神に来るらしくての。学校ぐるみの決闘を挑まれたので引き受けたぞい」

 

 天神館。福岡にある学校で、川神学園同様に決闘というシステムが存在する西の学び舎である。

 詳しく話を聞くと、そこの館長が元は川神院の門弟で、かつての武道四天王の一人であった鍋島正という人で、爺ちゃんに「俺のガキどもスゲェだろ?」と自慢するために決闘を挑んできたのでそれに応じたらしい。

 

「これを、東西交流戦と名付ける」

 

 この東西交流戦のルールとしては、夜の川神の工場を舞台にして学年ごとに200人の集団戦を行い、敵総大将を倒せば勝ち。実戦形式の三本勝負という言葉にすれば単純明快なものだ。

 

 

 そして今日は東西交流戦の初日。つまり初戦は俺達一年の決闘であった。

 

 

「一年の大将はこのプッレーミアムな武蔵小杉が務めさせてもらうけど、構わないかしら?」

 

 武蔵小杉……入学していきなり俺に決闘を挑んできたSクラスの委員長である。最初の決闘を挑まれてから今まで武蔵さんから申し込まれた決闘の数は二桁に上っていて、その数は未だに増え続けている。しかし実力は本物で、今では一年の大体を掌握しているとか何とか……

 その武蔵さんが何故か俺に対して先の言葉をかけてきたのだ。

 

「……え? あ、ああ、うん。いいんじゃない? うん……」

「なら決まりね!」

 

 何故俺に訊いてきたのかがわからない……統率能力、というか一年全体に指示だせるような人って言ったら武蔵さんくらいしかいないだろう。俺は人に指示出すとか向いてないし、というか知らない人と話すの苦手だし……

 

「あ、あの……私はどうすれば……!」

「顔こわっ!? 確か剣聖の娘の黛さん……じゃあ川神君と一緒に敵陣に切り込んで大将倒してきちゃって」

「かしこまりました!」

「まゆっちの刀が火を吹くぜー!」

 

 ……なんとなくまゆっちと一緒に厄介払いされた感はあるが、まあまゆっちは気にしてないみたいだからいいとしよう。

 

「じゃあどっちが首級(しるし)上げらえるか競争だなまゆっち。なら先行くぜ」

「ええ!? 十夜さん武蔵さんの話聞いてました!?」

「一緒にって言ってたじゃんかよ! てかいくらなんでも猪突猛進すぎー!?」

 

 まゆっちと松風が何か言っていたがよく聞き取れなかった……多分いきなりの事に驚いてたんだと思うが、それでも了承の言葉を口にしてたんだと思う事にした。

 

 とにかくまゆっちよりも敵将を討つべく主戦場を避けて一人敵陣に乗り込み名乗りを上げた。

 

 の、だが……

 

「川神院、川神学園所属、川神十夜……参る!」

「か、川神!? 川神って一年にはいないんじゃなかったの!?」

「う、噂に聞いた事がある……! 川神百代は武の秘奥によって若返る事が出来るとか!」

「まず性別がちゃうやろ!?」

「……あ、あと性別すらも変更可能とか……!」

「とって付け加えたように!?」

「てかそれルール違反やないの!?」

 

 ……あれ? もしかして俺の認知度、低すぎ……!? …………まあいいか。認知度上がってどうなるわけでもないし。

 とりあえず己を高めるべく、大将首目指して張り切るとするか!!

 

 ……と、思ってたら何か戦場の方から勝ち鬨が上がった。

 

 俺はまだ天神館の大将を討ててないし、かといって先に誰かが大将を倒したとも思えない。さらにその勝ち鬨はこちらの方に近づいてきて、天神館生徒の喜びの声が聞こえてくる。

 つまりは天神館側の勝利である事は簡単に想像できる。

 

「え…………?」

 

 という事はつまり、大将の武蔵さんがもう討たれたという事になり、というかこの勝ち鬨がどっちのものであろうとも東西交流戦一回戦はもう終了したという事であり……

 

「…………え?」

 

 

――今まさに始まろうとしていた俺の東西交流戦は、その直前に幕を閉じたのだった……

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 三日間におよぶ東西交流戦の最終戦にて石田と対峙する俺の前に、『源義経』を名乗る女の子が現れた次の日、朝のニュースや新聞で武士道プランについて発表され、世間は騒然としていた。

 武士道プランとは、九鬼財閥のヒト・クローン技術によって蘇った英雄・偉人のクローンから様々な事を学び、高め合おうというものである。そしてそのクローンの受け入れ先として、俺達の通う川神学園が選ばれたらしい。ニュースで取り上げれていたのは源義経、武蔵坊弁慶、那須与一の三人だが、具体的な人数は特に発表されなかったからこの三人以外にもいる可能性もあるわけだが……まあその辺りもおいおいとわかってくるだろう。

 

 まあそんな気になる事も多いわけで、登校中の俺達を含めた世間の話題は武士道プランに集約していた。

 

 そんな中でも、犬笛でワン子を呼べば川から出てきて、姉さんはといえば空から飛んでくるといういつも通りとも言える突飛な登場をしていた。そして川神一族の末弟である十夜はというと……

 

「あ、皆おはよー……」

「ヌッルヌル!?」

「何で普通に登場できないかな、この一族は……」

 

 多馬大橋にて、何故か油にまみれてヌルヌルになっていた。

 

「いやさー、何かこの人が汚名返上のために姉貴待ってたらしくてさ。それでとりあえず俺が相手したんだけど、そのせいでヌルヌルになった」

「って、コイツは西の南長万部(みなみおしゃまんべ)じゃねぇか!!」

「全然違うわ! 長宗我部だ!」

「って起きてる!?」

 

 十夜の指さした先には、筋骨隆々の身体を見せつけるかのように上半身裸の男が、これまた油まみれで倒れていた。この男は昨日の東西交流戦にて戦った、天神館の西方十勇士の一人、長宗我部である。そしてガクトが名前を間違えられて訂正を入れながら起き上がった。

 

「つまり十夜は、ねっっっとりっ! と絡まれたと……」

「何……だと……!? 弟が男に寝取られた……!?」

「その表現やめろ、物凄くおぞましいから」

 

 京は間違いなく狙って言ってるんだろうけど、姉さんがぐぬぬとなっているのを見るとあまり冗談には見えない不思議……。

 

「この鬱憤は、弟分で晴らすしかないな」

「ってここで俺に来るのか!?」

「と、まあ弟弄りは一旦置いておいて、見てわかるが勝敗は?」

 

 た、助かった……“一旦”って言ってたけど、一先ずは助かった……。

 

「油がヌルヌルで力が入りにくいからやりにくかったけど、勝ったさ」

 

 ……ああ、なるほど。確か長宗我部はオイルレスリングの使い手で、昨日の交流戦でもオイルをかぶり、葵冬馬によって容赦なく火を付けられていた。十夜がヌルヌルなのはその油まみれの長宗我部と取っ組み合ったからなんだろう。

 

「川神とはいえ無名だったから油断した……が、この俺の完敗だ! まさかこうも早くオイルレスリングに適応するとはな!」

「え、は、はい……まあ何とか……」

「がっはっはっ! そう謙遜するな! おかげで俺もまだまだだと気付かされた! 大いなる四万十川にてまた鍛え直すとしよう!」

「川に入ったらオイル流れ落ちるんじゃ……?」

「それだけ四万十の恵みは偉大だという事だ! ではさらばだ!」

 

 そう豪快に笑いながら、長宗我部は去って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………って私とは戦っていかないのかーい!?」

「十夜との試合で満足しちゃったみたいだね」

 

 モロの言葉の通りどうやら戦いに満足したようで、長宗我部が戻ってくる気配はない。

 

「……と~お~や~~!」

「ええ!? 何で矛先がこっちに!?」

「でも触ると私までヌルヌルになるから、指弾を食らえ!」

「ちょっ!? 危ねぇ! てか痛ぇ!?」

 

 姉さんが飛ばしてくる空気の弾を十夜が弾くという攻防を、姉弟揃って遅刻ギリギリまでやっていたのだった。それにしてもこれが姉弟同士の戯れだというのだから恐ろしい話である。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―川神学園―

 

 普段川神学園の全校朝礼は水曜日であるが、今回は武士道プランについての説明もあるので全校生徒がグラウンドにて整列させられていた。

 

「ねえ川神君、何でそんなに油まみれなの? 着替えてくればいいのに」

「着替える時間がなかったんだ……」

「モモ先輩と戯れていなければ着替える時間はあったでしょうに……」

「あれだよねー、モモ先輩も結構ブラコンだけど、それに構うトーやんもトーやんで結構なシスコンだよねー」

「あ?」

「あ、いやなんでもないです、はい……」

 

 大和田さん、まゆっちと話しながら時間を潰す俺達。睨みで松風を黙らせた辺りで爺ちゃんが檀上に上がったので黙り、すぐさまグラウンドに静けさが訪れる。

 

 それを確認してから爺ちゃんは挨拶も特にないままに本題に入った。

 

「皆も知っておるように、今回武士道プランの受け入れ先としてこの川神学園が選ばれた。その関係でこの川神学園に6人の転入生が入る事になったぞい」

 

 爺ちゃんの言葉に、事前にニュースとかで情報を仕入れていた皆は疑問を抱き、ざわめく。

 

「6人? 確かニュースで言ってたのは三人だったよね?」

「はい。源義経、武蔵坊弁慶、那須与一の三名でしたよね」

「つまり他にも偉人のクローンがいるってことだなー、トーやんはどう思うよ?」

「正直どうでもいい」

「反応薄!?」

 

 実際、クローンとか興味ないし、俺と関わるなんて思わないし、偉人とかあんまり知らないし。いや、クローンの名前の出てる源氏組はわかるけど。戦ってみたいとは思うけど、その辺りは向こうのやる気にもよるわけだし。

 

「ではまず三年から紹介していくぞい。では葉桜清楚、前へ」

 

 爺ちゃんの指示に従って、一人の女性が檀上に上がった。そこまで興味のない俺も、一応は視線を前に向けた。

 

 

 

 

 

「こんにちは、初めまして。葉桜清楚です」

 

 

 

 

 

「――――」

 

――その姿を見た瞬間、心奪われた。

 

 一言で言い表すのならば、清楚という言葉を人の形に具現化したかのような存在。

 

 その容姿、その声、その仕草、その佇まい、どれをとっても清楚。男の持つ女性の理想像をそのまま形にしたかのような女性。

 

 ……もしも俺の中にユキへの想いが少しでもなければ間違いなく落ちていただろう。そこまで俺の好みにドストライクであった。

 

「皆さんにお会いできるのを楽しみにしていました。これからよろしくお願いします」

「皆も疑問に思っておるじゃろうが、葉桜清楚という英雄は……――」

 

 爺ちゃんの説明が続くが、そんなことはどうでもいい。彼女の正体とかそんなモノ関係ない。彼女が何者であろうと、俺が感じたこの感情には何の影響もないのだから。まあ別の問題はあるのだが、それは彼女の正体云々とは関係ない。というか誰のクローンだろうと元の人間と同じになるわけがないのだからそんなことはどうでもいい。

 

 と、ここで2年の辺りから質問があると声と手が上がる。爺ちゃんはその度胸を認め、発言を認めた。

 

「彼氏の有無とスリーサイズを教えてくださーい!!」

 

「ええ!?」

 

 アカン……! 全校生徒の前でするような質問じゃねぇ……! まあしかし照れた先輩も可愛いな……やはり清楚だ……うん。

 何やら鞭で叩くような音と悲鳴に似た叫び声が聞こえてきたが、まあ気にすることはないだろう。うん。

 

「まあ確かにスリーサイズは儂も気になるが」

「「おいジジイ死ね!」」

 

 あ、姉貴と台詞が被った……。というか、爺ちゃんの発言につい声を上げてしまった……まゆっちや大和田さんも含めた周囲が驚いて俺の方を見ている。

 

 俺が自身の行動で勝手に焦ってると、檀上の葉桜先輩が恥ずかしそうに発言した。

 

「み、皆さんのご想像にお任せします」

 

 ああ……その対応も素敵だなぁ。……そう思ってしまうくらいにはイカれてしまってるようだ。

 

「では続いて2年に編入する……」

 

 さて、爺ちゃんが話を続けているが、俺は自身の思考に没頭する。

 

 葉桜先輩に抱いたこの気持ちは、おそらく恋愛感情なのだと思う。一目見ただけでここまで心惹かれる事なんて初めての体験で、いまだに胸がドキドキしている。所謂一目惚れという奴なのだろう。

 

 しかし、俺には既にユキという好きな人がいる。

 

 こちらは多少昔からの補正があるものの、単なる一目惚れではなく、相手の人となりとかを知った上で好きなのだと感じた。

 

 

 じゃあ俺は一体どっちが好きなのだろう?

 

 

 一目惚れという言葉が相応しい程の衝撃を受けた葉桜先輩だろうか?

 いや、今まで培ってきたこの感情が違うってことはないし、ユキが好きだっていう気持ちは今も変わらない。

 

 ならば今まで長い時を過ごして想いを積み重ねてきたユキだろうか?

 いや、葉桜先輩を一目見た時に感じたあの衝撃をそう簡単に否定する事なんてできはしない。

 

 ……ここまで俺が優柔不断だったなんて、これでは色んな女子に告白しまくってるらしいガクトの事を馬鹿に出来ない……!

 こ、このままでは最低な男になってしまう……いや、まああくまで相手側から好かれたらの話なんだけども、誠意がないという意味ではやはり最低なわけで……

 

「俺は一体どうすれば…………」

「――久しぶりに見たと覚えば、腑抜けすぎだな」

「……はっ!?」

 

 気付けば、見覚えのある執事服を着た金髪の爺さんに背後を取られていた。

 

「ひゅ、ヒュームさん……? 何故こんな所に……?」

「話を聞いていなかったのか? 紋様と共に1‐Sに転入する事になった」

「…………え?」

 

 転入? しかも同学年?

 

「いやいやさすがに無理があ――」

「…………」

「あ、いえ、何でもないです、はい……」

 

 冗談だと笑い飛ばそうと思ったが、あまりの眼力に萎縮してしまった。その様子を見てからヒュームさんは一瞬で姿を消した。

 

「え? え? あの人さっきまで前にいたよね?」

「先程一瞬でモモ先輩の所に行ったのは確認できましたけど、こちらへの接近は察知しきれませんでした……」

「その後また一瞬でこっちまで来るって、あの爺さんハンパねー!!」

 

 あ、姉貴の方にも行ってたのかあの爺さん……思考に没頭しすぎて気付かなかった……ていうか前にいたのか。

 

「では、これにて緊急全校朝礼を終了するぞい」

 

 こうして爺ちゃんの一言で幕を下ろし、色々と衝撃を受けた全校朝礼は終了した。

 

 

 

 ……ところで『紋様』って誰だろう?

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ―川神学園 1-C教室―

 

「ようやく着替えらえた……」

「油でベットベとだったもんね」

 

 全校朝礼が終わり、教室に戻ってHRが始まるまでの時間で、俺はようやく油まみれの制服から着替える事に成功した。

 世界的にも有名なカラカル兄弟が川神学園に新任教師として赴任し、その兄であるゲイルがこのクラスの担任になった事には驚いたが、しかし今は油まみれだったあの状態からようやく抜け出せた解放感の方が強かった。

 しかし代わりの制服など持ってるわけもなく、とりあえず学校指定のジャージに着替えただけだ。

 

「それでも着替えに一回帰りたいぜ……」

「でもトーやん一回帰ったらそのまま戻ってこねーべ?」

「まあ否定しない」

「あ、しないんだ」

 

 色々と不平を言いながらもいつものようにまゆっちや大和田さんと雑談をしていたが、やはり話題は自然と今日の全校朝礼での事に移っていった。

 

「というかヒュームの爺さんが編入してきたのには驚いた」

「まあ確かに」

「お爺さんが同級生っていうのは予想外だったよね」

「でもあの爺さん今でも現役なんだよなー、ビックリだけどあの動き見たらオラ納得」

 

 しかも同学年というサプライズ。三年でも違和感ありまくりだろうに。

 

「でもあの登場は驚いたよねー」

「まさか楽団を率いて登場するとは予想外でした」

「あれ、どんだけ金かけてるって話だよなー」

 

 ……楽団? 登場? 一体何の話をしているんだろうか?

 

「なあ、それ何の話――」

 

 

 

 

 

 

「――フハハハハ! 我、降臨である!!」

 

 

 

 

 

 

 俺の言葉を遮るように、そんなどこか聞き覚えのある笑い声とともに、額に十字傷のある袴姿の小さな女の子が教室に入ってきた。

 

 外見的にこの場にいるに相応しくないはずなのだが、不思議と違和感は抱かなかった。彼女から感じるオーラというかカリスマというか、そういう類の何かが関係しているのだろうか?……何かこう表現すると厨二病っぽいな。

 

「お前が川神の末弟、川神十夜だな!」

「えっ!? あ、は、はい。そ、そうですけど……?」

 

 そんな風に思っていたらその幼……少女は堂々と俺の方へとやってきて、そして俺を名指しした。え? 何で俺の事知ってんの?

 

「個人的に、お前とは一度話してみたいと思っていたのだ」

 

 この少女、何やら前々からこちらに興味を持っていた様子である。この子に興味を持たれるような事はした覚えがないのだが、しかし人が何に興味を持つかなんてわからないわけだし……

 

 と、まあ、そういう疑問は一先ず置いておいて、その前に訊いておかないといけないことがある。

 

「あ、あのー……そ、その前に一個、いいっすか?」

「うむ? 構わんぞ! 何でも訊くがよい!」

 

 少女が胸を張って、笑みを浮かべて改めてこちらを見据えてくる。その様子はまさに威風堂々といった感じである。

 

 なので俺も遠慮することなく切り出すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、えーっと……あの……どちら様でしょうか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その瞬間、間違いなくこの場の空気が凍った。

 

 




という事で第二話をお送りしました。

一話を読んでユキがヒロインだと予想していた方も多いとは思いますが、ユキだけでなく清楚もまたヒロインとして進んでいきます。
ただヒロインは二人ですが、ハーレムの予定はないです。というか現段階では相手に恋愛感情を抱かれているかすら不明の段階です。片方とはまだ面識すらありませんし。

ただ自分で読み返してみて、十夜のユキへの想いは清楚への一目惚れとは別にもっとはっきりと書くべきだったと思いました。反省します。

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