それは、若獅子タッグマッチトーナメントが開催される少し前の事だった。
「フハハハハ! 九 鬼 揚 羽 降 臨 である!!」
電話で呼び出された場所に向かうとそこに現れたのは最強執事ヒュームを引き連れた九鬼揚羽その人であった。
「えっと、その。どういったご用件で……?」
「今回呼び出したのは他でもない。此度行なわれる若獅子タッグマッチトーナメントについてだ。単刀直入に言おう。我とタッグを組まぬか?」
「……え?」
それはまさかの申し出であった。え、揚羽さん武道家としては引退したはずでは?
「本来であれば我は参加するつもりではなかったのだが、弟の英雄が参加表明してな」
「あー、そういえばハゲ先輩が一緒に出るって言ってたような……?」
「自らの力を試す、それは良い。だがあやつは武人ではなく、将来総帥として九鬼財閥を率いる立場にある。英雄のヤツがそこらの凡夫に負けるとは思わんが今回の戦い、規模が規模だ。もしもがあればそれは九鬼、ひいては世界の損失にもなりかねん」
さすがにそれは言い過ぎでは……と言い切れないのが九鬼の恐ろしい所である。それだけ九鬼財閥という存在は世界への影響力を持っていた。
「なので我はヒュームのヤツと組み、英雄のチームを棄権させた後に我らも棄権する予定であった」
「え? いやその、ヒュームさん参加できるんですか?」
「ルール上は問題ない。俺はお前の同級生だぞ」
そういえばそうだった。ルール上、川神学園生ならば参加できる。つまり川神学園一年であるヒューム君は参加が可能という訳だ…………できるけど納得できるかといえばまた別だと思う。
「しかしそこでヒュームが待ったをかけたのだ。我のパートナーとして適任がいるとな」
「ルール説明を聞いている最中、お前から漏れた闘気を感じた。漏れた事は鍛錬不足というしかないが、しかし感じたモノ自体は認めてやらんでもない」
まさかあのヒュームさんにここまで高評価だったのは意外である。いや本当に褒められてるのか怪しいな言い方なのだが……
「ヒュームがここまで言うのだ。今の所お前はタッグの届け出も出ていないようだし、参加枠を我らで一つ潰してしまうくらいならば、と思ってな」
「別に断っても構わんぞ。その場合はこの俺が揚羽様と共にエントリーするだけの話だ」
姉貴の好敵手だった揚羽さんと爺ちゃんの好敵手だったヒュームさんのタッグ……それではもはや処刑人チームだ。あるいはFoE。
「我としては弟を棄権させればそれでよい。それ以外は基本的にお前の方針に従おう」
悩む気持ちはあるものの、条件を見ればこちらにとってだいぶ都合がいいものだ。
現役から一歩引いたと言っても壁超えクラスである相方が弱点になる事は間違いなくない上に、こちらの方針に従ってくれるという。断る理由はなかった。
「……わかりました。お願いします」
「うむ。では、ミステリータッグの結成だな」
「ミステリータッグ…………名前的に正体は隠すんですね」
「うむ、サプライズというやつだな」
「……なら徹底的に正体を隠す事にします」
こうして、謎のペア『ミステリータッグ』が結成されたのだった。
◆◆◆◆◆◆
────七浜スタジアム・本選出場者控室────
仮面を剥がれ正体を明かした十夜は、詰め寄ってくる知り合いを躱しながら控室に戻り次の戦いに向けて精神を整えていた。
「次の相手は源氏紅蓮隊。あの前衛を務める義経と後衛を務める椎名のコンビネーションを打ち破るのはまさしく至難の業だ。どうする? 我も手伝っても良いが……」
「────遠慮します。あの二人を打ち破れないなら、最強を名乗れないし姉貴に勝てるわけもない」
「で、あるか。よかろう。ここが一つの正念場であるぞ。片や天下五弓、片や英雄のクローンだ」
「関係ないですね。京の腕はよく知ってますし、義経先輩も学校での決闘とかでその腕前がスゴイのは知ってます。天下五弓とか、英雄のクローンとか、そんな称号どうでもいいです」
「で、あるか。ならばお前の戦いを特等席で見させてもらおう」
十夜の言葉が満足できるものだったのか笑みを浮かべて揚羽はそう口にして、次の試合についての話し合いは終わった。
また次の試合に向けて話し合っているのは源氏紅蓮隊も同じだった。
「義経、ちょっといい?」
「どうかしたのか、京さん?」
「今回の相手、十夜だけど、今までみたいに上手くいかないかもしれない」
「と、いうと?」
「十夜にはよく訓練してほしいって頼まれて、よく手合せするの。私が遠距離から射って、十夜はそれに対処しながらこっちに接近するっていう形で」
「それは……」
果たして手合せと言えるものなのだろうか。訓練だとしても圧倒的に狙撃手である京に有利な条件であり常軌を逸していると言ってもいいだろう。
義経も自身の技量に自信を持っているが、天下五弓を冠する京が相手となるとどこまで粘れるか、と問われると返答に窮してしまう。
「昔は接近もさせなかったけど、最近じゃ私の方が負け越してる。少なくとも私の射の呼吸を一番把握してると思う」
故に京の負け越しているという言葉に驚愕した。つまり相手は京の射を読み切って接近できるほどの技量を持つという事だ。果たして自分はそれができるだろうか……少なくとも断言などできるはずもなかった。
「だから今までみたいに私の矢が通じない可能性がある。だから……」
京の弱気ともとれる発言に対し、義経がかけた言葉は単純なものであった。
「────大丈夫だ」
「……え?」
「京さんの射の凄さは義経も知っている。だから義経は京さんの弓を信じる」
「ありがとう……だけど今回私は十夜の動きとか呼吸を乱す事に専念する」
「わかった。それだけでも心強い」
中てようとしても読まれるのならば逆にそれを利用すればいい。この戦いは一対一でなくチーム戦なのだから。
◆◆◆◆◆◆
まずは準決勝第一試合について纏めていこう。
対戦カードは知性チーム VS デスミッショネルズ
伝家の宝刀であるダブルラリアットに対して、燕がとった行動は与一と同じく上空へと逃げる事だった。
それに対して辰子と弁慶は先程と同様に追いかけるように上空へと跳び上がり、地面へと叩きつけるべく今度は辰子が燕へと組み付こうとし────燕はそれに返し技を以って応えた。
燕は今までの二人の戦いを分析し、二人の行動パターンを予測したうえでその動きに誘導し、それに対して確実なカウンターを仕掛けたのだ。
長年のタッグであれば予想外の行動に対してアドリブで連携を取れるだろうが、あいにく二人はタッグを組んで日が浅い。コンビネーションもおそらく片手の指の数もないだろうというのが燕の予想であった。
結果、バスターするはずが逆にバスターされた辰子はそのままダウン。急ごしらえのチームワークの穴を衝いた燕の、まさしく知性の勝利であった。
そして、準決勝第二試合、源氏紅蓮隊 VS ミステリータッグ
武舞台にて刀を携えた義経と弓矢を手にする京の前に現れた十夜だが、今までの試合では持っていなかった物を手にしていた。
「木刀……?」
「武器持ち込んじゃだめってルールはないでしょ? そっちは刀持ち込んでるわけですし」
「いや、そうだが……義経が言いたいのはそう言う事ではなく……」
武器を持ち込んだのはいい。
だが十夜が持ち込んだのが何故、刀でも槍でもなく、木刀なのか。
木刀が手馴れている、というわけではないだろう。むしろ川神院の門弟という点を鑑みれば刀などのきちんとした武器の方が手馴れているだろう。
それなのに敢えて木刀を持ち込んだ理由が気になった……いや、違う。そもそもだ。
「君は、その木刀で、義経の刀を防げると……?」
剣の達人である義経を相手に、同じ刀ではなく木刀で打ち合えると考えているのか。
「そうっすよ」
その問い掛けに対する答えはあっさりと肯定された。
「────」
……この言葉を単なる思い上がりだと切って捨てるのは容易い。だが、そうするのは危険であると義経の武人としての経験が訴えていた。
京の話もあるが、こうして相対してみると彼が実力者である事は十二分に感じ取れた。
挑戦者には最大限の敬意を。侮られたとしても、それは義経の不徳と未熟が招いた事だと甘んじよう。
しかし義経にも譲れないものはある。
「……義経には、それが思い上がりなのか、自信の裏付けなのか判断できない。だが義経にも剣に対する誇りがある」
「────その言葉、悪いが君の思い上がりにさせてもらおう。他ならぬ、義経の剣で」
『それでは、準決勝第二試合……開始ィィィィ!!』
そうして始まった第二試合だが、戦況は多くの者の予想を裏切り拮抗していた。
(義経の薄緑を、木刀で凌ぐなんて……!)
剣士として鍛錬してきた義経に、十夜が剣で勝てる道理はない。
それが義経の考えであり、十夜もそう考えていた。
故に十夜は、『剣』での戦いにしない。
武器である木刀を義経の振るう刀を防ぐ盾として使う。
相手が並の腕であれば、義経なら盾である木刀ごと両断する事も容易にできるだろう。
だが十夜は巧みに木刀を操る事で義経に刃を立てさせず義経の斬撃を時に受け止め、時に流し、防ぎ続けていた。
そして防御の合間にその四肢より攻撃を放ってくる。そして四肢のみに注視していれば盾である木刀を矛として振るってくる。
もしも京の援護射撃による妨害がなければ押されていたのは義経の方だったかもしれない。
(────だがそれで攻略出来る程、義経の剣は甘くないっ!)
まずはその得物からと意識を切り替え、刀を振るう。
その意思通り、義経の刀が木刀を両断せんと入り込んでいき────
────その最中に木刀ごと地へと叩き落された。
「────!?」
舞台に叩き付けられる形になった刀。咄嗟に構え直そうとするも、太刀筋の関係か木刀に半ばまで食い込んでうまく引き抜くことができない。
(まさか……義経の刀を捕らえるためにあえて木刀を半端に切らせた……!?)
その思考の間隙に十夜が繰り出した蹴りが、義経の身体────ではなく、木刀によって固定された刀身へと踏み下ろす形で放たれた。
しかしその直前で矢が蹴りを目掛けて飛来した事で足が止まり、その隙に義経は木刀を完全に両断しその場から後方に飛び退き────────同時に眼前に飛来した木刀の柄を、刀の柄で防いだ。
そして状況は硬直する。先程までの目まぐるしい斬り合いとは違い、誰も動く事はない。
京は十夜の動きを洞察し、十夜は京の弓を警戒し、そして義経は息を整え状況を理解するために動かない。
(……今、京さんの射がなければ義経の刀は折られていた)
先の一連の動きは、奇しくも互いに武器破壊のためのものであった。
違いは、相手が武器破壊をしてくる可能性を考えていたかどうかの違いだ。
義経はどこかで思い込んでしまっていたのだ。木刀で日本刀を折る事など出来ないと。
故に自身の武器を壊しに来るという可能性を考慮しなくなっていた。こちらが出来てあちらが出来ないという事は有り得ないのに。
結果として相手の武器の破壊に成功したが、それも運が良かっただけ。優勢になったようにも見えるが、相手は元々破壊させるつもりだったことを考えると、そこまで甘く考えない方がいいだろう。
「……認めよう。君は、義経よりも強い」
まずはそこを認識する。直接戦闘における実力において義経よりも十夜の方が上であると。
だが、それは敗北宣言などではない。
「だけど、義経は負けるつもりはない。いや、義経達は負けない!」
幸いというべきか、当初の狙い通り今の十夜は武器を失い無手の状態だ。武器のある義経の方が有利……などという安易な考えは捨てる。
むしろ間合いの変化すらも利用してきてもおかしくない相手だ。であるならば……!
「────行くぞ!!」
これで勝負を決めるつもりで気迫とともに真正面から十夜へと駆け出す。
十夜もその気迫に反応し、迎え撃つべく集中する────が、飛んできた一矢によってそれを乱された。
京の一射によってわずかに生じた隙に義経は跳び上がり、重力を味方に付けながら渾身の一撃を振り切った。
「────逆落とし!」
一瞬にも満たない刹那、迎撃か回避かで悩み、咄嗟に後方へと飛び退いた十夜の立っていた場所に蜘蛛の巣状に大きな皹が入る程の一撃が撃ち込まれる。
しかし十夜がその事を気にする余裕はなかった。
飛び退いた十夜の眼前目掛けてすでに矢が放たれていたからだ。
(────避け……無理────!)
避けきれない絶妙なタイミングで放たれた京の矢は、十夜の顔面へと吸い込まれていった。
『椎名選手の放った矢が顔面に直撃ー!! これは決まったか──っ!?』
「────義経ッ!!」
「────! せぇいッ!!」
審判の実況など気にすることなく、京の声に呼応して義経は追撃の一撃を加えんと刀を振るう。不意の一撃をまともに食らった相手に対してオーバーキル、死人に鞭打つ行為のようにも思える。
そんなギャラリーたちの考えは────しかし、目の前の光景によって否定される。
「────ッ!? 白刃取り……!?」
義経によって振るわれた一刀は、十夜の両掌の間に収まっていた。
「────!」
「くっ……!」
刀を挟み込んだ十夜の両手がひねられるように動き力が加わっていく。
義経は相手の意図を読み取り咄嗟にその動きに合わせて自身も手首の角度を変える事で刀を折られるのを防いだ────────瞬間、十夜から強烈な蹴撃が放たれた。
「ぐっ────!」
義経は咄嗟に脚で相手の蹴りを受け止め、その勢いのままに無理やり刀を奪還し、その場から離脱した。
顔面に矢が命中したはずなのに何故動けるのか、その答えはきちんと見れば単純明快であった。
『何と! 川神十夜、椎名の放った矢を歯で受け止めている──ー!!』
「あふないあふな、いッ!!」
そう言って十夜は咥えていた矢を噛み折った。
飛来する矢を口で受け止めるなど、少しタイミングがずれれば大怪我にも繋がりかねない行為だ。それを行なう度胸と技量に義経の頬に思わず冷や汗が垂れる。
「何て常識外れな……だが義経達も負けるわけにはいかない!」
「勝たせてもらうよ十夜!」
流れを取り戻されかけたが、状況としてはまだこちらの方が有利のはずだと義経は分析する。
刀と素手のリーチの差はやはり大きい。さらには京の援護が大きく戦況に影響を与えている。
下手に時間を与えてしまえば新たな奇策を出されるかもしれないと考えれば、一気に攻め切るべきだ。
故に猛攻を仕掛ける。京の援護射撃も相まって十夜の動きは巧く制限できている。これならば、攻めきれる……!!
「────プッ!!」
「なっ!?」
そう思い一撃を放った瞬間、十夜の口から義経の顔面めがけて勢いよく何かが飛来する。それが唾程度ならば、無視してこの一撃を振り切っていっただろう。
しかし飛来したのは唾ではなく、先程十夜が口で受け止め、噛み折った鏃。
無視するには危険が大きく、そしてそれに反応する反射能力と身体能力を義経は持ち合わせていた。
「くっ!!」
振り下ろそうとした刀を軌道修正し、柄を眼前に持ってくる事で鏃を防いだ。しかし、それは身を守ると同時に大きすぎる隙を作る事になる。
隙をカバーしようにも京は矢を射ったばかりでフォローできる状態ではなく、そして相手はその隙を逃す程甘くはなかった。
「隙アリ!! 大蠍撃ちぃッ!!」
「ぐぁッ!!」
「義経ッ!?」
がら空きになった義経の急所を的確に撃ち抜いた。その一撃はまるで蠍の毒のようにダメージが全身に行き渡り、義経の手から刀が零れ落ちた。
「ま、まだ……義経、は……」
義経はまだ戦う意思を見せていたが、しかし身体はついていかず、そのまま武舞台に倒れ込んだ。
『そこまで! 勝者・ミステリータッグ!!』
審判の宣言に会場に歓声が響き渡る。
こうして、若獅子タッグマッチトーナメントの決勝戦のカードが決まったのだった。
◆◆◆◆◆◆
「やっぱり、勝っちゃうか……」
試合の顛末を見ていた燕は、ぽつりとそうつぶやいた。
燕であれば、源氏紅蓮隊を相手にする場合二人のコンビネーションの穴を狙うだろう。
確かにあの二人の連携はすさまじい。どちらかを意識しすぎればすぐさまもう一方から痛手を食らう事は間違いないだろう。
しかしあの二人は言ってみれば即興コンビだ。長年連れ添ってきた相棒ではなく、今回の大会を切っ掛けに組んだに過ぎない。
故に互いに武人としての経験から取れている連携も付け焼刃である事に違いはなく、そこには穴が生まれる。それを付けば自身でも勝てるだろうし、勝ち筋としてはそこぐらいしかない。
だが十夜はあの二人のコンビネーションの長所をそのまま打ち破った。
燕の見立てが正しければ十夜はもっと有利に戦いを進めることもできただろう。
例えば、十夜は義経の刀の間合いで今回戦っていたが、素手で戦っていた以上さらに間合いの内側に入り込むという選択肢も当然あった。
そうなれば義経にとって刀の間合いの内側になり、さらに京にとって義経が壁となって狙いにくい配置へ位置取ることになり、もっと有利に事を運べただろう。
だがそんなことをせず十夜は勝利をもぎ取った。
自分とも、そして彼の姉とも違う戦い方だ。
……そうだ。もうわかっていた、だけど最初はわかっていなかった事だ。だからこそ、彼のあの時の言葉が胸に────
「……しょーがない。覚悟、決めるかぁ」
静かに、しかしはっきりと、燕は自らに言い聞かせるようにそう呟いた。