真剣で川神弟に恋しなさい!S   作:ナマクラ

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今回は纏めようにも文字増やそうにもどうしようもなかったので短いです。


第十二話 「そうか。ならやってやれ!」

 

 ──七浜スタジアム・本選出場選手控室──

 

 一回戦を終えた選手たちが体を休めるとともに次の試合に向けて準備を進めていた。

 準備と言っても様々で、作戦を練る者、恐怖と戦う者、体を休める者などなど……そして次の試合での立ち回りを相談する者たちもいた。

 

「どうする一子? 二人がかりでやるか?」

「……ううん。ここはアタシ一人でやらせてほしいの」

 

 幼馴染である源忠勝の提案に対し、川神一子はそう返した。

 タッグ戦であるのに一人で戦うというのもおかしな話だが、先の第七試合の終了の際に揚羽はこう宣言していたのだ。

 

『我は相方との約定がある故、この後の試合では手出しは一切せぬ。なので安心するといい……と言いたい所なのだが、それで安心できるほど甘い相手ではないと忠告しておこう』

 

 つまり次の対戦相手であるミステリータッグとの試合の相手はあのマスクマン一人。

 

 しかし揚羽の口振りからして相当な実力者、それも揚羽と同等の壁超えクラスの達人である事も推測できる。

 普通なら一子と忠勝の二人掛かりでも荷が重い相手だ。

 それでも一子が一人でやろうと思ったのは自分の実力がどこまで通用するのかを試してみたくなったからだ。

 一子の夢である川神院の師範代になるにはいずれ自身も壁を超える必要が出てくる。そこに至るまでの距離を測るのには絶好の機会とも言えた。

 

「そうか……やるだけやってやれ」

「うん!」

 

 こうしてチャレンジャーズの二人は、その名の通り大いなる壁へと挑戦することとなった。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 では二回戦についても簡単に纏めていこう。

 

 二回戦第一試合、知性チーム VS 無敵童貞軍

 忍びの鉢屋によって燕の父である松永久信が人質に取られてしまった。

 しかし燕はいざという時は父である久信を見捨てても家名と勝利を掴めという約束を基に、また育郎のエロのために人の命まで奪うのは違うという想いから棄権し、鉢屋に依頼主として命令した事で丸く収まった。

 なお松永父娘の約束は完全にブラフであった。

 

 第二試合、デス・ミッショネルズ VS 桜ブロッサム

 元々の苦手意識はあったものの、ダブルラリアットを上空に回避した与一。だが、それも想定の内だったのか空中の与一を追いかけるように二人もジャンプ。

 そのまま弁慶に捕まり地面にバスターされた与一はリタイヤとなった。

 

 第三試合、源氏紅蓮隊 VS ファイヤーストーム

 降りしきる矢の雨に、弾の尽きた大友も翔一も成す術がなかった。

 しかし最後まで諦めずわずかな可能性にかけて特攻していく姿は誰もが称賛するものだった。

 

 

 そして第四試合、ミステリータッグ VS チャレンジャーズ

 

 それまでの激闘によって会場の盛り上がりは治まる事を知らず最高潮を更新し続ける中で、武舞台の上に四人の選手が登壇する。

 タッグである源忠勝を率いる形で登場した川神一子は、一人でさらに前に出てその手に持つ薙刀を構える。壁を越えた存在、さらにはその先にいるだろう憧れの姉との距離がどれほどあるのか、それを測るために。

 対するミステリータッグも、仮面の男が一人で前に歩み出て一子へと、自然体で向き合った。

 

「相手のマスクマンは仮面チェンジしてるぞ」

「仮面を変えた事に一体何の意味があるというのだ? 強さが変わるというわけでもあるまいに」

「気分なんだろ、多分」

 

 

 

『それでは、二回戦第四試合、レディィ……ゴォォォォォォ!!』

 

 

 試合は、一方的なものであった。

 

 一子はひたすらに攻める。自身の持てる全てを以って攻め続けていた。

 

 それを相手は全て受け流していた。試合の開始から縦横無尽に攻めてくる一子の攻撃を捌き続けていた。

 

 一見すれば、押しているのは一子であった。一子の猛攻に相手は手をこまねいているように見えるだろう。

 

 だが見る者が見れば、二人の実力の差は、瞭然であった。

 

 そしてそれが一番わかっているのは一子本人であった。

 

(────遠い、遠すぎる……こんなに遠いの……!?)

 

 今まで鍛え上げてきた技がこうも容易くいなされてしまう事に心が軋む。

 

 明らかに手加減をされているのにも関わらず、全く届く気配がない。

 

 そう、相手がどういう意図かはわからないが、相手は攻められないのではなく攻めてこないだけであり、それを一子は痛いほどに理解させられていた。

 

 勝てないかもしれない────そう思っていた。

 胸を借りるつもりで挑む────そう思っていた。

 少しでも自分の糧にする────そう思っていた。

 

 そのつもり、だった。その覚悟、だった。

 

 だけど、自分があの場所にいるイメージが浮かばない。あの場所に至るまでの道筋が見えてこない。

 

 

「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」

 

 

 ……気付けば、攻撃をやめてしまっていた。息は上がっているが、戦闘に支障はない。まだまだ戦える。

 

 だけど、身体が動かない。まるで身体が鉛になったみたいに重かった。

 

 相手が何か仕掛けていた? 違う。そんな事はしてなかった。じゃあなんで? 

 

 息を吸う。吸う。吸う。落ち着け落ち着けダメだダメだどうしたらもう────

 

 思考が纏まらず、胸の奥がぐしゃぐしゃになるかのような感覚に陥り、呼吸すらもまともに行えなくなる程に混乱して目の前にある石舞台すらだんだんと暗くなっていき────

 

 

「──── 一子!!」

 

 

 ────そんな一子の意識を繋ぎとめたのは、背後から飛んできた忠勝の声であった。

 

「俺は、正直武道についてわからねぇ。お前の気持ちを汲むこともままならねぇ……今、お前が辛いんなら負けを認めて試合を終わらせてもいいって思ってる」

 

 忠勝からの言葉に、思わず頷きたいと願う自分がいることに気付く。その優しさに縋りつきたいと思う自分がいることに気付いてしまう。

 

「だが、その前にこれだけは聞かせてくれ。俺は、試合の前にお前にこう言ったな。やれるだけやってみろって」

 

 そうだ。自分の夢までの距離がどれほどなのか、見極めるつもりだった。だけどそれがいかに甘い考えだったのか痛感させられてしまった。

 

「お前がやれるだけやったんならそれでいい。お前自身はどう思ってる? ()()()()()()()()()()?」

 

 

「────────」

 

 

 その言葉に、まるで靄が晴れていくかのように、視界が拓けた。目の前には石畳が映っていた。気付かないうちに俯いていたらしい。

 

「……ごめんタっちゃん。落ち着いた。ありがとう」

「そうか、そりゃよかった」

「落ち着いて、改めて考えたけど……ごめんなさい」

 

 

 

「────アタシ、まだやれてない……やれるだけやれてない!!」

 

 

 

「そうか。ならやってやれ!」

 

 忠勝の激励を受けて、改めて相手へと向き直る。そして……

 

「マスクマンさんも、ごめんなさい!」

 

 その言葉とともに頭を下げた。

 

「アタシ、焦ってちゃんとアナタ自身を見れてなかった……アタシの中で勝手に決めつけて諦めようとしてた……向き合えてなかった! だから……」

 

 そうして頭を上げた一子は、再び薙刀を構えた。今度こそ、目の前の相手だけを意識して。

 

 

「────川神院・川神一子!! 全身全霊、全力で行きます!!」

 

 

 一子の宣言に応えるかのように、相手もこの試合で始めて拳を構え、こちらへと攻撃を仕掛けてきた。

 

 

 ……ああは言ったものの、一子の体力は限界に近かった。

 ここから相手に全力をぶつけるには、この一撃に掛けるしかなかった。

 

 

「────川神流奥義!! 顎 !!」

 

 

 顎────川神流薙刀術における奥義。

 

 薙刀による振り上げと振り下ろしを限りなく素早く行なうことによってほぼ同時に上下からの攻撃を繰り出す、基本を極め切ったというに相応しい二連撃である。

 相手が一撃目を避けたとしても二撃目が間髪置かずに追撃をかける。防御されたとしても一撃目で防御を崩した後に二撃目が相手を襲う。

 

 一撃目を躱したマスクマンもすぐさま続く二撃目がすでにその顔面目掛けており……

 

 

 ────この試合初めて一子の一撃がマスクマンに命中した。

 

 

『起死回生の川神一子の一撃が仮面に直撃! これは逆転か!?』

 

 

 薙刀から感じた確かな手応え、しかしそれは明らかに軽いものであり、思わず視線を刃先へと向ければそこにあったのは────

 

「────仮面だけ!?」

 

「────惜しかったな。()()()────」

 

 その言葉とともにいつの間にか懐に潜り込んでいた相手から、強烈な一撃が放たれた。

 

「────無双正拳突き!!」

「あうっ!?」

 

 その一撃をまともに食らった一子の体はそのまま後方へと吹き飛ばされ、舞台外へと落下した。

 

 

 

『そこまで! 勝者、ミステリータッグ!!』

 

 

 

「一体今何が起こったというのだ……!? 川神一子の一撃があの仮面の男に命中したように見えたが……!?」

「ワン子が放ったのは川神流の奥義である顎。あれを初見で躱すのは至難の業だ…………正直私でもワン子が使えると知らなかったから完全に躱せたかどうか……」

 

「あの仮面の男はワン子の攻撃が直撃する刹那の間に仮面をパージして攻撃を避けたんだ。ただ避けただけならワン子もまだ対応できたかもしれないが、当たったという達成感と手応えの軽さによる困惑、それらの虚をうまく突かれたわけだ」

「というより、仮面の男が放った今の技は……!」

 

 一子を倒したのは、間違いなく川神流・無双正拳突き────百代も得意とする技であった。

 

 

「仮面も剥がされた故もう隠す必要はなかろう。我らがミステリータッグ、その最後の一人の正体は────」

 

 

 

 川神流を繰り出し、武舞台の中心に立つ()()()()のその男の名は────

 

 

 

「────  川  神  十  夜  で あ る!!」

 

 

 


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