真剣で川神弟に恋しなさい!S   作:ナマクラ

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執筆途中の話を発掘したので文章を付け加えて整えて更新してみました。

前話更新が5年以上前とかマジ……?


第十話 「試験終了お疲れさん!」

 

 ──川神院──

 

 早朝、川神院における朝の鍛錬と朝食までの間の事。

 川神院の朝の鍛錬に参加していた燕はある提案をするために十夜の部屋の前まで来ていた。

 

「十夜クーン、今いいかなー?」

 

 声をかけるが返事がない。確かにここにいると思ったのだが、不思議と気配を感じない。

 ならもう既に朝食を食べに向かったのかとも思ったが、そちらの方にも十夜の気は感じない。

 

「んん……?」

 

 どういう事だろうと思いながらも、一応念のために十夜の部屋をこの目で確かめてみることにした。

 

 そして、部屋の中にあったのは、瞼を閉ざし、結跏趺坐で座禅を行なう十夜の姿だった。

 

「──────―」

 

 思わず、息を呑んだ。

 その在り様はまるで自然と溶け込み一体化したかのようにも思え、その場の静寂さも相まって一つの芸術のようにも思えた。

 

「────どうしたんだ燕? そんなところで?」

「わっ!? も、モモちゃん?」

 

 思わず声を上げてしまい、集中を崩してしまったかと思い慌てて十夜の様子を窺うが、特に集中を崩した様子もなく姿勢も変わっていないのを確認できてほっと息を吐いた。

 

「ああ、燕は十夜のコレを見るのは初めてか。これ面白いぞ、ちょっと見てろよ」

「面白いって……って、ちょっ……!?」

 

 そう言って百代はどこからか取り出した小石を、何を思ったのか座禅を組む十夜へと軽く放り投げた。

 百代の手から離れた小石は放物線を描きながら十夜の頭に向かっていき────気付けば十夜の手の中へと納まっていた。

 

「え……?」

 

 ……小石の軌跡に注意を引いていたからか、燕には十夜の動きの初動を認識する事ができなかった。

 ただ、無意識に動いていた掌に、当たり前であるかのように石が納まった、という表現が適しているように思えた。

 それほどまでに十夜の今の動きは自然すぎた。

 そして小石を手にした十夜は百代に文句をいう所か意識すらしていないかように座禅を解く事はなかった。

 

「今の、いつの間に動かして……?」

「前に同じような事やったけど、その時は十夜自身受け止めた事にも気付いてなかった。完全に無意識での行動らしい」

 

 それは、無我の境地、というやつだろうか。

 確かに座禅は自我を極力排除することで、全感覚で自我以外の存在を受動的に感じ取る、精神鍛錬の一つとしても知られている。

 先程部屋の前で燕が十夜の気配を感じ取れなかった理由も理解できた……が、それでもここまで至れるものなのだろうか。

 今の十夜は、自我を排除した結果、世界と半ば同化しているようにも思えた。

 そのまま十夜という存在が世界に溶けてなくなってしまうのではないか……そんな突拍子もない事すら思い浮かんだ。

 そんな燕の心境など知らない百代は気にせず尚も座禅を続ける十夜に声を掛ける。

 

「十夜お前よくそんな何もせずにじっとなんかしてられるよなー」

「…………」

「おーい、返事しろー」

「…………」

「…………むー」

 

 声を掛けても返って来ない状況にイラッときたのか、百代は徐に油性ペンを取り出した。

 

「モモちゃん? 何しようとしてるの?」

 

 燕の疑問に答える事なく、百代は十夜に近付き、油性ペンのキャップを空けて、そのペン先を十夜の顔に近付けていき…………ペン先が触れる前にその手を十夜に押さえられた。

 だがその程度で諦める百代ではなく、ペン先を顔に押し付けるべくさらに力を込めた所でさすがの十夜もその目を開いた。

 

「何してる……いや何しようとしてる姉貴……!?」

「お前が私を無視するのが悪いんだろ!!」

「理不尽!?」

 

 そうしていつものように始まった川神姉弟のじゃれ合いを見て、燕は何故かホッとしていた。

 どうしてほっとしたのか……それが気になりつつも、燕は敢えて気付かないフリをして、二人のじゃれ合いがヒートアップする前に止めることにした。

 

「……実力ではまだ百代の方が上でしょうガ、しかシ……」

「精神、心では十夜の方が上かのう」

 

 そしてその様子を同じく見ていた川神院の総代と師範代がそう評する程に十夜の精神は鍛えられつつあった。

 

 

 

 ……なお、燕が十夜の部屋に来た本来の目的を思い出すのは登校時の事である。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ──昼休み・図書室──

 

 普段来ることの少ない図書室に俺が足を踏み入れたのには理由がある。

 それは清楚先輩に今日の昼休みにここに来てほしいとお願いされたからだ。

 

「あ、ごめんね。わざわざ呼び出しちゃって」

「いいっすよ。それで何か用事でもありました?」

 

 さすが文学少女。図書館という本に囲まれた場所にいるだけで絵になる。もっと言えば俺に気付く前の本を読んでいた姿も絵になってた。

 

「色々と助けてくれるお礼に私が十夜君に何かしてあげられることがないかなぁって前から考えたんだけどね」

「そんな……俺にわざわざお礼だなんて……」

「私がしてあげたいって思った事だから気にしないで」

 

 うーん、清楚。俺本当に清楚先輩を助けられた事なんてほとんどないのに……むしろ俺の方がお礼しないといけない立場なのに……申し訳ない、けど嬉しい。

 

「それでようやく思い付いたんだけど、私が十夜君の試験勉強を見てあげるよ」

「…………え?」

 

 勉強…………あれ、あまりうれしくない言葉が出てきたぞ。

 

「モモちゃんから十夜君の成績がそこまでよくないって聞いて、もしかして力になれるんじゃないかって思って」

「でも……その……せ、清楚先輩も自分の勉強とかあるんじゃ……」

「私は私でちゃんと勉強してますから大丈夫です。それに誰かに教えるのも自分の復習になるから」

 

 気持ちはありがたい。ものすごくありがたい……けど、勉強はそんなに好きじゃないというか、他の事でお願いしたい気持ちが強いというか……

 

「あ……もしかして、迷惑……だったかな?」

 

 そこで何かに気付いたようにすこし不安そうな顔でこちらに問い掛けてくる清楚先輩を見て、俺は口を開いた。

 

「そんなわけないですお願いします」

 

 清楚先輩にあんな表情であんな事言われて嫌だって断れるわけがない。むしろ嫌だという気持ちがどこかへ消え去ったくらいだ。

 

「あ……! うん、私に任せて! じゃあまずは国語からしてみようか」

「はーい……」

 

 嫌な気持ちも消え去った事だし観念して試験勉強に勤しむことにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 そうして時間が経ち、静かな空間を作り出す図書館に学校のチャイムの音が響き渡った。

 

「あ、昼休みも終わっちゃうし、ここまでだね」

「あ、ありがとうございました……」

 

 予鈴が鳴るまで真綿で首を絞めるかのようにやさしく試験勉強をしてもらった俺は少し知力が上がった気がする。清楚先輩との幸せだが辛い時間はこうして幕を下ろし…………

 

「じゃあ明日から試験まで昼休みはここで待ってるね」

「あ、はい…………………………はい?」

 

 

 …………幕が上がったのだった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ──早朝・川神院──

 

 次の日の早朝。川神院の早朝鍛錬が始まるに俺の部屋に訪問者が現れた。

 

「おはよー、十夜クン」

「燕先輩? どうしたんです鍛錬前に?」

「うん、ちょっとね。この前平蜘蛛の話をしたのは覚えてる?」

「……? まあ、なんとなくは……」

 

 それは、以前約束した燕先輩との美術館デート(燕先輩談)に行った時の話だ。

 受付で借りた機械の説明が耳に付けたイヤホンから流れてくるが頭に入っていかなかったり、展示品の説明書きを読んでいた燕先輩が「へー、ふーん……? ちょっと借りるねー」とか言って俺の付けてたイヤホンの片方を自身の耳へと装着して結果として顔は近くなり思わずドキッとしたりした美術館デート(燕先輩談)だったが、その中でこんな会話があったのだ。

 

『燕先輩はやっぱりこういう美術品とか好きなんですか?』

『好きというか……やっぱり興味はあるよね。審美眼を磨くっていう目的もあるけど。ウチの場合は平蜘蛛っていう例もあるから血筋もあるかもしれないけど』

『平蜘蛛……確か燕先輩の切り札の名前でしたっけ?』

『そうだけど、今回の場合はその由来の方だね』

『由来……そういえば平蜘蛛の名前の由来って何すか?』

『元は私のご先祖様の茶釜だよ。知らなかった?』

『え、茶釜? 茶釜の名前を武器につけたんすか?」

『松永といえばって名前だからね。というか結構有名なはずだけどなぁ……で、十夜クンは何だと思ってたの』

『てっきり妖怪の名前かと……」

『うーん、十夜クンは少し歴史の勉強をした方がいい気もするなー』

『暗に馬鹿って言われてる気が……』

『直に言った方がいい?』

『いえ、言わないでいいです』

 

 

 …………まあこんな感じのよくある会話で終わったのだが、何か問題でもあっただろうか……? 

 

「何かありましたっけ?」

「まあその時は流しちゃったけど、後で考えてみてやっぱり気になっちゃってね……」

 

 一体何が気になったんだろうか……そんな気になるポイントがこの会話の中にあったか? 

 

 

「十夜クン、もっと勉強した方がいいと思う」

 

 

「…………はい?」

 

 ちょっと文脈が理解できないんだけど、どういう事なのだろうか? 

 

「いや、思い返してみたんだけど、十夜クンって別に頭自体悪いわけじゃないと思うんだけど、今回の平蜘蛛に限らず、十夜クンはちょっと知らない事が多い気がするんだよね」

「褒められてるのか貶されてるのか……」

「褒めてはないからね」

 

 燕先輩が言うには、今までのやり取りからちゃんと勉強してれば覚えている事を知らないというパターンが俺には多い様に感じたらしく、ちゃんとやりさえすれば覚えられる頭は持っているはずだという事らしい。

 

「という事で、この私が試験対策をしてあげよう!」

「…………え?」

「もうすぐ試験でしょ? 十夜クンって修行ばっかりしててそこまで成績よくないでしょ? だから十夜クンが短期間で効率よく点数を取るために私が教鞭を握ってあげようってわけだよ」

「え、いつから?」

「今から」

「今から!?」

 

 いくらなんでも急すぎない? 何故こんな時間から勉強をしないといけないのか……というか今から早朝鍛錬の時間なんだけど。

 

「十夜クンにも予定とかはあるだろうから学校の時間とか放課後は避けた方がいいかなーと思って朝食までのこの時間にしたんだ。本当は昨日伝えようと思ってたんだけどタイミングが合わなくてね。あ、学長とか師範代にはもう許可取ってるから大丈夫だよ」

 

 俺の事を考えられた結果の時間だった。しかも外堀まで埋められていた。

 だけど朝の鍛錬時間が削られるのもちょっと辛い……いや、取り返そうと思えばできるけども、それでもなー……。

 

「ダメ……だったかな……?」

 

 くっ……! あざとい流石納豆小町あざとい。だが清楚先輩と比べればこの程度の、演技だってわかるレベルの泣き落としなど、何の障害にもなりはしない! 

 

「そんなわけないですお願いします」

「よーっし! じゃあまず歴史からしていこうか!」

 

 …………うん、確信した。俺チョロいわ。演技だってわかってるのに断れなかった。

 

「頑張ったらご褒美あげるからねー」

「ご褒美………………納豆っすね」

「うん、そうだよー。よくわかったね」

 

 我ながらどう考えても訓練され過ぎている……いや納豆美味いけどさ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「じゃあ今日はここまで!」

「あざっす。頭痛い……」

 

 脳を酷使したせいで頭痛と空腹が襲ってくる。まさしく鞭と飴を使い分けるかのような燕先輩との充実した勉強時間はこうして幕を下ろし…………

 

「それじゃ、試験まで一緒に頑張ろうね!」

「あ、はい…………………………はい?」

 

 

 …………幕が上がったのだった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ──放課後──

 

 

 早朝に燕先輩と、昼休みに清楚先輩とみっちりと勉強をして頭が痛い。勉強は辛いのだが二人に教えてもらえるのはとても分かりやすくあと嬉しいのが何とも言えない。幸せと辛さは両立するのだと体感している。

 とはいえさすがに放課後になると疲れがどっと出てくる。気分転換にゲームでもするか、いや鍛錬するかどうするかと悩みながら帰路に就いていると、後ろから声を掛けられた。

 

「トーヤー! 遊ぼー!」

 

 ユキだった。思わず了承してしまいそうになったし、したかったが、その前に保護者達が止めにかかった。

 

「こらこらユキ、十夜君も試験勉強があるでしょうし、あまり邪魔しないように」

「てかユキも自分の勉強しないとダメだろ」

「えー! ボクは大丈夫だよー」

「あれ、ユキってそんな成績ギリギリでしたっけ?」

「まあユキもS組所属なわけですし悪いわけではないですよ」

「ただまあ今回は入ってきた義経達もいるし、油断してると万が一が怖いってな」

 

 特進クラスであるS組は定期試験で50位以内の順位を取れなければS組への残留資格を失い通常クラスへと強制クラス替えとなる。通称『S落ち』だ。

 ただでさえ熾烈な争いだというのに、今年は義経先輩たちが編入してきたためにその競争率はさらに高くなっている。なので普段以上に準備をしているのだそうだ。

 

「でもボク、トーヤといっしょにいたいよ……」

「ユキ……」

 

 しょんぼりするユキの姿に心が痛む。できればユキには笑っていて欲しいから一緒に遊ぶのも別にいいんだけどな…………別に俺が勉強から逃げたいわけではない。

 

「気持ちはわかりますが、十夜君の邪魔をするのはダメですよ」

「そうだぞ。コイツは俺たちと違って勉強できないんだから、無理言っちゃいけません」

「ハゲ先輩、屋上」

 

 事実だけどはっきりとそう言われるのは何か釈然としない。

 ……でもなんでだろう。この後の展開が何だかわかるような気がするのは……

 

「あっ、そうだ! トーヤもボク達と一緒に勉強すればいいんだよ! そうしたら一緒にいられるよ!」

「うん?」

 

 おや、何か流れ変わったな……? 

 

「待て待てユキ、コイツと俺たちとじゃ学年が違うから勉強の範囲も違うんだ。一緒にやっても意味ないぞ」

「えー!? あ、ならボクがトーヤに勉強を教えたらいいんだ! それならいいでしょ!?」

「ユキが自分の勉強を進めるのなら私は構わないと思いますが……あとは十夜君次第ですね」

「お、おう……」

 

 これはマズイ……このままじゃ放課後まで勉強漬けにされてしまう……! ここは何とか勘弁してもらえるように話をもっていかないと……。

 

「えーっとだな。ありがたいんだけどその────」

「トーヤはボクと一緒じゃ嫌……?」

「────そんなわけないさお願いしたいくらいさよーし勉強頑張るぞー!」

「おい後輩目が死んでるぞ。大丈夫か?」

「大丈夫だ問題ない」

 

 ユキを悲しませないためならこれくらいなんてことはない。何、一日くらいなら何の問題も……

 

「じゃあ毎日いっしょだ! やったー!」

「…………おう!」

 

 

 ……数日くらい、何の問題ない! …………ない!! 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ──秘密基地──

 

「試験終了お疲れさん!」

 

 瞬く間に時間は過ぎ行き、期末試験から解放された風間ファミリーは祝杯を挙げていた。つまりはいつも通りである。

 

「今回はみんなどんな感じなの? 僕はまあまあって所だけど」

「俺様もいつも通りだな」

「試験とかどうでもいいぜ!!」

「zzz……」

「zzz……」

「まあガクトにキャップに川神家はいつも通りだな」

 

 なおその内の半数ほどが試験に力を入れていなかった面子ではあったのだが……しかし今回は普段試験に力を入れない側であるはずの十夜の様子が少し違った。

 

「でも十夜は結構頑張ってたっぽいぜ? 放課後榊原たちと勉強してたし」

「え? 俺は昼休みに図書室で葉桜先輩と勉強してる所を見たんだけど……」

「何? でも十夜毎朝燕に勉強させられてなかったか?」

「おいおいおい、ちょっとまてどういうことだよ十夜!? お前、まさかこの試験期間ずっと女侍らせてたっていうんじゃ……!?」

「……ここ最近、清楚先輩と燕先輩にユキと、時間があれば捕まってたから……今回は試験結果いいんじゃね?」

「テメェ自慢か! 俺様と変われよ!」

「勉強漬けにされててもか……?」

「美人と勉強漬けって、どんな勉強なんだよ!」

「そんな雰囲気になると本気で思ってんのか? ガチ勉強モードだよ。それでも変わってほしいか?」

「それでも……美人と一緒にいられるなら……!!」

「まあ────変わってやらんがな!!」

「じゃあなんで聞いた!?」

 

 ガクトは決意した。この邪知暴虐なる十夜を再び魍魎裁判の場に立たせることを……その結果再び魍魎戦争が巻き起ころうとも……

 

「そんな過ぎたことよりも先の事だ!」

「キャップは気にしなさすぎだ」

「でも一理ある」

「どこか遠出でもするか? 金はないけどな」

「あんまり借金増やさないようにしなよ」

「それもいいんだけどよ。なんかこう、面白そうなイベントでもねーかなって」

「イベントっていうと祭りとか?」

「そうだな。でっけー祭りなんかあったら参加してみてーよな」

「そう都合よくあるとは思えんが」

「でもキャップが言うとなんか起こりそうな気もするよね」

 

 そうして話題はこれからやってくる夏季休暇へと移っていくのだが、数日後に予定の大きな変更を余儀なくされることとなることをまだ彼らは知らなかった。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ──川神学園──

 

 テスト期間が終了し、この終業式が終われば学生待望の夏休みの始まりなのだが、何やら普段と様子がおかしかった。

 

「何故ただの学校の終業式でテレビカメラがいるのか……これがわからない」

「義経さんたちクローンの取材でしょうか?」

「いや、そんな感じじゃねぇな……オラの勘がそう言ってる」

「松風が変な能力に目覚めてる……」

 

 有名とはいえ、たかが一学園である川神学園のたかが終業式にテレビカメラや取材陣がグラウンドにスタンバイしていた。

 今年は九鬼財閥の武士道プランの発表もあったのでその関係かとも思ったが、そうでもなさそうである。

 そんな疑問が行き交いながら、学長である鉄心が檀上に上がり、冗談を交えながら口上を述べていく。

 

「……さて、夏という事で、大きな祭りの話でもしようかのぅ」

 

 鉄心から出た『祭り』という単語に、血気盛んな川神学園生たちがざわついた。

 

「八月に毎年川神院でやっとる『川神武闘会』じゃが、今年は義経達も現れた事じゃし特別に規模を大きくして開催しようと思っておる」

 

 なんと今回の大会は九鬼財閥がスポンサーとなり大々的に行なうらしい。会場も川神院ではなく隣町の七浜にある七浜スタジアムを予定しているとの事だ。わざわざテレビが来た理由がわかった。

 

 

「儂はこれを、『若獅子タッグマッチトーナメント』と名付ける事とした」

 

 

 若獅子タッグ(……)マッチトーナメント。その名から察せられるのは、一対一の戦いではない、今までとは毛色の違う大会になるだろうという事だった。

 

「ここからは僭越ながら我々九鬼財閥からルールの説明をさせていただきます」

 

 そこからヒュームとクラウディオが説明を引継ぎ、順序だてて説明していく。

 

 その内容を簡単に纏めると以下の通りだ。

 

 一つ、参加資格を持つのは、川神学園生と25歳以下の男女限定。(国籍問わず)

 一つ、刀剣類は、峰打ちかレプリカのみ許可

 一つ、銃火器は、指定の弾のみ許可

 一つ、二対二の戦いで、どちらか一方がKOされるかリングアウトの10カウントで負けとなる

 

 このトーナメントを勝ち抜いた者には、絶大な名声以外に、スポンサーの九鬼から贈られる様々な賞品、さらには九鬼財閥での重役待遇確定書まで与えられるという。

 

 それだけでも数多の腕自慢が押し寄せてきそうだが、さらにもう一つ、武に携わる者であれば見逃せない褒賞が用意されていた。

 

「そして、大会を優勝した者達には、武神・川神百代と決闘する権利も与えられるそうです」

 

「────」

 

 公の場で百代と戦える権利が貰える。それを聞いた瞬間、十夜の目の色が変わった。

 

「────ッ!?」

「とーやん……ちょっち闘気が漏れてたぜ」

「────悪い。ちょっと昂ったわ。気を付ける」

 

 瞬間、わずかに漏れ出した闘気に由紀恵は十夜を窘めるが、しかし内心はその感じ取った闘気に戦慄していた。

 

(凄まじく、練り込まれた闘気……! 思わず漏れ出したとはいえ、それをすぐさま抑え込む技量……!)

「……? どうかしたまゆっち?」

「い、いえ、何でもないですよ」

 

 さらにいえば今の闘気の発露に気付いたのは周囲では由紀恵一人だけだった。事実すぐそばにいた伊予は全く気付いていない。その闘気を向けられただろう百代本人も気付いた様子はない。

 

 由紀恵には、百代と戦える権利に十夜が反応した理由はわからない。しかし十夜が真剣でこの大会に臨もうという事は理解できた。

 

 川神院総代の孫であり、『武神』川神百代の弟でもあり、川神院の門弟である十夜だが、実際にその武を振るう機会はあまりない。

 

 たまに姉とのじゃれ合いを見る事はあるが、本当にその程度でしかない。十夜自身、鍛錬には積極的だが戦闘自体にはそこまで食いつかない。

 由紀恵も武に携わる者の一人であり、十夜の実力に関してある程度の予想はしているものの、どこまで正確に測れているか自身でも疑わしいと思っていた。

 

(これは……もしかすると、十夜さんの本当の実力が見られるのでは……?)

(こいつぁ面白くなりそうだぜぇ~……!)

 

 何か波乱が起きそうな予感を、由紀恵はその胸に抱いた。

 

 

 若獅子タッグマッチトーナメント、その開催は約一ヶ月後であった────

 

 


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